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第72話

 久しぶりに会ったエドゥアルドに不覚にも涙を浮かべてしまったハノンを、息が切れるほど強く抱き締めた。

「く、苦しいよ、エド殿下」

 苦しげに吐き出す吐息混じりの声を、わざと無視してエドゥアルドはさらにきつく抱き締めた。

「仕方ない。お前が足りなくて我慢の限界だった。迎えに行こうと悩んでいたところだ」

 ハノンの頭に自身の頬を押し付けてぐりぐりするエドゥアルドに愛しさを感じてそのままされるがままになっていた。

 我慢の限界だったのは、ハノンとて同じことだ。

「エド殿下。ただいま。ごめんね、わがまま通しちゃって」

「いいさ。だが、私のわがままも聞いてくれるだろう?」

「え? 何? 私に出来ることなら何でもするよっ」

 少し無理めなわがままでも今日は聞いてあげようと思っている。

「ということでビバル、今日の仕事はこれで切り上げて、私たちは部屋に籠もるからあとは頼むぞ」

 エドゥアルドは簡潔にそれだけ言うと、ハノンを抱き上げて歩き出した。

 部屋に籠もると言っていたが、まだお昼前なのだ。

 イルゼの家から帰って来て、すぐにエドゥアルドに会いたくて仕事中だって分かっていたのに執務室に出向いた。

 姿を見せた途端に抱き締められ、冒頭に戻るわけだ。

「殿下。あまりハノンに無理をなさらないように」

 部屋を出ようとするエドゥアルドににビバルが言った。

「その自信はないな」

 振り向くことなく出ていくエドゥアルドに、ビバルが苦笑を浮かべているのが見えた。

「ねぇ、エド殿下。部屋に籠もって何をするの? ビバルが無理をさせるなっていってたけど、何のことなの?」

「分からないか?」

「ムッ、分からないから聞いてるのに」

 エドゥアルドのからかうような面白がっているような声にイラッとした。

「ベッドでお前を楽しませると言ったら分かるか?」

 そこまで言われれば、ハノンでもエドゥアルドがこれから何をしようとしているのか分かってしまった。

「わっ、分かった。それがエド殿下のわがままなの?」

「ああ、私が満足するまで付き合って貰う」

「とっ」

「と?」

「とっ、とんだド変態だねっ」

「ド変態ってお前。私に我慢させたお前が悪いんだぞ?」

 そう言われてしまえば何も言えなくなってしまうことをエドゥアルドは知っている。

 ハノンが申し訳ないと思っていると知っての発言だ。

「お手柔らかに……」

 蚊の鳴くようなか弱い声で呟いたが、しっかりとエドゥアルドには聞こえたようだ。

「それは無理そうだ。諦めろ、ハノン」

 今すぐ逃げ出したいと思ったが、エドゥアルドにがっしりと抱き上げられている状態で、そんなことは叶うわけがなかった。

「ド変態」

 苦し紛れに呟いたハノンの言葉に、エドゥアルドは軽い笑い声を漏らした。

「誉め言葉と受け取ろう」

 どんだけポジティブなんだと突っ込みたくなったが止めておいた。これ以上何を言ってもエドゥアルドが止まることはないし、エドゥアルドを止める術もハノンには持っていない。そして、何よりハノン自身が止めて欲しくないと願っていた。

 本来なら、城に戻り次第オルグレン大公に会いに行こうと思っていた次第なのだが、エドゥアルドに捕らえられたハノンは今日の計画を明日に延期しなければならなくなった。

 イルゼの本音を聞いた後、名残惜しくはあったが色々と動きたいために一旦イルゼの家から城に戻って来た。イルゼが賭けの内容をハノンに教えるとは思えなかった。これ以上、イルゼの家にいても情報は得られない。

 イルゼのことだ。恐らくその賭けはオルグレン大公に関係していることであると思う。ならば、オルグレン大公をイルゼに会わせることが一番なような気がしたのだ。その為に、オルグレン大公に会いに行く。


