姉たちが家出しました。~平凡三女は天才長女と美しすぎる次女の尻ぬぐいで跡継ぎになっちゃいました!?~
伯爵令嬢ジェーン・ローゼンには二人の姉がいる。
長女、アレクシア。
王立学園を首席で卒業した才媛。
真っすぐな茶色の髪に涼し気な青い瞳。父に似た凛々しい顔立ち、やや高めの背にすらりとした体型。
理知的で柔らかい物腰で、令嬢達から憧れられている。
二女、エレクトラ。
満月の光をそのまま編み込んだような青みがかった神秘的な白銀の髪に、アレクシアと同じ青い瞳。
大理石の彫刻のように完璧な容姿は、圧倒的な気品と妖艶さを纏った奇跡の存在。
美しすぎる令嬢と呼ばれている彼女には、高位貴族の令息は勿論、王子までもが愛を請うほど。
そして、三女のジェーン。
この2人のあとに学園に入学したせいで、どんな完璧令嬢だろうと期待されて、そしてがっかりされるような普通の令嬢。
でも2人と比較するから悪く見えるだけで、貴族令嬢全体で見れば、ジェーンは充分に魅力的な女の子だ。
母から受け継いだ桃色の瞳はくりっとして可愛らしいし、地味に見える茶色の髪も厳選した香油を使用した丁寧な手入れのおかげでつやつやと輝いている。陶器のような白い肌に桃色の頬と唇。
エレクトラが居なければ学園で一番可愛いのはジェーンと言われただろう。
成績だってアレクシアのように首席とはいかないが、毎回テストでは10位以内に入っている。
最底辺をうろうろしているエレクトラよりずっと優秀だ。
「あーあ。優秀すぎる姉と美人すぎる姉を持ったばっかりに、私って不遇よね。今日だって『妹さんは普通なのね』ってシア姉様のファンの人に言われるし、エル姉様と廊下ですれ違った時にまわりの人が『全然似てないね』ってコソコソ言ってたのよ」
ジェーンが頬を膨らませると、向かいに座っているトーマスが苦笑する。
「いいじゃないか。ジェーンの魅力は婚約者の僕が一番わかってるんだからさ」
「適当な慰めはよしてよ。トーマスなんかにわかってもらっても仕方ないわ」
「ははは…。あ、ほらこれ、せっかくジェーンのために買ってきたんだからさ。機嫌直してよ」
トーマスにすすめられて、大好きなマカロンを口に運ぶ。
さすが行列に2時間は並ばないと買えない有名店の一品。品のいい甘さが口いっぱいに広がる。
ささくれ立っていた心が少しはほぐれた気がする。
「ジェーンはアレクシア様より可愛いし、エレクトラ様より賢いんだから、気にすることないさ」
トーマスはへにゃりと笑ってそう言った。
トーマスはボーモン子爵家の嫡男で、ジェーンの婚約者だ。
いまはジェーンの家の庭で婚約者同士の交流のお茶会中。
領地が近く、王都にあるタウンハウスも隣同士のため物心がつく前から一緒に遊んだ幼馴染。
…というかジェーンについて回ってご機嫌を取ってくれる太鼓持ち…忠犬のような存在といったほうが正しいか。
昔からずっとジェーンに好意を持っていたトーマス側からの申し出で、共に学園に入学するタイミングで一年ほど前に婚約を結んだ。
良く言えば穏やかで優しい、悪く言えば押しが弱く頼りない、地味な男。
ジェーンはトーマスの事は異性として何とも思っていなかったし、婚約者になった今も頼りない子分のようにしか思えず、ジェーンはこの婚約を不満に思っていた。
しかし母が、子爵家の嫡男であり、ジェーンを慕って大切にしてくれるトーマスとの縁談はこれ以上ないほどの良縁だと言って、渋るジェーンを無視して勝手に決めてしまったのだ。
ジェーンはため息をついた。
アレクシアは侯爵家の四男であるブルーノを婿にとって伯爵家を継ぐことになっている。
ブルーノ・マティアスは高位貴族らしい金髪碧眼の美丈夫だが、気さくな性格で、学園では友人に囲まれているのを遠目に見かける。アレクシアよりも一歳年下でエレクトラと同じ三年生。ジェーンにもいつも優しく紳士的に接してくれて、会えば「ジェーンちゃんは今日も可愛いね。瞳に合わせた桃色のドレスが可憐で、まるで花の妖精のようだ」などと褒めてくれる。ブルーノの春の空のような青い瞳に見つめられると、ジェーンは胸の高鳴りを感じずにはいられない。
