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第49話

「それでね、ダンさんとリダさんってイルゼさんの親代わりだったんだって。イルゼさんに聞いたら、今度会いに行きましょうって。教えてくれたら会いに行ったのにって言ったら、忘れてたなんて言うんだよ」

 隣に横になっているエドゥアルドにその日あったことを話して聞かせるのが最近の日課だった。それをエドゥアルドは仕事で疲れているだろうに、嬉しそうにきいてくれるのだ。

 王城に戻ったあと、意識だけを飛ばしてイルゼに会いに行った。あっけらかんと忘れていたと呟くイルゼを見たら、文句の一つもと思っていたのに何も言えなくなってしまった。今度一緒に会いに行く約束だけ取り付けて帰ってきた。

「今日はね、すっごい楽しかった。ピアとも仲良くなれそうだし、ダンさんとリダさんにも会えたし、それにねダンさんに私みたいのが何で忌み嫌われるようになったのかも教えてくれたんだ」

 エドゥアルドは、ダンさんから仕入れた昔話を熱心に聞いていた。

「そういうことか。今度トム爺に話を聞く予定だったんだが、思わぬところから入手出来たな」

「トム爺って?」

「ああ、城の隠し部屋を設計した爺さんなんだ。そういえばお前に会いたいって言ってたんだ。私の仕事が一段落したら会いに行かないとあとがうるさい」

 隠し部屋という言葉にビクリと反応したハノンを胸に抱き締め、背中をトントンと軽く叩いた。言葉に出さなくとも、大丈夫だよ、と言われているようで安心する。

「うん。会いに行く」

 オルグレン大公のことを普段から思い出したりするわけじゃない。それでも、ふっと思い出すことがある。

 あれから王城で見かけたことはない。見かけたとしてもオルグレン大公には、娘としてのハノンの記憶はないのだ。おそらく会えば、屈託なく話し掛けてくるだろう。エドゥアルドの恋人として。その時にハノンが大人の対応が取れるか、それはハノン自身でも分からない。

「お前には私がいる。そうだろう?」

「うん、そうだね」

「さあ、おやすみ」

 同じベッドに入り、抱き合って寝るのに、エドゥアルドはあの日のキス以来、キスすらもない。どうしてもキスがしたい、その先の世界を知りたい、なんて思っているわけではない。けれど、こんなに近くにいるのに何もされないのは、ハノンに魅力がないからではないか。それとも、エドゥアルドがハノンとの未来を考えていないから安易に手を出せないだけか。

 いつもそこまで考えて、怖くなって無理矢理意識を手放すのだ。


「で、どう? クライヴ殿下はピアのことどうかな?」

 ハノンの目には、二人はお似合いに見えた。ピアはまだ十歳だが、ハノンなんかよりずっと色っぽく見える時がある。クライヴを見上げてはにかむ姿は、子供とは思えない。恋する乙女そのものなのだ。

