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第15話

「そうねぇ。政略結婚は王族の使命みたいなところがあるから、殿下にそんな話が舞い込んでもおかしくはないわね。殿下をお慕いすれば、もれなく辛い想いも経験するはめになるでしょう。それでも人の気持ちはそんなに単純なものではないのよ。本当に人を好きになれば自分の気持ちすら抑えられなくなるものなの。ハノンが今持っている気持ちはまだとても小さいから、これから萎んでいくかもしれないし、もっと大きくなるかもしれない。どちらにせよあなたは私たちの家族なんだから、一番の味方であることは忘れないでね」

 チチェスター侯爵夫人の言葉はハノンを力付けるばかりか、胸を熱くさせた。

 その夫人の隣でうんうんと満足そうに侯爵は頷いている。ジェロームは、わざとらしく目尻を拭ったふりをしている。

 少し変わっていて、可笑しな家族だけど、ハノンを助けてくれた恩人であり、信頼をおける人々だ。

「いつでも俺が相談に乗ってやるからな」

 ジェロームが兄貴面で頼もしいことを言った。

「バーカ。お兄様には絶対相談しないもんね」

 それに対してハノンは悪態をついてみせたが、実際は一番信頼しているのはジェロームなのだ。

 チチェスター家に引き取られて約3年。ハノンの面倒を一手に引き受けてくれたのは、他でもないジェロームなのだ。ちゃらんぽらんでだらしなくもあるが、こう見えて妹思いの良き兄であることは間違いない。

 そして、ハノンのことをハノン以上に理解しているのもジェロームだ。

「ハノンもジェロームもそれくらいにしなさい。ハノン、今差し当たって困ったことはないかな?」

「大丈夫。みんな良くしてくれるから」

「いいかい? どうしても辛くなったら、家に戻って来てもいいんだからね。私たちはハノンがどんな姿だって家族として受け入れるから」

 頷くとチチェスター侯爵が頬を弛ませた。この笑顔に何度となく癒された。

 魔獣になってしまったあとも変わらぬ態度を取ってくれる家族に感謝の気持ちで一杯だった。

「うん。ありがとう、お父様」

「さあ、私たちはそろそろお暇しようかな」

 ずっと暮らしていたあの家に三人が帰って行ってしまうのだと思うと、堪らなく悲しくなった。

 出来ることならハノンも一緒に帰りたい。けれど、その言葉を飲み下した。

 ハノンはソファから降りるとドアのところまで行った。ドアをかりかりと引っ掻くと(傷は付かないように細心の注意を払って)、カイルが向こう側からドアを開けてくれる。

「カイル。話終わったよ。お父様たち帰るって」

 カイルはにっこりと微笑んだ。その微笑みの中に、殿下を呼んでくるので待っていてください、という意味が含まれている。

 相変わらずカイルは無口だ。

 カイルが背中を向けて歩き去ったのを見届けてから、ソファに戻った。

 暫くするとエドゥアルドが姿を現した。

 チチェスター侯爵がハノンをくれぐれもよろしくと、頭を下げ、それに倣って夫人とジェロームも頭を下げた。

「大事な娘さんです。こちらも全力で守ります」

 エドゥアルドまでも頭を下げ、ハノンだけがその光景をぼへっと見ていた。

 三人が家に戻ることになり、エドゥアルドが城門まで見送ると名乗り出たが、ビバルに強制的に阻止された。どうやら執務が滞っているようだ。 ハノンも城門まで見送りたかったが、それはエドゥアルドに止められ、不貞腐れているところをジェロームに撫でられて気恥ずかしくなった。ジェロームは、ハノンが頭を撫でられると大人しくなることを知っているのだ。

