計算外の感情、ライバルの本心
これまで断片的に描かれてきたFクラスの一員――霧丘小次郎。
ここでは、彼自身の視点から物語が語られる。
Aクラスから来た藤森しずくとの出会いは、奇妙で、どこか滑稽で、そして予測不能なものだった。観察と分析を繰り返す彼女と、それに振り回されながらも適応していく小次郎。
やがて周囲から「完璧なコンビ」と呼ばれるようになった二人の関係は、ある日、屋上での会話をきっかけに大きく動き出す。
それは、戦略でも計算でもない――
“感情”という、最も予測不可能な領域への一歩。
(小次郎)
藤森しずくが僕の右隣に座った初日は、一言で言えば……シュールだった。
何十ものシナリオを想定していた。大理石のように冷たく現れるか、公然と挑戦してくるか、あるいは権威的な笑みで教室の力学を覆そうとするか。だが、予想していなかったのは――小さな訂正と介入の絶え間ない攻撃、そして……馬鹿馬鹿しいほどの容赦ない正確さだった。
「藤森さん、数学の演習プリントを前に回してくれるかな?」
教師がそう言うと、しずくはプリントを実験器具のように扱った。整列させ、座標を合わせ、そして僕の机の上に滑らせる――その動きは、まるで精密機器を再配置するかのようだった。すべてが机の端に対して九十度で揃えられていた。
「霧丘くん、プリントが左に三度ずれていますわ」
彼女は僕を見ることさえせずに呟いた。まるで天気の話をするように。
自分のプリントを見た。確かに……わずかに傾いている。
呆然と見つめた。余白の計算でもしているのか……?
「……それ、そんなに気になるのか?」
「気になるというより、非効率ですわ。正しい端を探す時間が一ページあたり2.7秒の損失になります。十ページの試験なら27秒。疑わしい答えを確認するには十分な時間ですわね」
「本気でそれ、計算したのか?」
「当然ですわ。それと、君の鉛筆は58度で削られていますが、長時間の筆記には60度が最適ですわよ」
瞬きした。
彼女の口調には直接的な挑戦はなかった。冷たく、ほとんど科学的な観察だった。それが……実際、もっと苛立たせた。
前列に座っていたアビゲイルが、ノートから顔を上げ、抑えきれない勢いで何かを書き始めた。
最も近い席にいるマルコが、アンヌに囁いた。
「見たかい?まるで冷戦中のカップルみたいだね」
「むしろ……二台の同期した機械みたいです……」
鉛筆を指の間で回しながら、密かに思った。
なぜコメディのような気分になっているんだ……?
* * *
別の日。
授業が終わった後、しずくは自分の席から僕をじっと見つめて言った。
「授業中の君の呼吸が不規則ですわ、霧丘くん」
彼女は僕の鼻を凝視していた。
「4.3秒ごとに吸って、3.1秒で吐いています。それは無意識のストレスを示していますわ。4-7-8呼吸法を実践すべきですわね」
自分の唾液で窒息しそうになった。
「……呼吸をタイミング計測しているのか!?」
「観察しているだけですわ。それが私のすることですもの」
「他に観察することはないのか……?」
「君が現在の私の研究対象ですわ」
教室の反対側から、サラが目で『何それ!?』というジェスチャーをした。
いつも観察眼の鋭いひなたは、ただ穏やかに微笑んだ――まるでこの状況を……不快ながらも面白いと思っているかのように。
* * *
食堂でも力学は変わらなかった――ただ、舞台が移っただけだ。
しずくがトレーを手に、僕の隣のテーブルに寄りかかってきた。まるで戦術的介入を求めるかのように。
「今日はタンパク質が少ないですわね」
僕のトレーを指差す。
「それを摂取しないと、トレーニング後の筋肉回復が12%低下しますわよ」
顔を上げた。信じられない思いで。
「いつからそんなことを気にするようになったんだ……?」
