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第48話

「私はピア嬢とも友達になりたいんだけどな?」

 ピア嬢はまさかそんなことをいわれるとは思っていなかったのか、不躾なほどハノンを凝視した。

「私みたいな変わった容姿なのはやっぱりダメかな」

「いいえっ、いいえっ。私、お友達が今までいなかったので。あの、その」

 完全にレディとしての振る舞いを忘れてしまっている。本来の子供のような落ち着きのない、そわそわした感じを見て、少しホッとした。

 根気よくピア嬢の返事を待つことにする。彼女が落ち着くまでしばらくかかりそうだ。

「私、あの、私、お友達が、出来て嬉しいです」

 ほんの少し突いてしまえば、容易に子供の表情を見せてくれる。大人の仮面をかぶらされていただけの子供でしかないのだから。

「そっか。よかった。ありがとう、ピア」

 照れくさそうに自分の足元を見つめ、もじもじとする姿を見てハノンは取り消さねばと思った。人形のようだと思っていたが、全然違った。こんなに表情がコロコロ変わる人形はイヤしない。

「さあ、どれにするの?」

「えっと、じゃあこれに」

 ピンク色の蝶々が揺らめく髪飾りを受け取ると、お店の主人に渡した。

「美しい髪の色をしているね。世の中にはその色を嫌う輩がいるようだが、私は好きだよ」

「どっどうもありがとう」

 誉め慣れていないハノンには、対応の仕方に迷うところだが、主人の優しい眼差しに戸惑うことさえ許されているような気がする。

「黒髪黒目は縁起が悪い何ていうが、あんなのは嫉妬に狂った男の戯れ言だったんだからね。それを今だに信じる奴なんか馬鹿としか言いようがないな」

「それどういうこと?」

 店主は当人がそんなことも知らないのかと言いたげに呆れた表情を浮かべたが、出来の悪い子供を優しく諭すように教えてくれた。

 店主の話はこんなものだ。

 昔、黒髪黒目の美しい女が王に仕えていた。王はその美しさに目を奪われ、たちまち心を奪われた。女も王を慕っていたが、二人が結ばれることはなかった。その理由は身分の違いから周囲の猛反対を受けたためだったと言われている。

 女を失った王は好きでもない他国の姫と結婚させられたが、女への想いは消え去ることはなかった。女は王の側にいることに耐えられず城を出た。

 いつまでたっても諦めることのできなかった王は従者を使って女の様子を報告させていた。美しい女の周りには常に男が付き纏っていた。女が望むとも望まぬとも関わらず。

 王は女が自分以外の誰かと親しくする姿を思っては気を病み、全くの嘘の噂を流し始めた。

 女に近付けば災いが訪れる。女は人を不幸にする貧乏神だ。女は人の姿を借りた悪魔だ。

 噂は信じるに値するものからあまりに馬鹿げたものまで様々なものが広がった。最初は信じていなかったが、おり悪く女の近くにいたもの達が相次いで命を落としたり、突然の自然災害に襲われたり、謎の奇病が流行ったりした。

 今まで優しく接していたもの達が手のひらを返したように冷たくなった。

 女は王都を追い出され、行方を眩ました。

 女を追い出したのは貴族たちだった。その貴族たちの多くが、女を愛した男だった。相手にされなかった逆恨みだった。その後貴族たちには黒髪黒目の女は忌み嫌われる存在だと認識されるようになった。

「私の祖父が話してくれた話によると、まあ祖父のそのまた祖父に聞いた話みたいだけど、その女は本当に優しくて美しくて穏やかな人だったんだそうだ。誰からも好かれていた。決して悪魔ではなかった。馬鹿な噂をいつまでも言い続けているのは貴族たちだけだよ。だから、その容姿を恨んだりなどとしないで欲しい」

 王の嫉妬と偶然の度重なる悲劇が招いた噂。それが現在まで貴族の間で語り継がれていた。

 そのために苦しんできた人がどれだけいたことか。

 ハノンはまだいいほうだ。確かに貴族たちの好奇の目にさらされている。遠目から窺うように、探るように。あからさまに拒絶する態度を示してくる人だっている。それでもハノンにはエドゥアルドがいて、その事実が王城内で広がっているので、直接的に攻撃してくるものはいない。

 ハノンが一人でいたらどうなるかは分からないが。

「知らなかった。そうだったんだ。ありがとう、タメになったよ」

「またおいで。あなたにならどんなものも安くしてあげるからね」

「こら、あんた。勝手なことをするんじゃないよっ」

 奥から出てきた恰幅のいい女性が、店主の頭をぺしりと叩いた。店の女将さんなのだろう。

 いてて、と唸る店主を無視してハノンを見ると、にかりと笑った。

 驚いてキョトンと見ていると、女将さんはこう言った。

「ああ、イルゼとそっくりだね。私たちはあんたに会いたかったんだよ、ハノン」

 まるで自分の子供を愛しむように微笑む女将さんの口からこぼれ出た名前に、ハノンは数秒間固まったように身動きが取れなかった。

「知ってるの? イルゼさんを。私のことも?」

「ああ、知ってるよ。私はあの子の母親代わりだと勝手に思ってるんだ。そしてハノン……」

 女将さんはイルゼがしたことを知っているんだろうか。イルゼがハノンの母であると。

「あんたはあの子の娘。ずっと会いたかったんだ。ここが私たちの家だと知らずに来たんだろうけどね。それでも嬉しいよ」

 イルゼから王都に父母代わりになるような人物がいるとは聞いていなかった。

「私、聞いてなくて……」

 疑っているわけではない。実際この人たちはハノンがイルゼの娘であることを知っているわけだし、その眼差しに嘘が含まれていないことは容易に見て取れる。

 ただ、どうしてイルゼは彼らのことを黙っていたんだろうか。

「薄情な子だね、まったく」

「ごめんなさい」

「あんたが謝ることはないんだよ。本当にあの子は仕方がないんだから」

 大きくため息を吐いた女将さんは、けれどそれすらも嬉しそうにしている。

「今度はあの子と一緒においでね」

 丸みのある顔に浮かび上がる笑顔はとても温かい。誰をも包み込んでくれそうな大きな慈愛に満ちていた。

「女将さん、名前を聞いてもいい?」

「リダだよ。こっちは旦那のダンだ」

「うん。よろしくね、リダさん、ダンさん」

 ほっこりとした空気があたりを満たしていたそんな時、緊迫した声が飛び込んできた。

「ハノンっ。無事ですかっ」

 その声の持ち主はアナであった。

 店先で待っていたアナであったが、あまりにハノンが遅かったので、何かあったんじゃないかと心配になったようだ。

「アナ。大丈夫。ごめんね、話し込んじゃってただけなんだ。あのね、イルゼさんの知り合いなんだって」

 ハノンの言葉に初めて顔を上げたアナは、慌て頭を下げた。

「初めまして。私はハノンの護衛を任されております、アナと申します。店内で大きな声を出してしまって申し訳ありません」

「あら、ごめんなさいね、こちらこそ。私が引き止めてしまって」

「いいえっ、でもハノン。ピア嬢が待っていますので」

「そっか、そうだよね。それじゃあ、ダンさんリダさん、またね」

 手を振って応えてくれる二人に手を振り返すと、アナと共に店を出た。

「あの二人ね。イルゼさんの親代わりだったんだって」

 ハノンが嬉しさを隠し切れずそういうと、アナも嬉しそうに微笑んだ。

「良かったですね、ハノン」

「うん」


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