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第70話

 自信はない。

 けれど、ハノンがやらなければならないことだ。

 ハノンがやらなければ、ハノンが望む未来は訪れないのだから。

 だが、敵はそうそう心の内を見せてくれるほど簡単な人間じゃない。いくら話しても本音は引き出せないかもしれない。

 握り締めた拳をさらに強く握った。

「あら、ハノン。どうかしたの?」

「私、暫くこっちに泊まる」

 突然現れたと思えば、堂々と宣言したハノンに目を瞠っていたイルゼだったが、流石に立ち直りが早かった。

「あら、それはエドゥアルド殿下が了承したのかしら?」

「もちろん」

「ハノン。もし、あなたが私の呪いを解こうという目的でここへ来たのなら無駄よ。帰った方がいいわ」

「違うよ。話をしに来たの。私は駆け引きとかそんなの出来ないから、単刀直入に言うね。私はイルゼさんの本音が知りたい」

「私は呪いを受け入れる。それが本音よ」

 ハノンはイルゼを注意深く観察した。

 ハノンの目を見ないように逸らしているのは、それが本音ではないからだろうか。

 ハノンとイルゼとでは経験値が違う。そういう意味ではハノンの方が分が悪い。

「ウソだっ。どうして私にもウソを吐くの? 私は娘じゃないの? 言ってよ」

「ごめんね、ハノン。私の罰なのよ」

 淋しそうに笑うイルゼに、何も言えなくなった。だが、ハノンはその笑顔でイルゼの気持ちが分かった。分かっただけではダメなのだ。イルゼの口から聞きたいのだ。

 生きたい、と。

 それを聞くまでは、ハノンはここを離れるつもりはない。

「絶対言わせてみせる」

 イルゼには聞こえない小さな声で熱い野望を呟いた。


 ハノンがイルゼの家に泊まり込むことは、エドゥアルドに了承済みだ。

 大分渋っていたが、アナも一緒にという条件で許してくれた。

「アナ。ごめん。毎度毎度同行してもらって」

 夕食の材料である野菜を採りにアナと共に畑にいた。

「私はハノンと一緒で嬉しいですよ」

 アナはいつでも優しくて、少々ハノンに甘いところがある。

 女版のエドゥアルドみたいだと思うこともしばしばだ。

「ありがと、アナ」

「私はハノンに『ありがとう』と言われるのが凄く好きですよ」

「そっか。へへっ」

 照れ臭さを隠すように笑って誤魔化した。

 アナがクスリと笑ったが、ハノンは照れ隠しで懸命で笑われたことにさえ気付いていなかった。

「イルゼさん。言ってほしいな」

 今まで話していた会話とは全く違う内容なのに、アナには分かったようで、そうですね、と頷いた。

「どうやったら本音を言ってくれるんだろう」

 それはアナに問いかけたというよりは、自分自身に問いかけた言葉だった。

「ハノンの想いを何度も何度もぶつけるしかないのではないでしょうか」

「うん」

 結局何も出来ないハノンにはそんなことしか出来ないのだ。

 自分の真剣な気持ちでイルゼの頑なな壁をとっぱらうしかない。

 その日の夜、ハノンは鏡のなかに話し掛けていた。

「ハノン。お前は私がいなくて淋しくないのか?」

「淋しいに決まってるって、何言わせてんの、バカッ」

「バカとはなんだ。私はお前がいなくて淋しいぞ。お前がいないと上手く眠れない」

 ハノンだってそうだ。

 恥ずかしいから口には出さないが、一人で潜りこむベッドの中は違和感がある。

 うっかり涙が零れそうになっていたところに、エドゥアルドから通信が来たのだ。

 ハノンは、以前イルゼに渡された魔法のかけられた鏡をエドゥアルドに預けてきた。イルゼの家に来れば同じものがあるのは知っていた。これさえあれば連絡が簡単にとれる。

 それでも、顔が見えてもエドゥアルドの体温を感じられないのはやっぱり淋しい。

「エド殿下。ギュッて抱き締めてほしいよ」

 何をそんなに弱気な声を出しているんだと、自分でも情けなくなった。

「じゃあ、こちらに来るか?」

「う、ううん。こっちにいる」

 思わず、うん、と頷きそうになって慌てて誤魔化した。

 今は、エドゥアルドに甘える時じゃないと思えた。今、エドゥアルドに会いに行ってしまうと、ずっとエドゥアルドの傍から離れられなくなりそうだ。

「そうか。無理はするなよ、ハノン」

「うん。エド殿下こそ仕事のしすぎで体調崩さないでね」

「ああ。ハノン、おやすみ」

 通信が途切れたあと、ハノンは一人涙した。

 人が愛しくて涙が出ることを知った。ハノンは自分が深くエドゥアルドを愛しているのだと、しみじみと感じた。

 きっと今日は一緒に眠れないから、夢の中で会いにいこうと心に決めて、ベッドに潜り込んだ。


 翌朝の目覚めは爽やかであったが、隣に眠っているはずのエドゥアルドがいないのを見ると、少し爽やかさが萎んだ。

 ハノンが目覚めたのに気付いたのか、アナがノックのあとに入ってきた。アナの爽やかな笑顔を見ていたら、少し気分が上昇したような気がした。

「ハノン。よく眠れましたか?」

「うん。ねぇ、アナは好きな人の傍にいれないことに淋しさを感じないの?」

「どうしたんですか、突然。……勿論、感じますよ。けれど、私とハノンでは状況が違いますから。私は片想いですから、普段から傍にいるわけではありません。ですから、淋しいというよりも忘れられやしないかと、それのほうが気懸かりです」

 アナは自分から相手の話をしてくれるわけじゃない。アナと料理長との恋はいい具合には進んでいないようだ。というよりも、アナが進展させようとしていないだけかもしれない。

「そっか。アナはその人とどうにかなりたいって思わないの?」

「今は思いません。私にはなすべきことがありますから、正直そんなゆとりはないんです」

 にっこりと微笑むアナを見ると、その笑顔を見ればどんな人でもイチコロなんじゃないかと思った。

「もしかして、そのなすべきことって私のこと? そうだとしたら私は邪魔しちゃってるってことになるよね?」

「私のなすべきことは確かにハノンを守ることです。けれど、ハノンがそのことを気に留める必要はないんですよ。今は気持ちを伝える時じゃないと感じるから言わないだけで、気持ちが溢れたら告げるつもりでいますから」

 何となく腑に落ちない感じはしたが、アナの表情がすっきりしているあたり、あまりハノンが気にすることではないのかもしれない。

「ならいいんだけど」

「なぜ突然そんな質問を?」

「ちょっと、っていうよりかなりエドゥアルドが隣にいないことを淋しく感じちゃって。みんなこんな気持ちになるのかなって思ったんだ」

 ハノンにとってエドゥアルドは初恋だ。そもそも恋愛関係の知識が殆どないに等しい。だから、自分の感情が普通なのか異常なのか分からない。

 ハノンがエドゥアルドに対する態度が正しいのか、誤っているのかも分からない。

 一般的な恋人たちの形とか、振る舞いかたとか、恋人を喜ばせる術とか、上げだしたらキリがない。

「なると思いますよ。好きという気持ちが大きければ大きいほど淋しさは大きいんじゃないでしょうか」

「うん」

「ハノン。その気持ちを素直に殿下に仰れば、殿下は喜ぶと思いますよ」

 そうか。

 昨日の夜聞かれたとき、もっと素直に伝えればもっともっとエドゥアルドは喜んでくれたかもしれない。

 恥ずかしさから悪態をついてしまったことを少し後悔していた。

 次は上手く伝えられるだろうか。


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