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現実の洗礼

開幕。


あの日、入学式で起きた“異変”。

それは二年Fクラスだけの物語ではなかった。


Aクラスを目指していた男子――霧丘小次郎。

完璧な成績、完璧な未来。


……のはずだった。


だが現実は、容赦なく彼をFクラスへ叩き落とす。


そしてその直後に起きる、エーテリアルの襲来。


閉ざされた門。

展開される力場。

戦う少女たち。


理想と現実の狭間で、彼は何を見るのか。


これは、あの日の“もう一つの視点”。


物語は、さらに深く潜っていく。

夜明けが空を淡い青に染める頃、鏡の前で制服のネクタイを最後に直した。映し出されるのは真面目な顔つきの少年――鋭い目つきに整った顔立ち。だが、指先の微かな震えは僕にしか分からない。たった一歩間違えれば、全てが崩れ落ちる……そんな感覚が常に付きまとう。


階下の食堂へ降りると、父が朝食を取っていて、母が給仕をしていた。今日から僕はアカデミー・ハックウェイクの寮で生活を始める。


母が作る最後の朝食だ。いつもと変わらない、ありふれた朝食……なのに、これから三年間は食べられないと思うと、妙に違和感を覚える。


食事を終え、出発の準備を整えていると、父が近づいてきた。


「小次郎、失望させるなよ」


朝の別れの言葉。愛情ではなく、期待が込められている。


「このアカデミーは君の最終的な足掛かりだ。父と母を失望させないでくれ」


これまでの人生は、頂点への緻密な道のりだった。中学では生徒会長、完璧な成績、生まれながらの戦略家。そう――これが僕、霧丘小次郎の完璧な人生だ。


アカデミーへ向かう道すがら、あの日のことを思い出した。アカデミーのリクルーターが語ってくれた言葉――

「才能が想像を超えて進化する場所」。

それこそが僕に必要なものだった。自分が偽物ではないという、揺るぎない証明。自分の価値が本物だという証拠。


電車での移動中は、自制心を保つための訓練だった。他の生徒たちが笑ったり居眠りしたりしている間、僕はアカデミーのパンフレットを頭の中で復習していた。行動規範、服装規定、クラスシステム……A、B、C、D、E、F。明確なヒエラルキー。僕は当然、Aクラスに配属されるはずだ。それが自然な論理というものだ。


アカデミーの入口に到着すると、自分と同じ一年生たちが続々と集まっていた。門は大きく、どこか恐怖を感じさせる……まるで監獄の門のようだ。


堂々とした門をくぐると、自信が湧き上がってきた。ここが新たな戦場だ。しっかりとした足取りでクラス配属が表示されている画面へ向かった。自分の名前が、未来の勝利の称号のように頭の中で響く。


しかし――


Aクラスのリストに……名前がない。


えっ!?


何が起きている?


確かにアカデミーには合格したはずだ。なぜAクラスにいない?


信じたくないが……では、Bクラス!


……だが、そこにも名前はなかった。


では、Cクラス!


……ない。


焦りが募る。なぜだ? 何が起きているんだ?


DクラスとEクラスを確認したが、どこにもない。本当にこのアカデミーに入学できたのか? いや、その疑問はすぐに消えた。ここに来る者全員、両親がサインする書類を提出しているはずだ。確実に入学している。


ということは、残るのは……


Fクラスのリストを確認した。


そこに、自分の名前があった。


――なんだと!?


世界が一瞬止まった。F? これは失望ではない。システムの欠陥だ。マトリックスのエラーだ。素早く論理的な思考が、説明を求める。隠された試験で失敗したのか? 書類が混同されたのか?


