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第29話

「本当なのかっ、その話」

 綺麗な顔を目一杯に歪めて、エドゥアルドが叫ぶ。額にはうっすらと汗の滴が浮かんでいた。

「あら、殿下。立ち聞きですか?」

 くすりと笑う魔女はエドゥアルドが来ることを知っていたのか、全く動じていない。ハノンは突然のエドゥアルドの訪問に口を開いたまま固まっていた。

「たまたま聞こえただけだ。それより、今の話は本当なのか?」

「ええ。殿下にはまだ、ハノンが魔女だということを話していませんでしたかしら?」

「聞いてないっ。……ハノンは魔女だったのか。イヤ、もうハノンが黒の魔獣だろうが魔女だろうと関係ない。……迎えに来たんだハノン。城に帰ろう」

 ふいにハノンへと向きをかえ、エドゥアルドがハノンの目の前に立った。

「でも……」

 まだ、ハノンには心の準備が出来ていなかった。

「まあまあ、二人とも座りなさいな」

 不満そうながら渋々と席に着くエドゥアルドに対して、ホッとしたハノン。

「私は黒の魔獣として、何かしなければならないの?」

「別に望まれていないのなら力を行使する必要はないわ。前の代の黒の魔獣も特に何かしたわけじゃないのよ。といっても、前の代は私なんだけどね」

「魔女サンも黒の魔獣だったの?」

 目の前にいる魔女が前代の黒の魔獣だったと聞き、ハノンはとても力強い想いだった。

 自分のことが何も分からなかったハノンが、突然何者だと知れたわけだが、正直実感もなく、だからどうした、どうすればいい、と頭がこんがらがった状態にあるので、理解してくれる人がいるのはなにものにもかえがたい。

「そうよ。私は黒の魔獣として、特に目立った活躍をしたわけじゃなかった。のほほんとペットのふりして暮らしていたわ」

「じゃあ、私も別に何かをしなきゃいけないわけじゃないんだ」

「大きな力っていうのは便利ではあるけれど、厄介なものでもあるのよね。一度その力を知ってしまうと、その力に魅せられる。そうやって狂っていった人間が多くいたと聞いたわ。だから、出来ることならそんな力使わない方がいいのよ」

 大きな力を渇望した王族や貴族が沢山いたのだろう。そして、それがために争いが生じる。力のために無駄に人の生き死にをかけるのであれば、その力はないほうがいいのだ。

 それを知った歴代の黒の魔獣たちは、気付かれないようにひっそりと暮らしていた。

「どんな時も私の傍にいろ。私がお前を守る」

 エドゥアルドが口にしたとは思えぬ(クライヴが言いそうな)台詞を間近で囁かれてハノンはたじたじだった。

「どうしたの、エド殿下。今日はなんか雰囲気ちがくない?」

 いつもとは違うフェロモンが放出されているようで、ハノンは頭がクラクラとしてきた。

 魔女から大事な話を聞いているときだというのに、気が散って仕方ない。

「いつもと変わらないだろう? ただ、今日は大事なことを伝えに来たんだ」

「分かってるよ。城に帰れってことでしょ?」

 我ながら無愛想な声が出たもんだと思う。本当は迎えに来てくれたことが嬉しいのに。昨夜、魔女に素直になれるよう励まされたばかりなのに。

「それもそうだが、もっと大事なことだ」

「なに勿体ぶってんのさ。そんな大事なことなら早くいっちゃいなよ。ケチオトコっ」

 素直になろうと思えば思うほどに口では反対の言葉が乱れ飛ぶ。ほとほと自分に愛想がついた頃、エドゥアルドは言ったのだ。

「お前、ケチオトコって……」

 ハノンの言葉に絶句したエドゥアルドだったが、突然おもちゃが壊れたかのように笑いだした。それこそ美殿下らしからぬ大口を開けて。

 ハノンはそんなエドゥアルドをハラハラと眺めていたし、魔女は笑ってはいないが、目が可笑しそうに笑っていた。

「やっぱりお前だな。どんな姿だろうが、どんな人間だろうが、お前は私が好きになったハノンだ。私がそんな失礼なことを言われても笑えるのは、お前だけだ」

 さらりと告げた愛の告白に、ハノンは戸惑った。あまりに自然で、あまりにあっさりと言われたものだから、うっかり聞き逃してしまうところだったのだ。イヤ、まさかの聞き間違いだっただろうか、とさえ思った。

