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夏の衝動と永遠の約束

静かな時間ほど、不安は深く根を張る。


前回、物語は一見穏やかに進みながらも、確実に何かが動き出している気配を残しました。

それは言葉にならない違和感。

それはまだ誰も気づいていない“揺らぎ”。


アレンの周囲で少しずつ絡み合い始めた想いと関係。

笑顔の裏側にある迷い。

そして、影の中で静かに息を潜める“何か”。


日常は続く。けれど、それは本当に変わらない日常なのでしょうか。

あー……退屈だ


夏休みの宿題……もう終わらせてたんだった。時間だけはたっぷりあるのに、何をすればいいのか分からない。そういえば守さんが、夏休み中でも演劇部に来ていいって言ってたな……でも、僕は今までずっと観察者でしかなかった。物を片付けて、先輩たちの練習を見ているだけ。展示公演すらまだやってない。


何のために演劇部に入ったんだろう……


……いや、そんな風に考えちゃダメだ。まだ一年生なんだから。まだまだ証明すべきことも、学ぶべきこともたくさんある。


とりあえず、今日は暇だし、演劇部の教室に行ってみるか。


準備を整えて外に出る。階段を下りて、寮の受付のドアを開けた瞬間――


ぶつかった。


「ちょっと!前見て歩きなさいよ!!」


「ご、ごめん!」


顔を上げると――視線が交差した。


アヤだった。


「アレン!?」

「アヤ!?」


彼女は視線を逸らして、何も言わない。僕も黙って彼女を見つめる……って、なんで見つめてるんだろう。でも、僕の分析的な思考はもう動き出していた。今、アヤが着ている服装について考えている。


予想通り――いや、ほぼ予想通りだ。アヤの服のセンスは、僕が思っていた通りに完璧に一致していた。


まるで二十年前のヴィンテージショップから適当に服を盗んできたみたいな格好なのに、彼女にしか出せないカジュアルな品がある。


ダボっとしたパンツは、だらしなくない程度にゆったりと足首の上で止まっていて、秘密を隠していそうなポケットがついている。白い半袖のTシャツは少しオーバーサイズで、僕が知らないバンドのロゴがプリントされていて、下からは黒いキャミソールの裾がちょっとだけ覗いていた。夏だから重ね着も最小限なんだろう。


頭には紺色のキャップを、わざとらしくないくらいに斜めに被っている。一番「アヤらしい」のは、腰に巻かれた太い赤いベルトだ。他の服の落ち着いた色合いの中で、鮮やかな赤が際立っている。スカートもなければ、飾りもない。素早く動いて、大声で笑って、必要なら走って逃げられる服装。


彼女は僕がじっと見ていることに気づいて、肩を叩いてきた。


「何じろじろ見てんのよ?」


「い、いや……その、私服を見るのが初めてで、思った通りの格好だなって」


「は?わたしを馬鹿にしてんの?」


「ち、違う!全然そんなつもりじゃ!」


しばらく、二人とも黙っていた。誰も何も言わない。別れの挨拶もない。話すことなんて特にないのに、向かい合ったまま立っている……これは少し気まずい。


「え、えっと……どこに行くの?」


「あ、うん、演劇部に行こうと思ってて。暇だから」


「演劇部……そういえば守が夏休みでも練習に来ていいって言ってたわね」


「うん。ちょっと見に行こうかなって……」


アヤは少し考え込んでいた。彼女の目が激しく左右に動いているのが分かる。僕を見て、横を見て、また僕を見て……まるで、誘ってほしいみたいな……


「アヤも一緒に来る?」


「いいの?」


「うん、一緒に楽しめると思うし」


アヤは一瞬嬉しそうな顔をしたけど、すぐに不機嫌そうな表情に変えた。でも、僕は最初の顔を見てしまったから、今の表情が演技だってすぐに分かる。


「ふん!まあいいわ。ちょっと面倒だけど行ってあげる。あたしも暇だし」


一緒にアカデミーに向かって歩く。その穏やかさに、僕は少し驚いていた。だって、アヤは……「爆発的」だから。いつも一番衝動的で、強くて、反抗的な性格をしている。僕はアヤのそういうところを尊敬している。僕も少しでもあの「爆発力」が欲しいと思うから。だからこそ、一緒に歩いていてもいつものような激しさを感じないのが不思議だった。