「一体お前は何を考えているんだ? 私が目の前にいるというのに」

 いつの間にかそこはエドゥアルドとハノンの部屋の寝室で、ハノンはベッドに横たえられ、その上にエドゥアルドがいてハノンを覗き込んでいた。

 あまりに深く考え込んでいた為、周りのことが見えていなかったのだ。

「えと、イルゼさんのことを。それにしても着くの早くない? いつの間に部屋まで着いたのかな?」

「走って帰って来た。もう、我慢出来ない」

 そう語るエドゥアルドの瞳が艶やかに潤んでいるので、ハノンはその瞳に見惚れてしまった。

「言ってることが卑猥すぎるよ。もう少し、こう何とかならないのかな」

「我慢出来ないものは、我慢出来ないんだ。お前を抱きたくて抱きたくて仕方なかった。お前の全てに触れて、舐めて、食べ尽くしたいと思っていた」

 直接的過ぎるエドゥアルドの物言いに、ハノンは羞恥心を隠すことが出来ず赤面した。

「変態っ。ドスケベっ。チカンっ……」

 涙目になって悪態を吐くハノンに、微笑みかけるエドゥアルドはあまりに美しい。悪態を吐くことすら難しくなったハノンは、とうとう口を噤んでしまった。

「私が変態なのも、ドスケベなのも、チカンなのもハノンのせいだ。ハノンが私をそうさせる」

「何でっ。私のせいじゃないじゃん」

「私をこんなにも狂わせたのはお前だぞ、ハノン。その責任は今日から未来永劫たっぷりと取ってもらうぞ。覚悟しろ、ハノン。私はお前を放さない。お前がイヤだと望んでも……」

 狂気じみたエドゥアルドの言葉は、ハノンには嬉しくて仕方なかった。誰にも必要とされない人間だと思っていたハノンが、こんなにも人の心に刻み込まれ、そして愛の言葉を与えられる。

 ハノンにとって、エドゥアルドはあらゆる面で特別な存在だ。

 エドゥアルドに頼まれても、もう離れることは出来ない。離れていかないで、と強く願っているのはハノンの方だ。狂気じみた愛を持っているのもハノンの方だ。

「私だって狂ってるよ。エドゥアルドが好きで好きで仕方ない。会いたくて仕方なかったのは私だって同じだよ。離れたいなんて言わない。エドゥアルドがイヤになっても絶対放してやらないんだから。ずっとずっと傍に居続けるんだからっ」

 ハノンはエドゥアルドの首に腕を絡ませると、引き寄せキスをした。

「エドゥアルド、大好き」

 いつもは「エド殿下」と呼んでいるハノンが珍しく名前で呼んだので、エドゥアルドは呆然とした表情を見せた。その後、くくっと低く笑った。

「やられた。今のは心臓に来た。今ので私は死ぬかと思った。ハノンは私を喜ばせてどうするつもりだ。本当は最初は優しく優しく抱いてやろうと思っていたが、理性の箍が外れてしまったぞ。もう、優しく抱いてやれない。ごめんな、ハノン。でも、無理だ」

 エドゥアルドはその宣言通り、ハノンをめちゃくちゃにした。

 だが、そうされることに喜びを感じたのは、その無理な行動のここかしこにエドゥアルドの愛と優しさが隠れていたからだ。だから、ハノンはその愛に懸命に応えた。応えれば応える分だけその行為が激しさを増すことも知らずに。

 明日はもしかしたら歩けないかもしれない。恐らく一歩も。

 そんな予感めいたものを感じながら、その考えが持続できないほどにエドゥアルドの愛撫に翻弄されていく。

 エドゥアルドの手に施されたハノンは、既にエドゥアルドなしでは生きていけなくなっていた。心も、そして体も。

 だが、それはエドゥアルドとて同じこと。

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