「ここまで歩いてくるあなたの姿勢が不適切だと観察してからですわ。バランスパターンに欠陥がありますの」
文句を言う前に、彼女はもうミートボールの一つを取り、僕の皿に置いていた。ほとんど子供っぽい勝利の表情で僕を見た。
隣のテーブルの生徒たちがひそひそ話し始めた。
僕は苛立ちと……何か誇らしいような気持ちの混合を感じた。
その時、サラ、イワン、ルカイが席に着いた。いつも友人たちと一緒に食事をしているから。
しずくは彼らを観察し、突然言った。
「このテーブルの最適収容人数は八人ですわ。現在五人。私の参加により、スペース効率が12.5%最大化されますわね」
フォークを口に運びかけていたイワンが固まった。
ルカイが咳き込んだ。
サラが呟いた。
「なんか嘘っぽいけど……数学の知識が足りなくて反論できねーな」
緊張を破ったのはアビゲイルだった――まるでさっきまで一緒にいなかったのに、すべてを聞いていたかのように、しずくの言葉に応答した。
「君のトレーは不気味なほど左右対称だね」
「対称性はバランスの取れた摂取を促進しますわ」
しずくは瞬きもせずに答えた。
「各一口には理想的な比率が含まれるべきですもの」
何か言うべきだと感じて、僕は申し出た。
「……マッシュポテト、いるか?対称的じゃないが、味はいいぞ」
しずくは僕のマッシュポテトを、疑わしい実験サンプルのように見た。
「君のカロリー配分は不均衡ですわ。筋肉量に対して推奨値より40%多い炭水化物を摂取していますわね」
「おい、俺は体育の器具運ぶの手伝ってるんだぞ」
間接的に攻撃されたと感じたイワンが抗議した。
「あなたの筋肉量は霧丘くんより18%多いので、あなたの配分は適切ですわ」
しずくが譲歩すると、イワンは誇らしげに背筋を伸ばした。
あれは……褒め言葉だったのか?それとも単なるデータか……?
ルカイは顎を両手に乗せて、しずくを強く見つめていた。何か言いたそうだった。
「なあ、しずくさん。食堂の対称性について、どう思う?」
「奇妙な質問ですわね……食堂は完璧に対称的です。あまりに対称的で、建築家や建設者がどうやってこれほど完璧なものを実現したのか、恐ろしいほどですわ」
ルカイはしずくの答えに満足したように微笑んだ。
なぜルカイがそんなことを訊いたのか……理解できなかった。
* * *
四日目までには、クラス全員がしずくの「観察」を期待するようになっていた。
涼太とアビゲイルと一緒に教室へ向かって歩いていた。
「今日はしずくがカバンを持つ方法についてコメントすると賭けるぜ」
涼太がアビゲイルに囁いた。
「私はサラが髪の長さを1.3センチ変えたことに気づくかどうかの方が興味深いわね」
アビゲイルは何かを書く準備をしながら答えた。
そして案の定、教室に入ると、しずくが待っていたかのようにコメントした。
「君のカバンは左側が200グラム重いですわ。長期的には姿勢の不均衡を引き起こしますわよ」
「ただの予備の本だ……」
呟いたが、驚いたことに、休憩時間中に中身を再配分している自分がいた。
最も奇妙だったのは、皆が僕たちをどう認識し始めたかだった。
グループ勉強会の時、ひなたが最もよく表現した。
「まるで……二つのパズルのピースが、知らずに合っているのを見ているようでござるな」
彼女はノートを整理しながら静かに言った。
「彼女は構造。そなたは……適応」
「僕が……適応?」
「そなたは彼女の……特異性に適応する。そして彼女もそなたの存在に適応する。昨日、小次郎が早く出かけた時、彼女は翌日の『時間観察』を再計算していたのでござるよ」
考え込んだ。確かにその通りだった。しずくはもう単に観察するだけではなかった――僕の動きを予測していた。不気味なほど洞察力があった。
* * *
しずくが正式にFクラスに来てから、丸一週間が過ぎていた。
