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魔法使いの卵  作者: 青生翅
ウルとラスディ
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2  魔術師を取り巻くモノ

「立太子式……」


 何だその高貴な響きの催しは。

 一般庶民生まれの僕にとって王家なんていうのは雲の上の存在……魔術師なんかに弟子入りしてからは世俗から遠くなったおかげで、世界には身分ってものがあるんだなんて、むしろどこか忘れつつあったほどなのに。


 目を白黒させる僕を放って、魔術師二人は踏み込みずらい空気を漂わせ始めた。


「厄介なのは文言だ。『列席』じゃなくて『参加』っていうのがね。祝いに来る周辺諸国に、ウル――君という存在をまるでエスクードが飼っているかのように見せたいわけだ」


「ああ。エスカダル王家は手持ちの駒がお前だけじゃ不満なようだな」


「業腹な話だろ? だいたい僕は駒になった覚えはない。先代とは茶飲み友達でね。言ってみれば友情の証に<黒焔魔術師>の名前を貸しただけだ。今の王はそこら辺を勘違いしているよ」


 苛立ちを隠しもせず、まるで吐き捨てるようなラスディの口調。こんな姿は初めて見る。同じことを師匠がやっているなら何の不思議も抱かないのだけど。


「仮にも僕を迎えておいて、まだ欲しがるなんてやりすぎさ」


「たしかにな。それにしても、俺が大人しく『参加』したところでエスクードが笑ってられるのは一瞬だろう。大国とは言え膝下に<黒焔魔術師>が二人いると認識されれば、これまでの周辺国家との均衡が崩れる。他国同士で結ばれて、槍の穂先を突き付けられてから青くなっても仕方がない」


「いや、むしろ均衡が壊れるのを望んでいるかもしれない。参加の事実を突き付けて君を丸め込んで正式な契約を結ぶ。名実ともに二人の<黒焔魔術師>を宮廷に置いて、諸国が意思をそろえる前に打って出たいんだ」


 国家間の均衡さえ崩しかねないという魔術師が目の前に二人――僕の心的余裕が試されているに違いない。

 僕は、師匠が僕の師匠であること、ラスディがラスディであることしか興味がなかったけど、これからはそうもいかないんだろうな。小さな修行でも、その歩みは魔術師の世界へと少しでも近づいているはずなんだから。無事に魔術師になったら、そんな日がきたら、僕はこの二人を近く感じるだろうか。それともさらに遠く感じるだろうか。


「今の王は戦乱を望んでいるか……」


 苦々しい師匠の言葉に、ラスディがいっそ朗らかに返す。


「僕らにしてみればようやくここまで温くなった世界でも、彼にしてみれば長すぎる平穏なのさ。かつてのエスカダル王家の始祖のように、英雄譚の一節に謳われたいんだろう」


「夢見ているうちなら、可愛らしいの一言で済ませるんだがな」


「それが残念なことに、僕はきっちりと<黒焔魔術師>として国益をもたらしちゃっててね。エスクードはここ百年で一番の権勢を誇っているわけだ。夢物語にしてはやけに生々しいんだよね」


 戦争は……嫌いだ。もちろん僕だけがそう思うわけじゃないことをは知ってる。

 ときどき偉い人たちは、争いを引き起こしているんじゃないかと疑ってしまう。そこにはたいてい理由があって、民の利益のためだとか、世の中の道理のためだとか、神がそう命じているんだとか――本当にいろいろだ。それも知ってるけど。

 でも、人が死ななきゃいけない理由って何だろう。何のためなら死んでもいいんだろう。

 偉い人たちは多くの場合、殺し合いの遥か後方で、盤上の駒を動かすように戦争をする。そこには血の匂いも、苦痛の叫びも、死を悼む涙も、世界を呪う言葉も届かない。勝利すれば一番多くのものを手に入れて、戦いの末の平和を賛美することができる。負ければ彼らだってすべてを失うこともある。死ぬこともある。

 けれどそれを僕は、死の運命において平等だとは思えないんだ。誰かが誰かに命じることができる限り、世界は絶対に平等じゃない。

 

 たった一枚のカードが、とても嫌なものに見える。


 師匠はフィーリアさんにもう一杯お茶を頼んだ。どこか青ざめた顔のフィーリアさんも、同じようにこの事態に困惑しているんだろう。

 新しいお茶は暖かくて、少しだけ体の強張りが解けた気がする。

 

「で、そこまで面白く思ってないくせに、こんなものを大人しく運んできたのはどういうわけだ。お前も退屈凌ぎに戦争に興じたいわけじゃないだろう?」


 たしかにそうだった。気まぐれなラスディが国に仕えていることも驚きだが、気に食わない命令に従っているのはことさら妙だ。


「安心してくれ、僕だってそこまで趣味は悪くないつもりだから。早馬よろしく使者なんてつまらない仕事を引き受けたのには、もちろん理由がある。国王陛下だって馬鹿ではないからね。言葉一つで<黒焔魔術師>を従わせられないことくらい心得てるのさ」


 ああ、本当にラスディは今のエスクード国王とそりが合わないらしい。常に張り付いた微笑みの影から、何か濁った色が見え隠れする。


「国王がそれとなーく僕に提示してきた切り札の一つは<魔導石>だ」


 師匠が盛大に舌打ちした。


「それか……たしかに馬鹿じゃないな」


「先代の名で許されたことだけど、同じエスクード王であれば撤回も可能ってね――腹立たしいだろう?」

 

 なんとも因縁深い単語に思わず顔をしかめた僕を、ラスディは見逃さなかった。


「リオン、たしかに君にとってはいい響きじゃないかもね」


「いえ……」


「いいよ。でも覚えておいで。君が魔術師を目指す限りは逃れられないものさ。僕らの身を護り、財をもたらし、可能性を広げるもの」


 そして同時に、僕が誰かを傷つけ、誰かから奪い、誰かの可能性を潰すものでもある。

 脳裏に描いた反語まで見透かしたように、ラスディが微笑んだ。


「君にと僕の出会いを覚えているかい?」


 僕は頷いた。




 ――忘れようのない記憶だ。

 掘り返すたびに、飢える絶望と鉄錆の匂いを思い出すから。





用語が増えてきましたね。

※<黒焔魔術師>は位階を指すので、個人の呼び名ではないのです。世界に何人かいます。

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