誰にも内緒だがジェーンの初恋の相手でもある。
最終学年であるブルーノが学園を卒業したら結婚し、アレクシアは伯爵を継ぐことになっている。そして、高貴で美しく優しい夫と豊かな領地を治めるのだ。
エレクトラは取り巻きの中から嫁入り先を選び放題だ。
第三王子で、卒業後は公爵を賜る予定のルイス殿下が有力だろうか。
黒髪に王家の色である紫の瞳を持つルイス殿下は、婚約者を作らずにエレクトラをいつも側に置いている。いつも寡黙で近寄りがたいルイス殿下が、エレクトラにだけ蕩けるような微笑みを向けているのを学園の誰もが見ている。
ジェーンは知らないが、もしかしたら殿下とエレクトラの婚約が内々に進んでいるのかもしれない。エレクトラへ山のように届く縁談を父が断り続けているから。
ああ、それに比べて…。
ジェーンは目の前のトーマスを見た。
こげ茶のくせっ毛はぴょこぴょこと跳ねてみっともないし、顔立ちは整ってるといえなくもないが、貴族としてはぎりぎり及第点といったところ。
アレクシアの婚約者や第三王子と比べるのもおこがましい程、平凡。
もしも姉2人がいなければ、もしくは姉2人が平凡だったなら。
ジェーンが跡取りに指名されてブルーノと結婚して女伯爵になれたかもしれない。
跡取りは長子に、と両親がこだわるなら嫁入りでもいい。
第三王子の心を射止めたジェーンが公爵夫人になれたかもしれない。
姉2人がいなければ、ジェーンが一番優秀で美しい令嬢なのだから。
ジェーンは姉2人が嫌いだった。
ジェーンが持っていないものを最初から手にしていてずるいからだ。
それに、2人はジェーンを見下すような馬鹿にした目を向けてくる。
アレクシアから『トーマスみたいに寄り添ってくれる婚約者がいて羨ましいわ。代わって欲しいくらい』とか嫌味ったらしいことを言われたときは引っ叩きたくなった。自分はブルーノという素敵な婚約者がいるくせに!
エレクトラには『この香油はサンドリアーヌ商会の新作なの。公爵令嬢すら予約待ちするくらいの限定品ですごく高いんだから』と自慢された。取り巻きから貢いでもらったのだろう。そんなのまるで娼婦みたいじゃない!
ジェーンはその時のことを思い出して奥歯を強く噛み締めた。
姉達がいなくなればいいのに。
そうすれば、私が全てを手に入れられるのに。
その願いが通じたのか、本当に姉達はいなくなった。
春。光黎月の5日。その日からエレクトラが海の向こうの隣国へ旅行に行くと聞いていた。
学園を卒業したエレクトラが卒業旅行だと言って数日前から準備していたのは知っていたが、仲が良いわけでもない姉の見送りには出なかった。どうせ10日ほどで戻るのだ。今生の別れでもあるまいし。
そう思っていたのだが、帰国予定の日になっても、エレクトラは戻らなかった。
それだけではない。
領地をまわるためにちょうど同じ日に家を出ていたアレクシアも戻ってこなかった。
調べると、そもそも領地をまわる予定など組まれておらず、家を出るときに乗っていた馬車は領内の港町に預けられている事がわかった。
エレクトラが乗る船が出る港町に。
乗船記録を確認すると、エレクトラとともにアレクシアの名前も記載されていたそうだ。
「…つまり、アレクシアは最初からエレクトラと一緒に隣国へ渡るつもりで家を出たのだ。馬車を操る御者は外部の者をわざわざ雇い、領地視察に行くと嘘をついて」
三姉妹の父である伯爵は、苛立たし気な表情で息を吐いた。
執務室に呼ばれたジェーンは、眉を寄せる。
「お姉様達は2人で旅行に行ったということですか?」
領地経営やお勉強にしか興味が無いアレクシアと、美容とファッションと美男を侍らせることにしか興味の無いエレクトラ。2人は正反対で話も合わなそうだし、一緒にいるところを見たことはほとんどない。そんな2人が一緒に旅行?ジェーンを仲間外れにして?
