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魔法使いの卵  作者: 青生翅
ウルとラスディ
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8  いきなり暗中落下

 

 僕は世界を呪っている。

 いや、もちろん心情としての話だけど。師匠のように本格的に魔法具そろえて誰かを呪い殺すことはいまのところ出来ないわけだし。

 けれど出来ないからこそ、いま現在の僕のどろっとした感情は本物だった。思念一つで他人を些細な不幸に見舞わせられるんだったら、きっと成功していたに違いない。いまの僕は根暗だ。第三者的に見れば関わりたくない感じ。

 

 僕はいま師匠のすごく投げやりで適当な言いつけ通り宮廷にいる。……というか、その地下にいる。もっとわかりやすく言えば地下牢にいる。

 かなり不本意かつ不快極まりない。過去、こんなにまで腐った気持ちになった覚えがないほどだ。

 だってもうこれぞ最悪というやつだ。ジメジメしているし寒いし臭いし、右隣の牢獄の人は動かないし、遠くの牢獄では何か雄叫びを上げている人がいるし、何より日に一度運ばれてくる食事が不味いったらない。僕にとって日々の楽しみ何て食事くらいのものだ。だってそうじゃないか。研究馬鹿な師匠と二人で塔に籠って、そこに娯楽なんてものが入る余地があるだろうか。フィーリアさんとのお茶時間、フィーリアさんの作る食事だけがそれに相当する。

 帰りたい帰りたい帰りたい。あぁ、フィーリアさんのパイが食べたい。今年は街でかぼちゃが豊作だと言っていたんだよな。ほくほくのカボチャパイを夢見てしまう。


「あんたって何でそう呑気なの? 馬鹿なの? この状況で何でそんなにのほほんと座ってられるの? ラスディ様の言いつけじゃなかったら絶対にあんたと行動なんてしたくなかったわ!」


 僕の現実逃避はガラスのごとく砕け散ってしまう。あー、もう少しであの甘い匂いまで再現出来そうだったというのに。

 僕が世界まで呪いたくなるこの状況。極めつけが左隣の牢獄にいらっしゃる方――ラスディの弟子の一人。僕より一つだけ年上だと言っていたけど、会って早々に“お姉さま”と呼ぶよう言いつけられた記憶はかなり苦い。

 橙色の珍しい髪色に炎のようにきらめく瞳。苛烈な色彩そのままに、性格もその通りだ。隣同士の牢獄に仲良く同時に放り込まれてから、その性格剣山に磨きがかかっているように思う。


「レナ姉さん」


「何よ! あんたってイライラするわね」


 言われたい放題だ。僕が何をしたって? ただ大人しく汚い床に腰かけて世界を呪ってみているだけなのに。


 正式にはレニエラ・ラ・ガゼルタ――という少し発音しづらい名前を持つ彼女は、こんな場所に放り込まれたのは僕のせいだとばかりに罵倒し続けている。地下牢で時を知る術はないからおおよそだけど、時計が十三周と四半分ほどはこの状態だ。けっこう細かいのは、僕の体内時計は師匠によって鍛えられているからだ。それこそ地獄のような課題に追われない限りはそうそう外さない自信がある。まぁ、いまは役に立つかわからない。


「――ちょっと、聞いてるの!」


 僕が少しばかり遠い目をしていたことに、なぜこの暗がりでわかるんだろう? 魔術師の弟子として一つ年上な分? それとも僕には理解不能な女子的直観というやつだろうか。


「あ、ごめん」


「しっかりしてよ。あんたも何か考えなさいよね」


「……なにを?」


「この状況をどうするかよ! やっぱり馬鹿なの?」


 たしかに賢くはないかもしれないけどさ。そうポンポン馬鹿とか言うのはどうなんだ。反論はしないけどね。怖いから。


 だけどレナ姉さんが言うほど馬鹿じゃないと言いたい。考えなかったわけじゃないよ、もちろん。それこそ時計が十三周と半刻前くらいまでは、いまこの状況をどう打破するかを真剣に考えた。そのときにもきゃんきゃん叫んでいたレナ姉さんの方が奇特だと思っていたくらいだ。


 うん、それでそのときの結論だけど。まぁ、無理だよね。打破なんて無理。

 牢獄を形作っている地下自体は王城の歴史と同等だろうと思う。ということは余裕で百年以上経っているはず。なのにここに嵌められた鉄柵だけはそれに比べてずいぶん新しい。おそらく<魔導石>を使って、対魔術師用の術がかけられている。鉄柵の芯にでも入っているんだと思う。