その数字を何度も頭の中で計算していた。警戒から苛立ちへ、そして驚くべきことに……ほとんど愛情に近い無関心と、クラスがすでに「完璧なコンビ」と名付けた奇妙な共存へと、期待が下がっていった一週間。
その称号は、僕に隠れたい衝動を与えた。
もっとひどいと思っていた、と自分の心の中で認めた。
継続的な革命だと思っていた。
でも……彼女はただ……容赦なく几帳面で、時々僕に何かを挑戦してくる人物だ。優位性を示すことに固執する、それだけだ。
振り返ってみれば……彼女はアカデミーのテロリストじゃない。ただ……信じられないほど面倒なだけだ。
数日前は「この方程式を誰が早く解けるか?」
その次は「五分間で誰が多くの語彙を覚えられるか?」
いつも僕を超えようとする。いつも勝とうとする。まるで彼女の価値が優位性を証明することに依存しているかのように。
その瞬間、完璧に折りたたまれた紙の玉――誰がこんなに正確にメモを折るんだ?――が僕の机に着地した。
しずくを見た。彼女は見ていなかった。筆箱を本の端と平行に揃えることに没頭していた。
紙を広げた。文字は几帳面で、すべての線が一貫していた。
『放課後。屋上。話があります。――S.F.』
胃の中に結び目ができるのを感じた。
ついに……?本当の対決……?
時計を見た。授業終了まで二十分。
人生で最も長い二十分だった。
* * *
最後の鐘と共に出た。
彼女より先に屋上に着いた。
風が強く、誰もいなかった。手すりから街を観察する鳩だけがいた。手すりの塗装は風雨で剥がれていた。
そこからは、アカデミーの眺めが整然としたブロックで広がっていた。まるで盤面のように。
ポケットに手を入れて手すりにもたれかかり、夕暮れの金色に包まれるままにした。
しずくを待つことで……一時的な孤独だけが許す方法で考える時間ができた。用意された答えなしに、ただ感覚だけで。
彼女が到着するのに約三十分かかった。
遅刻に腹は立たなかった。そもそも会う時間を決めていなかったのだから。
ドアが静かな軋み音を立てて開いた。
しずくが現れた。髪は完璧に梳かれていたが、風がすぐにそれを乱し始め、姿勢は非の打ち所がなかった。
「早く着いたのですわね」
「人を待たせるのは好きじゃない」
自動的に答えた。リラックスしている時は、フィルターなしに正直さが出る。
彼女は僕を少し見つめ、初めて競争の緊張が和らいだように見えた。
「ごめんなさい……何時に会うか書くのを忘れていましたわ。長く待たせてしまいましたか?」
「いや……そんなに」
驚いた。彼女から謝罪を聞くとは思っていなかった。
沈黙が続いた。
しずくは地平線を見ていた。太陽が降下を始め、空をオレンジと紫で染めていた。
「夕焼けはレイリー散乱に基づいた予測可能な色彩を持っていますわね」
自分自身のためというより、僕に向けて呟いた。
それから僕の方を向いた。
「アカデミーの現状について、どう思いますか?」
質問は些細なものではなかった。戦略的な動きを認識する者として、真剣に受け止めた。
「……どういう意味だ?」
「混乱。抗議。白麗 。生徒会。すべて」
普段は冷たく計算的な彼女の目に、真の好奇心の輝きがあった。
正直に答えようと決めた。
「めちゃくちゃだ。人々は恐れている。守るべき者たちは物事を隠している。そして今、誰が『正しい』解決策を持っているかで争うグループがある。二極化している。確信が多すぎて、対話が少なすぎる。人々は自分が正しいかどうか問わない――ただ正しいと叫ぶだけだ」
しずくは僕を見つめていた。未知の変数を持つ実験を分析するかのように。
「それで……君は?どんな解決策を提案しますか?」
「大きな解決策は持っていない」
手すりにもたれかかって認めた。
「ただ……自分のクラスを守る。友人を守る。真実を見つける……信頼できる人々と一緒に」
しずくは強く僕を観察していた。