自信が砕け、不安という空虚さが露わになる。


「……なぜだ?」


独り言が、信じられないという糸のように細く漏れる。


振り返って、教師を、担当者を、誰でもいいから論理的な説明をしてくれる人を探した。だが、目に入るのは他の一年生だけ――自分の運命に夢中で、僕のことなど完全に無視している。


先生を探して走り回ったが、周囲には誰もいない。やっと近くを通りかかった先生を見つけ、その進路を遮るように立ちはだかった。


「先生! なぜ僕がFクラスに配属されたのか知りたい。これは全く意味が分からない。成績には自信がある。Aクラスにいるべきなのに、なぜFクラスなんだ!?」


だが、先生は気のない視線を投げかけただけで、そのまま歩き続けた。


「配属は確定事項です。入学式のため、講堂へ向かってください」


それだけの返答。官僚主義の平手打ちだ。


プライドを傷つけられ、心が混乱する中、諦めて講堂へ向かう生徒の流れに合流した。後方の席を見つけ、座った。観察し、分析するには完璧な位置だ。


学園長が形式的で空虚なスピーチをした。見ただけで分かる――あの学園長は物事を隠し、既存のシステムに従うだけのタイプだ。


副学園長は厳格な顔つきの女性で、厳しい警告で補足した。


システムに忠実な人間たち。予測可能だ。軽蔑の念を込めて考える。


そして、壇上に生徒会長が上がった。


「新入生の諸君、ようこそ。僕は武蔵タロウ、生徒会長だ」


圧倒的な存在感、静かで生まれつきの権威を纏っている。僕は動揺を感じた――賞賛と即座のライバル心が混ざり合う。これが目標だ。超えるべき相手。


あの人が生徒会長なら……


ああ、なるほど。なぜFクラスに配属されたのか、理解できた。まだまだ足りないということだ。現生徒会長のレベルに到達するには、まだ遥か遠い……


このアカデミーで自分を超える。もっと賢くなる。中学で生徒会長を務めた経験がある。それなりに楽しんだ。だからこそ、今度はもっと高みを目指す。武蔵会長がいる場所まで。


しかし――


武蔵会長のスピーチが予期せぬ方向へ転じた。


「諸君にも歓迎の言葉を贈るべきだろう……新たな訓練場へようこそ」


声は穏やかだが鋭い。話し方の何かが変わった。


「これまで信じていた全てを忘れろ。このアカデミーは単なる教育機関ではない。戦場だ。封鎖区域だぞ」


ざわめきが講堂を駆け巡る。僕は前のめりになり、感覚を最大限に研ぎ澄ませた。何を言っているんだ……全く理解できない。


「これは既にここにいる者たちにとっても突然だろう。一年生にとってはなおさらだ。だが、このアカデミーは……もう普通ではない」


冷や汗が流れる。冗談を言っているようには見えない。一体何が起きているんだ?


「諸君はエーテリアルと呼ばれる存在と対峙することになる。別次元から顕現し、現実を侵食する存在だ。諸君の義務は勉強だけではない。生き延びることだ。物理的な傷は治療できるが、精神に与えるダメージ……それこそが真の脅威だ。脅威を甘く見るな」


何人かの生徒の緊張した笑い声が、一般的な混乱と混ざり合う。悪趣味な冗談か? いや、そうは思えない。武蔵会長の言葉の一つ一つ、声のニュアンスを分析する。エーテリアル? 戦場? 非論理的だ、混沌だ……だが、武蔵会長の目に宿る確信は絶対的だ。


「教師たちは既に状況を把握している。彼らは役割を果たすだろう。学園長とも話をつけた。だから残るは諸君たち生徒だけだ。もう隠せない……奴らは既にここにいるからな……」


奴ら?


その瞬間、耳をつんざくような警報が施設全体に響き渡った――鋭く金属的な音が血を凍らせる。


「もう来たぞ!」


武蔵会長がマイクに向かって叫ぶ。初めて動揺した声だ。


「エーテリアルが境界を突破した! 冷静を保ち……!」


――――ガシャン!