 放り込まれた後にあっさりと兵士がいなくなったから予想はしていたんだけれど、いざ自分がそういう特殊な場所に入れられると妙な気分になる。


「ちょっと、この柵どうにか出来ないわけ?」


 レナ姉さんがそれまでと打って変わって、すごく声を低めてそう訊いてきた。他の投獄された人々の耳を気にしてのことだろう。

 結露に濡れた柵をカタカタ動かしつつ、力ではどうにもならないことを確認している。見た目はか弱いようなレナ姉さんと、暗所植物を地でいく僕にそもそも腕力なんて無いんだけどね。


「どうにかって? 術かかってるよ」


 僕の反射的な言葉に、レナ姉さんはその綺麗な山を描く眉を跳ね上げた。くるくる変わる表情は快活さを色濃く印象付ける。フィーリアさんも明るい顔立ちだけど、あちらは暗がりでも仄かに照らす光源のような感じ。レナ姉さんは暗がりをがーっと照らす松明の火。燃え上がっているのだ。


「そのくらい知ってるわよ。でもかなり弱いでしょ? 私たちが怪しいっては思われてても、魔術師の弟子だってことはまだ知られてない証拠ね。だからこれくらいなら破れるんじゃない? でもあたしは……そんなに力が強くないの! だから嫌々ながらあんたに振ってるのよ」


 左様ですか。

 でも正直、その期待には応えられないんだよね。僕だってこんな事実はありがたくないんだけれど。


「僕は術が使えないよ」


「だ・か・ら、暴発覚悟でやってみろって言ってんの!」


 暴発させて騒ぎになって、その後をどう乗り切るんだろう。いや、問題はそこじゃないな、僕の場合は。

 正しく意味が通らなかったことはわかった。なればもう一度。それでもダメなら何度でも言おうじゃないか。


「いやだから、僕は術が使えないんだ」


 もういっそ胸も張った。どうだ!と言わんばかりに。


「――……は?」


 うわ、怖い。女の子の地声って怖いなぁ。この暗さでも多少は相手の顔が見える。胡乱な目というやつで僕を見るレナ姉さんの顔は、おそらく好きな人とかには見せちゃいけない表情だ。たぶん彼女が敬愛するラスディの前では絶対に出さないだろう。


「何言ってんの? あんた、あのウラルド=ウル・リディクスの弟子なのよね。それも唯一の」


「おっしゃる通りです」


 唯一とか言われると変な付加価値がつきそうだからやめてほしいけれど。“あの”師匠の弟子であります。


「なのに術が使えないって何。あんた無能なのに魔術師になるの? なれないよ、それ」


 無能と来たか! ……この言い方だとレナ姉さんは名門出身のお嬢さんなのかもしれない。うん、それならこの高飛車っぷりも納得できる。お嬢様というのは高慢ちきじゃないといけないよな、僕の脳内基準では。

 それにしても僕の不便さはやはり驚愕モノらしいな。他に弟子がいないと比べる基準もないからそういうところに疎くなる。


「多少なりとも能力はあるはず。それはラスディが知ってる。でもいまは使えない」


「……わかりやすく言え」


 かなり乱暴な口調になったレナ姉さんに、僕は肩をすくめるくらいしか出来ない。


「僕が師匠に弟子入りしたときに使えないようにされたんだ」


 あ、これってけっこう重い扱いをするべき事柄だったんじゃ……。

 でもレナ姉さんは、ただただポカンとして僕を見ている。


「本当の理由は師匠しか知らないけど。以後三年ちょい、僕は術というものを使ったことがない。それっぽいことは精神集中の練習くらいしかさせられてないし」


 僕の魔術師になるための修行内容は、毎日朝晩の決まった時間に精神を鍛えるとかで瞑想をする。だいたい眠いから何も考えずにボーっとして二度寝したり、逆に寝ないようにどうでもいいことを考えてたり。日中は薬草を選り分けて(最近はそれで薬を作る段階まで進んだ)、師匠の研究部屋を片付けて、フィーリアさんの家事手伝いをして、課題があればそれに取り組んで、そこら辺にある本を読んで、僕が担当させられている鶏とか羊の世話をして、お使いがあればそれをして――魔術というものが絡まないんだよなぁ。


 魔術の仕組みは知っている。けれど実践はない。

 こういうのを使えない奴と言うんだ。どうだ参ったか!









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