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歪んだ真実

真実を知ったその先に、救いはなかった。


それでも――崩れなかったものがある。


りんの不器用な優しさ。

アヤのまっすぐな強さ。

エリザの知性。

かんなの静かな決意。


恐怖は消えない。

けれど、仲間がいる限り、立ち上がる理由は消えない。


だが、ひとつだけ確かなことがある。


彼らは――

もう無意識の駒ではいられない。

教室の扉が背後で鈍い音を立てて閉まった。


机が詰め込まれた空間に、また一人取り残された。でも今回は、雰囲気が全く違う。空気が重い。肌に突き刺さるような、強烈なプレッシャーを感じて、思わず全身が警戒態勢に入る。


僕に背を向けたまま、汚れた窓の外を眺めているのは――リリスさんだった。


その細いシルエット、無造作なのにどこか優雅な佇まい。振り向きもせず、ただ彼女の声が、穏やかで、どこか嘲るような響きで空間を満たした。


「戻ってくると思っていましたわ」


まるで、ずっと前から始まっていた会話の続きみたいに、彼女は言った。


「正直に申しますと、あなたが戻る方に強く賭けていましたの。くるみは必死な時、とても説得力がありますもの。そう思いませんこと?」


教室の真ん中で、動けなくなった。


彼女は知っていた。くるみがここに来たことを。全部、知っていた。


「君は……くるみを操ったのか?」


自分でも思ったより、荒い声が出た。


リリスさんは軽く笑った。まるでクリスタルグラスが触れ合うような、澄んだ音。


「『操る』なんて、そんな強い言葉……」


彼女はゆっくりと首を傾げた。


「むしろ、『観察した』と言った方が正確ですわ。彼女の稚拙な計画――銀太郎会長を誘き寄せようとしたあの計画――失敗する運命だと分かっていましたもの。彼はあまりにも緻密で、あまりにも用心深い。あんな見え透いた餌には食いつきませんわ」


やっと、彼女はくるりと踵を返して、僕の方を向いた。


灰色の、まるで金属のような瞳が、僕を臨床的な好奇心で観察する。


「でもあなたは……あなたは違いましたの。衝動的で、好奇心旺盛で、不器用なまでに正義感が強い。あなたがここに辿り着くのは、ほぼ確実でしたわ」


リリスさんの言葉が、鋭い刃物みたいに胸に突き刺さった。


銀太郎会長の冷静さ、いつも行動する前に全てを評価するあの態度――本当なのか?会長は、これが罠だと知っていて、僕を……僕を、そのまま歩かせたのか?


リリスさんのわずかに嘲るような笑みを見て、冷たい確信が胸を掴む。


会長は知っていた。見せているよりも、ずっと、ずっと多くのことを。


「どうして?」


拳を握りしめた。視線を、思わず彼女から逸らす。


「どうしてこんなことを?この数ヶ月、君は一体何をしてたんだ?」


「収集……」


リリスさんは、まるで当たり前のことを言うように答えた。


「情報。行動パターン。強さ、弱さ、可能性。あなた方全員の。もう必要なものは全て揃いましたわ。そしてあなた、アレン……あなたは特に興味深い観察対象でしたの」


背筋が凍った。


顕微鏡の下の虫みたいだ。そんな風に観察されていたなんて。


「それで……それで、何が目的なんだ?」


苛立ちと混乱が、体の中で煮えたぎる。


リリスさんは首を傾げた。そしてほんの一瞬、あの遊びめいた仮面が剥がれ落ち、氷のような真剣さが露わになった。


「教えてあげる。これは報酬ですわ。私を驚かせてくださったことへの……」


彼女は腕を組み、冷たい落ち着きで僕を見つめた。


「教えて、アレン。このアカデミーのこと、あなたは本当はどう思っていますの?これほどまでに高度な技術、厳格なルール、システムの中のシステム……ただの学校にしては、過剰だと思いませんでしたこと?」


言葉に詰まった。もちろん、考えたことはある。いつも、奇妙だと思っていた。息苦しいとさえ思っていた。でも、具体的な答えなんて……


「……このアカデミーは……ちょっと違うね……」


曖昧な答えしか出せなかった。だって、本当の答えなんて持ってないんだ。


「『違う』、ですか……」


リリスさんは、その言葉を味わうように繰り返した。


「婉曲な表現ですわね。真実を申し上げますと――ここは、アカデミーではありませんの。教師たち、生徒会、審判委員長……重要な地位にいる者は全員、真実を知っています。秘密を守る義務があるのです。もっとも……情報漏洩はありましたわ。何年か前に、報告書で読みましたもの」


報告書?