講堂の高い窓の一つが粉々に砕け散った。何か……いや、誰かが……緑色の閃光の中に実体化した。人型だが歪んでいる――固体化した霧のシルエット、二つの輝く点が目の役割を果たしている。不自然な動きで、前列にいた数人の生徒を宙へ投げ飛ばした。


パニックが爆発した。


講堂は叫び声と動く身体の坩堝と化す。


何度も押され、突き飛ばされる。動くことすらできないまま、全員が絶望に屈する様を見た。女子も男子も関係なく、誰もが押され、引きずられ、必死に講堂の扉を開けようとする生徒の波に飲まれていく。遠くであの化け物が座席や生徒を殴り続けている。先生たちも何かしようとしているようだが、状況が全く理解できない。


突然――


正面の扉が勢いよく開き、人間の大波がそこへ突進する。制御不能な殺到だ。


慎重に近づいた。方程式を解くことに長けた頭脳が、原始的な混沌の前に真っ白になる。


一体何なんだ……? このアカデミーは何なんだ?


それが唯一まとまった思考だった。


本能的に、逃走に加わった。走った。身体をかわし、遠くで恐ろしい叫び声を聞きながら。外に出ると、全員があらゆる方向へ走っていた。固定された目的地などない。ただ絶望的に逃げるだけだ。


僕は小道に見える道を走った――この方向に最も多くの生徒が逃げていたからだ。


突然、大柄な男子生徒が、立ち上がろうとしている女子を乱暴に突き飛ばし、地面に叩きつけるのが見えた。


考える間もなく、足を止めた。女子の腕を掴み、立ち上がらせた。


「急げ!」


自分が感じているよりもしっかりした声が出た。


「あ、ありがとう……」


彼女は息を切らしながら答えた。琥珀色の大きな瞳には、完全には隠しきれない恐怖が宿っている。


それ以上の時間はなかった。頷いて、一緒に走り続けた。


背後から化け物の一体が追ってくる音が聞こえた。


彼女が、冷静さの瞬間に、僕を庭園か、半ば森のように見える場所へ続く茂みの中へ引っ張った。太い茂みの後ろに身を隠し、息を切らしながら、あの化け物の幽霊のようなシルエットが目の前を通り過ぎるのを見た――まるで僕たちをそこで検知できないかのように。


「どうやら……限定的な索敵パターンがあるようですわ」


彼女が囁くように分析する。まだ息が荒い。


「開けた空間での動きか音で追跡するのですわ」


驚いて彼女を見た。混沌の中で、彼女も分析している。普通の女子ではない……


非常に緊張した沈黙の中、彼女が振り返って言った。


「私は藤森しずくと申しますわ」


落ち着きを取り戻しながら自己紹介する。


「霧丘小次郎だ」


こんな状況で、彼女の冷静さは信じられない。完全に超常的で恐ろしいものを目撃しているのに、すぐに立ち直っている。


「霧丘くん、考えがありますの。正門へ向かって、アカデミーから脱出しましょう」


再び驚く。絶望に陥る代わりに、計画を立てている……この女子は本当に凄い。


「その通りだ。最善の選択肢は正門へ到達することだ。論理的にそこが避難地点のはずだ」


協力して――藤森さんが鋭い環境認識を提供し、僕が最も論理的なルートを描く――化け物の群れを避け、アカデミーの大きな正門に到達した。


だが、希望は即座に消え去った。


扉は補強された錠前で閉ざされているだけではなかった。その前で、空気が淡い青色の輝きで揺らめいている――ほぼ目に見えない力場が微かなハム音を発している。石を投げつけると、不吉な爆音とともに粉々になった。


「逃げることは選択肢にありませんわ」


藤森さんが冷たい声で宣言した。その目には苛立ちと競争心の火花が輝いている。


「システムが僕たちをここに閉じ込めたのですわ。状況に立ち向かわなければなりませんの」


その時、緑がかった濃い霧が中庭を包み始めた。霧の中から、小さな人影の集団が現れた。普通の生徒ではない。胴体を覆う戦術装備と、顔を隠す一体型のヘルメットを着用している――特殊作戦部隊のような装備だ。


「あれは……誰だ?」


後退する準備をしながら呟く。


まだ遠くから、かろうじて観察できたのは――二人の女子がアカデミーの制服を着ている。彼女たちは手の中に何かを実体化させた。一人は鎖、もう一人は氷を放つように見える刀だ。そして――


