レキシ
ある小国の貴族に、ファウストという男がいた。
彼はある日、気まぐれに奴隷商から一人の少年を買い取り、屋敷に置いた。
少年は寡黙で、ほとんど言葉を発さない。愛想もなく、子供らしさに欠けていた。
だがただ一点、異様な特徴があった。
――少年の瞳には、文字が浮かんでいたのだ。
まるで書物の一頁のように、意味を持つ文字が、静かに、しかし確かに存在していた。
ある日、少年はファウストに問いかけた。
「ファウスト様は、どうして私を助けてくださったのですか?」
無愛想に、ファウストは答える。
「なに、ただの気まぐれだ。今では後悔すら感じている」
それでも少年は表情を変えず、静かに続けた。
「優しいお方なのですね。でしたら、私がファウスト様の願いを叶えてみせます」
ファウストは思わず笑った。
「面白いことを言う。奴隷にしかなれなかった身で、よくそんな口が利けるな。
――では私を一国の王にして、栄華をもたらしてみせろ」
試すような言葉だった。
だが少年は、ほんの少しだけ口元を緩める。
「自分の運命には干渉できません。ですが……承知しました」
その瞬間、少年の瞳に浮かぶ文字が、次々と書き足されていく。
その日、空に巨大な書が現れた。
後に“ヒストリアボード”と呼ばれることになる預言書である。
そこに記された未来の通り、国は繁栄を遂げていった。
やがて小国はガドライア帝国と名を改め、ファウストは王となった。
だが、かつての無愛想で、どこか優しさを秘めていた男の姿はそこにはなかった。
彼は野望に満ちた王へと変わっていた。
少年は「レキシ」と名付けられ、城の奥深くに幽閉された。
それから数年。
少年は、もはや青年と呼べるような姿へと成長していた。
ある日、彼を哀れに思った若い兵士が、独断で青年に手をかけた。
抵抗はなかった。
青年は、まるでそれを望んでいるかのように、微笑んだまま息を引き取った。
ーーしかし。
空に浮かぶヒストリアボードは、消えることはなかった。
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