ジェーンは自分だけのけ者にされたようで気分を害した。
仮に誘われたとしても断ったと思うが。
だが、伯爵は首を振ってそれを否定すると、一枚の封書を差し出した。
それは開封済みの手紙で、宛名には父の名が記載されている。
誰かから父宛てに送られてきた手紙を読めということだろうか。
父に促されて手紙を開く。そこには見慣れた美しい字で短い文章が書かれていた。
1枚目。
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ローゼン伯爵家当主殿
この度、アレクシア、およびエレクトラは、ローゼン伯爵家の籍を離脱し、隣国へ永久に移住いたしますことをここにご報告致します。
今日まで養育いただいたことに関しましては謝意を表する次第です。
伯爵家の皆様のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
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震える手で2枚目を見ると、母へ書かれたものだった。
いままで育ててくれてありがとう、さようなら、といった簡素な内容。
そして3枚目はジェーンへ宛てたもの。
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親愛なるジェーンへ
私達のような至らぬ姉がいたせいで、これまでジェーンにはつらい思いをさせてしまったわね。
このような形で伯爵家の重責をすべてあなたに押し付けてしまうこと、本当にごめんなさい。
けれど、あなたなら、きっと私達がいない方が、見事に伯爵家を導いていけるはずよ。
あなたの幸せを願っているわ。
アレクシア、エレクトラより
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父は苦渋を滲ませた面持ちで、重々しく口を開いた。
「今朝、2人の離籍届が受理されたと通達がきた。学園を卒業して成人になると、親の了承無く離籍が出来るからな。出国前に出していったらしい」
「お姉様達が…伯爵令嬢ではなくなった…?」
ジェーンは呆然と呟いた。
ということは、この伯爵家に、娘はジェーン一人だけになるわけで…
「そういうことだ。全く、面倒な事をしてくれた」
伯爵が乱暴に髪をかきあげた。額には青筋が浮かんでいる。
伯爵は妻と娘達に関心が薄く、駒としか思っていない。いまだって、娘2人が出てったにも関わらず、悲しんだり嘆いたりせずに怒りの感情を抱いているようだ。
「ジェーン」
「は、はい!」
「いまからお前が次期当主だ。その手続きをしなければならん」
次期当主!
アレクシアが受け継ぐはずの立場が、自分のものになる。
ジェーンは心が高揚した。
「侯爵家に使いを出さねば。婚約者をアレクシアからジェーンに変更と…ああ、子爵家にも婚約解消の話し合いをしなければ」
伯爵はぶつぶつ言いながら執事にあれこれ指示を出し始めた。
もう戻っていいと言われたジェーンは静かに部屋を後にしながら、口元には隠し切れない笑みが乗っていた。
姉達がいなくなったことで、次期伯爵の地位が手に入って初恋の相手であるブルーノと婚約することが出来る。
気に入らなかったトーマスとは婚約解消。
それだけじゃなく、これからは身勝手に家出した姉達に後処理を押し付けられた健気な令嬢と言われて気遣われるだろう。
姉達がいなくなれば未婚の令嬢の中で一番賢いのも、一番美しいのもジェーンになる。
いなくなってくれてありがとう!
大嫌いだった姉達に、初めて感謝したジェーンは、輝かしい未来を想像してにんまりと笑った。
「今頃ジェーンは飛び跳ねて喜んでいるかしらね」
隣国の王都にある高級住宅街。
裕福な平民が居を構えるその一帯の中でもひときわ大きな邸宅の庭で、アレクシアとエレクトラは優雅にお茶を楽しんでいた。
もう貴族令嬢ではない2人は、ドレスではなく仕立てのいいワンピースを身に着けてゆったりと寛いでいる。
「そうね。ふふ。なんだっけ、あの子の口癖。『シア姉様がいなければ私だって才媛と呼ばれたのに!』『エル姉様がいなければ私が一番美人って言われたはずなのに!』だっけ」
「私達がいなければ…ねえ…」
アレクシアは呆れたように声を漏らす。
「ジェーンが美しくいられたのはエレクトラの開発した化粧品やお手入れ道具を勝手に使ったり、似合うドレスを見立ててもらっていたからなんでしょう?」
「まぁね。あの子、トーマスの髪がみっともないとか言ってたけど、私が作った高級シャンプーやトリートメントをして、毎日香油でお手入れしているからまとまっているだけで、地毛はトーマス以上のくせっ毛なんだから。ニキビもできやすいみたいだから、私が使っている洗顔料と化粧水を一度貸してあげたら以降はもらって当然のような顔をして勝手に持って行っちゃうんだから図々しいのよ!だいたい普段は近寄ってすら来ないくせにドレスを選んで欲しい時とかアクセサリーと見立てて欲しい時とかだけすり寄ってきて、ホントむかつくのよね」