「あなたは私が見た中で最も有能な生徒ですわ。簡単にAクラスにいられるはず。なぜFに留まるのですか?」
弱く微笑んだ。
「一週間クラスにいて気づかないなら……君は思っているほど観察眼がないのかもしれないな」
彼女はわずかに眉をひそめた。僕がほとんど見逃すほど微妙なジェスチャーだった。
「どういう意味ですか?」
「仲間たちのことだ。サラは荒っぽく見えるが、誰かが怪我をしたら真っ先に助ける。イワンは単純なふりをしているが、ルートや地図に関しては写真記憶を持っている。ひなたは誰でも見るだけで感情状態を読み取れる。アビゲイルと涼太は一緒なら、誰も見つけられない情報を見つけられる。そして他の皆も……」
一息ついて、しずくを直接見た。
「それぞれが独自の方法で面白い。君の基準では『完璧』じゃないかもしれない。でも……本物だ。そして友人だ。ここが……初めて居場所だと感じた場所なんだ」
しずくは異例なほど長い沈黙を保った。風が彼女の髪をもてあそび、完璧な秩序を崩していた。
「納得できませんわ」
ついに言ったが、声には普段の確信が欠けていた。
「本当の理由を教えてください。感情的な答えではなく」
苛立ちの波を感じた。感じることをどう説明する?不可能な状況を共に経験した人々との繋がりを、どう言葉にする?
自分のことを言葉に翻訳するのは簡単じゃない。大げさなフレーズは避けてきた。自分のアイデンティティは小さな行動で形成されてきた。宣言ではなく。
しかし、直接的な誠実さが一つのアイデアとして浮かんできた。
とてもシンプルで、直接的で、自分自身さえ驚かせるようなアイデア。
「わかるか?」
完全に彼女の方を向いて言った。
「君と……友達になりたい」
しずくは瞬きした。一回、二回。
彼女の計算的な表情が完全に崩れ、純粋な困惑に置き換わった。
「……友達……?」
「そうだ。君と友達になりたい、藤森。それとも……しずくと呼んだ方がいいか」
「それはFクラスについての私の質問に答えていませんわ」
「いや。でももっと重要な何かに答えている」
しずくは心から困惑しているようだった。まるで解のない方程式を提示されたかのように。
「友情は……学業計算において効率的な変数ではありませんわ」
「これが学業についてだと誰が言った?」
反論した。
「友情は……言ったように、共有することだ。信頼すること。自分を理解してくれる、あるいは少なくとも理解しようとしてくれる誰かがいると知ること」
「それはあなたにとって何を意味しますか?」
「言葉が失敗しても正直でいられる誰か。正確さや間違いで君を判断しない誰か。君を観察しても結果を所有しようとしない誰か」
「その定義は曖昧ですわ」
しずくが反対したが、口調は軽蔑的というより好奇心旺盛だった。
「何を共有するのですか?情報?リソース?時間?」
「そのすべて……そしてそれ以上。感情。経験。秘密……」
「秘密」という言葉が、僕たちの間の空気に響いたようだった。
しずくは新たな強さで僕を見た。
「友人同士の秘密について話しましょうか?」
警戒の流れを感じた。秘密を共有することはリスクを伴う。でもそれは信頼の確かな証明でもある。
しずくは何かを隠した落ち着きで僕を見た。
「すべてを……変える可能性のある秘密でも?」
身震いを感じた。
「特にそういうものだ」
しずくはもう一歩近づいた。
僕たちの距離は一メートル未満に縮まった。
彼女の目の中の金色の微細な斑点が見えた。普段はとても冷たい目。
「では、あなたが提案するこの……友情の証明として」
彼女は一語一語を慎重に言った。
「秘密を共有しますわ」
劇的な間を置いた。まるで次の言葉の影響を測っているかのように。
「私が……白麗ですわ」
告白が僕の胸に冷たいブロックのように落ちた。風が一瞬止んだように思えた。
「……何?」
質問ではなかった。吐息だった。
