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第76話

 ハノンとエドゥアルドは暫く屋外で時間を潰したあと、中へと入っていった。

「あら、エドゥアルド殿下。いらしていたんですか?」

「なんだか来ては行けなかったような言いぶりだな。ハノンが心配で来てみたんだ」

「そうでしたか。本当に殿下はハノンが大好きでらっしゃるのね」

 なぜか二人の間で不穏な空気が流れているように感じた。二人とも笑顔であるのに。イヤ、その笑顔がその不穏な空気を強調しているように見える。

 ハノンは首を傾げた。

 二人はこんなに仲が悪かっただろうかと。

「ところでエド殿下はどうやってここまで来たの? まだ答えてもらってなかったよね」

 二人の矛先を他へ向けるためそんな話題を提供した。

 ハノンがなんとかこの不穏な空気を一蹴しようと必死なとき、イルゼの隣に座るオルグレン大公はニコニコと上機嫌だった。

「鏡よ、鏡」

 その問いに答えたのはエドゥアルドではなくイルゼだった。

「鏡?」

「そう。私があげた鏡。あれには空間移動することも出来る魔法がかけてあるの」

 イルゼの説明によれば、鏡の面を上にして床に置き、鏡の上に立つ。そして飛びたいと思う人や場所を思い浮べれば、目的地へと飛ぶことが出来るということらしい。

「エドゥアルド殿下にそのことを教えておいたのよ。何かあったときのために」

 そんな魔法がかけてあったなんて知らなかった。

「そうなんだ」

 いつの間にそんな魔法をかけていたのかと感心する。そして、それをエドゥアルドにだけ教えているあたりやはりイルゼだと思うのだった。

「ハノン。少し君と話がしたいんだ。いいかな?」

 イルゼの話が終わるのを待っていたのか、オルグレン大公がハノンに話し掛けた。

 ハノンはちらりとエドゥアルドを見た。エドゥアルドは不本意ながらと言いたげに頷いてみせた。

 さっき室内に戻ってきたばかりのハノンだったが、再びオルグレン大公とともに屋外へと出た。

「ありがとう、オルグレン卿。イルゼさんを助けることが出来たのはあなたのおかげです」

「ハノンにありがとうを言われる資格はないんだ。私は……」

「もう、資格がないとか過去がどうとか、そんなのはいいんです。オルグレン卿は私を愛してくれているんでしょ? 娘として」

「勿論っ。ハノンは私の自慢の娘だよ。娘であり、友でもある」

 慌てて叫ぶオルグレン大公が可笑しかった。

「笑わないでくれ、ハノン。私は本当に君が大事なんだ。あんな酷いことをしておいて虫がいいと思うかもしれないが。本当に申し訳な……」

「私が聞きたいのは違う言葉だよ、お父様」

 オルグレン大公が口にした謝罪の言葉に被せるようにそう言った。

 オルグレン大公を見れば、泣き笑いの表情を浮かべていた。

「ありがとう、ハノン」

「うん」

 オルグレン大公がハノンを閉じ込めたり、誘拐したりすることはもうないだろう。

 本当の意味で漸く親子になれたのだ。

「イルゼさんを幸せにしてね、お父様」

「勿論、任せてくれて構わないよ」

 この先イルゼさんは、亡きオルグレン夫人のことを思い出して苦しみを感じることもあるだろう。けれど、二人なら強くいられるはずだ。


 再び屋内に戻ったハノンは、エドゥアルドに強制連行されて王城に戻った。

「殿下。ハノン。お帰りなさいませ」

 二人を待っていたかのように立ちはだかるビバル、アナ、カイルを見て少々驚いた。

「ただいま」

「イルゼ様は如何されましたか? まあ、ハノンの表情を見れば一目瞭然ですが。良かったですね。……ところで殿下、我々に無断で姿を消すとは何事ですか」

 ビバルの威圧感丸出しの笑顔にハノンは凍り付いたが、エドゥアルドは素知らぬ顔をしている。

