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第67話

「あなたは……イルゼの何? 同じ髪と……目の色をしているね」

 バウティスタがハノンを無遠慮に見つめたあとそう言った。

「母だよ。だけど、戸籍上は母ではない」

 バウティスタに隠さなければならないものでもないだろうと、さらりと口にした。

「それは……秘密にしなくていいの? 君もイルゼと同じ黒の魔獣なんでしょ?」

「バウティスタさんは私とイルゼさんが親子で黒の魔獣だって事実を知って、それを悪用しようと思うの?」

「……イヤ」

 やろうと思えば出来なくもないかもしれない。バウティスタに信頼できる人物がいるのなら、その人と連絡を取って何らかの手を打てば国王にだって返り咲けるかもしれない。黒の魔獣であるハノンとイルゼを切り札にすればそれも容易かもしれない。

 だが、バウティスタはもうどんなに心が回復しても自分の国に戻ることはないだろう。ましてや国王になることもない。

 おきまりの勘でしかないのだが、ハノンは自身のその勘を疑ったりしない。

「そうでしょ? じゃあ、問題ない」

「君は……変わっているね」

「容姿が?」

「ははっ、違うよ。君のもイルゼのもとても美しいと思うよ。私のまわりには私のことを信用しているようでしていない人ばかりだったからね」

 バウティスタの喋り方が漸く普通に戻ってきていた。最初はオドオドとしていたものだったのだが。あまりイルゼとは会話をしないらしいので、化石化していたのかもしれない。

「そっか」

 周りに味方がいなかったのだ。イヤ、もしかしたらいたのかもしれないが、バウティスタには気付くことが出来なかったのだ。自分から結界をはって誰も自分のエリア内にいれようとしなかったのか、そもそも気付くゆとりすらなかったのか。