その言葉が、頭の中で響く。


会長は、その報告書にアクセスできるのか?だから、いつも全てを知っているみたいなのか?


混乱が膨らんで、じわじわと不安が広がっていく。


「一体、何の話をしてるんだ?」


論理的な糸を掴もうと必死になった。


でもリリスさんは、僕の質問を無視して、さらに困惑させる質問を投げかけてきた。


「教えて、アレン。あなたは幽霊を信じますの?それとも、何か超常的な存在を?」


瞬きした。完全に、話が見えない。一瞬、彼女が僕をからかっているんじゃないかと思った。


「……冗談なのか?」


「全く違いますわ……」


リリスさんは断言した。その声から、ユーモアの欠片も消えていた。表情が強烈に、ほとんど熱を帯びたようになる。


「これは、私があなたにする最も真剣な質問ですの。信じますか?」


「分から……ない」


足元の地面が、不安定になっていくのを感じた。


「面白い話だとは思うけど……信じるかどうか、考えたこともない」


リリスさんの態度が、劇的に変わった。奇妙な笑みが唇に浮かぶ。不吉な知識を孕んだ、そんな笑み。


「結構ですわ。なぜなら――それこそが根本的な真実ですもの。このアカデミーには隠された目的があります。そのために設立されたのです。この施設のオーナーは知っています。実際、彼は私たちの全ての技術を供給している企業のオーナーでもありますの――『5i』コーポレーション」


息が詰まった。


コーポレーション?技術供給?


何一つ、意味が分からない。


「何を……君は、何を言ってるんだ?」


どもりながら、やっと言葉を絞り出した。恐怖が、胸を締め付け始める。


「ここはアカデミーではありませんわ、アレン……」


リリスさんは宣言した。一言一言が、ハンマーで打ち付けられるように痛い。


「この場所は――軍事基地。実験場。『5i』コーポレーションは私たちを訓練し、準備させているのです。迫り来る脅威に立ち向かうために。超常的な……性質を持つ脅威に」


「――狂ってる!」


叫んでいた。一歩後ずさる。今まで感じたことのない恐怖が、全身を飲み込んでいく。


「嘘だ!君は気が狂ってる!どうして?どうして今なんだ?それが本当なら、どうして今まで何も起きてないんだ!?」


リリスさんは、氷河のような冷静さで説明した――


「卒業し、真実を知った者たちは、記憶を消去する処置を受けますの。これに関連した記憶を。秘密を守る唯一の方法ですわ」


息が――止まった。


頭の中で、知っていたことのピースが、繋がり始める。


くるみの兄。その記憶喪失。エンマさんの件。


事故じゃなかった。意図的だったんだ。


突然、リリスの言葉が、狂人の戯言から――恐ろしくて、説得力のある真実に変わった。


「そんな……そんなこと……」


呟いたけど、声に確信はもう残っていなかった。


リリスは、ブレザーのポケットから奇妙なデザインの眼鏡を取り出した。レンズは濃い青色で、ほとんど不透明。


それを、僕に差し出す。


「私たちが脅威に直面したことがない理由……それはオーナーだけが知る秘密ですわ。でも、存在することは知っています。見てごらんなさい。これをかけて、空を」


震える足で、リリスさんに近づいた。


震える手――本能的な恐怖に満ちた手で、眼鏡を受け取った。窓に近づく。心臓が、めちゃくちゃに脈打っている。


超人的な努力で、眼鏡をかけて――視線を上げた。


そして、見たものに――凍りついた。


さっきまで穏やかで、雲に染まっていた空が――今は巨大な、黒く歪んだ渦に支配されていた。


まるで現実そのものに開いた傷みたいだ。その深淵から、抑圧的な圧力が放たれている。何か恐ろしいものが降りてこようとしているのか、それとも渦そのものが、世界のエネルギーをゆっくりと吸い取っているのか――