「もっと正確に言えば……」
しずくは続けた。
「白麗 の背後にいる頭脳。戦略家。彼らの台頭、レトリック、構造を設計した者。Aクラス全体が私の軍隊ですわ」
几帳面に秒を数える少女と、アカデミー全体を揺るがす運動の指導者を調和させようとしながら、彼女を見つめた。
「もし友達になるなら……君がそれを背負えるか知る必要がありますわ」
「なぜ白麗を作った?」
訊けたのはそれだけだった。
「システムが壊れているから。権威が失敗したから。エーテリアルが攻撃した時、誰も本当には守ってくれなかったから」
彼女の声には、今まで聞いたことのないトーンがあった――真の情熱。
「誰かがコントロールを取らなければならない。論理的で、効率的で、必要なことを恐れない誰かが」
「それが……君だと?」
「そうなろうとしていますわ。告白すると……失敗が嫌いですの。アカデミーが失敗するのを見て、アカデミーの失敗を正したいという衝動に駆られましたわ」
呆然とした。
しずくを大衆主義の操り人形師として見ることで、先週全体の即座の再解釈を強いられた――精密さ、優位性を示す必要性、表面下の戦略。
しずくはそれから頭を傾けた。
「さあ!今度は君の番ですわ。秘密を共有する友達なら。私に一つ教えてください」
返答は彼女自身が要求した儀式の一部だった。
どこまで明かすか決めなければならなかった。
嘘をつくか、省略するか、あるいは守るより燃やす真実を放つか。
慎重な率直さを選んだ。
「同盟がある。二年生のFクラスの先輩と。実際に何が起きているか調査している。先週は会えなかったから……最新情報は把握していないが」
「エーテリアル以上のことを調査しているのですか?」
頷いた。
「エーテリアルはただの一部だ。潜入した傭兵がいる。リリスという生徒が彼らを指揮している。そして……もっと大きな陰謀がある。アカデミーが隠していること」
初めて、しずくが心から驚いているのを見た。目がわずかに開き、唇が一センチ離れた。
「リリス……」
呟いた。
「成績においてアカデミー全体で二番目に優秀な生徒」
「知っているのか?」
「評判だけですわ。いつもトップクラスにいますが、真の能力を見せたことはありませんの」
しずくは頭の中で戦略全体を再計算しているようだった。
「これは……パラメータを変えますわね」
「……何を計画している?」
しずくは頷き、完全に分析モードに入った。
「次の動き。生徒会が主要な障害です。それが維持されれば、歴史は変わりません。訓練しましたわ。ルールを使い、その亀裂を。彼らの土俵で対峙しますわ」
感銘を受けた。計画の正直さ、内側からルールを破るためにルールで遊ぶ意志が、僕の心を賞賛と警戒の混合で照らした。
「危険だ。でも……論理的だな」
彼女を見て、彼女自身の利益のためにもう少し情報を明かさなければならないと感じた。
一連の交換が開かれた――警告、可能性、しずくが初めて聞く特定の真実に対する驚き。
しずくは、一瞬、人間的で、脆弱に見える本物の驚きを示した。
警告すべきだと感じた。
「君が知らないことがあるかもしれない。エーテリアルについて……見かけとは違う。そしてデータが……先輩と融合していて……」
しずくは僕を凝視した。
「融合?どういう意味ですか?」
躊躇したが、それからアレン先輩が共有してくれたことを話し始めた。ひめか先輩のスマホのデータ、少なくとも僕が知っている範囲まで。
話しながら、しずくの表情が懐疑から魅惑へ、そして懸念へと変わるのを見た。
「それは……予想していたよりもかなり複雑ですわね」
ついに認めた。
「エーテリアルが単なるデジタルの獣ではない可能性があります。そしてこの先輩、ひめか先輩がすべての中心人物であると」
新たな沈黙が僕たちの間に落ちたが、今回は違っていた。
