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魔法使いの卵  作者: 青生翅
ウルとラスディ
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11 安堵の結末

 壊したなんて言いがかりをつけ、さらには他人の話をまるで聞かない上に、まさかの盗人呼ばわりとはあんまりじゃないか。濡れ衣の二枚重ねだ。というか、そんな貴重なものなら小姓の身で持ち込んだりするなよ。実家の宝物庫にでも厳重に保管しておけと言う話だ。


 僕はあまり怒らない性質だ。そんな要素のある生活を送っていないから。師匠に呆れることはあってもそれは師匠だから仕方がない。自由人のラスディにもそんな気持ちは湧かない。


 けれどそうか――僕はたぶん、ものすごく久しぶりに(いつぶりかも思い出せないんだけど)怒り心頭の状態みたいだ。


 なんかこう、身体の芯が異常に熱い。けれど頭は冷えていて、どうすればこのガキどもを片付けられるかという方法を何通りか模索している。


 いち、バラして埋める。

 に、池に重石をつけて沈める。

 さん、何らかの事故を演出して消す。

 よん、とにかく息の根を止めて処理など考えずに師匠の下に帰る。


 ……一番簡単なのは四つ目だよなぁ。師匠直伝の急所突きで、三人くらいなら時間もかからずにいけるのではないかな。逃げ帰ってきた僕に呆れた顔はするだろうけれど、何とか上手く悪知恵を吹き込んでくれるのではないか。


「――お前たち、何を騒いでいるんだ」


 涼しげな声の乱入に、僕は一度すべての案を取り下げた。目撃者が出てしまっては元も子もない。平和的解決に一役買ってくれることを願いつつ、僕はその方向に目を向けた。


「テーズ殿……」


 どこか呆然とした声で名前らしき音を呟いたのも金髪くんだった。残りの二人は身を寄せ合うようにして固まってしまっている。


 乱入者は僕と同年代に見える少年だった。背丈も体格も同じくらい。短く整えられた麦色の髪は柔らかそうで、顔立ちもまだ幼く中性的だ。顔の一つ一つの部位は繊細な印象を与える。小姓たちとは違って簡素な兵装に身を包み、エスクード騎士団を表す濃緑の布を左腕に巻いている。その出で立ちと年齢から、おそらくは従騎士の一人だろうと思った。


「ペールゼン、ジーヌ、スラプトル。状況の説明を」


「……お言葉ですが、テーズ殿を煩わせるようなものではありません」


「それを判断するのは君なのか?」


 テーズと呼ばれたその少年の声は特に怒っているようでも嘆いているようでもなかったけれど、淡々と物事を突き付ける話し方は十歳程度の小姓たちの気をくじくには十分なようだった。


 黙り込んでしまった金髪くんを筆頭に、小姓たちが話す気を起こさないのを見ると、その視線は僕へと向けられた。


 ――金色だ。


 師匠以外で金色の瞳を持つ人などいたのか……。


「君は五日前に来たんだったね。たしか……リックと言ったかな」


「はい」


 偽名とは言え、よく覚えていたものだ。小間使いは他にも何人かいるし、用事を言いつけるときにわざわざその名前を呼ぶ者にはいまだ会っていない。入れ替わりも激しい職だと聞いているし。目の前の少年はかなり記憶力がいいのか、それとも奇特なのかどちらかかだ。


「ペールゼンたちとの間に何があったか説明してもらえるか」


「はい――今朝方に落し物の探索を頼まれましたので、それを探して先ほどお渡ししました」


「対象は?」


「銀の懐中時計です」


「ああ……なるほど」


 何か思い至るところがあったようで、テーズは何を思ったのか少しだけ微笑んだようだった。

 

「ペールゼン。君がここに来たとき――二年前だったか。たしか祖父君にいただいた物だと話していたね」


「はい……その通りです」 


 二年前のことなんてよく覚えているものだ。けれど僕はそれよりも、殊勝に頷いている金髪くんの態度の方が気になる。いくら先輩格とはいえ、なんだこの借りてきた猫のような大人しさは。さっきまでの威勢はどうしたっていうんだか。


「しかし、見つかったのならばそれで終わりだろう。なぜあんなに騒ぐことになったんだ、ペールゼン」


 今度は名指しされ、金髪くんはびくりと肩を揺らした。


「それは……この者が渡した時計はこの通り――」


 握りこんだままだった時計をテーズの前に掲げて、その瞬間に金髪くんはキッと鋭く顔を上げた。


「けれどこれだけではありません! 僕が時計を落としたのに気づいたのは三日前です。それからずっと探してきて、それでも見つかりませんでした。なのにこの者は半日足らずで探し当て、それをすぐには持って来なかった! あまりにも早すぎるし、何か後ろ暗いことがあるようにしか思えません。この者が僕の時計を盗んだのです!」


 小姓である金髪くんのやや礼を失する態度にも、少年は特に反応を示さなかった。

 何かを考えるように細い顎に手を当てて、ふと僕に顔を向ける。


「半日か……すぐに時計を届けなかった理由は何かあるのかい?」


「はい。途中で騎士の方に――たしかロックシュア様ですが、水汲みを仰せつかりました。言いつけられた失せ物探し事態は終わっていましたし、お会いしたときにお渡しすればいいと判断いたしました。けれど……ペールゼン様にとってそれほど大事な物だとは考え至らず、浅慮だったと反省しています」


