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『告白』

作者: 海。

 夏休み直前。高校生にとっては恒例の定期テストはつつがなく終了。その返却も行われ、紙っ切れに書かれている数字に多くの生徒が一喜一憂したのも束の間、俺たちの学校では球技大会が行われていた。

 野球部とサッカー部そしてその周りを陸上部、というように、同時に3つの部活が活動することができるわりかし大きなグラウンド。そこでは女子がソフトボールを、男子がサッカーボールを、炎天下の中必死で追い掛け回している。もちろん、全ての生徒がフィールドで走っているわけではない。フィールドでプレイしている選手以外の生徒の多くはその周りを囲んでいる。しかし、それぞれの生徒の動きというものは様々。自分のクラスのチームだろう、一生懸命声を張り上げてフィールドのプレイヤーを応援している者や、興味がないのに同じクラスだからと日の下に引きずり出されぼんやりと試合の流れを追っているだけの者もいた。

 しかし、その中で俺はどちらにも該当しない。現在、校舎の中でも奥のほうにある図書室の中に俺はいる。ほぼ大多数の生徒が球技大会に参加しているので、現在ここにはほとんど人がいない。わずかにいると言ってもクラスの中でいまいち輪の中に入ることができずにいる数名の生徒だけである。彼らは机の上に漫画を積み上げて熱心に読み耽っているので周りに意識を向けようとはしない。そして、その奥の本棚の影に、俺はいる。そして、目の前には俺と同じ年の女の子。

 現在、俺の心臓は過去に例を見ないほどに早く脈を打っている。またその鼓動の大きさも激しく今にも口から心臓を吐き出しそうなほどだ。

 その理由は言うまでもなく、眼前の少女である。セミロングのきれいなストレートの黒髪で、彼女の目線は、身長が平均よりも少し低い俺よりも数センチ高い位置にある。その高身長から入学当初はバスケ部やらバレー部やらから強い勧誘を受けていたらしいが、現在ではその文化系の大人しめの性格も知れ渡り、すんなりと美術部に落ち着いている。なんとなく地味系の子ではあるものの、目鼻立ちは整っており意外と男子から人気があった。

 さて、そんな彼女がこの球技大会というクラスが一丸となって参加するような行事のさなかここにいるのか。無論、彼女がクラスの輪に入れていないわけではない。クラスではわりと仲のいい友達も多く美術部では一種のアイドル的な存在でもある。美術部ということで絵もうまく、クラスでのイラストを描いたりという仕事も快く引き受けてくれるので、彼女を嫌いという生徒の方がむしろ少ないだろう。

 彼女がここにいるのは先日俺が彼女に身の程をわきまえることなく、授業終了直後の教室前の廊下という公衆の面前で「好きです」というなんの捻りも無い告白したからである。当然、そういう行動にいたるまでにも紆余曲折あったわけだけれどもここでは割愛させてもらおう。結局、その時の彼女は顔を真赤にして走り去ってしまったわけなのだが、後日彼女の友人からお呼び出しがかかり、待ち合わせ場所を伝えられ、こうして図書室で二人でいるわけなのである。彼女の友人達から大バッシングを受けつつ、こうなった元凶である部活の友人からはからかわれまくりながらここまで来たのは言うまでもないが。何にせよ今のドキドキは半端ない。正直告白時にはダメモトでという気持ちも強かったので答えはともかく呼び出されればこうもなる。

 俺がここに来て彼女と合流してから数分。下手をすれば十分以上がたつ。その間で交わした言葉は「こんにちは」の一言ずつ。最初のその挨拶以来沈黙を保ったままだ。おれ自身もその無言の状態が苦しくて何度が口を開こうとしたがイマイチ何を言えばいいかわからない。そんなことでグラウンドの歓声だけが聞こえる時間が続いたわけだが、不意に目の前の彼女がその小さな口を開いた。

「―――この間は、その、びっくりしました」

 そりゃそうだ。大人しく、普段からあまり積極的ではないように見て取れる彼女だ。そうでなくてもあんな告白のされ方をされれば、誰だって驚く。

「え、あっあのっっっ、すいませんでしたっ!」

 彼女の言葉で自分の行いを思い出しとっさに謝ってしまったが、それを聞いた彼女も驚いたように慌てて「えっ、いや、こちらこそすいませんっ」と謝り、一瞬お互いに思考がこんがらがって、わけのわからない状態になってしまった。そして、あわあわと成り立たない会話が数回繰り返されるうちに、先ほどの沈黙はどこにいったのか、いつの間にか普通に会話ができるようになっていた。彼女もだいぶ楽しそうにしている。まぁ、先ほどの成り立たない会話の内容は俺自身、どうにか会話をつなげようと必死だったために会話直後の現時点であまり覚えていないのだが。

 何はともあれ、彼女が笑ってくれたのは俺としてもうれしい。それに、なんというか、彼女の微笑んだ姿がめっちゃ可愛かった。なんか、その表情を見て、正直、彼女のためだったら何だってやってあげたいという気持ちになる程に。

「面白いね」

 あぁ、自分でも耳まで真っ赤になっているのがわかる。いつの間にか敬語じゃなくなってるし。

「でね、この間の話なんだけどね」

 彼女のその言葉で一瞬ほうけてしまっていた自分をしっかりと現実に引き戻す。真剣な会話。この間というのは間違いなく告白の時の話だ。落ち着きを取り戻していた心臓がうるさいくらいに高鳴った。彼女も同じなんだろう。うっすらと頬が朱に染まっている。

 またもお互いに黙りこくってしまう。ただ、さっきと違うのはお互いに何を言ったらいいのかわからないのでなく、彼女が何を言うのかわかっているのに緊張して言葉につまっているということだ。俺はただ、静かに彼女の二の句を待つ。

 それから数分、意を決したようにゆっくりと口を開く。

「―――あのね」


 遠くで甲高いホイッスルの音と共に、生徒達の歓声が響いた。

 

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