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第34話

 ジェロームが宣言どおりドリスを連れてきたのは、侍女としての仕事にハノンがゆとりを持って出来るようになった一週間ばかりすぎた頃だった。

 その間に一度魔女を尋ねたのだが、ハノンの両親に関する情報を提供するつもりはないようだった。遠回しに聞いても、直球を投げても、魔女は素知らぬ顔でかわしてしまうのだ。やはり魔女は一筋縄ではいかない。


「ハノン。そろそろジェローム様がいらっしゃるんじゃないですか?」

「ええっ。もうそんな時間?」

 洗濯場で他の侍女たちにまじって洗い物に励んでいた。

 侍女たちも毎日ハノンを見ていたためか、最初の頃よりも幾分警戒を解いてくれている。まだまだ距離感はあるが地道に距離を縮めていけば、いつかは心を許してくれると信じている。

「ハノンさん。もうこちらは終わりますから大丈夫ですよ」

 ハノンと同じくらいの金髪の愛らしい少女がそう言ってくれた。その少女の隣でお馴染みの二人の侍女が頷いている。

「ありがとう。今度なんかあったら仕事変わるからね」

 ハノンが三人に笑顔を向けると、三人が固まったようにハノンを凝視する。なにかとんでもない発言をしてしまったのかと思ってアナに助けを求めると、くすりと小さく笑って、大丈夫ですよ、と言ってくれる。

「あの、じゃあ、行ってきます」

 ハノンが背中を向けて歩きだすと、

「行ってらっしゃい。ハノンさん」

 明るい三人の声がハノンの背中を追いかけてきた。

 ハノンは振り返って手を振った。

「アナ。三人ともいい人だね?」

「ええ、いい人の周りにはいい人が集まって来ますからね」

「ああ、エド殿下? そうだね。ナルシストだけどね……」

「エド殿下もですけど、ハノンもですよ?」

 思わずアナを見上げた。

「いい人? 私が?」

「そうですよ」

 そんな風に言われたのは初めてだ。そもそもハノンの交友関係は極めて狭い。ここに来てからもまだまだ日が浅い。誰かにハノンという人間性を知ってもらうまでには至っていない。

 ハノンからしてみれば、アナの方が断然いい人だと思うのだが。

「……ありがとう」

 照れ臭さを感じながら素直に謝辞を述べた。


 初めて目にしたドリスという女性はあまりにも痛々しくて驚きのあまり小さな悲鳴が零れた。

 そして、思う。チチェスター家に引き取られた当初のハノンは、こんな感じだったのかと思うと、自分の過去が恐ろしくなってくる。

「はじめまして。ジェロームの妹のハノンです」

「あっ、はじめまして。ドリスです」

 常に纏っていた笑顔が、顔を上げてハノンを見た途端に驚きのためか、掻き消えた。

「私の容姿は珍しいかな?」

 特にその反応に腹を立てることはなかった。もうさんざんそんな態度を見せられているので、少しのことでは動じない。人によっては、悲鳴を上げて逃げ出して行く者さえいる始末なのだ。

「あの、ごめんなさい。びっくりしてつい……」

「別に慣れてるからいいんだ。それより来てくれてありがとう。お兄様が夢中になってる人がどんな人か見てみたくって。本当はこっちから行くべきだったんだろうけどさ……」

 エドゥアルドがあまりに過保護だから、一人で外出は禁止されている。魔女のところに行くときは、教えてもらった魔法で瞬間的に移動することが出来るから何も言われないけど。

 町に出たくても、一人で町を歩くことは全面的に禁止されている。ハノンが町を歩いたことがあるのは、王城をアナと二人で抜け出したあのときだけだ。それも裏通りだったので、賑わっている界隈に行ったことはない。

「お兄様はもう帰ってもいいよ」

「なんてことだっ。俺が連れてきてやったのにっ」

 嘆いているような言葉ではあるが、さほど嘆いても怒ってもいない。

「うん。ありがとう、お兄様。でも、邪魔」

 ジェロームは、きっと愛しのドリスと少しでも一緒にいたかったのだろう。

 でも、邪魔だ。

「分かった。じゃあ、俺は図書館で時間を潰すことにする」

 王城の敷地内に建設された図書館は、もちろん国一番の蔵書量を誇るのだが、申請さえすれば一般市民でも入館を許可されている。

 読み書きの得意じゃないハノンは、よく図書館で本を借りてきてはエドゥアルドの前で音読させられる。そのおかげもあって、ハノンの読み書きレベルは上昇中にある。

 ジェロームを半ば無理矢理外に追い出すと、ドリスの為に紅茶を用意する。

 魔女にしこまれているのは、魔法の扱い方だけではない。紅茶をいれるのが上手い魔女にしごかれて、魔女ほどとは言わないが、エドゥアルドが唸るくらいの紅茶はいれられるようになった。

「どうぞ」

 ありがとう、と浮かべる笑顔が泣き顔に見える。

「ドリスさんは私みたいのを見たのは初めて?」

「はい。あまりに綺麗でびっくりしました。不思議ですね。ジェロームとは違う色……」

「血が繋がってないからね」

 ハノンの言葉に、自分の失言に気付いたのか慌てている。

「ごめんなさいっ。私ったら」

「別に謝ることじゃないでしょ。血が繋がっていようがいまいが、私たちは家族なんだから。私ね、本当の家族の記憶がないんだ。生きているのか死んでいるのかも分かんない。顔も知らなきゃ、想い出の一つもない。だからね、こんなこと言ったら怒るかもしんないけど、私はドリスさんが羨ましいんだ。どんなに悲しくても想い出があって、自分のことを想ってくれてるって信じることが出来るでしょ?」

 ドリスの顔から笑みが完全に消えた。怒らせてしまったのに違いない。無理もない。両親を亡くして悲しんでいる人に羨ましいなんて言ってしまったんだから。だが、本当に羨ましいと思ったのだ。

 俯いていたドリスがパッとハノンを見た。

「羨ましい……。そんな風に言われるなんて思ってもみませんでした。私はなんて不幸なんだろうって。そればかり考えていた。そうですね。ある方向からみたら、私の今の状態は羨ましいものなんですね。そうなのかもしれない、でも、私は今までいつもいた人が突然いなくなって悲しくて、苦しくて。すぐにその気持ちが萎えることはなくて……」

 勢いよく話しているうちにドリスは涙を流しはじめた。流れる涙が気にならないのか、それとも気付いていないのか、拭うこともせずに夢中で自分の気持ちをハノンに伝えようとする。

「もちろんそうだよ。本当に大切な人を失ったんだから、それが当たり前なんだよ。ただ、勿体ないって思っただけ。きっとドリスさんの本当の笑顔はとても素敵で、それを望んでる人はたくさんいて、それはドリスさんのご両親だって望んでる筈だよね? 落ち込むことはいいと思うんだ。それが必要な時がどうしたってある。うんとうんとうーんと落ちるところまで落ちたら、イヤ落ちなきゃ気付けない何かがあるから。……ははっ、私、何言ってるんだろうね? 支離滅裂もいいとこ」

 落ち込んでる時に聞く言葉は、どんな言葉だろうと、心に響かないものは全く響かない。ハノンが自分でも意味が分からなくなりながら語った言葉も、ドリスにとっては子供の戯れ言くらいにしか感じないだろう。ハノンだって、慰めたいと思ったわけじゃない。

 ハノンも記憶はないが、闇の中へ落ちていた感じがするのだ。暗い暗い闇の中から魔女とチチェスターの面々が光の中へ導いてくれたと思っている。


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