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修羅の時代  作者: 中仙堂
4/15

白雁だ

修羅の時代 


−第4話−






「おお、あれは何か。」

常陸の国大平洋岸の豊浦浜に小さな漁師村があった。都の政り事や、流行り唄とは全く隔絶した処である。今日も漁師達は豊かな幸を求めて、沖へ出ていた。

日も高く昇る頃、水平線の彼方から、いきなり何やら見慣れぬ物がやって来た。

巨大な軍船が三隻も出現したので、その驚き様は無かった。

「ありゃ何だ。」「すげー船じゃな。」

船には小屋掛けの船室があった。雑兵共が舷側に大勢並んで、漁船の群れを眺めている姿も見える。

船が近付くにつれ、漁師達は漁を続けるどころの騒ぎでは無くなった。あんな大勢は村の祭りでも、滅多に見られない。

男達は漁具をまとめて港に引き上げ出した。

「うお〜い。」

「とまれ〜。」「何じゃ云うとるが。」

逸る心を押さえつつ、その漁師の中で長老格、初老の男が漁師達に停船を命じた。

そして巨大船の近付くのを待った。

「お〜い。杉山の彦三殿は居るか。」

船と船が近付くと、互いに顔が見渡せる様になった。

「杉山の彦三なら、わしの兄貴じゃが。あー、兄貴殿が云って居った。あんたら、源氏のお殿さんじゃな。」

「わしは源氏の御大将の家来、沢田幸次郎と申すが奥州の吉次殿を通して、彦三殿に話は通してある筈じゃが。この船団は訳あってこちらの常陸の国の豊浦浜に立ち寄り上陸したい。」

「その話しなら、わしも兄の彦三から聞いて居ります。漁師の下っ端共は、良く分かって居らんが、心配はござらん。では、浜へお上がり下され。」

義経軍団は長い荒波を幾つも乗り越え、やって来た。

春未だ浅き外洋の波濤に悩まされつつ、一気に常陸まで漕ぎ渡って来た。早十日も経っていた。静寂の中突然降って湧いた軍団に、浜は大騒ぎであった。

浜の長老杉山の彦三は、二、三日前より密かに街道筋へ、見張りを出していた。

「いよいよ、お出でなすったね。」

街道筋、山間に一軒の旅籠があった。

ニ階の部屋に街道の馬喰が集まっていた。

その内の一人は女だったが、中々の女傑振りで、馬喰衆を仕切っていた。

「お前さん達いいかい。わし達奥州の馬喰の心意気だよ。」

「そうよ其れを見込まれたって訳じゃ。」

裏街道を駆けに駆け続け、漸くこの日が来た。

「吉次様のお指示通り、馬六十頭間違い無いね。黒さんの所が二十五、さぶさんの所が十五頭。こんな処か。皆ご苦労だったね。」

姐御肌の女の周りに、一面花が咲いた様で、何かと華やぐのが仲間の間で好評であった。

「しかしだね、あの殿さんの馬だけは厄介だったね、正直の処。

殿さんの云うことは聞いても、我々玄人衆の云う事は中々聞きたくないらしい。さんざん手を焼かしてやっと、わしらの事にも馴染んでくれたっけ。」

突然の遠出で、三頭の馬達も相当へこたれた様だ。「しかし、あの馬だけは別さ。実にしぶとい馬だった。ま、だからわし達助かった様なものじゃ。」

吉次は義経軍団が早春大移動する為、人員は船で海路を渡すが、大量の軍馬をどうするか考えに苦慮した。

早春とは云え奥州は未だ相当の雪が残って居る筈である。何十頭もの馬を動かすのは、並み大抵の事では無い。飼葉も相当の量になるであろう。

そこで天下の金売り吉次は軍馬の現地調達を考えた。馬は常陸近郊で以前から目を付けていた、軍馬専門の馬喰達を押さえる事である。一番面倒な事は義経の愛馬をどうするかと云う事であった。

そこで目を付けたのが、奥州の青鬼こと大場政太郎の遠い親戚関係が、桃生郡で馬喰をしているとの事、馬の調教については天才的な感性を持つ「おせん」と云う女馬喰であった。

