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第55話

 ハノンが黒の魔獣ではないとビビニアを通して伝えて、果たしてフェルナンは納得するだろうか。イヤ、しないだろう。

 ビビニアを使えない奴だと判断して自ら動きだすだろうか。

 フェルナンがアデルドマーノ王国においてどのような立ち位置にいるかは分からないが、ここに来ているからには何らかの情報を国に与えないと彼の立場は危うくなるのではないか。

「ビビニアには私たちに正体がバレたことは隠して、今までどおりに振る舞って欲しいんだけど、いいかな?」

「それに従わなければ私は捕らえられるのですか?」

「アデルドマーノ王国の王族は罪人には容赦ない制裁を与えると聞く。もし、お前が使えないと判断すればそれ相応の罰が与えられるんじゃないか? どちらにつくのが懸命か考えるんだな。お前がこちらに荷担するなら命は保証しよう」

 実際に見たことはないので、アデルドマーノ王国がどれだけ非情な国かは分からないが、歴史的に見て残酷なことも平気でやってきているようだ。

 だからか、歴代の黒の魔獣が彼の国へ力を貸すことはなかった。あらゆる手を使って黒の魔獣を手に入れようとしていたようだが。それはもう恐ろしい執着心で。

 どちらにつくか決めるのはビビニアだ。確かにこちらについた方が身の安全は保証されるだろう。だがそうなると二度と故郷の土を踏み締めることは出来なくなるかもしれない。家族とも会えなくなる。

「私を、私をこの国の人間にしていただけますか。この国のために全力を尽くします」

 ビビニアはこぶしを握り締めて、強い調子で言った。

「待って、ビビニア。本当にそれでいいの? 故郷に帰れなくなるかもしるないんだよ? 家族や友人に会えなくなるよ」

「ハノンは優しいですね。敵になるかもしれない相手にそんな心配してくれる。ハノンみたいな人がいてくれるこの国にだから決められるんです。それにあの国に家族はいません。みんな殺されてしまいました。友達も家族も……。私にはあの国に縛られるものはもう何もないのです」

 戦争があったんだろうか。国内が戦場になって、人々が命を落としてしまった。そういうことなんだろうか。それともまた違う理由で。

「そうか。では、お前は先刻話したように我々に協力してくれ」

「はい」

 漸く安心したのか、ビビニアはホッと息を吐いた。ビビニアの今の状況を考えたら、気の毒に思う。二つの国の狭間に強制的に担ぎ出されて、やりたくもないことをやらされている。だが、そのわりにはビビニアに悲観的な感情は見受けられない。最初こそ驚いたり焦ったりと忙しそうだったが、落ち着いている。自分のやるべき道筋が明らかになったことで、肝が座ったのかもしれない。

 そのあと食事をともにして、ビビニアは部屋へと戻っていった。


「ねぇ、エド殿下。ビビニアは本当にこの国で生きてくことに決めちゃって良かったのかな?」

「あの国は残酷だ。国王が絶対なんだ。国王に逆らえばその場で殺害される。反旗を翻した町の民を惨殺したこともあると聞く。若い男は兵になるため生かされるが、子供、女、老人は目の前で見せしめのように殺される。止めに入れば容赦なく殺される。ただ見ていることしか出来ない。あの国の内勢は荒れている。そんなことが日常茶飯事だ。あの娘の家族や友人もそれに巻き込まれたのかもしれないな」

「何でそんなに詳しいの?」

 ハノンは先にベッドに入って体を起こしている。エドゥアルドは、水の入ったグラスを一息に空にすると、ハノンの隣に潜り込んだ。

「隣国の情報は常に入るようになっている。これでも王族だからな、それくらい知っておかねばならない」

 たまにエドゥアルドが王弟殿下だということを忘れてしまう。だが、きちんと仕事をしている姿を見ると、やはり身分の高い人なのだと再確認させられる。

「アデルドマーノ王国の人々は幸せなのかな?」

「民は苦しいかもしれないな。身分の高いものは王の犬にすぎないが、甘い汁を存分に味わっているだろう。王の機嫌さえ取っていれば人生安泰だ。あの国の格差はとても激しい」

 エドゥアルドの表情が強張っていた。エドゥアルドはそういう独裁的な世界を嫌悪している。もちろんハノンだってそんな国は好きになれない。

 エドゥアルドは苦しめられている人々を救いたいのだ。だが、他国の問題であるゆえ安易に口出しは出来ない。アデルドマーノ王国の王に目を付けられれば、この国の民をも苦しめる事態になりうるのだ。

 歯痒いのだろう。知っていながら何も出来ない自分自身を。

 そして、そんな風に自己嫌悪に苦しむエドゥアルドを見て、ハノンも心を痛めるのだ。

「一度アデルドマーノ王国に行ってみようかな……」

「ハッ? なにを言っているっ」

 凄い勢いで肩を捕まれ、揺さ振られた。

「城になんかいかないよ? アデルドマーノ王国の町を見てみたいんだ。所謂陰の部分を。この目で見てみたい」

 無理は承知だ。エドゥアルドがハノンを危険な土地へ向かわせる筈がない。

 だが、ハノンはどうにかしてエドゥアルドの力になりたいのだ。ハノンの魔力はイルゼとの鍛錬のお陰で安定して来ている。今ならある程度の危険くらい自分で回避できるだろう。

 とにかく誰かの報告で聞いた情報ではなく、自分の目と耳で見て聞いた生の情報が欲しいのだ。あまりに周りが不鮮明では、打つべき策も浮かんでこない。

「駄目よ、ハノン。あなたはここにいなさい。私があなたの代わりにあの国を見て来てあげる」

「イルゼさんっ。どうしてここに?」

 寝室のドアのところにイルゼは腕を組んで立っていた。

「あなたのことが心配で来たのよ、ハノン。あまりに無謀なことを言い出すものだから、こんな時間だけれど飛んで来てしまった。申し訳ありません、殿下」

「イヤ、構わない。ハノンの暴走は私だけでは止められそうになかったから来て貰って有難く思うよ」

 エドゥアルドは正直言えばあまりイルゼを好いてはいないようだ。あのイルゼの人を弄ぶような性格がどうにもエドゥアルドには合わないのだろう。ハノンの母親だからといい顔をするようなエドゥアルドではない。けれど、ハノンに対するイルゼの想いは共感しているようで、いざとなればイルゼと力を合わせることもやぶさかではないと考えている。

「そう言っていただけて良かったですわ。ハノン、いいわね。私があの国へ行って様子を見てくる。あなたにはこの鏡を渡しておくわ」

 手渡された手鏡は普通のものとあまり変わり映えしないように見えた。

「この鏡には魔法がかけられている。私が目で見たものがこの鏡に映し出されるようになっている。勿論普段は普通の鏡よ。あなたが私の目を通して様子が知りたいと思った時だけ映し出される。私も鏡を持って行くわ。それを通して会話が出来るようにしておくから、あなたはこの鏡を常に持っていて欲しいの」

「うん。分かった。でも、イルゼさんは大丈夫なの? 一人で行くの?」

 イルゼが一人で行くことだって心配だ。イルゼは見た目はか弱き女性なのだ、からまれることもあろう。

「私は大丈夫よ、ハノン。私には従えている魔獣がいるから」

 あの森にいる大きなウサギだろうか?

「それじゃ、私は戻るわ。支度が出来次第向かうことにするわ。エドゥアルド殿下、くれぐれもハノンをよろしくお願いします。フェルナンには気をつけて……」

 イルゼがそう言い切ると、体がスッと消えた。


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