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王道楽土設計図〜滅びのシステムを書き換える逆転の兵法〜  作者: 桐生宇優


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第三章 月下の青写真

多聞丸がこの世界に降り立ってから、数年の月日が流れた。

河内の小さな麒麟きりんは、十代半ばの精悍な少年に成長していた。

表向きは「少し風変わりだが、のんびりした楠木家の跡取り」を演じているが、その裏では、着々と「日本をひっくり返すための仕掛け」を構築していた。


1. 弥助の誓い:数字の裏にある「絆」


「若君、先月の『湊』からの物資、すべて帳面通りに捌きました」

楠木家の蔵の奥。かつての弱々しい農民の少年だった弥助は、今や見事な体格の若者に成長していた。

彼の前には、多聞丸が教えた「複式簿記」をさらに独自に進化させた、中世には存在しないはずの精密な帳簿が並んでいる。


「助かるよ、弥助。君がいなければ、僕の『兵站へいたん』構想はただの空論に終わっていた」

多聞丸がねぎらうと、弥助は照れくさそうに頭を掻いた。

弥助は、多聞丸の正体を知らない。ただ、あの春の日に自分を救い、「数字で世界を変える」という夢を見せてくれた主君を、心の底から信じていた。


「若君は、時々……すごく遠くを見ているような目をします。僕には難しい戦略はわかりませんが、若君が重い荷物を背負っていることだけはわかります」

弥助は多聞丸の肩に、力強く、それでいて温かい手を置いた。

「僕が若君の『蔵』になります。若君が戦う時に、何一つ困らないよう、この国のすべての米と銭を僕が管理してみせます。……それが、僕の恩返しですから」

石原莞爾だった頃、彼にはこれほどまでに無条件で自分を信じ、背中を預けてくれる「友」がいただろうか。

多聞丸は胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じ、「……頼りにしているよ、弥助」と、本心からの言葉を返した。


2. 梓の舞:闇を駆ける「純愛」


一方、もう一人の共犯者、梓は、さらに劇的な変化を遂げていた。

彼女は今、河内を中心に「踊り巫女おどりみこ」のグループを率い、諸国を旅する集団のおさとなっていた。


美しい舞で人を惹きつけ、その裏で土地の情勢や武士の動向を吸い上げる。多聞丸が授けた「諜報インテリジェンス」の理論を、彼女は舞のステップとともに完璧に体現していた。


月明かりの下、二人は秘密の会合を持つ。

「若君、北条(ほうじょう/当時の幕府の支配者)の動きが慌ただしくなっています。鎌倉の役人が、近々この河内にも入るようです」

梓が報告する声は鈴のように澄んでいるが、そのの内容は極めて鋭い。


報告を終えた後、彼女はふと、多聞丸の近くに寄り添った。

「……若君。先ほど、少しだけ溜息ためいきをつかれましたね」


「ああ、バレたかい? ちょっとした計算違いがあってね」

多聞丸が苦笑すると、梓はそっと彼の手に自分の手を重ねた。それは、主君への礼儀を超えた、一人の女性としての熱を帯びていた。


「私は若君の『目』です。若君が見ようとする世界を、私は誰よりも早く見つけ出します。

……だから、どうか一人で暗闇を歩かないでください」

梓の瞳には、打算も、恐怖もなかった。

あるのは、幼い日に自分の才能を見出してくれた少年への、透き通るような純愛だけだ。

「私の命も、私の舞も、すべて若君のためにあります。

……それだけで、私は幸せなのです」


多聞丸……石原の意識が、一瞬揺らぐ。

彼はかつて、理想のために多くの犠牲を払ってきた。

だが、目の前の少女は、彼が作る未来のために、自分自身を捧げることに迷いがない。

(……この愛に、僕はどう応すべきか)


