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第57話

 今日はやたらと人に会う日だと思う。

 一日の最後に会うのは必ずエドゥアルドであるが、エドゥアルドに会う前にこの人に会いたくはなかった。

「これはハノン殿。ご機嫌いかがですか?」

「フェルナン様。一介の侍女にそうお声をかけるものじゃないと思いますが? 変な噂を立てられるのもイヤなのであまりそういう行動は避けていただきたいのです」

 フェルナンはハノンの言葉にククッと低く笑った。

「あなたの恋人はそんなに心の狭い方なのですか?」

「いいえ、そんなことはありません」

 とは言ったものの、実際はどうだろうと、ハノンは首を傾げた。

 エドゥアルドはヤキモチ妬きで、ハノンに男の人が近付くのを酷く嫌う。

「では、問題ないですね。私が気にしないのですから。私はあなたと話がしたいのです。あなたが人目を気にするのであれば、人気のないところへ行きましょうか?」

 どうしてもハノンと話がしたいようだ。

「なぜ私に関わろうとなさるのですか?」

「なぜかは君には分かっているでしょう?」

 かまをかけられているのか分からず、反応に困った。変に答えたらこちらの負けのようなきがしてならない。

「何の話をしているのか全く分かりませんが」

 フェルナンはクスクスと笑っている。なにが可笑しくて笑っているのか謎だ。

「白を切らなくてもいいんだ。君が黒の魔獣だということはもう分かっているんだからね」

 とうとう黒の魔獣の名を出した。

「そんなわけないじゃないですか。私はただの人間なんですから。もしよければ、なぜ私が黒の魔獣だという結論に至ったのか教えていただければ光栄です」

「君は私に質問ばかりするね。私の質問には答えてくれないのに。不公平だと思わないかい?」

 フェルナンの余裕のある笑顔がしゃくに触る。腹の探り合いはハノンには向いていない。

「フェルナン様が答えてくださるのなら、私も答えますよ」

 この人とは一生腹を割って話すことは出来ないんだろうか。

「ふふっ。まあいいでしょう。君の行動を全て見させて貰ったよ。君を監視させて貰っていたんだよ」

 やはりこの城の中にアデルドマーノ王国のスパイが潜り込んでいたのだ。この国は平和すぎるのだ。だから、城の警備が他国に比べると脆弱で、スパイにとっては呆気ないほどなのだろう。特に軍事力に長けているアデルドマーノ王国にしてみたら、この国の警備はないもひとしいのかもしれない。