不快ではなく……共有されていた。解こうとしているパズルが思っていたよりはるかに大きいことに気づいた二人のように。
会話はより親密な領域へと派生した。まるで互いの秘密を発見したことで、個人的なピースをテーブルに置くことを強いられたかのように。
しずくが話した。
「兄弟はいますか、小次郎くん?」
個人的な質問に驚いた。
「いない。一人っ子だ。君は……兄弟がいるのか?」
「二人の妹がいますわ。あかりとほたる。12歳と8歳」
初めて、しずくが少し微笑んだ。彼女の顔を完全に変える柔らかな表情。
「あかりは天文学者になりたいの。ほたるは……一日中猫の絵を描きたいだけ」
「彼女たちに……愛情を持っているように聞こえるな」
「彼女たちだけは……計算できませんわ」
しずくが認めた。声がより柔らかくなった。
「父はエンジニア。母は数学教師。二人とも……几帳面。正直。世界はルールで、論理で機能すると教えてくれましたわ」
彼女を観察した――そんな柔らかさで話すのを見たことがなかった。
いつも測定的で冷淡な彼女が、家庭的な輝きを明かしていた。
「両親は……」
言い始めた。個人的な人生を彼女と共有する奇妙な必要性を感じながら。
「大学教育を受けていない。父は工場で働いている。母はレジ係。でもいつも……いつもすべてを与えてくれた。持っていない時でさえ」
出した。滅多に訪れないが、いつもそこにある記憶。
「七歳の時だった。おもちゃがあった。変形ロボット。店で見て……欲しかった。必死に。父はノーと言った。高いと。でも……僕はしつこかった。泣いて、駄々をこねた」
しずくは完全に注意深く聞いていた。
「結局、買ってくれた。家に着いた時、興奮しすぎて落としてしまった。壊れた。直せなかった」
自分の手を見た。
「一晩中泣いた。でも本当の痛みはその後だった。両親が話しているのを聞いた。あのおもちゃは……父の一週間分の交通費と食費だった」
声がわずかに震えた。
「その日から……物を求めるのをやめた。勉強に専念した。家を手伝い、良い成績を取った。彼らを失望させたくなかった。すべてを……返したい。彼らが与えてくれたすべてを、十倍にして。何も欠かさせたくない、決して……なぜなら、あの日多くのことを理解したから。社会と世界がどう機能するかを……」
声にメロドラマはなかった。抑えられた約束、愛情によって鍛えられた硬さだった。
言い終えた時、しずくが今まで見たことのない表情で僕を見ていることに気づいた。
分析ではなかった。計算ではなかった。
理解だった。
僕たちの間の沈黙は、もはや二人の競争者の不安な間ではなかった――盾を下ろしたばかりの二人の間の休戦だった。
「私の両親はお金に困ったことはありませんでしたわ」
彼女は静かに言った。
「でも時々……完璧でない時に彼らを失望させているように感じますの。100点の代わりに98点を取った時。戦略に考慮されていない変数がある時」
「彼らは君にプレッシャーをかけるのか……?」
「直接的ではありませんわ。でも期待が……そこにあります。すべての『もちろん、しずくなら完璧にやるわ』の中に」
「それは違う種類のプレッシャーだ」
認めた。
「でも……同じくらい重い」
頷いた。
「そうですわね」
夕暮れの空を見つめたまま立っていた。
太陽が沈んでいた。風が彼女の髪をもてあそび、いつもの測定された行動とは対照的な自由さで飛ばしていた。
横顔で彼女を観察した。そしてその瞬間、何かが変わった。
突然ではなかった。劇的でもなかった。
ずっと画像を逆さまに見ていたことに気づくようなものだった。そして突然回転して、すべてが意味を持つ。
彼女はただの几帳面な少女じゃない、と思った。愛らしくも非効率的な決意で風と戦う彼女を観察しながら。
冷たい戦略家だけじゃない。
妹たちの世話をする誰か。両親の期待を背負う誰か。世界を変えたいと思っている――より良くできると信じているから。