エレクトラは一気に吐き出すと、アレクシアが入れてくれたハーブティーを一気に飲み干す。
「だいたい!シア姉様に対してもそうなんでしょう!?シア姉様が在学中に使っていたノートとか参考書を勝手に持っていったり、レポートを手伝えって言ってきたり、テストの山張りもしてあげてたんでしょう?首席卒業の姉様が教えれば誰だって上位の成績になれるわよ」
「エルにも教えても良かったんだけど」
「あー、私はいいの。卒業さえできれば成績なんてどうでもよかったから。元から卒業したら家を出て商会の方に専念するつもりだったし」
エレクトラは在学中から母国最大手の商会でこっそり働いていた。
経営者は表向きはとある侯爵家だが、実際は第三王子がオーナーをしている商会である。
エレクトラの美的センスに惚れこんだ第三王子から誘われて、ドレスのデザインや化粧品の開発などの女性向けの部門で働くうちに、結婚してどこかの夫人になるよりも好きなことをして生きていきたいと思うようになっていった。その願いを聞いた第三王子が、美容系を取り扱う商会が少ない隣国で支店を出す予定があるから、卒業後にそこで店長をやってみないかと提案してくれた。
エレクトラは二つ返事で飛びついた。
伯爵がエレクトラに婚約者を作らないように、第三王子が囲っているように見せかけながら出国の準備を進めたのだ。
「でも、こっそり準備してたのにシア姉様に気付かれたときは血の気が引いたわ。お父様にばらされたら無理矢理誰かと婚約させられて計画がパァになると思ったから。でもまさかシア姉様が『私も連れて行って』って言い出すとは思ってなかったわ」
エレクトラが微笑むと、アレクシアは肩をすくめて苦笑した。
「もうあの家に居たくなかったの。しがらみを捨ててどこか遠くに行きたかった」
優秀なアレクシアに領地の事をほぼ丸投げの父。
自分に似たジェーンだけを可愛がる母。
それから、侯爵家から押し付けられた婚約者。
「愛人を連れて婿入りしてくるような男は死んでも嫌よね」
エレクトラが美しい柳眉を吊り上げて吐き捨てるように言った。
侯爵令息でありながら、身分に関わらず誰とでも気さくに接する、社交的で評判がいいブルーノ。
そんな彼には学園で出会った真実の愛の相手がいた。
男爵家の庶子で健気で可愛らしい小動物のような令嬢。
「そうでしょう?爵位が下のこちらから婚約解消は出来ないし、『愛するのは彼女ひとりだけだけど、君にも僕の種は授けてあげるよ。感謝してね』なんて言って。愛人の子を跡取りにしてお家乗っ取りを計画してるわけじゃないんだから我慢しろってお父様は言うし、お母様は『貴族の結婚なんてそんなものよ』と言うだけだし、ジェーンは…」
アレクシアは遠くを見つめるように目を細める。
「ジェーンは…トーマスみたいな素敵な婚約者がいるのに私達に『ずるいずるい』ばかり。何も知らないで、自分が恵まれている事に気付かずに…」
アレクシアは俯いてお茶を口にした。彼女の涼しげな目元に涙が浮かんでいることを気付かないふりをして、エレクトラも茶菓子に手を伸ばす。
エレクトラは知っていた。アレクシアがトーマスに思いを寄せていることを。
伯爵邸に遊びに来たトーマスがぴょこぴょこと跳ねるくせっ毛を揺らしながらジェーンを追いかける姿を、アレクシアは眩しいものを見るように眺めていたから。
跡継ぎも侯爵家の婚約者もアレクシアが望んだわけじゃない。
自分だけを見てくれる誰かがいることがどれほどの幸福か、ジェーンはわかっていない。
しんみりした空気を変えるように、エレクトラはパン、と手を鳴らした。
「もう過去の話はおしまい!!明日からシア姉様にも私の秘書としてバリバリ働いてもらうんだからね!それでこっちの国でいい男を探して幸せになればいいのよ!ね!」
一瞬、目を丸くしたアレクシアは小さくふっと笑い、頷いた。
「そうね。よろしくお願いします。店長」
2人は顔を見合わせてふふふ、と笑い合った。
母国のしがらみはすべて捨てて、新天地で2人の新しい日々が始まるのだ。
貴族としての責任?育ててもらった恩?そんなもの知らない。
いらないものを押し付けた?欲しがる者がいたからあげただけだ。
自分達の人生は自分達自身のものだ。
父親のものでも、伯爵家のものでも、クズな婚約者のものでも、強欲な妹のものでもない。
ジェーンが後悔するのはそう遠い未来ではない。
自分がどれほど恵まれていたのか。当主の座の重みがどれほどのものか。新たに婚約した憧れのブルーノがどれだけクズなのか。疎ましく思っていた元婚約者がどれほど得難い素晴らしい存在だったか。嫌っていた姉達の恩恵がどれほどのものだったのか。
ジェーンが知るのはもうすぐである。




