1 嵐が運ぶ招待状
黒髪に金妖眼の師匠が夜の月なら、目の前でにっこり溢れんばかりの笑顔を見せる男は、まるで昼の太陽だ。
明るい金髪に透き通るような碧眼の、師匠と同じ二十代後半ほどに見える美青年。
名前はラスディ・ベルン。師匠と旧知の間柄にして、三年前に僕を拾ってはみたものの扱いに困って手紙一つで師匠に預けた張本人だ。
でもラスディがそうした理由は、実に単純明快で恨むのも馬鹿馬鹿しい。
「やぁリオン、元気そうで何よりだ」
「はい。ラスディもお変わりないですね」
「まあね。いい加減にこの顔も見飽きてきたんだけど……。それにしても君、大きくなったらどうなることかと思っていたが、このまま順調にいけば見られる顔の大人になれるよ。はー、女の子じゃなかったのが惜しいなぁ」
……とまぁ、こういうわけだ。
出会ったときと変わらないセリフにいっそ感心してしまう。
「帰れ、疫病神」
普段からそんなに愛想のいい表情を浮かべない師匠なのに、こういうのが苦虫を噛み潰したような、というに違いない。苦虫って相当苦いんだな。
「酷いなぁ。引き籠りの君にわざわざ会いに来る優しい親友に対して」
「そんなもんにいつなった」
「出会ったときに」
「初めて顔を合わせたとき、お前は俺を『野良犬』呼ばわりしたはずだがな」
「あー……それで君、僕を『極楽鳥』って呼んだんだっけ」
「思い出せて良かったな」
「あの時はお互いに子供だったんだしさぁ。落ち着いてからは良好な関係だろう?」
「そうだな。急に汚い子供を押し付けたり、お前の女関係の飛び火がきたり、こうやって度々面倒な厄介事を持ち込んだりな」
「君の人生を充実させるのに貢献してるのさ」
毎度のこと同じようなやり取りをするから、まぁ仲良しなんだろうと僕は思う。
清々しい朝の空気を嵐のように吹き飛ばす訪問者、それがラスディだった。
けたたましい音で家の扉を叩くその人物に師匠も僕もフィーリアさんでさえ見当はついていたけれど、誰も返事をしなかったのは仕方がないことだと思う。
師匠が言ったように、ラスディはいつだって厄介事を運んでくる。そして師匠はいつだって巻き込まれる運命から逃れられないのだ。そういう星の元に生まれてきたと諦めるしかないだろう。
一番初めに折れたのはフィーリアさんだった。溜息一つこぼして扉を開けて、ラスディを家に入れてしまった。
一応この家には師匠が施した呪いが強固に機能しているらしく、部外者は家の者が許可しない限り入ってくることができない。あのまま放っておいたらいつまででも扉を叩いていたことが容易に推測できるだけに、師匠はフィーリアさんに何も言わなかった。
そのフィーリアさんが、朝食の準備が出来たと僕らを呼んだ。
ちゃっかりと言うかやっぱりと言うか、ラスディもフィーリアさんの誘いに笑顔で頷いて食卓につく。
この人、家に使用人が山ほどいるんだから朝食を食べてくればいいのに。
フィーリアさん自家製のベーコンは香りがとてもいい。それだけで食欲がかなり増進される。硬めに焼いたパンに入り卵と一緒に乗せて、僕はひたすら食事に集中することにした。
何しろ師匠が不機嫌だ。刺激しちゃいけない。
「いやぁ、フィーリアは年々料理の腕が上がっているよね。美人だし家事は得意だし、どう、僕のお嫁さんにならない?」
「ラスディを好きな人って多いんだもの。私、そういう人たちに呪われちゃったりするの嫌です」
「まさか! 君が僕を得た時点で、もう何者も君を傷つけさせないと約束するよ」
甘ったるい砂糖漬けみたいな言葉がこれほど似合う人間もそういないと思う。
それと比例して師匠の苛立ちが募っていくのはかなり問題だけれどね。
「フィア、こいつと二人にはなるなよ。孕ませられる」
「失礼だな。僕は女性に対する気遣いを怠ったことはない。承諾も得ずに孕ますなんて、そんな無粋なマネはしないし、うっかりなんていうヘマもしないね。そういう意味じゃ君の方が危ないじゃない。うっかり何人か余所に生まれてるかもよ」
「ないな」
「どうだか。フィーリア、気をつけなね? ウルは無自覚を装って狼になるっていう、手におえない種類の人間だから」
「お前にだけは言われたくない」
「まーったく顔だけはいいから黙ってても女の子が寄ってくるんだよねぇ……引き籠る前はそれなりに遊んでたことを僕は知ってるぞ。リオン少年、君の師匠のいただけない話は山ほどあるからね。聞きたくなったら遠慮なく僕を訪ねなさい」
まぁ追々、と僕は頷いておいた。パンを頬張っているから声なんか出ない。
てっきりこの話題にフィーリアさんが何かを言うかと思ってたんだけど、どうやら得意技の無視を発動したらしい。何ともない顔で食後のお茶を全員に配っていた。
「……で、何の用だ」
ついに訊くのかそれを!
待っていても不毛な会話しか生まれないからなんだろうけれど、美味しい朝食で幸せを噛み締めているところに仕掛けるとは、師匠ってば僕のことを少しは思いやってほしい。
「うん、まぁ、今回は僕自身の用事じゃあないんだよね。僕でさえ正直面倒だなぁと思ってるよ」
「<谷>じゃないだろうな」
「違う違う。それだったら面倒なんて一言じゃ済まされないだろ? 今回の僕はエスカダル王家のお使いだよ」
ラスディは実に優雅な手つきで上着の内側から手紙を取り出した。そのまま食事が片付いた食卓の上に、僕やフィーリアさんからも見えるようにおっと置く。
たしかに、見覚えのある紋章が箔押しになっている。古国エスクードの統治者、エスカダル王家の家紋は一角獣だ。これは只事じゃないかも。
師匠は懐からごく小さい折り畳み仕掛けのナイフを取り出して、遠慮なく封筒を切った。中には便箋じゃなくてカードが入っていたようだ。
一読した師匠の眉間に、それはもう深い皺が刻まれる。ああ……良くないんですね。
「……おい」
「僕に文句を言ったって無駄。さすがの僕もやめといたらって言ったよ、一応は。でも聞きやしない。先代は優秀だったし僕も気に入ってたんだけど、今回の王様は面倒だ」
辛抱たまらんと身を乗り出した僕に、師匠は嫌そうだったけどカードを渡してくれた。覗き込んできたフィーリアさんと、意図せずに読み上げる声が重なる。
『<黒焔魔術師>ウラルド・ウル・リディクス殿におかれましては、此度の古国エスクードの立太子式への御参加を要請いたします』
嵐のような魔術師は、やはり思いもがけないものを運んでくるみたい。
ラスディです。師匠も彼といるとよく喋るのです。