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第33話

「魔女は君のことは何も話さなかった。いくら訊ねても君のことは話そうとしなかったんだ」

 予想通りというか、予想範囲内だった。魔女は全く話さなかったか、話していたとしても、チチェスター侯爵がそれをハノンに話すわけがない。

 ハノンの過去は恐らく口には出せないものだと思うから。最近は精神が充実しているからか見る機会が減ったが、悪夢は相も変わらずハノンを脅かしていた。

「そっか、分かった」

「記憶を取り戻したいと思うのかい?」

「うん、出来るなら。私の本当の両親がとんでもない人だったら、エドゥアルドに迷惑がかかるでしょ?」

「ハノンの本当の両親がどんな方々だろうと、君はもうすでに私たちの娘であるのだから、迷惑がかかることなんてないんじゃないかな?」

「チチェスター侯爵の言うとおりだ。お前の本当の両親がどんな人間だろうと私たちの結婚に影響など与えない。その過去を掘り起こして何か意味があるのか?」

 二人の言うとおりなのかもしれない。穿り起こしても得るものなんてないのかもしれない。

 けれど、ハノンはやはり失われた記憶、閉ざされた過去を知るべきなんだと思えてならないのだ。それを知らなければ、本当の意味でエドゥアルドと幸せになることはできない。

「意味なんてない。ただ、私が知りたいと思うんだ」

 エドゥアルドとチチェスター侯爵が同時に大きな溜め息を吐いた。

「それで、具体的にどうするんだ?」

 呆れたようすのエドゥアルドがやれやれと言いたげに問う。

「え? 取り敢えず魔女サンに聞いてみる?」

 ハノンの答えにさらに呆れた色を滲ませているのは、エドゥアルドだけではなかった。

「あの魔女が答えを教えてくれると思うのか?」

「いや、思えないけど……」

 魔女のハノンたちが奮闘するさまを見て可笑しそうに歪む顔を思い出す。魔女は情報を少しずつ小出しにして、その様子を傍観するのが趣味なのだ。悪趣味だと心底思う。

「私に睡眠術をかけるのはどうかな? 私の真相心理を探るんだよ」

「誰が催眠術をかけるんだ? それだって魔女しかいないじゃないか」

 言ったそばから次々と叩き落とされる提案にハノンは拗ねて唇を尖らせた。

「ハノン。今は待つときかもしれないよ?」

 待っていたらいつまでたっても、分からないままじゃないか。

「ハノン。私はね、君の両親が見つかって、君が私たちから離れてしまうんじゃないかと思うと寂しいんだよ。正直に言えば、見つからなければいいと思うよ」

 チチェスター侯爵の淋しそうな声にハッとして、その顔を見た。

 目と目が合ったまま何も言えずにいると、チチェスター侯爵はゆっくりと微笑んだ。

「でもね、ハノンが知りたいのなら私も力になる。だから、無理だけはしないでほしい。いいね?」

 ハノンが無断で魔女のところに出かけて行ったことを知っているのか、ハノンが大胆な行動に出ないかと警戒しているのだ。

「分かってる。無理はしないよ」

 力強くそう宣言すれば、チチェスター侯爵が満足そうに頷いた。

 その満足そうな表情を見たあと、ちらりとジェロームを覗いた。

「お兄様? 今日、なんだか元気がないみたい?」

 ニヤニヤした下品な笑いも健在だけれど、今日のジェロームには普段の勢いがない。

 たった今までしていた会話にだって口を挟んでこなかった。

 ちろりと覗いたジェロームの表情は僅かに淋しげに歪んで見えた。

 いつも豪快なジェロームが少しでも元気がないと、イヤでも目につくのだ。

「え? あ? なんか言ったか?」

「今日のお兄様やっぱり変っ。なんかあったの?」

 ただそう尋ねただけなのに、なぜかジェロームは頬を赤らめた。

 一体どうしたというんだ。体調でも悪いのか?

「恋煩いだよ。ジェロームには熱を上げている女性がいるみたいだよ」

 先ほどの会話の時のほんのり暗い雰囲気など一気に吹き飛んでしまったように、チチェスター侯爵はホクホクとした声を上げた。

「恋煩いっ?」

 ジェロームには無縁なワードに驚きのあまり目を剥いた。

 ジェロームは口は悪いが、女受けする顔をしている。明るい性格と軽いノリで付き合う女性が切れたことはなかった。というよりも、同時に複数の女性と入れ代わり立ち代わりといった状態を維持していた。恐らくジェロームにとって、全女性が好きなのであろう。

 そんなジェロームに特定の相手はいなかった。全てが好きなのは、全てが嫌い、全てに無関心と同意義と捉えると、ジェロームが誰かに恋をしたことはないはずなのだ。

「そんなんじゃないさ。ただ、今までにないタイプだから戸惑ってるだけだ」

 ジェロームの相手は後腐れのなさそうな女性が多かった。指摘したら否定するかもしれないが、傍から見ていると無意識にそういう女性を選んでいるとしか思えなかった。

 ジェロームが今までにないタイプというのだから、深窓のお嬢様といったタイプの女性なんだろうか。

「どんな人なの?」

「俺が何を言っても笑顔なんだ。口説いても怒っても励ましても何をしても変わらない。まるで俺を見ていない。二人でいても一人で話しているみたいな気分だ」

 それはなんだ。心に闇があるんじゃないのか?

 そんな難しい女性をジェロームが相手に出来るわけがないじゃないか。

「その人の名は?」

「ドリス・バウンドだ」

「知ってる?」

 エドゥアルドに話を振れば、頷きが返ってきた。

「バウンド家には三姉妹がいて、ドリス嬢は一番下だったと思う。上の二人は既に嫁いでいて、両親とドリス嬢の三人で暮らしていた。だが、ご両親が二人同時に事故で命を失ってしまった。今彼女は一人だ」

「ドリスは両親が常々言っていた『いつでも笑顔で』という言葉を守って笑顔を決して絶やさない。だけど、あれじゃ泣いてるも同じだ」

 だからずっと笑顔なんだ。なんて健気なんだろう。

「ドリスはご両親が大好きな子だったからね。本当に優しい子だ。少しハノンに似ている気がするよ。今のドリスは、私が初めて会ったときのハノンを見ているようだ。だからこそ、ジェロームは彼女を放っておけないんだろう」

 チチェスター侯爵がそう言い、チチェスター夫人はジェロームの背中を撫でた。三人の目は何かを追いかけているようだ。ドリスを思っているのか、出会った頃のハノンに想いをはせているのか。

「私、ドリスさんに会ってみたい。無理かな?」

 それはその場にいるみんなに向けた言葉だ。エドゥアルドに向けては休暇と外出許可をチチェスター家の人々には宿泊許可とドリスの紹介を。

「なぜお前が向わなければならない? ドリス嬢に来てもらえばいいだろう」

 エドゥアルドが眉間に皺を寄せて不機嫌そうな声音で言う。

「うわっ。それって王族発言だからっ。こちらが会いたいって言ってんのに、先方に来るよう言うのは、偉い人だけなんだよ。私みたいなのに呼び出せるわけないじゃん、エド殿下はおバカなの?」

「バカとはなんだっ」

「バカだからバカなんだよっ」

 おでことおでこを付き合わせて、がんの飛ばし合いをしている二人をチチェスター夫人はあわあわと口に手を添え見ている。チチェスター侯爵はそんな小競り合いを楽しそうに見ていた。

「わっ、分かった。俺がドリスを連れて来るよ。ドリスの気分転換にもなるだろうし」

 二人の他愛ない言い争いに終止符を打ったのは、ジェロームだった。


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