「なに、エド殿下無断で来てたの? ダメじゃん」

「告げる暇がなかったんだ」

「告げる気もなかったでしょう? 適当なことは言わないでください。あなたがいない間に少々厄介な情報が入りました。話がありますので今すぐ執務室においで下さい」

「明日にしろ」

 エドゥアルドが憮然と言い放った。

「それが……、明日では遅いかと」

 いつになく歯切れの悪いビバルの物言いに、ハノンもエドゥアルドも悪い予感が胸をよぎった。

「分かった。ハノン、すぐに戻ってくる」

 エドゥアルドはそう言って、ハノンの額に唇を軽く押し付けたあと、部屋を出ていった。

「アナはなにか聞いてるの?」

 ただならぬ雰囲気のビバルに不安を隠し切れずに問い掛けた。

「いいえ。私は何も。ところでイルゼ様がご無事で良かったですね」

 アナは知っている。

 慌ててハノンの気を逸らそうと無理矢理話を方向転換するあたり怪しい。

「うん、本当に。ギリギリだったんだ。というか、一瞬死んでたけど、生き返った感じ。なんにしろ呪いは解けたから大丈夫」

 アナが話したくないのなら、無理強いするのは気が引けた。だから、アナの話に乗ることにしたのだ。

「あの二人は上手くいったのですね? そうしましたら、ご結婚なさるんでしょうか?」

「気持ちは確かめあってたよ。でも、結婚はどうかな。まだ、オルグレン夫人を亡くしたばかりだし、今すぐにとはならないんじゃないかな」

 もしかしたらこのまま結婚はしないかもしれない。結婚という形だけがいいというわけではないから。ただ、お互いに想い合うこと、今の彼らにはそれだけで十分なような気がする。


 エドゥアルドが戻って来たのは、それから一時間ばかり過ぎた頃だった。

「エド殿下。何か厄介な事件でも起こったの?」

 戻って来たエドゥアルドの表情があまりに曇っていたので、ハノンは不安になって問いただした。

「もしかして、どこかの国が攻めて来たとか?」

「いや、近隣諸国とは上手くいっているよ。アデルドマーノの治安もだいぶ良くなってきたようだし、フェルナンの手腕は想像以上に素晴らしいようだ」

 フェルナンという名にとても懐かしさが込み上げて来た。フェルナンと共に旅をしていたのは、そんなに遠い記憶ではないというのに。

「じゃあ、何?」

 エドゥアルドがハノンの瞳を見ようとしない。

 まさか……。

「エド殿下に婚約者が現れたの?」

 ハノンが一番恐れていた事態。いつかそんな日が来ると心の中で覚悟はしてきた。実際そんな日が来たら自分の心がどんなに悲鳴をあげるか分からないが、想像しただけで胸が押しつぶされるのだから……。

 エドゥアルドはハノンの問いに答えなかった。それは肯定ととるべきなのだろう。

「そうしたら、私はここから出ていかなければならないね?」

 もうすでに涙が零れそうだったが、努めて明るくそう言った。

「そんなことにはならない。ハノン、お願いだ。そんなことは言わないでくれ。私の唯一の女はお前だけなんだ。私を信じてくれないか。私はお前以外の女と結婚するつもりはない。どんなことがあっても私を信じてくれ」

 これからハノンにどんなことが待ち受けているのだろうか。

 どんなことがあってもエドゥアルドを信じていけると胸を張って言えるだろうか。

 今のハノンには希望よりも不安の方が大きく、重くのしかかっていた。

「信じたい。エド殿下を信じるよ。どんなに辛くても私にはみんながいるもの」

 その婚約者が現れたことでエドゥアルドと容易に会うことが出来なくなってしまっても、ハノンにはアナがいるのだから。アナ以外にもハノンの周りには頼れる人が一杯いるのだから。


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