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修羅の時代  作者: 中仙堂
12/15

夢は五臓の疲れ、

はたまた、未来を予言する

知らせか。


文治元年二月神戸の渡邊に源氏の武将が集合した。

余談ではあるが、源氏には渡邊姓が多い様だ。

極めて古い系譜の一つであるが、最も有名な武人に渡邊綱が居る。この神戸の渡辺橋の袂に渡邊一族が住んで居た。

それが一族の根源だそうである。

さて平家は源氏軍が引き上げた後、平家再追討の準備が整わぬ内に、讃岐の屋島に根拠地を置、再興を目指した。

「我らの動きが一切、遅々として進まぬ故、最悪の事態が来たようじゃ。」

評定の口火を切ったのは義経からだった。

平家を攻めるにも相手は海の向こうである。そこで今回の戦は当然船戦、海上戦となる。

源氏は元々騎馬軍団を主力とし、船戦は余り手慣れているとは云えない。そこで船の備えをどうするかで、梶原から提案があった。

「我ら源氏は船戦は不慣れによって、進退に好都合な逆櫓を立てては如何がなものであろうか。」

すると血気盛んな義経は、

「我ら源氏の戦は前進を以って潔しとす。初めから退却を考える様な逆櫓等は、源氏らしくない弱腰の戦略であろう。」

若いとは云え、こうはっきりと自分の提案の腰を折られては、いっかな武人と云えども、其の心持ちは穏やかではなかろう。

皆々義経の力強い言葉を頼もしく感じ喝采を送ったが、此の事はやがて彼の人生を狂わせた要因の一つになったと云えよう。

いざ、出陣となると海が大荒れである。

此れではとても船は出せませんという水夫達の言葉に、

「少々風が荒いと云えども、此れは向かい風に非ず、追い風は我々の戦に味方するであろう。」

と強風を押し切って船出した。

元来無謀な事に挑戦するを以って狂喜する反骨精神の持ち主故、行う事が全て人の意表を衝く。

常識では三日の処をわずか数時間で渡り切った。

「いやっはっはっは。やったぞ、皆の者。おい、山岡。ここの浜が阿波の何処か調べて参れ。」

早々に数名の者が、浜の近くに探査に出かけた。半時程して彼等が帰って来ると、真夜中に摂津の渡邊の浜を出て、早朝には阿波の勝浦へ着いていた。

一行は五隻に分乗し、総数一五○名の小勢であった。その後たった二日で陸路の一五、六里を強行し、讃岐の屋島へ攻め寄せた。

屋島は瀬戸内を挟み倉敷の向かい側で、直ぐ沖合いに小豆島が見える温暖な地であった。

屋島と云っても島嶼ではない。西に高松、丸亀が続くこんな穏やかな瀬戸内でも、突然大荒れに荒れる事も有る。

平家もまさかに、此の様な悪天候の夜に、敵が攻め寄せるとは、思いも寄らなかったであろう。

市の谷と云い、屋島の戦いと云い、義経と云う人物は、味方の源氏方から見れば、何とも頼もしい存在であるが、方や平家から見ると、悪鬼の如き地獄からの使者。

飛んでもない阿修羅の如き猛将であったに違いなかろう。

平家は不意を討たれて動揺し、一目散に逃げようとする。

しかし、平氏の中にも猛者が居って、只逃げる者ばかりでは無い。相手が小勢と見れば、大将の義経のみを狙い討ち、義経も忽四方より、弓矢の洗礼を受けた。

右から、左から矢が雨あられに吹き付けて来た。

此の時、遠く奥州の平泉から、藤原秀衝の命により、義経に付き従って来た佐藤継信・忠信兄弟が、主君の生身の盾となり、継信は敢えなく敵の矢に倒れてしまった。

義経その手を取ると、

「主人の御命に代わって討たれた事、今生の面目、冥土の思い出。」と苦しい息の下から云うと、喘ぎながら事切れた。

此れを聞いた将軍義経は耐え切れず、さめざめと泣いたという。

その夜義経軍は、屋島の戦場近くで夜を明かす事となった。

小高い丘の北面に小さな寺が在り、境内に陣を張った。

境内の中庭に円陣を組み、見張りと諜報は怠らなかった。真っ暗な闇の中にパチパチと、火の爆ぜる音のみが響き、その灯りに寺の古びた鼠色の壁が浮かび上がっていた。

「殿、何時迄塞いでござるか。佐藤継信の事、武士の逝くべき定め、寧ろ誠に天晴れ。惜しんでも仕様の無い事でござる。

継信の勇姿を思い出に止め置き、決して忘るるべからず。後は只、前進のみあるべきぞ、殿。」

「むぅ、うお〜っ」

義経は悔しさに、滂沱の涙を流し、地団駄を踏んだ。

「殿、如何なされた。」

「殿。……伊埼、来い。」

弁慶は突然倒れた義経の鎧を脱がせ、伊崎秀次に着替えさせ、何やら耳打ちをした。暫く続いた強行軍と、忠臣を目の前で死なせた心の痛手に、さすが人一倍強靱な将軍義経も神経が疲れ、人事不省で昏睡状態に陥った様である。