「スパイ……ですか?」

「そういうことになりますね。あまりに容易で肩透かしを食らったという報告も受けていますよ」

 あくびれる風もなくにこやかに、どこか嬉しそうに語るフェルナンを見ていると、肩の力が抜けてしまう。

「私が黒の魔獣に化けた所でも見たんですか?」

「ええ、そう報告を受けています。町の人気のない大通りで、犬に似た巨大な魔獣になったそうです」

 ハノンの誘拐事件が解決したあと、アナと二人でイルゼに会いに行った。その時確かにハノンは魔獣になった。

「そうですか」

「私はもうあなたの質問に答えました。私からは質問というより確認ですね。あなたは黒の魔獣なのですね?」

「あなたが私が黒の魔獣だと信じているなら、そんな確認は無用ですよね。ということは、そのスパイの報告を俄かには信じられなかったということですね」

 フェルナンが笑顔を絶やすことはないが、眉が一瞬上がった。

 スパイの報告が俄かに信じられない類のものだったので、自らの目で確認するためにこの国まで足を運んだのだ。

「はい、そうですかと私が黒の魔獣になると思いますか?」

「イヤ、思えないね。だが、あなたの愛しい彼に何かあったらどうしますか?」

 これは脅しだ。

 この男ならそうすることも容易いだろう。

「脅しですか?」

「そう受け取ってくれてもいいですよ」

「残念ですが、私は黒の魔獣ではありません。そのスパイは何か幻でも見たんじゃないですか?」

 こうなればしらをきり通すしか手はないのだ。

「これを見てもそう言えますか?」

 フェルナンは指をくいくいと曲げて、何かを呼び寄せた。すると見覚えのある兵士に拘束されたエドゥアルドが姿を現した。

 もうすでに手は回していたということか。フェルナンも捨て身だ。もし、ここまでしてハノンが黒の魔獣でないと分かったら、自らも危険な立場に置かれる。

「エド殿下っ」

 エドゥアルドは拘束される際に抵抗したのか、あちこちに傷が出来ている。大きな傷はないようだが、所々血が滲んでいる。

「私は大丈夫だ、ハノン。問題ない」

 唇が切れて血が滲んで、痛いだろうにハノンを落ち着かせるように笑顔を見せた。

「さあ、ハノン殿本当のことを教えていただきたい」

 さもなくばエドゥアルドがどうなっても知らないぞ。そんな言葉が裏に隠れている。

「そこまでして力が必要なの? 人を傷つけてまで必要なの? 誰のため? 国王のため? 一部の貴族のため? あなた達の国では貧富の差が激しいと聞いたよ。黒の魔獣があなたの国に行ったって、国民は喜ぶのかな」

「私たちの国にはどうしても必要な力だ。だから、ここまでしている。私とてこんなこと……」

 今までニヤニヤとイヤな笑いを惜し気もなく見せていたのに、一瞬その笑いが消え、真剣な表情になった。びっくりするほど真剣な表情だった。

「あなたは何者なの? 従者なんかじゃないよね」

「本当にあなたは質問が好きだ。私は従者では確かにない。私がこのようにここに来たのは、私の単独行動だ」

「まさか、黒の魔獣の力を独り占めして国王になりあがろうというつもりなんじゃ?」

「国王? 馬鹿馬鹿しい。あんなものに興味はないっ。私はただ……」

 恐らくその言葉に続く言葉がフェルナンがこの国に単独で来ようと思ったほどに大事な理由なのだろう。

「本当に地位や権力が欲しいんじゃないなら、私に話してよ。私は真実を語らない人に真実を語るつもりはない」

 フェルナンがハノンを攻撃的な目で睨みつけた。フェルナンが感情をストレートに表すのはこれが初めてだった。笑い顔に隠されていた素顔が漸く日の目を浴びたのだ。

「私が真実を語ったら、本当にお前も真実を語るんだな?」

「そうですね。あなたが本当に真実を語っているんだと感じることが出来たら、私も真実を語ります」

 エドゥアルドが苦い顔をしていたが、ハノンはその言葉を撤回するつもりはなかった。もしかしたら、これは罠かもしれない。それでも、フェルナンがここまでした理由が本当に地位や権力を求めてのことじゃないと信じたい。

「分かった。真実を語ろう」

 そう言ったものの、迷っているのかその次の言葉がなかなか出て来ない。あたりを静寂が包みこんだ。ハノンはフェルナンが話しだすまで待つつもりでいた。

「……私は王子だ」

「王子?」

「ええ。王子ではあるが、王位継承権は放棄した。そんなくだらないもので命を狙われるのはごめんなのでね」

 フェルナンは王族。その威圧的な雰囲気は王族である威厳のあらわれであったのか。

「私の国の王族も貴族も腐りきっている。国を広げる為に度重なる戦に明け暮れる。戦に駆り出されるのは一般国民だ。位の高いものは自らの手を汚すことはない。国民は幼い頃から戦闘要員と考えられている為、過酷な鍛錬、そして生活していく為の労働と厳しい生活を強いられている。国民からぶんどった多額な税金と戦に勝利して得た金や宝石を位の高いものは国民に与えることもなく全て懐へと収める。国民は苦しい生活から逃れることは出来ず、王侯貴族たちは潤うばかり。これがアデルドマーノ王国の現状だ」


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