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第8話

 魔女に振り回されているのは、火を見るよりも明らかだ。ハノンもクライヴも。もしかしたら、気付いていないだけで、他にも振り回されている犠牲者はいるのかもしれない。

「なんでエド殿下が私と主従契約を結ぶとクライヴ殿下が邪魔者になんの?」

「さあ、どうしてだろう?」

 クライヴは気持ちさえも操られていたのではないか?

 最もらしい偽りをばらまいてクライヴを操って、自殺を促した。

 そうであるならば、それは一体なぜ? 魔女もエドゥアルドを国王にしたいということなのか。

「もうそれが間違いだって気付いているよね?」

「ああ。きちんとエドゥアルドとこの誤解については話し合ったからもう大丈夫。二度と毒を飲んだりしないよ」

 それはもう分かっている。この部屋を訪れたときから。その表情を一目見れば、分かってしまう。それ程にクライヴの表情は変わっていたのだ。

「分かっているよ」

「うん、そうだね」

 クライヴの精霊のような儚い笑顔も好きだが、今のような精気の溢れる笑顔も好きだなと思う。

「じゃあ、私の秘密もお話しするよ。きっと信じて貰えないとは思うけどさ。……私、本当は人間なんだ」

 そう言ってクライヴを見た。クライヴは何とも言えない表情を浮かべていた。

「魔女を怒らせてしまって、魔獣に変えられちゃった。魔獣になって呆然としているところに、エド殿下が現われて、あれよあれよという間に主従契約が結ばれちゃってた」

 こんなにも短い。ハノンの身に起こった出来事なんて、口にしてしまえばこんなにも短いもので、その言葉からは絶望とか苦悩とかは、まるでないように聞こえる。

「私が池に落ちたとき、あの黒髪で黒い瞳をした少女を見たような気がしたんだ。もしかして、君が彼女なの?」

「確かに私は黒髪、黒目でした。この王城には私しか黒髪はいないみたいだから、私なんだろうと思うけど」

 クライヴは、死に差し迫ったあの時、夢か幻を見ていたのかもしれない。だってあの時、ハノンは魔獣の姿だったのだから。

 クライヴはハノンを凝視していたが、ハノンが目をあげて彼の目を見ると、慌てて反らした。

「クライヴ殿下?」

「私は何も知らないで、自分のその……気持ちをぺらぺらと話してしまって……」

 思い出したっ。

 クライヴは、ハノンに一目惚れをしたのだと話してくれていたではないか。

「いやっ、あの私こそ勝手に聞いてしまって。ごめんっ」

「そのごめんは私の気持ちを聞いたことに対するものだよね? それとも私はもうフラれてしまったのかな?」

 頭を横に、胸の前で両手を激しく振った。

「クライヴ殿下をフるなんて滅相もない。けど、私、今まで男の人を好きになったり、付き合ったことがないから。それに、魔女がかけた呪いが厄介なもんで」

 男の人を好きになったことは恐らくない筈だ。ハノンの記憶を辿っても、思い出そうと意識してもそれらしき男の人は現れない。思い出されるのは、いつも出てくる靄に包まれた大きな男だけ。その男がハノンの恋の対象で有り得る筈はなかった。

 暗い思考に引き摺り込まれそうになり、慌てて頭を振った。

 もし、ハノンが魔獣にならなかったなら、将来的にクライヴと……、なんてこともあったかもしれない。いや、そうなるとは決まっていないし、相手は第一位王位継承者でハノンは、貴族が忌み嫌う黒髪、黒目なのだから、簡単に上手くいかなかっただろうけれど。それでも、人として誰かを好きになっていたかもしれない。