「どうって……、うん、とてもいい子だよ。ハノンもそう思うよね?」

「うん。とってもいい子だよ。クライヴ殿下とお似合いだと思う」

 クライヴの少し寂しげな笑顔には気付いている。ハノンを好きになってくれたことは嬉しく思っている。けれど、ハノンに応えることは出来ない。

 ハノンがクライヴのピアとの関係を応援することは残酷なことかもしれない。手を引くべきかもしれない。そっと見守るべきなのかもしれない。

 だが、ハノンがクライヴに幸せになって欲しいと思っているのは嘘じゃない。

「そうだね。多分好きになれると思うよ」

 ハノンは残酷だと思いながらも、その言葉に歓喜する。

「良かった。二人ならいい夫婦になるよ」

「ありがとう。そうだ。今日はピア嬢と午後から庭園を散歩する予定なんだ。ハノンもどうかな?」

「邪魔になんない?」

「邪魔なんかじゃないよ。一緒に行こう」

 なかば強引に誘われて同行することになった。


 二人を前にその後ろをハノンとアナが歩いていた。

「今日もいい天気だね、アナ」

「ええ、そうですね。お陰で朝の鍛錬もはかどりました」

 清々しく語ったその内容は、女の子の発言とは思えないが、そこがなんだかアナらしくて思わず吹き出してしまう。

「そうだね。良かったね」

「何ですか、ハノン。笑わないで下さい」

 クスクスと笑いが止まらずにいたのだ。アナは憤慨といった態度を示したが、たまらず笑みをもらした。

「ごめん。だって……。アナだって笑ってる」

 後ろの賑やかな雰囲気とは違い、前はなんだかしっとりとしている。

 控えめというか、初々しいというか。とにかく見ていて微笑ましいのだ。

「ねぇ、アナ。あの二人どうかな?」

「いいんじゃないでしょうか。なんだか見ているこちらが照れてしまいますね」

 アナと顔を見合わせてクスリと笑った。

 あの二人はどうやら上手くいきそうだ。ピアは文句なくクライヴに好意を寄せているし、クライヴは前向きに考えてくれている。

 二人の仲睦まじい姿を見るのもそう遠くはないはず。

「クライヴ殿下。このあたりでお茶にしない?」

 ハノンが前を歩くクライヴに声をかけた。芝生が広がる開けた場所で大きな木が一本たっている、ハノンがいつも休憩するお気に入りの場所だ。

 エドゥアルドと二人で寛ぐこともある。

「ねぇ、クライヴ殿下。小さい頃この木に登って降りれなくなったって本当?」

「何故それをっ? まさかエドゥアルドが話したんじゃ」

 この大きな木は見上げてもてっぺんが見えないほどの高さがある。エドゥアルドとクライヴ、ルシアーノが幼い頃、この木のてっぺんに一番先に登った者が勝ちと競争を始めた。結果はルシアーノが一番だったのだけど、あまりの高さにクライヴは怖くなって登ったのはいいが足がすくんで降りれなくなった。

 一時、城中の大人がかけつけてやんややんやの大騒ぎになったんだそうだ。

 その話を面白おかしく話してくれたエドゥアルドの懐かしそうに目を細めた姿に見惚れていたことを思い出した。

「うん。エド殿下が話してくれたんだ。確かにこの木凄い高さがあるもんね。小さい子には怖いかもしれない」

「ああっ、もうその話はやめてくれ。幼い頃の話とはいえ、私の最大の汚点なんだ」

 珍しく取り乱して叫ぶクライヴにハノンは驚いたが、そんなクライヴを見るのもなんだか新鮮だった。まだまだ自分の本心を曝け出せていないんだなとこんなときに思うのだ。

「いいじゃない。楽しい思い出なんだから。私はすっごい羨ましいよ。いいな、兄弟がいる人って。どんな感じなのかな」

 こういう楽しげな思い出話を聞くと、凄く幸せな気持ちになる。それと同時に自分にはそれがなかったんだと思うと酷く悲しくもなるのだ。

「大丈夫だよ、ハノン。ハノンはエドゥアルドと結婚して、私たちと兄妹になるんだから。ね、そんな顔をしないで」

 悲しい表情を浮かべてしまっていたのだろう、必死に慰めようとしてくれるクライヴを見て有難く思う。

「ははっ、大丈夫だよクライヴ殿下。羨ましいなって思っただけだから、別に落ち込んでいるわけじゃない」

 クライヴはハノンの悲しみを敏感に見抜こうとしてくれる。それはエドゥアルドにしても同じことだが、そんなに心配されるほど自分は弱くないと思っている。少なからず今のハノンには支えが沢山あるのだから、弱気になってもすぐに浮上できる。

 もし、もしも、ハノンがエドゥアルドと結婚することが出来たら、心配性の兄を同時期に二人も得ることになるのだ。そうならないと分かっていても、それを想像するのは自由だ。


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