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第31話

『あの男には十分に気を付けなさい。あなたの大事なハノンを奪われないように……』


 魔女が去りぎわにエドゥアルドに耳打ちした言葉を、王城に戻った今もずっと考えていた。魔女の意味あり気な言葉、その謎がお前には解けるのか、と問いたげな不穏な表情。それらが脳裏をよぎる。

 魔女の言う『あの男』が誰を意味するのか分からぬまま、王城内の男という男を全て調べあげてみたが、ハノンに繋がる情報は得られなかった。ハノンという黒髪黒目の少女を知っているという男がほとんどいなかった。いても、噂で聞いてはいるが見たことはない、というものばかりだ。

 クライヴのことを言っているんじゃないかと当初は思ったものの、ハノンとのことを打ち明けたあとの彼は意外なほどに歓迎ムードだった。ハノンを大切に思う気持ちは今もなおあるが、ハノンの幸せを一番に考えているクライヴは自分の恋心を封じたようだった。そうはいっても、クライヴの表情は常に穏やかで、魔女がほのめかした『あの男』とは到底思えない。

 情報のつかめない今、全ての人間が怪しげに見え、疑心暗鬼になっていた。

「殿下? 最近、ちゃんと眠れてないね。なんかあった?」

 仕事も終わり部屋でハノンと寛いでいたのだが、ハノンが心配そうに顔を覗かせたので驚き身じろいだ。

 美しい少女の顔が間近に迫っていたことに驚いたのであって、ハノンを避けたわけではない。その証拠にエドゥアルドの胸は激しく打っていた。だが、ハノンは避けられたと思って俯いてしまった。

「ハノン。顔を上げてごらん」

 自分でも驚くほどの優しい声が出た。

 ハノンがおずおずと顔を上げる。

 王城に戻ってから、ハノンは注目されることが多くなった。正式に公表したわけではないが、エドゥアルドや従者たちの態度でハノンがエドゥアルドの恋人であることはもはや知らないものはない。ようやく出来たエドゥアルドの恋人であるとともに、珍しい容姿があいまって好奇心の的になってしまっている。その視線は、ハノンが考えているような蔑視ではなく、美しい者を見る羨望のものであるのだが、今までチチェスター家や女官長に守られていたため、萎縮してしまい、そのことに気付けない。

「私の顔は赤いだろう?」

 小動物のように首をかしげるハノンの愛らしさは、エドゥアルドの頬を更に赤らめるのに十分だ。

「うん、本当だ。熱でもあんの?」

 気遣わしげにエドゥアルドの頬にのばすハノンの手を、エドゥアルドは捉えると唇に運んでそっと口づけた。

「いや、熱はない。私はお前を間近に感じて、高揚したんだ」

「高揚?」

「ああ、お前があまりに可愛いから心臓がうるさいくらいだ。私はお前にドキドキしている、常に」

「キッ、キモいっ。バカかっ」

 とっさに手を引き抜き、そんなことを叫ぶハノンの声は震えていたし、頬は真っ赤に染まっていた。

 ハノンに恋愛の耐性がないのは明らかだ。その反応が可愛らしくてつい弄りたくなってしまうのだ。

「ああ、はいはい。でも、真実だ」

「あっ、分かった。そうやって恥ずかしげもなく愛を囁く自分に酔ってんでしょ?」

 相変わらずエドゥアルドをナルシストだと思い込んでいるハノンに辟易する。

 自分に酔っているのではなく、目の前にいるハノンという存在に酔っていることが分からないのか。

「私はナルシストではないぞ。自分に酔ったりしない。いつになったら分かるんだ?」

 ずいと自身の顔をハノンの間近にまで近づけてみると、ハノンはどんどん小さくなっていってしまった。

「ウソだよ。ホントは分かってる。エド殿下はナルシストじゃない。ただ、恥ずかしくてつい……」

 それは知っている。知っていてわざと追い詰めてみたのだ。恥ずかしさに真っ赤になるハノン見たさに。

 王城に戻ってからのエドゥアルドは自分でもらしくないほど、ハノンに溺れている。そんな己を恐ろしくなるほどにだ。

「最近、不審な人物が接触してきたりしてないか?」

 ハノンを安心させるように頭にポンと手を載せ、甘い雰囲気を名残惜しくも打ち消し、極力深刻さを与えないように訊ねた。

「えぇ? うーん、特にないけど……。あっ」

 突然声を上げ、考えこんでしまったハノンを、まんじりとした思いで見ていた。問い質したいが、ハノンに余計な心配はさせたくない。

「最近、よく見られんだけど、ちょっと不気味な視線を感じる時があるんだよね」

 エドゥアルドが途端に難しい表情を浮かべたが、ハノンは気付いていないようだった。

「不気味?」

「そう。ねちっこいというか、恨みや嫉みみたいな視線ではなくてさ、悪意って感じではなくって……」

 悪意のない視線。といえば、好意を含んだ視線ということか。

 エドゥアルドの恋人だと噂になっているのに、それでも好意を向けようとするとは。なんたる輩。

「その視線の人物は見たのか?」

「ううん。気になって振り向いて見るんだけど、姿を見たことはないんだ」

 ただの好意だけ(それだけでも正直我慢ならないが)ならいいのだが。

「何かあったらすぐに言うんだぞ。いいな?」

 つい強い調子になってしまったエドゥアルドをきょとんと見ていたハノンだが、次の瞬間には笑いだしていた。

「なーに? 心配性だったんだ、エド殿下って。私は大丈夫だよ、だっていつもアナが一緒にいてくれてるから、1人になることもないし。でしょ?」

 確かにハノンが1人になることはない。侍女という仕事をこなしている時でも、アナがハノンを護衛している。というよりも護衛をしつつハノンの仕事を手伝っている。アナ曰く、ハノンが働いているのに、自分だけ見ているだけなんて耐えられないんだそうだ。それがお前の仕事だろうとつっこみたくなったが、あえてそれはしないでおいた。

 一見特別扱いに見える(実際充分特別扱いなのだが)ハノンと共に働く侍女たちに何らかの嫉妬やいびりがあるかとも思ったが、今のところその様子もないという。彼女らの腹の内は分からないが、エドゥアルドの恋人である変わった容姿の少女を前に、まだ様子見をしているようだ。絶妙な距離を保っている。

「仕方ないだろう? 大事な人が心配になるのは」

 ふっとしたところに甘い言葉を混ぜると、ハノンはぴくりと固まる。

 そんなこともあって王城に戻って、いつも通り同じベッドで眠りについているが、キスすらしたことがない。自分でもヘタレだとは思うが、ハノンが怯えているように見える今はまだ濃密なスキンシップは出来そうにない。家臣たちはもうすでに二人が甘い関係であると認識しているようであるが。実際の二人の関係を承知しているのは、ビバル、アナ、カイルの三人くらいなものだ。

「そうだ、ハノン。明日はチチェスター家の面々がお前に会いに来るそうだ。午前中には大体の仕事は終わるのだろう?」

「ホントっ? 仕事なんて絶対に午前中に終わらせちゃうよっ」

 固まっていたハノンが魔法がとけたように突然動きだした。その喜びようにエドゥアルドはちらりと嫉妬心が沸いたが、ハノンにとってチチェスター家は家族も同然だと思えば、仕方のないことだ。

「じゃあ、明日も早いんだ。そろそろ寝るぞ、ハノン」

 差し出した手を迷いもなく取るハノンをきつく抱き締めたくて仕方がない。

 だが、その欲望を懸命に抑える。今はまだ、ハノンが傍にいてくれるだけでいい。今はまだ……。


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