演劇部の教室に着くと、少なくとも四人の先輩が練習していて、もちろん守さんもいた。守さんが僕たちの到着に気づいて挨拶に来て、せっかく来たんだからと物を片付けるように言われた。


僕は少しがっかりした。来たら何か違うことをすると思っていたのに、結局いつもと同じことをしている。


夏の暑さが演劇部の教室の隙間から入り込んで、空気中の埃と混ざり合っている。古い小道具の箱を布で拭きながら、ため息が出た。理論上は「片付け」なんだけど、半分は掃除というより考古学的発掘みたいだ。


僕の隣で、アヤは止まらないエネルギーで動いている。箱を持ち上げるたびに、ツインテールが命を持っているみたいに揺れて、僕は本当に大事なこと――在庫確認――に目を向けようと必死に努力している。


「アレン、ちょっとこれ持ってて」


彼女は丸めたポスターの束を差し出してきた。僕がうなずく前に、指がアヤの指に触れた。


ただの接触。


でも、僕の脳はそれを腕に電流が流れたかのように解釈した。


ありえねー、今日最初の接触。危険レベル:低。被害:手のひらが汗ばむ。


「大丈夫?」


アヤが首を傾げて尋ねてくる。


「だ、大丈夫。完璧に……普通。何もおかしくない」


アヤはあまり気にせず微笑んで、また箱から物を取り出すためにしゃがんだ。僕も手伝おうとしたけど、手を伸ばすたびに彼女も同じことをして、指がまたぶつかる。


三回目。


ありえねー。これはもう心理戦だ。次は何だ、うっかり額でもぶつけるのか?


「アレン、あの箱を上の棚に置いてくれる?」


彼女はつま先立ちになって、棚の端に届こうとしている。


「あ、うん、僕がやるから、無理しなくて――」


言葉を終える前に、アヤが近づきすぎた。あまりに近くて、彼女の腕が僕の腕に触れるのを感じた。


そして、最後の一撃。


アヤは棚に届こうと勢いをつけるために、僕の肩に手を置いて……気づかずに、胸を僕の背中に押し付けてきた。


世界が止まった……


時計が動かなくなった……


そして僕の魂が三秒間だけ体を離れた……


……いや、これは起きてるはずがない。事故だ。百パーセント事故。でも……なんで脳がこれを高解像度で処理してるんだ?


ま、待って……これ本当に起きてるのか!?夢じゃないよな!?なんで宇宙は今この瞬間に僕を憎んでるんだ!


アヤは箱を置くことに完全に集中していて、自然に話しかけてきた。


「アレン、動かないでね。もうすぐ終わるから」


動かない?当然だ!魂が意識の地獄でゆっくり溶けていく間、じっとしてるさ!


ようやく終わると、彼女は後ろに残した感情的混乱に気づかずに離れた。


「あ、ありがと、アレン。できた」


無邪気な笑顔で言う。


「あ、ああ……どういたしまして……」


僕はどもりながら、呼吸すべきか心臓マッサージを要求すべきか分からなかった。


頭の中は矛盾の嵐だ。外見上は、ただ顔が赤くなっているだけ。内面では、尊厳と重力の間で戦いが繰り広げられている。


呼吸しろ、僕。アイコンタクトするな。何が起きたか考えるな。ただ……在庫確認を終わらせて、これが存在しなかったふりをするんだ。


アヤは引き起こした内面の苦悩に全く気づかず、平然と物を整理し続けている。歌まで口ずさんでいる。一音一音が、既に自分の箱を整理しているのか正気を整理しているのか分からない僕にとって、追加の拷問だった。


