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第24話

「ハノン。行きますよ。暗いですから、足元に気を付けて私から離れないでくださいね」

 階段を先に降りていたアナが、なかなかハノンが来ないので戻ってきた。

「うん」

 階段はそんなに長くなく、階段が終わると普通の廊下と変わらないきちんと舗装された通路になっていた。

「この道はなんなの?」

「私もよくは知りませんが、この王城を設計した者がこういった秘密の抜け道を作っていたようなんです。ここもその一つだと聞いていますよ」

 しばらく歩いていると大分目が闇になれ、ランプがなくても行く先がぼんやりと見えるようになってきていた。

「アナはこの道をどうして知ってるの?」

「例の副料理長に聞いたんです。料理人は夜遊びするときにこの通路を使うそうですよ」

 例の副料理長というのは、アナの想い人である。

 真っ暗では判別できないが、アナの頬は赤く染められていることだろう。

 彼のことを誇らしげに語るアナを可愛いと思った。

「へえ。じゃあ、今は仕事中だから誰も通らないってことだよね」

「そうですね。料理人は通らないんじゃないですか。最も真っ昼間に城門を通らずに、こっそりとこの道を通る人間がいたなら、警戒した方が良さそうですね」

 真っ昼間から抜け道を通る人がいれば、それはハノンたちのように脱走を企てているものか、スパイや刺客でこっそり王城へ侵入しようとするものなのではないか。

 どちらにしろ、誰とも遭遇したくないものだ。

 ハノンの心配が現実になることはなく、無事に地下通路は渡りきった。

 地上に出ると、眩しさに襲われると思ったが、出た先は昼間でも薄暗く人気のない路地裏であった。

 昔は店が並び賑わっていたのだろうが、その名残が窺えるだけに今の状態を見るのはもの悲しい。

「アナ。魔女の居場所分かるの?」

「ここからずっと北にある森の中に住んでいると聞いています。正直、そう言われているだけで確かではありません。誰もあの森には足を踏み入れませんから。それでも行きますか?」

「無駄骨になってもいい。行く」

 答えは聞かれなくても決まっていた。

 アナもハノンから聞かされるであろう返事は分かっていたに決まっている。それでも、ここを過ぎたらもう引き返すときは魔女に会ってからだというハノンの意気込みを承知しているため、聞かずにはいられなかったのだろう。

「馬を借りましょう」

「ううん。馬はいらない。人気がなくなったら、私は本来の大きさに戻るから、アナは私の背中に乗せていく。馬じゃエド殿下の仕事が終わるまでに帰って来れないんじゃない?」

 見たかぎり、ここから北を見ても森のようなものは見えない。だとすれば、その森までは相当な距離があると考えられた。

「そうですね。かなり遠いですから」

「どの辺まで歩けば人に見られないで済むかな?」

「ここはもう町のはずれに位置しますから戻っても大丈夫だとは思いますけど、念のため少し歩きましょう」

 町のはずれとアナは表現したが、この辺りに住んでいる人間はいないようだ。ゴーストタウンと化したこの町に来るのは、危険人物と無気力な人たち、そして野良犬や野良猫たちだけのように思える。

 二人が歩いている途中で一人だけ見かけたが、無気力な人だったようで、二人の姿を見かけても何も感じていないようだった。あまりに動きがないので生きているのか心配になったほどだ。

「ハノン、もう大丈夫でしょう」

 アナがハノンにそう声をかけたのは、町の外れの外れ、その先に未舗装地帯を目の前にした時だった。

 ハノンはアナの目を見て頷くと、大きな黒い魔獣の姿に戻った。

「ハノンっ。私、初めて見ました、それが本来の魔獣の姿なのですね。凄く美しいです」

 そういえばこの姿を知っているのは、魔女とエドゥアルドしかいなかった。王城でこの姿はあまりに大きすぎたので、早々にペットサイズになってしまったのだ。

「ありがとう」

 誉め言葉に一応謝辞を述べたが、この姿は借り物みたいなものと認識しているハノンにとって複雑な心境だ。

「じゃあ、アナ。背中に乗って。スピード出すから振り落とされないようにね」

 アナが背中に乗ったのを確認すると走りはじめた。初めはゆっくりと、徐々にスピードを上げていく。

必死で捕まっているアナを落とさないように、けれどスピードを落とすことはない。

 夢中で走り、森が見えたと思ってから森の入り口まではすぐだった。

 そのまま森の中に入ると、ハノンの体はみるみるうちに人の姿に変わっていった。

「うぅっ。重いよ、アナ」

 突然人の姿に変わってしまったものだから、ハノンはアナの体を支え切れずに潰された。

「ああっ、ごめんなさい。ハノン」

「ううん。大丈夫。……そっか、この森にも精霊がいるんだね。どうしよう、着る服がないよ」

 まさか人の姿に戻るとは思っていなかったので、服の用意などしていない。

 いくら女性同士だと言っても、裸を見られるのは恥ずかしい。何か体を隠せるものはないかて見渡し、大きな葉っぱをなんとか見つけた。

「ハノンっ。気をつけて。何か来ます」

 自分のことで大慌てで周りの気配に気を付けていなかったハノンには、気付けなかった。

 なるほど、耳を澄ませばがさりがさりと何ものかが葉を踏みしめてこちらに近付いてくる。

 やがて姿を現したそれは、大きなウサギだった。長い耳を持っているのだからウサギなのだろうが、その大きさは型破りで、さらに二足歩行だった。そして、その容貌は愛らしいとは言い難く、獰猛な獣を前にしたような気分にさせた。

 大ウサギがハノンとアナの前に立ちふさがると、おもむろにハノンの前に腕をつき出した。

 その手の中には、何か布らしいものが握られている。

「私に?」

 恐る恐る尋ねると、言葉が通じるのかこくりと頷いた。

 大ウサギから受け取り、それを広げると、それはワンピースだった。

「これ、着てもいいってこと?」

 大ウサギは再び頷いた。

 獰猛な顔をしている割に、素直に頷く姿は愛らしい。

 さすがにその場で着替えるのは恥ずかしいので、木の影に隠れた。

 驚くことにその服は、ハノンにぴったりだった。ハノンのためにしつらえたもののように。

「ありがとう。ぴったりだった」

 ハノンがお礼を言うと、その表情が僅かに崩れた。

 笑ったのだろう。

 最早ハノンは、この生き物に警戒心を解いた。アナの方では、警戒心は未だ解いていないものの、ハノンに危害は加えないだろうとは思っているようだ。

『肩。乗る』

 大ウサギが突然言葉を発したので、ハノンもアナも目を瞠った。

 片言ではあったが、その意味は十分理解できる。

 大ウサギがしゃがんで肩をハノンたちに指し示した。

 先に動きだしたのはハノンだった。大ウサギの右肩にちょこんと腰を下ろした。

 大ウサギは戸惑っているアナを促すように左型をトントンと叩く。

「アナ。大丈夫だよ」

 根拠はなかったが、ハノンの言葉に戸惑いながらも漸く肩に乗った。

『あの方、待ってる。連れていく』

 あの方が意味するのは、この状況からして魔女のことを言っているのだろう。

 大ウサギは魔女の使役獣なのかもしれない。

 無言のまま、大ウサギの肩で揺られながら真っ直ぐ前を見ていた。

 不思議と緊張もなにも感じられなかった。森の精霊のおかげなのか穏やかな気持ちだった。

 魔女の家はもうすぐそこに迫っている。


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