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第41話

 トム爺は何も言わずに二人に背を向けると、店の奥へと入って行き、何やらごそごそものを掻き分けているような音をたてはじめた。その音が止んだと思ったら、老人とは思えないきばきびとした様子で戻ってきた。

 手に持った筒のようなものを大きなテーブルの上に転がし、広げる。

「これが設計図じゃ」

 五年くらい前だろうか。王城の大規模な修復作業が行われたのは。その時にトム爺がどさくさに紛れて隠し部屋を作っていたことをエドゥアルドとビバルは知っていた。

 その隠し部屋のどこかにハノンは閉じ込められているんじゃないだろうか。

「設計図までおこしてたのか……」

「当たり前じゃ。して、なぜに隠し部屋を探しておるんじゃ? まあ、見当は付くがな。噂の黒髪の少女が絡んでおるんじゃろ?」

「トム爺にも耳に入ってるんだな。意外だ。まあ、その通りだよ。話はいいからとにかく早く教えてくれ」

 トム爺が噂を気にするなんて珍しいことだ。噂などくだらないと聞く耳も持たない筈なのに。

「黒髪の少女が攫われたんじゃな? だとすれば、一番死角になるのはここじゃろうな」

「会議室?」

「そうじゃ。会議室の裏に隠し部屋を設けた。ここが一番広くてな、わしの仮眠ようにとベッドが一つ置いてあるんじゃ」

 自分の道楽のためによくもそんな物を作ってくれたな、と罵倒したかったが、今はこんな爺さんを相手にしている暇はないと自分を落ち着かせた。

 会議室の裏にある隠し部屋が確実だと思われたが、念のため他にもある隠し部屋を聞き出した。

「落ち着いたら黒髪の少女を連れてこい」

「なんでこんな所に」

「こんな所とはなんじゃ。わしにとっては神聖な場所じゃぞ。一度会ってみたいものじゃ、王族すらも狂わせると言われた黒髪の女を」

「なんだそれ?」

 エドゥアルドがぼんやりと気の抜けた声を出すと、トム爺は渇いた笑いを漏らした。

「なんじゃ、知らんのか。黒髪黒目が忌み嫌われとる理由じゃよ」

「知らない」

「その少女を連れてきた時に教えてやるわい。急いでいるんじゃろ。早よ行くがよい」

 正直その理由は今すぐにでも聞きたいが、トム爺にそう言われては行かないわけにはいかない。エドゥアルド自身もハノンを早く自分の腕の中におさめないことには、落ち着かない。

 トム爺に礼と挨拶をして店を出た。

「今日は会議はなかったよな?」

「ええ、ありません。オルグレン卿は本邸の方に居られましたし。助けるなら今がチャンスですね」

 低く頷いて顔を上げる。ここから王城がよく見えるのだ。

 あの城のどこかにハノンがいると思うと、気持ちが急いて仕方ない。

「殿下。逸る気持ちは分かりますが、急いてはことをし損じると言いますから。焦らず行きましょう」

「分かってるさ。焦らず急ぐぞ」

手綱を引く手を強く握った。


 ハノンは自分の過去を全て思い出した。

 ハノンはオルグレン大公の実の娘だ。そしてハノンは幼い頃から光が届かない暗闇の中に閉じ込められていた。

 ハノンが見ていた悪夢は、本当だが本当じゃなかった。確かにハノンは暗闇の中に閉じ込められていた。物心がつく前からあの部屋に閉じ込められていたんだと思う。オルグレン大公がハノンに手を上げたことはない。尋常じゃない(今思えばだが)愛情を惜しみなく与えられた。ハノンが言葉を喋ることが出来なかったのは、過去の記憶がなかったのが原因ではなく、言葉を全く教えられなかったからだ。オルグレン大公はハノンが言葉を覚えないように極力同じ言葉を使わないようにしていたのだ。だから、ハノンは唯一自分の名前だけを知っていた。

 ハノンが当時恐れていたのは、オルグレン夫人のほうだ。今にして思えば、精神が崩壊しかけていたオルグレン夫人がハノンを見る目は、狂気に満ち満ちていた。それこそハノンが今生きていることが不思議なくらいに。ハノンを激しく罵り、何度も手を上げた。それでも治まらない憎しみに狂いそうな瞳をしていた。

 ハノンがずっと見ていた悪夢は、オルグレン大公とオルグレン夫人の両方が合わさった形で現われていたのだ。

 今、オルグレン夫人はどうしているんだろう。

 そんな疑問が頭を過る。穏やかな心を取り戻してくれていればいいと心から思う。

 そろそろここから出るべきだとハノンは考えていた。エドゥアルドに会いたいというのが主な理由だが、オルグレン大公を救いたいと思うなら、こんな所じゃダメなんだ。

 明るいところで、ハノンという人間をきちんと見てもらうべきだと思う。

 ハノンは命ある生命であることを理解させなければ、ハノンは人形ではないのだ。

 では、どうやって抜け出すべきか。

 魔力を使って外に出れば一番手っ取り早いのだが、この部屋では魔力が使えないようなのだ。何らかの呪いがかけられていると考えられる。

「どうしようかな」

 オルグレン大公が訪れる気配はない。訪れたとしても、彼がハノンをここから出すとは考えにくい。

 頭を抱えて悩んでいると、次第に眠気が襲ってくる。ここに閉じ込められてから、眠気が激しく襲うのは、オルグレン大公が食事に睡眠薬を混入しているからなのか。

 ハノンに頭を使う余地を与えないように。


 目を覚ましたハノンが恐ろしく感じたのは、時間の感覚が麻痺しているということ。自分がどれだけ寝ていたのか、ここに来てからどれだけの時間を過ごしているのか。その恐怖は目覚めたばかりのときに顕著に現われた。

 ハノンはまるで気付いていなかった。なぜハノンが目を覚ましたのか。

 一筋の光がハノンを当てるまで。

 この光には希望を感じない。その光の中から現れる人物がエドゥアルドであったならと何度願っただろうか。その期待を裏切られるたびにハノンの心が削られていくような気がした。だからいつしか期待しないように心にブレーキをかけていた。

「ハノンっ」

 その声がエドゥアルドのものでも、まだ夢の中にいるんだと思っていた。こんな都合のいいこと夢でしかないのだ。

「エド殿下。会いたかった。大好き」

 ハノンらしからぬ素直な気持ちを言葉に出来たのだって、夢だと思っていたからなのだ。

「ハノン。私もだ。待たせてすまなかった」

 扉からもたらされる光はエドゥアルドの背中にあたり、そこで遮られている。だから、ハノンがエドゥアルドの顔の表情を見ることは出来なかった。だが、聞こえてくる声は確かに待ちわびていたエドゥアルドのもので。それが嬉しくて、夢だとしても嬉しくて、ハノンはエドゥアルドに抱き付いた。

 抱き付いた途端にしっかりと抱き留めてくれるその腕が、その胸が、その温もりがあまりにリアルだったので、少し顔を上げてエドゥアルドを見上げた。

 あまり暗くて分かるわけもないのに、いつものエドゥアルドの笑顔がハノンの目にはしっかりと見えた。

「あれ? なんか本物みたい」

 そう言ったら、エドゥアルドがクスッと笑った。

「馬鹿だな。本物だよ。お前を取り返しに来たんだ。私の傍にいるって言っただろ。忘れたのか?」

「忘れてない。忘れるわけない。ホントにエド殿下なんだね」

 ハノンはエドゥアルドの胸に顔を押し付けて、溢れてくる涙を必死に隠した。


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