「君はよくここに遊びに来るの?」

「週に一度は来るよ。イルゼさんに魔法を教わっているから」

「じゃあ、また会えるね」

「うん。そうだね」

 バウティスタがはにかんだ笑顔を見せた。アデルドマーノ王国で見た、殴ってやりたくなるような雰囲気はもうバウティスタからは感じられない。

 バウティスタとはいい友達になれるかもしれない。

「さあ、イルゼさんが待ってるから行こう」

 バウティスタは案外早くに立ち直るだろう。ハノンは安心していた。バウティスタがイルゼに危害を加えるんじゃないかとこっそり心配していたのだ。


 昼食のあと、ハノンはイルゼの部屋に招かれた。バウティスタはリビングで本を読んで寛いでいる。

「ハノン。これをあなたに見せたくて」

 差し出されたのは一枚の絵だった。

 ハノンやイルゼのように黒い髪と黒い目をした女性の肖像画だった。

「これは?」

「私たちのご先祖様ね。初代の黒の魔獣だった人よ」

 黒く長いストレートの髪が美しく、ほんのりと浮かぶ微笑が何とも儚かった。

「綺麗な人。この人が私たちのご先祖様なんだ。この人があんまり綺麗だから、忌み嫌われるようになったんだよね?」

 この絵の女性が男性を翻弄して、事実無根の噂を流されてしまったのだ。その後の黒髪黒目を持つ女性はそれで苦労してきたのだ。あんまり綺麗なのも考えようだ。

「そうね。でも、この容姿じゃ仕方ないのかなと思ってしまうわよね」

 納得してしまう美貌を持っているのは事実だ。

「うん、確かに」

 神秘的な雰囲気をその絵から感じる。実物はどれだけ綺麗だったんだと思うと、浮世離れしていたのではないかと感じる。

「本当にいたんだね。本当は伝説みたいなもんで、実在しないんじゃないかって思ってたんだ」

 話だけを聞けば、初代黒の魔獣の話はおとぎ話のようだし、現実味に乏しい。ああいう話は時が経つにつれどんどん脚色されて、大きくなっていくものだから。

「実在したわ。そして、この国で話されているものは全て事実なのよ。黒の魔獣の中でも特別に美しくて、力の強い絶対的な方だったんだと思うわ」

 イルゼはその肖像画を愛おしそうに見下ろしたあと、もとあったところに戻した。

 部屋に入ってすぐにイルゼが肖像画を出して来たので、それに夢中で部屋の中を観察していなかった。イルゼの部屋は一言で言えば殺風景だった。ベッドと机と本棚以外に何もない。本棚には魔法書がずらりと並んでおり、机の上にはノートが広げて置いてあり、そのノートの上にペンが転がっていた。ハノンにはそのノートが何故だか気にかかった。どこか胸のあたりがざわざわするようなイヤな予感が、それを見ているとするのだ。

「ハノン。あなたはベアトリスが亡くなったと聞いてどう思った?」

 イルゼの声にノートに釘付けになっていた目を漸く放すことが出来た。

「え? オルグレン夫人のこと?」

「ええ」

「そうだな。私のことは嫌いだったんだろうし、覚えていないんだろうけど、一度だけでももう一度会いたかったかな。別に何をどうしたいなんて思っちゃいないけどね、私、顔を覚えていないんだ。自分のお母さんなのにさ、記憶にないんだよね。それが、なんだか寂しかった」

「そう。分かったわ」

 イルゼはそれ以上口を開かずに、どこか一点を見つめて何かを考え込んでしまった。

 イルゼとオルグレン夫人には直接の面識があったんだろうか。オルグレン大公は結婚した後も王城で何度か顔を合わせることがあっただろうが、オルグレン夫人と顔を合わせたことはなかったのだろうか。オルグレン夫人は、顔も知らないイルゼを憎んでいたんだろうか。

 イルゼは恐らく意識だけを飛ばしてオルグレン夫人を見たことがあるだろう。

 では、オルグレン夫人は?

 イヤ、待てよ。先ほどイルゼはオルグレン夫人をベアトリスと名前で呼んでいたではないか。それって、元々二人は顔見知り、恐らく親しい仲だったんじゃなかろうか。

「私とベアトリスはね、幼馴染みだったの。私がオルグレン卿とお付き合いしていたことも当時ベアトリスは知っていて、応援さえしてくれていたのよ。私とオルグレン卿の関係を大事にしてくれていた。私たちの関係がおかしくなったのは、二人の結婚話が持ち上がった頃からだった。ベアトリスはなんとか両親に掛け合って結婚を止めようと頑張ってくれた。けれど、ご両親はその申し出を認めてはくれなかった。……あとで知ったことなの。ベアトリスから手紙が来た。ベアトリスはずっとオルグレン卿のことが好きだったということ。その手紙には、結婚を止めようとしたことは確かだけれど、どこかであの方と結婚したいという気持ちがあったと。だから、止められなかったんだと。私は醜いと。私はその手紙を見て愕然とした。けれど、私にとってベアトリスは大切な存在だったから、二人の幸せを願おうと誓ったの。その頃にあなたが私のお腹の中にいることが分かった。あなたを守ることが私の使命だと思ったわ。オルグレン卿のお父様は私を良く思っていなかったし、あの頃私に監視をつけていた。不要なものは排除するという信念を持つ冷淡な人だったから、ハノンのことが知られれば、私だけでなくあなたの命もなかった。私はベアトリスならたとえ私と同じ容姿の子供が産まれても、自分の子として育ててくれると信じていた。私達にはそれだけの絆があると思っていた。……でも、それは甘かったのよ。ベアトリスはそんなに強くなかった。私が彼女を恨んだからこんなことをしたのだと思った。とても固いと思っていた二人の友情は本当はとてももろいものだった」

 



完結まで全て書き終わりました。

第88話で終わる予定でいます。完結まであと20話ほどですが、これまでどおり平日1話ずつ更新していこうと思います。その間に次のお話の構想でも練ろうと思います。

最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。

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