悪夢の光景。脳に焼き付く映像。


「ああああ――――!!」


叫びながら、眼鏡を引きちぎって床に投げつけた。


「トリックだ!ホログラムだ!君が作った何かだ!」


リリスは動じなかった。落ち着いて眼鏡を拾い上げる。


「このアカデミーは、五十年以上前に、この唯一の目的のために設立されましたの。脅威に直面する必要のなかった世代もありました。ある意味、幸運だったと言えますわね」


頭が真っ白になった。


これを、全部を、理解しようとしているのに――でもリリスは、考える時間をくれない。言葉を続ける。


「でも私たちの世代は……私たちの世代は、そうではありません。だからこそ、武蔵タロウが次の生徒会長でなければならないのです。彼は完璧な兵士のプロファイルを体現しています――強く、規律正しく、従順。すでに彼の勝利は保証しました。必要な……手は、打ちましたわ」


彼女を見た。


恐怖に震えながら。真実だけじゃない。彼女が選挙を不正に操ったことを、こんなにも冷淡に認めていることに。


「どうして……どうして、全部を僕に話すんだ?」


かろうじて質問した。声は、かすれた囁きにしかならなかった。


「あなたは変数――いいえ、プロトタイプですもの。とても興味深い」


恐怖だけが残った。恐怖だけ。リリスを見て、それだけが体中を駆け巡る。


「君は……一体、何者なんだ?」


リリスは一瞬目を閉じて、微笑んだ。


「私はコーポレーションから派遣されたエージェントですわ。私の目的は単純――コントロールと誘導。それだけ」


いつもの、穏やかで謎めいた少女に戻った彼女が答える。


「それと……来年、全てが変わります。準備しておいた方がよろしいですわよ……」


扉に向かって歩き出した。でも出る直前、立ち止まる。


振り向かずに、付け加えた――


「あー、それと……あなたのお友達によろしくお伝えくださいな。いつも観察している、あの方に。私をスパイするべきではないと。ずっと監視されていたことは、最初から知っていましたわ。彼女は決して影にはいませんでした――なぜなら、誰も影にはいないから……私以外は」


扉が閉まった。


静かな教室に、一人取り残された。


制御できない震えが、体を襲った。足の力が抜けて、机の山に寄りかかり――そのまま、埃まみれの床に崩れ落ちた。


自分を抱きしめる。


渦の映像と、リリスの言葉が、頭蓋骨の中で反響する。


かんな――この間ずっと危険にさらされていたんだ。リリスは、かんなが監視していることを最初から知っていた。もしそうだとしたら……彼女には酷いことが起こったかもしれない……ちくしょう!


全部、知っていたんだ。


全てが茶番だった。恐ろしい軍事実験で、僕たちは――ただの実験用のネズミ。理解することさえできない何かとの戦争のために、準備されていた。


恐怖が、純粋で麻痺させるような恐怖が、完全に包み込んだ。


そこに留まった。床に縮こまって。


知っていたはずの世界が、周りで粉々に砕け散るのを感じながら……。


* * *

(りん)


もう3時間も経ってる……アレンくんがどこにもいない!


あたし、みんなと一緒に必死で探し回ってた。生徒会長選挙の結果発表がもうすぐなのに、アレンくんが姿を消しちゃってる。階段を上ったり下りたり、息を切らしながら走り続けた。でも、どこにもいない……!


「はあ……はあ……どこにいるのよ、アレンくん……」


最後に生徒会室に続く廊下の近くを見てみようって思って、角を曲がった瞬間――


ドンッ!


「きゃあっ!」


誰かとぶつかっちゃった。


「ごめんなさい!えっ!?」


見上げると、そこにいたのは銀太郎会長だった。


「いや、大丈夫だよ。君、随分慌ててるみたいだけど……何かあったのかな?」


銀太郎会長の落ち着いた声が優しく響く。でも、今はそんな余裕ない!


「……アレンくんが……どこにもいないんです……」


声が震えてた。不安で胸が苦しくて、言葉が上手く出てこない。


「きっとどこかで用事でもあるんじゃないかな」


「……ちが……何か違うんです……何かが……」


その時だった。あたしたちの横を何人かの男子が通り過ぎていって、大きな声で話してるのが聞こえてきた。


「ねえねえ、見た? どうやら武蔵タロウが勝ったらしいよ」


「マジで? 残念だなー、Fクラスあの男子が勝ってほしかったのに」


……えっ?


その瞬間、世界が止まった気がした。


下を向いた。地面しか見えなくなった。


嘘……嘘でしょ……? アレンくんが……負けた……?


そんなの……そんなの嘘だよ……!!


「おい、りん!」


「あっ……ごめんなさい、会長……ただ……ただ……うわあああん!!」


涙が止まらなくなった。我慢できなかった。悔しくて、腹立たしくて、何も成し遂げられなかった無力感が一気に押し寄せてきて、胸の中が砕け散りそうだった。アレンくんと一緒に頑張ったのに……何も勝ち取れなかった……!


