3 <魔導石>と戦争
三年前、ここよりずっとずーっと西の方にある小国が集まる地域では長い間戦争をしていた。隣国と手を組んだかと思えば次の日には裏切って、今度はあっち次にはこっちと戦局は大いに乱れまくった。
何でもそこら辺の地形には、<魔導石>というとても価値のある不思議な石が生成される環境が整っていて、縦横無尽に大地の下を巡る水脈の中に含まれるのだという。
昔から井戸を掘ったときに水とともに噴き出てくる石ころに価値があるなんて、一般の人々は長い間知らずに生きていた。魔術師はおろか、魔術を使えない人々が喉から手が出るほど欲しがるものだったなんて、知らなかった。
他の地域では本当に低い確率で掘り出されていたそれが大量に地下に眠っている――とある調査でわかったそれに、世界が沸騰した湯のようになった。
魔力を蓄積することができる<魔導石>。魔術師の手に依らずに魔術を発動できる物質は、莫大な富を生み出すものだった。小国群はいくらでも多くの水脈を支配下に置くために、広い領土を求めたのだ。
そして採掘した<魔導石>を使って派手な大量殺人兵器を次々に編みだした結果、小国群では多大なる犠牲者が出ることになった。もちろん戦争を進める統治者たちではない、<魔導石>の価値もよく理解していない一般庶民の方にだ。
僕はそうして生まれた戦争孤児だった。物心ついた頃には同じ境遇の大勢の子供たちと一緒に、曖昧になった国境線にほど近い町の貧民街で暮らしていた。まぁ人様に自慢できない方法で飢えを凌いでいたわけだけど、そんなある日にその町もどこかの国の軍隊に突然占拠され、僕ら子供は軍隊の人間に選別されることになった。戦力になるか、ならないかの実に明確な基準によってだ。
僕と数人の子供に魔術の才があることがわかって、僕らはそのどこともしれない国の軍隊に連れて行かれた。武器を持つには幼すぎる他の子供たちは、おそらくあの町の大人と一緒に灰にされてしまったんだろう。
悲しんでいる暇などなかった。意味も分からない言葉の羅列と陣の書き方を叩き込まれ、白墨一本を持たされて僕らは戦場に放り出された。
前線の軍隊と一緒に移動して、草陰に隠れて陣を描いて呪文を唱える。それがいったいどんな効果をもたらしていたのかなんて、僕にはわからなかった。町々から攫ってきた子供は僕を入れて十四人いたけれど、最初の戦闘で二人死に、次の日にも一人、その次の日には四人……要領を覚えてなんとか一週間を生き延びれたのは、僕と年嵩のもう一人だけだった。
僕たちに呪文を教えて戦場で監督していたのは、ひどく痩せて目が虚ろな男の魔術師だった。傭兵として戦場を転々とすることで生計を立ててきたらしかったが、こんなにひどい場所は初めてだとことあるごとにぶつぶつと呟いていた。
まずくて量の少ない食事と、戦場に行く前に与えられて、戻ってきたら取り上げられる一本の白墨だけが、僕ともう一人の子供の生命線だった。
泥沼で膠着状態を続けていたそこに劇的な変化が加わったのは、様子見を続けていた大国たちが同盟を結んで戦争への介入を決定したことだった。小国群同士のつぶし合いを静観し、最後に残った国と貿易を結ぶ――そうした思惑がいよいよ適わないほどに人が死に、どこの国も機能が停止してしまったためだ。
もはや軍隊を動かす命令系統さえ失われて、戦場に残された軍人たちは日々の糧を得るために人を殺し、移動を続けるしかなかった。軍人と飢えた民がいつしか混じり合って境がなくなって、<魔導石>の盗掘も始まった。
大国にしてみれば小国の一つや二つがなくなるのは構わないが、喉から手が出るほどほしい<魔導石>が失われるのは看過できなかったというわけだ
。
速やかに同盟軍が編成され、大勢の魔術師たちに戦争参加の依頼書が飛んだ。国に属していない魔術師たちも高い報酬が出ることを確信して、かなりの数がそれに応えたらしい。
<魔導石>によって動く無慈悲な殺人兵器は、同盟軍の魔術師たちをも一度は怯ませることに成功した。
けれど魔術師は、魔術を使った戦争の仕方を誰よりもわかっていた。
<魔導石>は永久機関の役割を果たすわけではなく、蓄積された魔力を放出し終わればそれはただの石になってしまう。同盟軍の魔術師たちはその補給を断つことに専念した。ようするに、小国群側に属する同業者の排除を第一目標にしたわけである。
一時は停滞した戦況も、動き出してからは早かった。戦場を駆け回る魔術師たちは死神そのものであり、<魔導石>が魔術師に代わり得ないことを証明する結果となった。
同盟軍に多くの魔術師が混ざる噂を聞いた痩せた男は、それまで連れまわしていた僕らをあっさり見捨ててどこかにいなくなった。毎日その魔術師が回収して保管していた白墨を数本置いて行ったのは、少しの罪悪感があったからだろうか。
僕ともう一人の子供は、白墨を均等に半分に分けたけれど、いまさら必要だとは思えなかった。その頃には自分がどんな術を教えられたのかもわかるようになっていたけれど、たった二人の子供がいつ湧き出てくるかわからない殺人者たちの前で、身を守る術にはなりようもなかったから。
なるべき静かな場所を移動し、木の根を齧るような生活をしていた僕らも、やはり再び戦場に巻き込まれた。もう終わりだと思った。隠れられるような樹木はほとんどなく、それも一様に乾いてしなだれている。見つかるのは時間の問題で、たいして価値のない子供では飢えた人間は容赦しないだろう。
僕はもう一人と固く手を握り合って、ただ死の瞬間を待っていた。
『おや、生きている子供だ』
そこに、場違いな言葉が降ってきて、次の瞬間には目の前に迫っていた血臭はどこかへと吹き飛んでしまった。
何も始めから存在してなかったかのように――。
この説明の多さ……すみません。
リオンの視点は、できるだけ淡々とさせています。そういう子なので。