 そんなジェロームがエドゥアルドに近寄り、耳元で何か囁いている。なんと言ったのかは、ハノンの耳にまで届かなかった。

「もちろん。分かっている」

 それについてエドゥアルドが強い意志を持って答えた。二人の男は、顔を見合せて小さく笑った。

 三人がビバルに率いられて出ていくと早速エドゥアルドにうかがいをたてた。

「さっき、お兄様はなんて言ってたの?」

「ん? ああ、男同士の秘密だ」

 のらりくらりとハノンの疑惑の視線から避けるつもりでいるらしい。

 ムッとして頬を膨らませた(気持ち的に。実際表情の変化は希薄)。

「何それ、キモいっ」

 どうせジェロームのことだ、ろくなことは言っていないのだろう。だが、あれで案外面倒見がいいから、ハノンが絡んでいるのは確かだ。

「こんな男前を捕まえて、キモいとはなんだ」

「ナルシスト、ウザい。黙れ」

 これは八つ当たりでしかない。男同士で話をされて、それを教えてくれないことにたいしての。

「お前の家族はいい家族だな」

 エドゥアルドが目を細めて、まるで今まで目の前にいたハノンの家族を思い出しているようにしんみりとした声だった。

「うん。本当にいい人たちなんだ」

 本当の家族ではなくても、血が繋がっていなくても、紛れもなく家族だと思えた。そう苦もなく思わせてくれるような人たちだった。一度だって寂しいと思ったことはない。そう思わせないように自然に気配りしてくれるような人たちだ。

 こんな風に家族の有り難味を知ったのは、家を出て王城に来てからだった。

「そうだな。……ところでハノン、明日国王陛下がお前と会うと言っている」

 空気が一変、言いにくそうにエドゥアルドが眉間に皺を寄せた。

 現国王は、エドゥアルドとクライヴのお兄さんにあたる人だ。なぜそのような表情を家族の話をする時にしなければならないのか。

「たかだか一介の使役獣にどうして国王が会うって言ってんの? ……まさかっ」

 国王がわざわざ使役獣を呼び出すなんて有り得ない。普通の使役獣ならば。

「もしかして、国王は私を黒の魔獣だと勘違いしているんじゃ……」

 ハノンの考えはどうやら正しかったようだ。

「お前は知っているか? 主従契約は上塗りすることができるということを」

「どういうこと?」

「使役されている主よりも強い魔力を持つものと主従契約を結べば、それまでの主との契約は無効化される」

「エド殿下より強い魔力を持った人と主従契約を結んじゃうと、エド殿下との主従契約がなくなっちゃうってこと?」

 主従契約は、主が死ぬまで続くものだと思っていた。だから、最悪ハノンはエドゥアルドが死ぬまで一生使役されるものだと思い込んでいた。

「そういうことだ」

「エド殿下って魔力あったんだね?」

「勿論あるさ。王族には魔力が必ずそなわって生まれてくる。個人差はあるが、より強大な魔力を持つものが国王となれると言われていた。今は、そこまで魔力が関係することはないが」

 アナは魔力を持っている人と持っていない人が見分けられる。そもそも何処をどう見たら見分けられるんだろう。

 魔力を持っている人間は見分ける力も備わっているのだろうか。ハノンが見分けられないのは、魔力を魔獣の姿になったときに無理矢理持たされたからではないか。

「この国で一番魔力が強いのってさ、誰なの? ……もしかして、国王?」

「そうだ。もし、国王陛下がお前を黒の魔獣だと認識したら、何が何でも主従関係を結びたがるだろう。国王陛下は野心家だ。お前が国王陛下の使役獣になったら、この世界はどうなるか分からない」

「待って、待ってよ。でも、私は黒の魔獣ではないんだよ?」

「ああ、確かに黒の魔獣ではないかもしれない。だが、その魔力は黒の魔獣と匹敵するほどに強い。国王陛下はそもそも黒の魔獣など信じてはいない。国王陛下の目的は力でしかないのだ」

 黒の魔獣であるともあらずともかかわらず、強大な力を持つものを手中におさめ、絶対的な力を手に入れる。それが国王の目的なのか。


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