そんなあたしの肩に、会長の手が置かれた。


「りん……辛いのは分かるよ……でも、少しだけ僕と一緒に来てくれないか。君に話したいことがあるんだ」


「……えっ? なんで……?」


涙で滲んだ視界の向こうで、会長が真剣な顔をしてる。


「……話せば分かると思う」


「でも……あたし、アレンくんを探さなきゃ……」


「彼のことは心配しなくていいよ……きっと大丈夫だから」


「……」


なんで会長はこんなにあたしと話したがってるんだろう? でも、アレンくんを見つけたい気持ちの方が強くて……でも、会長の様子がいつもと違う。もしかして……もしかして会長は何か知ってるのかも。選挙が不正に操作されたこととか……本当の勝者はアレンくんだったとか……!


そう思ったら、断れなかった。


「……分かりました」


* * *


理科棟の裏側。


空気が冷たくて静かで、木々がささやくように揺れてた。あたしは会長に連れられてここまで来た。心臓がドキドキしてる。会長なら何か説明してくれるはず。なんでアレンくんが負けたのか、最後の希望を教えてくれるはず――


でも、数歩離れた場所に立つ会長の表情は、いつもより真剣で……少し悲しそうで……


これって……生徒会のことじゃない……?


「りん……」


会長の声がいつもより低い。


「僕には……今言わなきゃいけないことがあるんだ。今を逃したら、もう二度と言えないかもしれない。期末試験も大学受験も迫ってる。僕にはもうこのアカデミーで過ごせる時間が四ヶ月しかないから」


「えっ……?」


何を言ってるの? アレンくんのことは? 選挙のことは? なんで……なんであたしにそんなこと……?


胸の奥で、別の緊張感が湧き上がってくる。これは……政治の話じゃない。もっと……個人的な……


「会長……何が……どうしたんですか……?」


言葉が震えた。


会長は答えなかった。代わりに、木々の方を見つめて、葉っぱの間に言葉を探してるみたいだった。


「君と出会ってから……りん、君は……混沌の塊だったよ」


そう言って、会長が懐かしそうに微笑んだ。


「衝動的で、騒がしくて、時々無邪気すぎるくらいに。でもね……君はとても純粋なんだ。その忠誠心、誰かのために何も考えずに戦う姿勢……それをずっと尊敬してたんだ」


あたしの頬が熱くなった。尊敬……? 会長が……あたしを……?


完璧な会長が、何でもできる会長が……あたしなんかを……? あたし、会長とは真逆なのに……


「でも……あたしなんて会長みたいじゃないです……会長はいつも何をすべきか分かってて、いつも計画があって……あたしはただ……感じたことをやってるだけで……」


「まさにそれだよ……」


会長が頷いた。その目があたしを見つめる。いつもとは違う……何か……強い感情が込められてる。


「それが僕を惹きつけたんだ。このアカデミーでは、みんなが自分の動きを計算して、影が真実よりも多くを隠してる……でも君は太陽の光そのものだ。純粋で、フィルターなしで」


「そんな……」


「ただ僕の意見を言ってるだけだよ。ある意味で、君は昔の僕に似てるんだ」


「えっ……? あたしが……会長に……?」


「ああ。昔、僕は理由もなく反抗してた。全部本能のままに動いて、ルールも権力も大人も……全部ただの偽善者で自分の利益しか考えてないって思ってた。でも時間が経って気づいたんだ。世界ってまさにそういうものなんだって……残酷で、冷たくて、生々しい」


その言葉が冷水みたいにあたしに降りかかった。


「だから……君と出会った瞬間、惹かれたんだ。昔の俺と同じ純粋さがある。あの頃の俺のように、何も疑わず、ただ真っ直ぐに生きている……その姿に、懐かしさを覚えたんだよ」


惹かれた……?


頭の中がぐるぐる回り始めた。否定したい。この会話が向かってる方向を受け入れたくない。


違う、違う、違う……これはアレンくんの話じゃない。これは……


「僕はたくさんの難しい決断をしてきた……」


会長の声が一段低くなる。


「話せない決断。他の人に知られずに影響を与える決断。時には、何か大きなものを守るために、透明性を犠牲にしなきゃいけない。影から行動しなきゃいけない……たとえそれが……アレンみたいな誰かが……戦争に負けないために戦いに負けなきゃいけないって意味でも……」


息が止まった。


戦争……? 影……?