化け物と戦い始めた。超人的なリズムで、信じられないほど敏捷に動く。体操選手やアスリート以上の精度でジャンプする。


突然、化け物の一体が僕と藤森さんに近づいてきた――


だが、逃げる前に、僕たちに向かって突進してきた。流れるような動きで、マスクをした女子の一人が間に割って入った。


鎖を使う女子が腕を上げて叫んだ。


「早く離れて!」


だが、動けなかった。化け物があまりにも近くて、恐怖しか感じない。緑の霧がますます濃くなり、ほぼ視界を奪う。


再び女子の声が聞こえた。


「システム:バリアキネティック!」


六角形のエネルギーシールドが空中に現れ、化け物の攻撃を逸らした。


「かんな、右側面!」


後方から別の女性の声――より荒々しく直接的だ。


鎖を持つ女子が超自然的な速さで動いた。その手がデジタルデータの閃光で輝く。


「実行:フラグメンテーションランス!」


純粋なエネルギーの発射体が実体化し、化け物を貫通した。化け物はエーテルのような悲鳴とともに消滅した。


麻痺していた――恐怖と驚愕で。


今見たのは本当か? デジタルパワーが現実に顕現している?


霧が非常に濃くなり、視界がほぼゼロになった。再集結のための混沌とした動きの中で、藤森さんがもう隣にいないことに気づいた。


「藤森さん!」


叫んだが、霧に包まれ、引き離された。


彼女なしでは、無防備に感じる。


マスクをした二人の女子が近づいてきた。


「時間がない! 生きたいならついて来て」


荒々しい声の女子が言う。


「君は誰だ?」


「はあ? 自己紹介してる場合じゃないってば」


抗議する選択肢を与えられることなく、二人の女子が両腕を掴み、驚くべき力と協調性で、僕が見たこともない脇道――多くの木々の間を迷路のように通り抜け――大きな岩までガイドした。


この岩は実際には偽物だった。女子の一人が岩の表面の何かに触れると、突然秘密の扉が開いた。素早く中に入り、引っ張り続けられ、そして部屋の中へ押し込まれた。


膝をついて倒れ込んだ部屋は、ホログラフィックスクリーンで照らされ、通信機器とアカデミーのデジタルマップで埋め尽くされている。コーヒーと緊張の匂いがする。


顔を上げると、目が合った――ぼさぼさの髪の青年、その視線はもう生徒のものではない。恐怖を見て、立ち向かうことを決めたベテランの目だ。先輩だろうか?


その隣で、興味津々な眼差しで僕を観察しているのは、眼鏡をかけた短髪の女子だ。外の混沌にもかかわらず、彼女は無邪気に微笑んでいる――まるで、すべてが楽しいであるかのように。


「ようこそ現実へ。君、一年生だろう?」


男子が言った。声は穏やかだが、計り知れない重みを帯びている。


「悪いが、君の一年生活は悪夢に変わったばかりだ。そしてこれは……まだ始まりに過ぎない」


「一体、何が起きているんだ……まずFクラス、次にあの化け物、そして今度は……君たちか……」


「……君にとって辛いだろう、分かる。僕はアレン・ウェバー、二年生、Fクラスだ。そしてここは……『生存者たちの抵抗戦線』!」


周囲を見回す。秘密の司令部、これらの見知らぬ人々の顔に宿る決意――そして、自分の世界の論理が粉々に砕け散り、遥かに暗く危険な真実へと道を開く。


アカデミーでの旅――真のアカデミーでの旅が、今まさに始まったのだ。

次回――


交差。


Fクラスという現実に落とされた霧丘小次郎。

だが彼の前に立つのは、ただの“落ちこぼれ”ではなかった。


アレン。

そして、二年Fクラス。


彼らの戦い方。

彼らの覚悟。


小次郎は目の当たりにする。


「強さ」とは何か。

「生き残る」とはどういうことか。


そして、動き始める新たな波。


理想と現実。

その狭間で、選択が迫られる。

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