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魔法使いの卵  作者: 青生翅
ウルとラスディ
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9  最近の見習い事情

 

 僕自身にとっても非常に不本意である事実は、予想以上に相手を打ちのめしたようだった。

レナ姉さんはまるで気の毒な生き物を見るみたいな顔をする。


「あんた……大丈夫なの?」


「ん?」


「いま十三歳だっけ? あたしは去年そんなんじゃなかったわよ」


「だと思うよ」


「あんたの師匠、ちゃんとあんたを魔術師にする気あるわけ? ただの雑用係じゃないの」


「それも含めて師匠にしかわからないよ」


 ラスディは僕に、罪の償いを軽くするために魔術師になるという方法を提示した。でも当の自分は(目の前のレナ姉さんのような)女の子しか弟子にしないから、親友である師匠に押し付けた。けれど実際には、僕の存在を監視する役目さえ師匠が放棄しなければいいのであって、このまま有耶無耶に僕が雑用係のまま一生過ごしても問題にはならない。なぜって、正式な魔術師になるという段階を決めるのは師事している師匠が決めることだというのが、魔術師の世界での決まり事だから。


 エスクードには魔術師を養成するための学校が出来たけれど、そこを卒業したところでやはり正式な魔術師にはなれない。学校では広く魔術というものを教えるために、あらゆる分野の権威と呼ばれるような魔術師も教師として在籍しているらしいけれど、生徒は在学中、または卒業後に師事するところを決めなければいけない。年中就職活動というわけだ。

 魔術師たちが否応なく所属しなければならない<原炎の谷>という組織は、一国家が作った学校の卒業程度じゃ役不足だと一笑しているようなものだ。実際の授業内容はかなり高度という噂だけれど、そこを安易に認めるわけにはいかないに違いない。あらゆる国家よりも長い年月を世界に存在してきた組織なのであるから、その沽券というものは相当高いということだ。

 それでも見習い期間中の生徒たちの数は年々かなりの増加傾向にある。けれど肝心の師匠を引き受ける魔術師の方が、今度はそれに比べて少ない。女の子に限っているとはいえ、常時二十数人もの弟子を取っているラスディは世の中にかなり貢献していると思う。


 魔術師が弟子を取り始めるのは、位階で言うと<上三級>からだ。その下には中級が三段階、下級も三段階。位階はすべて<原炎の谷>が授けている。でも魔術師の多くは死ぬまで中級止まりだ。下級はわりかし早い段階で脱することが出来るというけれど、中級から上級への壁は驚くほどに厚いものらしい。それを越えるには一種の“覚醒”がないと駄目だとラスディ言う。

 逆にそこをあっさり突破できる者も数人はいるらしいけど、そんなの突然変異と表現してもいいくらいだ(それが僕の身近にすでに二人ばかりいるわけだけど)。普通は何十年もかけていろんな角度から働きかけて、ある日その“覚醒”に至るものだ。だから数が少ない。覚醒する前にぽっくり逝く方が多いし、突破してもやはり近いうちに次の覚醒に至らなければぽっくり逝く。


 魔術師なんて左団扇でウハウハな印象の存在ではあるが、かなり厳しい現実も隣に横たわっているのだ。実際その稼ぎは、中級と上級では天と地ほども差があるらしいし。下級に至っては貧乏学者と同じくらいって言ってたかな。食うにも困るってやつだ。


 何にしろ、僕という人間は見習いの中じゃ幸運なはずなのだ。学校に入学しながらも、たしかなツテを何も掴んでいない学生からすれば喉から手が出るほどに欲しい場所に僕はいる。

 まぁ僕が普段していることを知れば、レナ姉さんのようにびっくり仰天するんだろうとは思うんだけど。たぶん羨ましいとは二度と言わないだろうし、魔術師という生き物がどれだけ変人で鬼畜なのかを再認識するはずだ。

 そうなったらせっかく増える可能性のある人材が激減してしまう。師匠が弟子を取りたがらないのはある意味では正解だと思うのだ。


 すっかりあきれた様子のレナ姉さんは、もう僕に噛みつくのはやめたようだ。そりゃそうですよ、人間は自分より圧倒的に弱い立場にいると認識してしまったものに、そう簡単に冷遇なんてしない。ひどい嗜虐趣味でもない限りはそういうもんだ。


「……言葉もないわね。あんたの師匠、変よ」


「知ってますとも」


 そんな師匠と公然と親友とか言っちゃうラスディも立派な変人だと思うけど、それは言わないでおいた。知ってても知らないふりをすることって、いろいろあるよね。


 そこでふとレナ姉さんは疑問が湧いたみたいだった。隣同士の牢は壁で区切られてはいるんだけど、造りが古いから微妙に端っこが欠けて様子が見える。さっきから僕たちはそこから互いの様子を見ては、詰ったりそっとしておいたりしてたわけだけど。レナ姉さんは、今度はそこににじり寄って、覗き込むように瞳を近づけてきた。


「でもそれじゃ、あんたは何でこの柵に術がかかってるってわかったわけ? あたしはそういう経験ないから詳しくはわからないけど、自分の術を封じられてるんなら他で作用してる術だって感知出来ないんじゃないの?」


 純粋に不思議がっているみたい。橙色の瞳がくりっと動く。うん、根は素直な人なんだよなぁきっと。あまり悪印象を持ってちゃいけないよな。僕は一人で納得した。


「出来ないよ。でもこれがただの柵だったら、レナ姉さんがとっくに壊してるでしょう? 僕に聞くまでもないうちに」


 ま、そんなところだ。僕にはここに<魔導石>が使われているんだろうなぁという予測しか立たないし、わかりやすい場所に術式でも描かれていなきゃ解呪する方法も思い浮かばない。術を使えるはずのレナ姉さんが何もしないということは、魔力の流れを探って組成を崩すことが彼女には出来ないんだろう。よってお手上げ。脱出は無理。


「あんたってやっぱりムカつくわ……」


 物騒な言葉を改めて吐くレナ姉さんがわからない。魔術師にとって他者と自らを隔絶するもの――魔術という絶対的な力を鼻っから当てにできない不便さに、僕が慣れきっているというだけの話だ。


 それにしても師匠、宮廷なんて魔窟に可愛い弟子を放り込むときくらい融通を利かせてくれてもいいのに。たぶん忘れているだけのような気もするんだけどね。僕の術を封じたこと自体を。




 自力での脱出が困難となれば、することは待つだけ。外部からの力がなければ何にもならない。奇跡的に誰かが助けてくれるかもしれないし、順当に良くない方向にさらに進むかもしれない。後者でないことを祈る。そう。祈るっていう選択肢あるな。生産的じゃないけど暇つぶしにはなる。


 けれど僕は精神集中の修行のごとく、その祈るという行為に懸命になることが出来なかった。

 だからこうなってしまった経緯を思い返すことにする。


 師匠とラスディの悪巧みの余波を食らいつつも、健気に塔を出たのは半月ほど前のことだ。宮廷でレナ姉さんと合流したときには、まだ僕は呑気な田舎からの御上りさん気分でいられた。情報収集と言っても半人前に集められるものなんてせいぜい噂話程度でしかなく、僕は悪い大人たち(もちろん師匠とラスディ)がさっさとこの事態を解決することを待っていた。

 このさい犯罪だろうがそうじゃなかろうが、表にさえ出なきゃ何でもいいやと思って。

 けれども何故かこうなった。

 ――きっかけは一つの事件。人が一人死んだのだ。

 そこからはあっという間のできごとすぎて、いまだにこの状況を納得できないのだけれど。








数話前に出た<谷>=<原炎の谷>であります。


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