僕が箱を動かしている間、アヤは隅っこで衣装や布を分類していて、混沌を楽しんでいるみたいなエネルギーだった。


「ねえ、アレン、その青い箱取ってくれる?」


彼女は奥を指さした。僕は問題なく持ち上げて渡したけど、アヤが引っ張った瞬間、中身のバランスが崩れた。蓋が開いて、紙吹雪とリボンとキラキラした紙の破片が……僕の頭の上に降り注いだ。


アヤは口に手を当てた。


「あ!ごめん!開いてるとは思わなかった!」


僕はクリスマスツリーみたいにラメまみれになりながら、まばたきした。


マジ?人間装飾品になった。あとは誰かがコンセントに差し込むだけだ。


アヤは小さく笑って、僕の髪から紙の破片を取り除こうと近づいてきた。


「ここに一つ……それと……ちょうどここ……」


彼女の指が僕の額に触れて、それから完全に無邪気な動作で頬を伝って下りてきた。


肌が太陽の下に置かれたみたいに反応した。


僕は少しだけ後ろに下がって、落ち着きを取り戻そうとした。


「だ、大丈夫、自分で拭けるから……」


でも、アヤはもう床から紙を拾い始めていた。その過程で、ツインテールの一つが僕の腕をかすめて、柔らかく。


脳が再起動した気がした。


髪?なんでこんないい匂いがするんだ?ずるい。これはもう感覚的な反則だ。


二人で紙を拾っている間、アヤがまたしゃがんで、僕も見ずにしゃがんだら……


額がコツンと乾いた音を立ててぶつかった。


「痛っ!」


彼女は頭に手を当てた。


「あ、ごめん!事故だった、わざとじゃないって……」


「平気、平気」


アヤは笑いながら、いたずらっぽい笑顔で僕を見た。


「でも、怪我してるっていうより恥ずかしがってるみたいね」


恥ずかしい?いや、神経衰弱の瀬戸際だ。これが続いたら、感情的な救急処置が必要になる。


また物を片付け始めて、これ以上の事故を避けようとした。でも、宇宙は明らかに別の計画を持っていたらしい。


アヤが衣装の箱を開けて、赤いマントを劇的に取り出した。


「見て!これ、アレンが着たらいいんじゃない?似合いそう」


僕が答える前に、アヤは後ろから近づいて、僕の肩にマントをかけた。調整するために、首の周りに腕を回して、実質的に後ろから抱きしめる形になった。


僕は凍りついた。耳の近くで彼女の息遣いを感じて、完全に麻痺した。


これ……これは合法じゃないはずだ。最大レンジの接触だ!神経系のリセットボタンはどこにあるんだ!


「はい、できた。完璧」


アヤは少し離れながら言った。


僕はゆっくりと頭を回して、今起きた近さをまだ処理している。顔は恥ずかしさと混乱の地図だった。


そろそろ終わりに近づいていたけど――テーブルにスプレーボトルがあった。小道具のマスクを掃除するために使うやつだ。僕は何気なくそれを手に取って、まだ水が入っているか確認しようと、何も考えずにトリガーを一回押した。


水流が最悪のタイミングで出た。


アヤが僕の前を通り過ぎて、霧が彼女の頬と首に直撃した。


「あっ!ご、ごめん!わざとじゃ!」


僕はボトルを手に持ったまま凍りついた。


アヤは驚いてまばたきして、顔に手を当てた。それから、怒ることもなく、ただ少し微笑んだ。


「冷たい……」


彼女の声がとても落ち着いていて、それがかえって状況を悪化させた気がした。


アヤは首の水を払って、片手で髪を持ち上げた。一滴が顎から鎖骨へとゆっくり滴り落ちた。


なぜか、呼吸が止まった。


視覚的危険検知!これは演劇部じゃない、自制心のための戦場だ!くそ、物理学め!なんで雫がそんなにゆっくり動くんだ、動いちゃいけないのに!


アヤは僕の沈黙に気づいて、少し首を傾げた。


「アレン?どうかした?」


「な、何でもない、何でも……ただ、清掃システムの確認を、その……」


声が震えた。誤魔化すために笑おうとしたけど、笑いと咳の間みたいな音が出て、誰も納得しないだろう。


彼女はただ一秒だけ僕を見て、あの表情で。


「そっか」


信じてくれた!!