 勿論、今だって人であるとは思っているが、姿がこれじゃ、乙女チックに夢を見ることすら叶わない。

「どんな呪いなのか聞いてもいい?」

 出来れば言いたくない。ハノンを好きだと言ってくれているクライヴがどう思うのかを考えると、言いづらい。

「ハノン?」

「私が魔獣になって初めて名前を告げた人と愛し愛されなければ呪いは解けない。要するに、私がエド殿下と愛し合わなければ人間には戻れないってこと」

 なんて悲しそうな顔をするんだろう。

 ちくりと胸が痛む。クライヴのこんな顔は見たくない。クライヴに笑顔を取り戻させたいって思うけれど、ハノンには何も出来なかった。

「それはエドゥアルドも知っているの?」

「エド殿下は何も知らない。私が人間だということも、呪いをかけられていることも、呪いがどんなことかも」

 二人の間にしばしの沈黙が訪れた。

 クライヴは何か考え込んでいるようで、ハノンは何を言っていいのか分からず、クライヴの次の言葉を待っていた。

「エドゥアルド……か。ハノンは彼を好きになると思う?」

「正直言って、無理。エド殿下はナルシストだし、スケベだし、女心ってもんを分かってないっ。あんなの願い下げだっ」

 エドゥアルドのことを話しているうちに、怒りがふつふつと沸いてきて、鼻息混じりにそう言い放った。

「そうなんだ……」

「ああ、ごめん。ついエド殿下のことを考えてたらムカムカしちゃって」

 拳をぎちぎちと握り締めるハノンを見て、クライヴは軽く笑った。その心からの笑顔を見て、ハノンも知らず知らず心が弾んだ。

「おい。そろそろ戻るぞ、ハノン」

 ノックもせずに当然のように姿を現したエドゥアルドを見て顔を歪めるハノンに、クライヴは再び軽快な笑い声を漏らした。

「はいはい。分かりましたよ。それじゃ、クライヴ殿下。私、行くね」

「ハノンっ。また、会えるかな?」

「勿論。またね」

 名残惜しそうにハノンを見送るクライヴに別れを告げ、部屋を出た。

 クライヴと秘密を共有することで、一種絆のようなものが生まれたような気がしていた。

「兄上と何を話した?」

 機嫌の悪そうなエドゥアルドの声に驚き、顔を上げた。明らかに不愉快そうなエドゥアルドは、それを隠そうともしていなかった。

「なんで怒ってんの? ウザいんだけど」

「怒ってなどいない。私は、兄上と何を話したんだと聞いているだけだ」

 嘘だ。

 エドゥアルドのぴりぴりした雰囲気に、ビバルとアナ、カイルまでもひやひやしている。

「別にお礼言われただけ。あとは、エド殿下が聞いたのと同じことを聞いただけだよ。とにかくさ、なんでそんなにカリカリしてんだか知んないけどさ、短気な男はモテないよ?」

「余計なお世話だっ」

 ぷりぷりと吐き捨てるように怒鳴るエドゥアルドに、後ろに従えている三人がビクリとする。

「ああ、分かった。大事な大事なクライヴ殿下を私に取られたと思って嫉妬してんでしょ? お兄様大好きだもんね?」

「黙れっ。違うと言っているだろうがっ。私を勝手にブラコンになどするな」

「あれ? 違った」

 頭を抱えて大きなため息を吐くクライヴと、それをニヤニヤしながら観察しているハノンを、後ろの三人はハラハラと眺めていた。止めに入ったほうがいいのだろうが、とばっちりは受けたくない。そんな三人の心情が手に取るように感じられた。

「別にお前に嫉妬したわけじゃないぞ。強いて言うならそのはんたぃ……」

 徐々に勢いと声の大きさが萎んでいくエドゥアルド。

「は? なに? 聞こえなかった。もっかい言って」

「もういい。触れるなっ」

「何それ。意味不明なんですけど」

 どこまでも意味不明なエドゥアルドにハノンは、呆れて苦笑が漏れた。

 エドゥアルドは、ハノンよりも年上だけど、どう考えても精神年齢はハノンのほうが年上だと思う。

 ずんずんと怒りを振りまきながら歩いていくエドゥアルドの背中を見上げて、そっとため息を吐いた。


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