多聞丸は、梓の細い肩を抱き寄せたい衝動を抑え、代わりに彼女の頭を優しく撫でた。

「ありがとう、梓。君の舞が、僕の行く手を照らす一番の光だ」

梓はそれだけで満足そうに、頬を赤らめて微笑んだ。


陸の兵站、影の諜報。二つの巨大な柱が立った今、多聞丸にはどうしても手に入れたい、最後の一つのピースがあった。

それは、瀬戸内から和泉の海を自在に駆ける「水軍すいぐん」の力だ。

陸路だけでは、幕府の大軍を包囲することはできない。

僕たちの荷物を『道』ではなく『波』に乗せる方法が必要なんだ。


3. 潮風の誓い — 海を統べる「悪党」の誕生


ある日、多聞丸は弥助と梓を連れ、和泉の海岸へと足を運んだ。

「若君、こんな潮臭いところで何を探しているんですか?」

弥助が、慣れない砂浜に足を取られながら尋ねる。

多聞丸の視線の先では、地元の小規模な水軍の少年たちが、荒波の中で小舟を操る訓練をしていた。

その中に一人、ひときわ異彩を放つ少年がいた。少年の名は、「辰巳たつみ」。

和泉の零細な水軍の家系に生まれながら、その操船術は大人顔負けだった。


「どけ! その波に乗ったら、船底を岩にぶつけるぞ!」

辰巳が叫ぶと同時に、一艘の小舟が座礁しそうになる。

辰巳は自ら海に飛び込むと、信じられない速さで泳ぎ、舟の舳先へさきを強引に変えて救い出した。


「……あいつだ」。

多聞丸の瞳が、かつての参謀が逸材を見つけた時と同じ光を放った。

多聞丸は、砂浜に上がってきた辰巳に歩み寄り、砂浜に枝で描いた「潮の流れと船の配置図」で彼を説き伏せる。

「面白い。俺を納得させられる知恵を持ってるのは、お前が初めてだ。

多聞丸……お前に、俺のかじを預けてやるよ!」。

こうして、海の辰巳が仲間に加わった。


その夜、浜辺で焚き火を囲む四人。弥助と辰巳が友情を深める中、梓は少し離れた場所で、多聞丸のために用意した上着を抱えていた。

「……仲間が増えるのは、嬉しいはずなのに」

彼女の胸には切ない痛みがあったが、決意を込めて多聞丸に上着を掛ける。

「皆があなたを支えますが、あなたの隣で風を遮るのは、私にさせてくださいね」


「……ああ。梓、君がいないと、僕はどこを見て歩けばいいか分からなくなるからね」

その言葉に、梓の顔が明るくなる。多聞丸にとって、彼女は魂の拠り所になりつつあった。


多聞丸は、辰巳に向き直った。

「辰巳、和泉から神戸、湊川までの戦術用海図を作ってくれ」


「湊川? ……妙に具体的な場所だな」


多聞丸の脳裏には、史実の湊川で追い詰められた正成の最期が浮かんでいた。

「ああ。いつかあそこで、日本中の誰もが予想しない『奇跡』を起こす。その時、君が率いる船団が、歴史を塗り替えるんだ」。


4. 「悪党」の胎動:幕府への叛逆


友情と愛、そして新たに加わった海の誓い。

三つの強力な燃料を得て、多聞丸の「悪党ネットワーク」は、確実にその根を日本中に広げていった。


弥助が築いた「秘密の物流網ロジスティクス」は大量の武器と兵糧を運び。

梓が率いる「踊り巫女(諜報部隊)」は鎌倉の心臓部までその耳を届かせ。

そして辰巳が操る「無敵の水軍」が、海の道を支配する。


「さて……そろそろ、幕府という古い組織に、少しだけ『冷や汗』をかいてもらおうか」

多聞丸は、紙に描かれた日本地図を見つめた。

そこには、湊川での「あの悲劇」を回避し、日本をより良い未来へ導くための、辰巳の水軍による青い線が、力強く引かれていた。


若き四人の「悪党」たちの物語が、ついに歴史の表舞台へと繋がり始める。


****************************************

※解説:3分でわかる「湊川みなとがわの悲劇」

一言で言えば、「天才が、無能な上司の命令によって、勝てない戦を強いられて死んだ」という、日本史上屈指の理不尽な事件です。

1. 圧倒的な戦力差

西暦1336年。かつての仲間だった足利尊氏あしかが たかうじが反旗を翻し、九州から巨大な軍勢を率いて神戸・湊川へと押し寄せました。その数、数万から十数万。対する楠木正成くすのき まさしげの軍は、わずか数千。普通に戦えば、一瞬で踏み潰される絶望的な状況でした。

2. 無視された「天才の策」

ゲリラ戦の天才だった正成は、勝機を見出すための秘策を天皇(朝廷)に提案します。

正成の策: 「一度京都を明け渡し、敵を誘い込んでから挟み撃ちにする。これが唯一の勝機だ」

しかし、戦を知らない公家(貴族)たちは「都を捨てるなんて縁起が悪い」とプライドを優先し、正成に「真っ向勝負で敵を迎え撃て」という無謀な命令を下しました。

3. 「死」を覚悟した決戦

正成は、この作戦が失敗し、自分が死ぬことを完全に予見していました。しかし、彼は忠義のために、幼い息子(正行)に後事を託して別れを告げ、湊川の戦場へ向かいます。

死闘の末、無数の矢を浴びた正成は、弟の正季まさすえと刺し違えて自害。その際、**「七度人間に生まれ変わって、国のために戦いたい(七生報国)」**という誓いを遺したと言われています。


























第3話「月下の青写真」をお読みいただきありがとうございました!


ついに、陸の弥助、影の梓に続き、海の麒麟児・辰巳たつみが合流しました。

これで「湊川の悲劇」を回避するための最低限のピースが揃ったことになります。


史実における石原莞爾と?????。本来なら並び立つことのなかった二つの天才的な意志が、中世の海風の中で共鳴するシーンは、本作の大きなターニングポイントとして描きました。


そして、梓の切ない独白……。

「若君の隣で風を遮るのは、私にさせてください」という彼女の言葉は、単なる忠誠心を超えた、この過酷な歴史改変の旅における「唯一の救い」なのかもしれません。


「四人の悪党が揃った時の無敵感がすごい!」

「辰巳と多聞丸の、天才同士の距離感が好き!」


と思っていただけましたら、ぜひ下の**【☆☆☆☆☆】評価やブックマークで応援をお願いします!


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