一瞬、アレンくんの名前が出てきてドキッとしたけど、会長の目に宿る重い何かが、あたしをその場に釘付けにした。これは単なる生徒会の権力争いの話じゃない。もっと大きな……暗い何かがその言葉の裏にある。そして会長はその中心にいる……


「会長……何を言ってるんですか……?」


怖くなって、ささやくように聞いた。


「つまり、りん……僕の世界は灰色と秘密で満ちてるんだ。でも君は……君だけがこの全ての時間の中で僕が見つけた唯一の本当の色なんだ」


会長の声が震えた。脆く、壊れそうに。


「この数ヶ月……もうすぐ僕がいなくなって、もう二度と君に会えないかもしれないって思うと……このまま何も言わずに去るなんて耐えられなかったんだ……」


会長が息を吸った。


二人の間の沈黙が重い。あたしの心臓の音しか聞こえない。


「好きなんだ、りん。ずっと前から」


世界が止まった。その言葉が空気の中に響き渡る。はっきりと、否定できないくらいに。


でも……喜びも、会長が期待してたかもしれない動揺も感じなかった。


代わりに――パニックが押し寄せてきた。


頭の中が、会長を探さなかった。会長の笑顔も優しさも思い出さなかった。


代わりに、一つのイメージが圧倒的な力であたしを支配した。


アレン。


いつもあたしの話を我慢強く聞いてくれるアレンくん。

あたしが頼んだだけで立候補を受け入れてくれたアレンくん。

呆れながらも愛情を込めて笑ってくれる、アレンくんだけのあの笑顔。


本当は欲しくなかったポストのために、あたしに引きずり込まれて、毎日一生懸命頑張ってくれて……そして今……負けちゃった……


なんで……? なんで今アレンくんのことを考えてるの……?


会長の告白は鏡だった。

本物の感情の強さを映す鏡。

そしてその強さに映された自分を見た時、あたしは自分が応えてる姿を見なかった。


見たのは――あたしの全ての繊維、全ての本能、この数ヶ月の全ての喜びと心配が、アレンに結びついてるってこと。


会長の気持ちは本物。尊敬と感謝と……でも、これ――。


アレンくんを思う時にあたしの中で燃える、この炎じゃない。そばにいたい、守りたい、笑顔を見たいっていう、この必死な気持ちじゃない……!


「会長……」


やっと声が出た。震えてる。視界が涙で滲んでいく。


「ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……!」


会長があたしを見つめる。その目に驚きはなかった。ただ……悲しい諦めがあった。まるで……もう分かってたみたいに。


「アレンのことだね」


頷けなかった。何もできなかった。ただ涙が頬を伝って流れ落ちるのを止められなかった。あたしの沈黙が、叫ぶように全てを認めてた。


会長の正直さへの感謝と、自分の心の痛くて突然の発見が、胸の中でぶつかり合ってる。


「彼は……いい奴だよ……」


会長が苦い声で呟いた。


「もしこの世界がもっと単純だったら……彼が正しい人なんだろうね。アレンを大切にしてあげて、りん。それから……君自身も大切にね……」


それ以上何も言わずに、会長は背を向けて歩き去った。


高くて堂々とした姿が夕暮れの影に溶けていく。やっと垣間見始めた秘密を持ったまま。そして、もっと圧倒的な真実だけをあたしに残して……


あたしはそこに立ち尽くした。


震えながら、自分を抱きしめて、風が涙を乾かしていくのを感じてた。


アレンくんの敗北も、会長の不思議な言葉も、全部色褪せた。あたしを襲う感情の嵐の前では……


会長を断ったのは……何よりも……見てなかった真実に……見たくなかった真実に気づいちゃったから……


好き……なんだ……


アレンが……好き……


その気づきは喜びじゃなかった。甘くて恐ろしい重さだった。


そして心の一番深いところでそれを認めた時、最後の恐ろしい質問が浮かんできた――


これから……どうすればいいの……?

次回――


軍事基地。

企業「5i」。

“脅威E”。


受け継がれる意志。


封筒に託された未来。

「生存者たちの抵抗戦線」という選択。


だが、静かな日常は長く続かない。


夜を裂く緑の光。

空に浮かぶ“もう一つの月”。

そして、扉を叩く異形の影。


新学期を目前に、

現実と超常が、ついに衝突する。


それでも――


彼らは逃げない。


抵抗は、ここから本物になる。


すべてが変わります。その変化に備えていますか?

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