思考は別のより深い糸に絡まった。
惹かれている。
雷ではなかった。映画的な宣言でもなかった。静かな確認だった。予告なしに上がる潮のように、気づいたら岸が思っていたより近かった。
彼女は……複雑だ。そして本物だ。そして……
思考が再び僕を打った。啓示の力で。
惹かれている。
知的にだけじゃない。ライバルとしてだけでもない。もっと深い何か、もっと本能的な何か。
精神的に計算する時、眉がわずかにひそめる様子。妹について話す時、声から冷たさが失せる様子。戦略を説明する時の目の絶対的な決意。
隣にいるしずくは、すぐには解釈できない視線を投げた――挑戦、安堵、そして……おそらく驚きの混合があった。
おそらく彼女も、会話が戦略から個人的なものへと変わるのを感じていた。
風が彼女の顔の周りで髪を吹き飛ばし、彼女はもはやコントロールしようともしなかった。
普段はとても計算的な目が……開いているように見えた。脆弱に。
「思いますわ……」
しずくが始めた。風の上でかろうじて聞こえる声。
「この会話は……もう私たちを友達にしましたわね。定義に関係なく」
風が最後の言葉を飲み込み、屋上はアカデミーの遠い騒音以外、静寂に包まれた。
厳粛な約束も劇的な告白もなかった。
ただ、何かが僕たちの間で動いたという不確かな感覚――形式性の中の亀裂が、他のもの――より生命的で、より危険なものが入ることを許した。
確信はなかった。ただ新しく危険な明晰さだけ。
所属という考えは、もはやクラスに限定されていなかった。どんな戦略的計画にも収まらない個人的な興味でそれを囲み始めていた。
もう一度しずくを見て、心の中で、絶対的な正直さで疑問が浮かんだ。
恋をしたのか……?
思考は安堵をもたらさなかった。より多くの質問をもたらした。
穏やかなめまいをもたらした。
そして、それでも、僕たちを取り巻く戦略的混乱の中――エーテリアル、黒服の男たち、リリス、白麗 、生徒会――奇妙で残酷な落ち着きで確信が浮かび上がった。
最も危険な領域に入り込むことに成功していた――感情。
日の光が完全に消えるまで、沈黙のまま立っていた。
一緒に降りた。約束したからではなく、もはや互いの隣を歩くことが奇妙に思えなかったから。
秘密の重みによって、捻れた結果を約束する友情の最初の一歩だった。
そしておそらく、二人とも週の初めに予見していなかった何かの始まり――政治と冷戦の中で、二つの心が静かに絡み合うことができるということ。
彼らの足音の最後のエコーが廊下で失われた時、友人たちのこと、アレン先輩のこと、Fクラスの忠誠心を考えた。
告白と来るべきバトルについて考えた。
そしてそのすべての下に、これから僕を伴う新しく鋭い確信――真実のためのバトルには親密な前線もあり、その前線では、しずくはもはや完璧な女子だけではなくなる――予期せずに、僕の心を征服した人物になるということ。
日は黒い空と語られない約束で終わった――二人とも、それぞれのやり方で、線を越えていた。
そして夜、寮へ歩きながら、フレーズが震える呪文のように頭の中で繰り返された。
恋をした……のか……?
次回――
ついに語られる“真実”。
アレンたちは、「すべてを知る」と語る少女・ヒカリから、エーテリアルの起源とその本質を聞かされる。
それは、五十年前に始まった実験――そして、このアカデミーそのものに繋がる衝撃の事実だった。
さらに明かされる“力”の正体。それは単なる能力ではなく、生徒一人ひとりの内面を映し出すもの。
だが、その裏では巨大な存在がすべてを操っていた。
記憶すらも支配する、企業「5i」。
そして混乱の中、アレンはある少女と再び対峙する。
能力を“消す”力を持つ彼女との出会いが、新たな関係を生み出していく――。
物語は核心へ。