馬喰と云う言葉は本来支那の有名な伯楽から来て居ると云う。

それはさておき頭の良い、人間より遥かに体力の有る馬を馴らす事は、素人には至難の技である。

彼等に義経軍の動きに相前後して、義経の「愛馬」含め二、三頭の馬を届けさせる算段であった。

問題は感が鋭く気性の荒い馬を、無事届けられるかどうかであった。金銭の事なら三国中、誰とでも競う自信の吉次も、生き物相手は不得手であった。

二十日程前の事であった。

白い雪の季節奥州路は、旅人にとって相当手強い相手である。

其の頃おせん達一行は吉次との約束を果たす為、石巻を発った。

詳細は知らされて居なかったが、奥州の馬喰の技量を見込んでの事らしい。この初春の厳しい時期にどうしてこの”みちのく”の峠や山路を越えられようか。

初めは納得のいかない、おせん達であったが、「白雁」を初めとする四頭馬の技量を確かめる事からはじめた。

冬の長途の旅は馬でも根性がいる。又頭の良い馬で有って欲しい。馬達ともよくよく話し込んで納得づくでなければいけない。馬もなかなか人の云う事は分かるらしいのである。

大自然の中に獣道と云うある種の動物独特の通り道が有るが、馬喰街道と云う特別の道が有るらしい。

飼葉は雪の降り出す前に、大急ぎで街道の要所、要所に「隠し飼葉」として準備しておくのが習わしで、この季節の特異な旅の場合に、玄人としての肝要な心構えである。

冬場の奥州の山中には、どんなに探しても馬の餌になる物は皆無である。何の準備も無く馬で遠出するのは、自殺行為である。

熟練の馬子の頭の中には、確かな陸路図がある。そして永年の経験と勘がある。おせんはこの旅で、先輩格の「まご爺」を先導役として依頼した。

一寸先も見えない雪道でも、この用心深い初老の達人にとって、絶望と云う結論には結び付かないらしい。街道の雪に埋もれた標を絶対見逃さない。それと驚くべき事は、あの「白雁」を自在に動かす、おせんの馬子としての天性であった。

「えいっ、ハイドウ。」

「そりゃ、オッ、オッ、オー。」

深い雪道を避け、特注の馬具も揃えての峠越えである。途中、居たであろう盗賊共も、この奥州一番の馬喰の一族には一目置いて居る。思ったより何事も無く、此処まで来られたのは、吉次の差し金の効果が効いた事もあろう。

源氏の大将と云っても、おせんには皆目判らぬ世界のお方であった。

五月の馬場は光が眩く降り注ぎ、胸の中にしみ込む様な清涼に満ちた空気も、ただただ心地良いものであった。

馬場の向こう側に数頭の若駒が群れて居た。「おーい」とおせんが呼ぶと馬達は、一斉に駆けてくる。

栗毛、黒毛、白毛、五頭、十三頭。白毛と云えば「白雁」が居ない。

「何処へいったんだろう。」頻りに白雁を探すおせんだった。

「聞こえる、白雁だ。」

遠い彼方で聞こえるのは、白雁の嘶きだったろうか。潅木の林や杉木立を廻り、草原を彷徨って居るおせんが、気が付くと小高い丘の上に、立派な武者姿の男が立っているのが見えた。

「おせん。」

「ご苦労であった。」おせんは泣いた。

訳も判らず泣いて居た。

「良くやってくれた。」その時、五月の風が唸りを上げて、二人を包み込んだ。

ふっと意識を失うおせん。

「おせん、どうした。」

此処は旅籠の二階だった。どうも五体の疲れに唸なされたらしい。

「おやおや、夢か。」

正気に戻ったおせんは、心配そうな馬子爺に、何でも無いと愛想笑いをして再び床に入った。

夜明けには未だ時間が早かった。約束の地まであと八里、白雁も無事届けられそうだ。

この仕事が終わったら直ぐ帰ろう。桃生の里は未だ寒かろう。心は既に田舎の空が恋しい様だ。


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