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第60話

 大きな円形のテーブルに座り、顔を突き合わせている。

 それぞれの目線の先にはイルゼがおり、彼女が今回の作戦について話していた。

 貴族、王族に痛い目を合わせるというのが今作戦のメインテーマとなっている。

 作戦はいたって簡単だ。近く催される祭りの際に国民が暴動を起こす。祭りではこの寂れかけている町にも賑わいが見え、貴族も多く出向いてくる。その為警備もあてがわれることになる。祭りで暴動を起こすことで貴族が多く所属する軍をおびき寄せるのだ。国王軍は戦争を経験していない貴族出の兵士ばかりで構成されているため、軍とは名ばかりだ。この町にいる国民軍は腕が立つものばかり、結果は明らかだ。

 人の命を奪うつもりはない。ハノンとイルゼの二人がかりで国民一人一人の体に決壊をはる。矢が射ぬかれても決壊が矢を弾くのであたる心配はない。国王軍に対しても、武器は持つが傷つけるつもりはない。脅すためのものだ。万が一怪我をしてもハノンとイルゼが治す算段になっている。

 決行は明後日。

 もうすでに国民軍にはイルゼによって話がなされている。伝統的な祭りを町民自ら壊さなければならないことに反対の意も出たようだが、このまま戦が続けば次の祭りを開催させることもできなくなると納得してくれた。国王軍にはそれらしき噂をばらまいてある。今ごろ警備の配置なんかを念入りに練っていることだろう。


 決行日前夜。

「ねぇ、エド殿下。明日成功するかな?」

 ベッドに入るがなかなか寝付けず、隣でハノンを抱き込む形で横になっているエドゥアルドに声をかけた。

「まだ起きていたのか?」

「うん。なんか寝れなくて」

「大丈夫だよ。私たちには沢山の味方がいる。魔女殿も私もいる。何にも心配せずにいていいんだぞ」

 作戦はあまりにも簡単で、国王軍を馬鹿にしているようなものだ。戦場に出ていなくても、鍛え上げられた兵士たちなのだからそんな上手くはいってくれないような気がする。

 イルゼとフェルナンが国王は暴動を起こせば、必ず現れると言っていたが、国の王たるものがわざわざ現れるんだろうか。

 ハノンにとって戦など無縁の世界で生きてきた。経験したことも、ハノンにしてみれば話を聞いた経験すらない。生臭い戦を描いた物語を読んだことさえない。

 だから、怖いのだ。何が怖いのか分からないほどに怖いのだ。

 だが、ハノンにはエドゥアルドがいてくれる。それだけは忘れてはいけない。

 自分一人で閉じこもっていては、支えてくれている人を傷つけることにもなる。

「大丈夫。怖いけど、エド殿下がいてくれるから」

 戦で人は死ぬ。

 人の命を奪う戦は嫌い。国の情勢や政策なんてハノンには分からない。この国の民も同じだ。誰も戦なんて望んでいない。

 国民と話をした。みんな悲しそうな目をしていた。

 身近な人を失ったと嘆く人のあまりに多いことに愕然とした。

 誰もが当たり前に傷付いている。傷付いていることが前提のこの国の現状を自分たちの手で変えることが出来るだろうか。


 その日は朝から濃い霧が立ち込めていた。

 その霧が町に緊張感を漂わせているかのようだ。

 ハノンとイルゼにより国民に決壊が施された頃には、霧もはれ青空が広がっていた。

 町の女集は、祭りの用意に余念がない。いくら暴動を起こすからといって、祭りの用意を中途半端にするわけにはいかない。女性たちは今回の作戦については知っている。けれど、子供達は知らないのだ。知らずに、祭りを楽しみにしている純粋な子供達を見ると申し訳なくなる。

