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第3話

 目の前に広がる滑稽な光景。

 王弟殿下ともあろうものが、腹を抱えて笑うなど優美さのかけらもない。

 ハノンでさえ、こんなんが第二位の継承者でいいんだろうかと疑問に思う。しかも、第二位継承者とはいうものの実質的には、次期国王の座に一番近い男と言われているのに。

「そうかそうか。お前は、人間の女か。それはスゴい」

 完全にハノンの言葉を信じていない。それどころか馬鹿にしているようにしか見えない。

 こんなヤツに打ち明けたのが馬鹿だったんだ。

 こうなってくると、女官長に同じ反応をされると思ったら、真実を告げるのも考えものかもしれない。

 王弟殿下とは思えない振る舞いをするこの男を睨み付けると、ふいっと顔を逸らした。

 もう、あんたとはしゃべらない、という意思表示だった。

 ハノンの機嫌の悪さなどどこ吹く風か、エドゥアルドは鼻歌などを口ずさみながら歩を進める。

 素直に従うことに疑問を感じたハノンは、こっそりとここから逃げ出すことにした。背中を向けて馬鹿みたいに鼻歌なんぞを口ずさんでいるのだ、今なら簡単に逃げられる。

 どう考えても、このエドゥアルドを好きになることも、まして王子が好きになってくれるとも思えない。結局この姿でいなければならないのなら、どこかで一人でひっそりと暮らしていこう。

「バイバイ。エロボケオトコ」

 機嫌の良い背中にそう小さく呟いて、その背中とは反対の方向へと歩きだした。


「あれ? 君はどこから迷い込んだのかな?」

 ハノンが廊下から外れ、庭を歩いていると、エドゥアルドと張り合えるほどに美しい男と出会った。

 エドゥアルドとは違って、穏やかで儚い印象を受けた。精霊に出会ってしまったのかと、疑うほどに身に纏う空気が穏やかだった。

「君は綺麗な毛の色をしているね」

 男がハノンを犬だと思い込んでいるようなので、ハノンは黙って彼の話を聞いていた。

「私は君と同じ色の目と髪の毛を持った少女を見たことがあるんだ」

 ぎくり。

 この王城内で、黒い髪を持つ少女と言ったらハノンくらいなものだ。そして、ハノンのような異質な存在が侍女として働いていると、王城内ではすぐに知られることとなった。

 思いがけず、自分の話を持ち出されて、居心地の悪さを感じていた。

「黒は不吉なものとして、嫌う者もいるけれど、彼女はとても美しかった」

 まるで他人の話を聞いている気分だ。ハノンを美しいと言ってくれたのは、あの家族だけだ。あの家族でさえ、ハノンを初めて見たときは戸惑いを隠せないようだった。

「彼女のことが頭から離れないんだ。ふふっ、この歳で恥ずかしいんだけれど、一目惚れしてしまったようなんだ」

 男は恐らくエドゥアルドと同じくらいか少し上くらいの歳だろうと思われた。ハノンから見れば二人とも大人なのだが、この目の前で遠くをぼんやりと眺めながら、頬を赤らめて微笑む男が少年のように見えた。