「今、なんか言った?」

「私はお前が好きだといったんだ。聞こえたか?」

「聞こえた。……冗談?」

「こんなことを冗談で言えるか」

 どうしたらいいのか視線を彷徨わせ、魔女に助けを求めようと正面を見たが、そこには魔女の姿はなかった。

 ハノンの視線を追ってエドゥアルドも魔女の不在に気付いたようだ。

 二人で話しなさい。という魔女なりの配慮なのだろう。

「ハノン。私に聞かせてくれないか。お前のかけられた呪いというのは、一体なんだ?」

 もう逃げ場はない。魔女という助け船もなく、ハノンを覗き込んだその瞳にもはや拘束されてしまった。じっくりと見つめられたその瞳があまりに美しく、強く、儚く輝くので、心臓を拳で殴られたように苦しくなった。

 ここまで追い詰められると、人間開き直ってしまうものだ。ハノンとて同じこと。

「分かった。分かったよっ。全部話すからそんな目で見んな、コンチキショーめ」

「お前、コンチキショーって……。プククッ」

 ここに来てからエドゥアルドは笑ってばっかりだ。何がそんなに可笑しいのか分からないが、エドゥアルドが笑っている様を見るのは無条件で嬉しい。

「すまない。お前があんまり私を笑わせるものだから」

 ハノンはエドゥアルドを笑わそうなんてつゆほども思っていない。

「さあ、話してくれ」

 どんなに大笑いしていても、先程の件を忘れてはくれなかったようだ。

 仕方なく口を開いた。

「愛し、愛されなきゃダメなんだよ」

「誰と?……まさかっ、兄上とか」

「違うよっ。エド殿下とだよっ」

 エドゥアルドもハノンもなぜか怒鳴り合っていた。こんなに近い距離にいるというのにだ。

「は? 私とか?」

「ちゃんと話し聞いてよ、せっかちだな」

 エドゥアルドが急に静かになり、ハノンの次の言葉を待っている。

 話しづらいことこの上ない。だが、話を聞いてくれるよう頼んだのはハノンであるからして、やっぱなしは通らないのだ。

「私が魔獣になってから初めて名前を告げた相手と愛し、愛されなければ呪いは解けない。それが私の呪いだよ」

「それが私だということか……。私はもうすでにお前を愛している。お前はどうなんだ?」

 ナルシストのエドゥアルドにしては珍しく、不安げな表情を浮かべている。いつも無駄に自信満々なくせに。

 そんな顔を見ていたら、どうしてあんなに近くにいたのに私の気持ちに気付いてくれないんだろう、なんて自分勝手なことを考えていた。

 今の今までエドゥアルドの気持ちにちっとも気付けなかったのにだ。

「分かんないの? 私の気持ち」

「分からない。教えてくれ」

 エドゥアルドの目を見ていられなくて、靴のさきっぽを見ていた。

 そして、その靴のさきっぽを見ながら口を開いた。

「……好きだよ。私だって。自分から離れておいて会いたくて会いたくて仕方なくって……。でも恐かった。私は過去の記憶がなくて、自分がどんな人間なのかもよく分からないし、どんな人が本当の両親なのかも分からないし、黒の魔獣だし、魔女だし、エド殿下とじゃどう考えても釣り合わない……」

「お前が何者かだなんて、私には関係ないんだ。関係ない。泣くな、ハノン」

 その時初めて涙が零れていることに気付いた。

 エドゥアルドが零れ落ちる涙を丁寧に拾ってくれる。


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