「宜しくね、皆さん。国王をこの町におびき寄せましょう」

 イルゼの言葉に歓声のような低い声が重なる。

 アデルドマーノ王国の王は、少々悪趣味だと聞いた。戦を観戦するのが好きなのだ。王は城の安全なところにいるのが普通だろう。けれど王は戦を見ることを趣味としている。戦の火の手が来ない安全なところに陣取り、高みの見物だ。国民を心配して見ているのならまだいい。だが王は違う。人が血を拭きだして倒れる様を見るのが好きなのだ。

 馬鹿らしい話だ。そんな男が国王の座に座っているのは間違いなのだ。

 祭りは盛大に始まった。この町の住人だけじゃなく、隣町や近隣の町からも人が訪れていた。

 想像以上の人出にハノンは不安になった。全く関係のない人間まで巻き込んでしまうのではないか。

「イルゼさん。思ったより人が多いね」

「大丈夫よ、ハノン」

 ハノンの不安を一息で払いのけるイルゼの笑顔にそれ以上何も言えずに頷いた。

 暴動を巻き起こすのは町人に変装したエドゥアルドとフェルナンだ。店の店員のフリをしたフェルナンにエドゥアルドがケチをつける。

「おい、なんだよこの値段はよ。ぼったくりもいいとこだ」

 エドゥアルドの演技は町民の一人に施された。今までに見たことのないエドゥアルドの町民姿や物言いは見ていて面白い。不謹慎にも吹き出しそうになってしまった。

「品薄なんだ。これくらいして当たり前だっ」

 フェルナンの演技も堂に入っている。二人で入念な打ち合せをしていただけはある。

「んだと、こら。俺たちの懐具合を知ってて、この値段はねぇだろう? どこまで金を毟り取ろうってんだよ」

 その騒ぎを聞き付けた町民が口々に商人に対して不平不満を投げ付ける。

 商人はフェルナンの味方について町民へと怒声を放つ。

 エドゥアルドがフェルナンの胸ぐらを掴み上げた頃、警備兵が止めに入った。

「止めろお前たちっ」

「止めんじゃねぇっ。……元はと言えば、てめぇらが無駄な戦を始めるからこうなったんだろうがっ」

 商人対町民だったものが、国民対王侯貴族へと矛先をかえたとき、暴動は瞬く間に広がった。

 警備兵が取り押さえようとしても、その数はあまりに多い。国民の武器などそこらに売っている玩具がいいところだ。それでも、数が多ければそれなりの効果はある。現に警備兵がこの暴動を抑えることはもう無理なように見えた。

 どこかで国王は、国王軍はこちらの様子を見ているのだろうか。

 ふと顔を上げると、ここから離れたところで何かが光ったのを見た。

 きっとあれは国王軍の弓の先端が光ったのだ。恐らくこちらを狙って弓を射るつもりなのだ。

 我々の目的は長距離線なんかじゃない。こちらに国王軍をおびき寄せるのだ。彼らが弓を射っても誰にも傷を犯すことは出来ない。もうすでにここにはイルゼとハノンにより大規模な結界が施されているのだ。

「そこからでは、私達を射ることは出来ない。さあ、こっちにいらっしゃい」

 ハノンの隣りでイルゼがそう呟いた。

 この時初めて、本当に初めて、イルゼを魔女なのだと恐ろしく思った。それと同時にその気高さを美しいと思った。

 ハノンとイルゼは暴動から少し離れた場所でその光景を見ていた。警備兵に殴られる国民、蹴られる国民、刺される国民。その誰もが傷一つ付けられてはいないが、その光景はあまりに衝撃的だった。本気で人を殺そうと考えている人の醜い心が、漂う土埃とともに舞っているようだ。そして、その中にエドゥアルドがいる。

 目の前で繰り広げられる光景を見て、胸が悪くなっていた。

 戦場はもっと酷い。もっと血が流れ、もっと殺意や悪意が溢れている。何に嘆けばいいのか何に怒ればいいのかは分からない。この醜い戦を早く終わらせてほしい。


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