 騎士の名前の登場と、僕の説明に少年は納得の顔をした。金髪くんの疑いが晴れていないというのも丸わかりなんだけれどね。だってまだ睨んでいるもの。


「そうか、わかった。君はペールゼンの言いつけを忠実に守り、そして騎士の言いつけも守っている。勤勉な人物であると思うよ。責められるべき部分は持たないようだ」


「なっ……テーズ殿!」


「――ペールゼン。君が時計を必死に探したであろうことは想像がつく。きっと見落としもないほどにね。だが君はもう一つ彼に尋ねなければならないよ」


 何やらすべてをその涼しい表情の下で片づけた様子の少年は、金髪くんを労わるように微笑んだ。

 目の前の先輩がけして自分の味方ではないと悟り憤慨していた金髪くんだったけれど、最期の一言には僕と同じくらいに興味を引かれたらしい。


「もう一つ尋ねる……?」


「そうさ。君も知っている通り、城には多くの侍女や下男が務めている。そして敷地内を毎日隅々まで歩き回っては清掃をしているだろう? ここ三日の間に兵舎から訓練場までの道を、君以外にも見回ったものはいるはずなんだ。けれど時計を見つけることが出来たのは彼、リックただ一人。――いったいどこで見つけたんだろうか」


 ああ、なるほど。


 たしかに僕は発見した場所を伝えていない。訊かれていないという理由もある(そんな暇もなく責め立てられていたから)。でもそうか、あの場所はたしかに清掃区域には指定されていないよなぁ。


 少年はどこか愉快そうに笑みを深めて僕に尋ね、そして僕は少しだけ晴れた心で答えることが出来た。


「で、どこにあったんだい?」


「兵舎から出てすぐにある林――正確には、その内の一本に作られた鳥の巣です」


 金髪くんを含める小姓三人がきょとんと眼を見張る。


「巣……?」


「はい。時計を探している途中に、渡り廊下で数人の侍女殿に会ったのですが、そのときに鳥に髪留めを取られたという話を耳にしたのです。鳥は光り物を好みますから、もしかしたらと思って巣がありそうな木の上を探したら見つけられたのです」


「――なるほど。良くわかったよ」


 満足そうな顔つきで頷いた少年の言葉に、僕もようやく肩のつからが抜ける。

 あー、助かった。危うく僕には似合わない物騒な行動を取るところだった。けっこう本気だったのが痛い。意外と短気っぽいな、僕と言う人間は。


 一方で金髪くんは音が鳴りそうなほどに唇を噛み合わせ――同時に蒼褪めていた。


 おや、と僕は思う。ここで突き付けられたことにさらに反発し、あまつさえテーズという少年にまだ噛みつくかと思ったのだけれど……案外素直な性格なのかもしれない。自分が勘違いの上に理不尽な言いがかりをつけたこの事態に、間違いに気づいたいま恐怖しているのだろう。僕だけではなく、従騎士らしい少年の参入はまずいに違いない。さらに上の騎士あたりに報告されれば、おそらく相応の罰則を食らってしまうはずだ。


「僕は……」


 弱々しい声は震えていた。

 え、何だろうこれ、弱い者いじめをしている気分です。だって立場の上下はあるとはいえ、相手は十歳くらいなんだもの。自分よりも年下の子の泣かれそうなこの状況に、ふんぞり返ってにやにやなんか出来ない。……たとえさっきまで物騒なことを計画していたほどに頭に来ていたとしたって、解決さえすれば恨みなど消える。


 僕の困惑を読み取ったのだろう。少年は一つ溜息をこぼしつつ、ゆっくりとした動きで金髪くんに近寄り、その小さな頭に手を置いた。

 ぴくりと金髪くんの肩が揺れる。


「思い入れのある時計の紛失に心を乱したんだろうが、君のとった態度は褒められたものじゃない。それはわかるね?」


「はい……僕が間違っておりました」


「うん。じゃあ彼に示すべきは二つだ」


 指を二本立てて、いっそ清々しく少年は言う。


「まずは時計を見つけてくれた感謝。そして根拠ない罪を責めた謝罪を」


「……ありがとう。そして、申し訳なかった」


 ぺこりと頭を下げたその姿はぎこちなくて、あぁこの子はお礼を言うことも謝罪をすることも縁遠い生まれなんだろうなぁと思った。けれどもうその瞳に敵愾心など欠片もなく、ただただしょんぼりしているから怒りなど湧いてくるはずもない。


 僕は小さく頷いて、小間使いが返すべき反応を探した。


「いえ、恐れ多いことです」


 許されるなら「よーし、よし!」と家で世話している子羊にやるみたいに撫で回したかったんだけど、憚られるから止めておいた。なんというか、普段は僕が一番年下だから、こういう感覚にさせてくれる存在には弱いのかもしれない。




 ――降ってわいた疑惑はこうして晴れた。

 まったく、人の集まる場所っていうのは本当にいろいろだ。師匠が引き籠っているわけも、こういうのが鬱陶しいからなんだろうか?




一番の常識人を装いつつ、リオンもやはりあの師匠の弟子……なんだかんだと毒っ気があります(汗 というか、顔の出ない分だけかなり危ない奴です。

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