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第13話

 ハノンが本当は人間であるとエドゥアルドや周りの人に知られて、内心ホッとしていた。

 魔獣であることに慣れていくにつれ、自分が人であることを忘れてしまいそうで恐かった。周りにハノンのことを分かってくれている人間がいるだけで、安心することが出来た。

 そして、エドゥアルドのお陰で精霊の恩恵を受けている場所では、人の姿に戻れることも判明した。

 ハノンはエドゥアルドの使役獣で、本来なら主のために働くべきなのに、エドゥアルドには助けられてばかりだ。

 ここ何日でエドゥアルドの株は大幅に上昇した。少しくらいのナルシストぶりには、目をつぶってやるかと思うくらいに。それどころか……。

「ハノンは、エドゥアルドが好きなんだね?」

 完全に体が回復するまで、ベッドの上を余儀なくされているクライヴの一言に目が点になった。

「は? なんでそんな結論に至ったの?」

 クライヴは、疑問文と見せかけて、断定文と思われる物言いをしたので、驚くばかりだった。

「だって、ハノンはエドゥアルドの話ばかりしているよ。それもとっても楽しそうにね」

 クライヴの言葉の端々から焼き餅が感じられて苦笑を余儀なくされた。

「そんなことはないよ。それに、エド殿下にもクライヴ殿下の話をよくするんだよ。私の周りで一番身近な人だからそうなっちゃうだけだよ」

 内心冷や汗をかきながらハノンがそう言えば、クライヴの表情が幾分和らいだ。

 クライヴは、とても綺麗で優しくて、最近ではそこに明るさも加わって、誰が見ても素敵な人だろうと思う。

 それでもあからさまなアプローチに戸惑ってしまうのは、先日エドゥアルドと二人で森の中を歩いたせいかもしれない。

 人間の姿で見上げたエドゥアルドの顔はいつもより近くて、捉えられた腕がなんだか熱くて、なぜか胸がドキドキした。

 エドゥアルドをからかって笑ってみせたが、それは自分の動揺を悟られたくなかったからの行動にすぎない。

 あれからエドゥアルドといると鼓動が激しく打って、息苦しい。

 これがお兄様が言っていた恋というものなんだろうか。そう思うと居心地が悪くて、頭をモシャモシャと掻き乱したくなった。

「どうかした? ハノン」

 我慢できなくなって頭をかき乱したハノンに、クライヴが優しげな声をかける。

「なんだろう。ダニかな……」

「そうなの? ダニ除去の薬を用意して貰おうか?」

「いやっ、大丈夫。もう痒くなくなったから。ははっ」

 クライヴに、申し訳ない気持ちで一杯になった。

 無邪気なその笑顔に居たたまれなくなる。きっとハノンはクライヴの気持ちに応えることは出来ないのだから。

「あ、もう行かなきゃ。また来るね、クライヴ殿下」

 逃げるようにクライヴの自室をでたハノンは、盛大なため息を吐いた。

 クライヴには、精霊の恩恵を受けている場所では人間の姿に戻れることは話していない。

 人間の姿でクライヴに会ったときの、彼の態度が恐かった。魔獣の姿でも、あからさまに好意を示すクライヴが、人間の姿ではどんな態度を示すか。

 押し倒されることはさすがにないと思うが、不用意に近付かれそうな気がする。最近のクライヴは、少し恐い。いや、恐らくクライヴの態度に変わったところはなく、変わったのはハノンの気持ちの方なんだろうが。


 その日、ハノンはアナに魔力のコントロールの仕方について習うことになっていた。

 魔力がだだ漏れの状態になっている今の状態では、容易に黒の魔獣と勘違いされてしまう。魔力の気配を消すことが出来れば、たとえ疑われてもなんとでも言い逃れが出来る。なんと言われても魔力がないのなら、いくら黒くたって黒の魔獣では有り得ないのだから。

 園庭に足を踏み入れると、そこには既にアナの姿があった。アナは、ハノンに気付くと、軽く手を上げた。

「アナ。今日はよろしくお願いします」

 アナは珍しく丁寧な態度を取るハノンを笑顔で迎えてくれた。アナの色気のある笑顔に同性ながら見惚れてしまった。

 アナはいつも近くにいて、ハノンのみならずみんなの話を聞いてくれる頼りがいのある女性で、近衛兵の中でも数少ない女性であるためか、彼女の人気は凄いのだとビバルが言っていた。

「ハノンの運命にも関わってくることですから、しっかり身に付けましょう。ね?」

 大きくしっかりと頷いた。

「魔力のコントロールはとても簡単です。体にそう言い聞かせればいいだけですから。魔力を隠したいのなら、魔力を隠せ、と自分自身に言い聞かせるんです」

 アナが言うとおり理屈は至極単純だ。問題は、それが実際に使いこなせるかということだ。

「ハノンがクライヴ殿下をお助けしたとき、凄まじいスピードを出されていました。恐らくハノンが無意識のうちに体にいい聞かせたんだと思います」

 そういえばあの時、ハノンはもっと早くもっと早くと思っていた。それが魔力のコントロールに繋がっていたということだろう。

「そっか。とにかくやってみるよ」

 魔力よ、隠れよ。

 心の中で呟き、頭の中でイメージを広げた。ハノンの体の中にある箱に魔力を詰め込んで鍵をかけた。

「どうかな? 出来た?」

 自分では、きちんと出来ているのか実感が湧かない。

 アナはなんとも言えない表情を浮かべている。

 ハノンが首をかしげて、アナの顔を覗き込めば、ハッとした顔になった。

「びっくりしました。完璧です。普通、すぐには出来なくて皆苦労するんですよ。こういうのを見てしまうと、やっぱり黒の魔獣なんじゃないかって思っちゃいます」

 アナの瞳がキラキラと期待に輝いている。そんなに期待されても困るんだけど……。

「残念だけど、私は黒の魔獣じゃないよ。ごめんね。私はただの人間だからさ」

「けれど、ハノン。人の姿の時のハノンからも強い魔力を感じました。今まで魔法を使ったことや魔力が暴走したということはないですか?」

 アナの言葉に驚いたが、表情には出さなかった。

「アナは私の過去とかある程度女官長から聞いてんでしょ?」

「はい。チチェスター家の養女に迎えられたのですね?」

「チチェスターのお父様に拾われる前の記憶がまるでないんだよね。チチェスターの家にいたときに魔法を使ったり、自分の力を感じたことはなかったし」

 自分に魔力があったなんてどうしても思えない。

「もしかして、魔獣の魔力が残ってるからそう感じたんじゃないかな?」

「そうかもしれませんね」

 言葉では同意したように見せているが、アナは納得していないようだった。

 腑に落ちないといった表情を隠すことも忘れている。

「ハノン。こんなところにいたのか。ちょっと来てほしいと殿下が言っている」

 ビバルがハノンを見つけて、声をかけた。走ってきたのか額から玉の汗が今にも流れ落ちそうになっている。ビバルが走ってきたところを見れば、それが急ぎのようであるのは確認しなくとも分かる。

「んじゃ、行きますか。アナ、色々教えてくれてありがとうね」

 ビバルの元へ走っていく。アナもハノンの後からついてくる。

 何かがあったのは明らかだ。何か良からぬことでないことを祈るしかない。

「お待たせ。行こう」

 ビバルの隣を歩きだす。ビバルからピリピリとした空気は感じられないところを見ると、悪い用件ではなさそうだ。


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