京の都も春ともなれば、妙に艶かしく、春霞に包まれた街のあちこちの盛り場では、今を春よと平家一門が、栄華の極みを満喫していた。

「平家に非ざれば人に非ず。」

後の世に平家物語として、奏楽と共に語り継がれた一門の栄枯衰勢が、正に是であった。

一門の非を揚げつらえば、忽ちの内に捕縛の縄に付いた。人を人とも思わぬ世相に、人心も荒れ放題であった。

そんな或夜の事、京の五条の寂しい橋の袂で、月を背にして一人の怪人が佇んで居た。

其処へ酒に酔い痴れた、二人の侍が、通り掛かったのである。

「あーあ、人に非ずか。ははは、平家様が…平家。ふははっ。」

橋の欄干で足を止め、一時宵を醒まして居ると、がらん、ごろん。と足駄の乾いた音が響いて来た。

長い木造の橋全体に気味悪く響いてくる。思わずぎょっとして二人はそっと振り返った。

一人の大男がずんずんと近付いて来た。

二人は無気味さに、がたがた震えながら、なるべく相手が、何事も無く通り過ぎて欲しいと願って居ると、背後でぴたりと止まった。そして大男は

「ぷはーっ。」と吐息をすると、

「わはっはっはっはっは。」と大音声に笑い放った。

「儂は、京一番の悪法師弁慶じゃ。其の方達、その腰の物を置いて参れ、嫌なら覚悟致して掛かって参れ。」

と叫んだ。是が兼ねて噂の高い、荒法師弁慶であったか。

と気が付いた時は、もう遅かった。身の毛のよだつ思いで、わっ。と一声叫んで飛び上がった。

世の中を牛耳って居る、平家一門と云え、一人一人は弱い者である。概ね凡人の集まりである。

誰も見て居ないのを確かめる余裕も無く、刀を置いて、脱兎の如く素早い早さで逃げ去った。

「愚か者め。」

言い捨てると、余りにも腑甲斐無い様に、苦虫を噛み潰した表情で、置き去られた刀を拾い上げた。

其の時ふと、人気を感じて、法師が振り返ると、橋の向こう端に、小さな人陰を見つけた。

「どうれ、飛んで火に入る、何とやら。三匹目か。」

小さな人影は、歩き乍ら横笛を吹き、弁慶には何やら良く判らぬが、飄々と良き一曲を奏でていた。

女物のかつぎを装い、怪しい雰囲気を醸し出していた。

こちらに気が付いては居る様子であるが、なかなか歩みを止めようとはしない。

「ふん、童一人か。まあ、何か金目の太刀でも持って居る様子、其れでも取り上げてやれ。」

そう考えている内に相手は目鼻の先まで近付いて来た。

何と物怖じしない童か。

「これ、童。こんな夜更けに、たった一人で徘徊するとは、もしや、夜叉でもあるまいに。儂が恐ろしくは無いのか。」

精一杯威嚇してみたが、相手は恐がりもせず、答えようともしない。じっとこちらを見つめる姿は、小柄であるが七つ、八つの幼児では無さそうである。

そう思うと弁慶も良心の呵責から、多少なりとも解放された。

「小僧、刀を持って居ろうが。其の脇差しを頂戴したい。」

すると、きっと睨み返した少年は、

「欲しいと云うなら、恵んでやらぬでも無いが、其れなりの礼儀と云うものがあるであろう。」

カッと逆上した弁慶は、

「何を小僧め。」と云いつつ、先ず相手の襟首を、むんずと捕まえにかかった。其の瞬間、少年は、さっと飛び跳ねながら、弁慶の脛と鳩尾を、嫌と云う程蹴り付けて、後方へ飛び下がった。

「な、何と素早い。」

弁慶は更に大薙刀の柄で横に払うと、ぱっと飛び上がり其れも躱した。大人気無いと思いつつ、弁慶は橋の欄干の上に飛び降りた少年の上に、大薙刀を振り下ろした。

一刃両断に切り捨てるつもりは毛頭無かったが、其れで相手の動きを止めるつもりであった。

しかし、弁慶は思わずしくじってしまった。大事な薙刀を欄干に、しっかりと斬り付けてしまった。もう、抜こうにも抜けず、非常に焦ったが、逆に自分自身の動きが止まってしまった。

「しくじった。」

と思った瞬間、欄干の上に舞い降りた少年は、弁慶の頭と胸目掛け、「えいっ。」

とばかりに蹴り下げた。思わずもんどり打った弁慶は、羞恥心で直ぐには立ち上がれなかった。

「どうした、悪坊主。」

にやり、と笑った其の清清しい笑顔に、弁慶は上向いた侭、思わず苦笑いをしてしまった。

「わっはっはっは。」

「わっはっはっは。」


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