「初恋……なんだと思う」

 男の瞳は、どこか夢見がちで、だからこそ精霊に見えたのかもしれない。

「もう一度会いたいな」

 夢見がちな瞳が切なそうに曇ったのを見て、申し訳ない気持ちと後ろめたい気持ちに襲われた。

 ハノンは、男の前に姿を現すことは出来ないし、そんな風に想って貰えるほどの人間ではないのだ。

「ごめんなさい」

 零れ落ちそうになった言葉を慌てて広い集めて呑み込んだ。

「どうかしたのかい? 君も悲しいのかい?」

 心配そうに覗き込まれて、咄嗟にかぶりを振った。

 男は目を見開いて、それからふわりと口元を緩めた。

「君は、人の言葉が分かるんだね? そうか。全部、聞いていてくれたんだね。優しい子だ」

 頭を撫でられ、キュッと目をつぶった。

 エドゥアルドよりも何万倍も柔らかくて温かい手に、心までも温められていく。

「ハノン。ま〜ったく、お前はこんなところにいたのか?」

 面倒臭そうに頭をガリガリと掻きながら、こちらに近付いてくるのは、正直会いたくなかったエドゥアルドだった。

「なんだ、その顔は? 私に会えて嬉しいだろう?」

 眉を潜めて顔を歪めたのが、分からなかった筈はない。

 こんなところでのんたらしていたらエドゥアルドに捕まると分かってはいたが、それが分かっていても、男の話を聞いているのは心地が良かった。後悔はない。

「兄上。このような所で長い時間おられては、熱を出してしまいますよ?」

「エドゥアルド。大丈夫だ。今日はとても体調が良いんだ。それより、この子は君の犬なのかい?」

「ええ。まあ、犬ではありませんが……。これは私が従えている魔獣です。なんだお前、話してないのか?」

 突然話の矛先を向けられ、たじろいだ。半ば二人の会話は聞いていなかった。この精霊のような男が第一位継承権を持つ王弟殿下だったことによる驚きで思考が停止していたのだ。

「うおっ? なんだ、バカオトコっ」

 突発的にそう口走ると精霊のような王弟殿下は、くすりと笑った。

「君はとても愉快だね。喋れるのなら、もっと話がしたかったな。でも、エドゥアルドのところにいるのなら、いつでも話せるね?」

「はい。いつでも喋り相手になります」

「それはありがたい。私はクライヴだよ。よろしく、ハノン」

「よろしく、クライヴ殿下」

「お前は、私の前と兄上の前では態度が違いすぎるんじゃないのか?」

 不満げに吐き捨てるようにそう言った。

「仕方ない。私はナルシストとスケベが大嫌いなんだから。イコールあんたのこと」

 正直血の繋がりがあるのに、なんで二人はこんなに違うんだ。

 出来ればクライヴに最初に名前を告げれば良かったのにと、嘆かずにいられない。

「私は別にナルシストでもスケベでもない。お前は私を誤解している」

 イヤ、あんたは確実にナルシストだって。

 喉元まで出て来た言葉は、自覚のない人間に言っても意味をなすはずもなく、丁重に仕舞い込まれた。

「私は男は100%スケベだと思ってる。個人差はあるけど、若い男は妄想で女を裸にするよね。妄想で体が熱くなったりして、処理は自分でしたり……。したことない?」

「なんで知って……、コホン。ああ、私がそんなことをするはずが……」

「あるのね」

「ないと言っている」

「へぇ」

 細い目を向けながら、ほくそ笑んで見せれば、エドゥアルドは頭を抱えた。

「クソッ。俺も男だ。妄想の一度や二度……あるさ」

「うん、分かった。しょっちゅうやってるんだね。王弟殿下様」

 『王弟殿下様』を殊更ゆっくりと勿体つけて言えば、エドゥアルドの表情は赤くなったり青くなったりと大変だ。

 まさか使役した魔獣にこんな風に弄られるとは、思っていなかったのだろう。

 ハノンの、ちょっとした復讐だ。無知な魔獣に無断で契約を結んだエドゥアルドが悪いのだ。

「ふふっ。君はとても面白い。こんな狼狽えているエドゥアルドを見るのは初めてだよ」

 ケタケタと笑っていたクライヴが、途中で渇いた咳をする。

「クライヴ殿下っ。大丈夫?」

「大丈夫ですか。兄上」

 クライヴが体が弱いということは周知のことだ。だからか、イベント事も欠席することが多く、エドゥアルドが出ることになるので、エドゥアルドの方が次期国王の座にふさわしいなんて噂が出るのだ。

「大袈裟だよ、二人とも。私は大丈夫。でも、そろそろ部屋に戻ることにする。ハノン、また会おう」

 何処にいたのか、クライヴが立ち上がるとサッと二人の男が姿を現わし、クライヴを支えるように両脇に仕える。

「気をつけて、クライヴ殿下」

 クライヴの背中に言葉をぶつけた。彼は、具合が悪いのだろうに、振り返って微笑んだ。

「エド殿下」

「エド殿下とはなんだ」

「だって名前長いんだよ。別にいいでしょ。んなことより、本当にクライヴ殿下は体が弱いのかな?」


皆さまこんにちは。

御指摘を頂いて、第2話を訂正いたしました。

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