僕は視線を逸らして、落ち着きを取り戻そうとした。


ついに、一時間の「チームワーク」と「非公式な感情的崩壊」の後、二人とも床に座って休んだ。


アヤは満足そうにため息をついて腕を伸ばした。


「ふう……やっと終わったわね」


僕はまだ呆然としたまま、ゆっくりとうなずいた。


「うん……終わった。だいたい……」


少なくとも生きてる。魂はたぶんあの棚に貼りついたままだけど。


アヤは僕の方に顔を向けて微笑んだ。


「ねえ、アレン、よくやったわよ。見た目より力持ちなのね」


予想外の褒め言葉だった。


「あ……ありがとう……たぶん」


数秒間、沈黙が訪れた。外では午後の日差し。空気は古い木材と乾いた絵の具の匂いがした。一瞬、すべてが静かに感じられた。


突然、予想外に近くから声が聞こえて、沈黙を破った。


「あら……随分楽しそうね。ふふ……」


僕は本能的にドアの方を振り返った。冷や汗が即座に現れた。


劇場のステージの裏口に立っていたのは……


リリスさんだった。

近づいてきた。


アヤは困惑した表情で彼女を見ていた。当然だ、アヤはリリスさんを知らないのだから。


「あんた、誰?」


「失礼いたしました。私、Aクラスのリリスと申しますわ」


「え〜?Aクラスの人間がこんなところで何してんの?」


「そう敵意を向けないでくださいな。お友達が……いえ、仲間がこの演劇部にいるんですの。探していて、もしかしたらここにいるかと思いまして」


リリスさんはアヤを見つめていた。アヤはまるで警戒する猫のようだった。アヤが特別鋭いわけじゃない。彼女は初対面の相手には大体こんな態度だ。でも……僕には感じ取れた。リリスさんの視線に何か別の目的が隠されている。ここにいるのは偶然じゃない、そう直感が告げていた。


「あんた、アヤさんよね?」


「なんでわたしの名前知ってんのよ?」


「お友達を存じ上げておりますの。九条みこさん」


アヤは完全に思考が止まっていた。僕も同じだ。いつから九条さんはリリスさんと知り合いだったんだ?


今度は僕が口を開いた。リリスさんの奇妙な出現を理解しようと試みながら。


「僕たちは片付けを手伝ってるだけです。君の友達のことは何も知りません」


「そうでしょうね。でも、楽しそうにしているのが聞こえたので……少し覗かせていただきましたわ」


ゾクッとした。恥ずかしさで全身が熱くなる。


アヤを振り返ると、顔が真っ赤だった。リリスさんは……一体どこまで見ていたんだ?


「何か言いたそうだね」


「その通りですわ。せっかくあなたと遭遇できたので、少しお話がありまして」


「僕に?」


「ええ」


もう訳が分からなかった。なぜリリスさんは僕と話したいんだ?それに、さっき言ってたことと矛盾してないか?


「何を言いたいんですか?」


リリスさんが口を開こうとした瞬間、アヤが割り込んだ。


「ねえリリス、あたしに消えろとか言わないわよね?顔に書いてあるわよ、あたしを追い払おうとしてるでしょ?」


「ふふ……まさか。お好きなだけ聞いていただいて構いませんわ。秘密というほどのものでもありませんし。少なくとも、今のところは」


「え?」


「これからお話しするのは、ある噂ですの。ごく一部の人間しか知らない噂」


拳を握りしめた。不安を抑えようとして。


「その前に、明確にしておくべきことがありますわ、アレンさん。あなたと清水銀太郎会長との関係について、存じ上げておりますの」


目に見えない何かで殴られたような感覚。冷や汗が流れ始めるのが分かった。


アヤは僕が会長のために何をしているのか、まったく知らない。彼女を見ると、眉を上げて状況を理解しようとしていた。


リリスさんは続けた。


「彼から聞いたわけではありませんわ。念のため。私が自分で調べましたの」


「それで……それを知って、どうするつもりなんですか?僕は何も悪いことはしていません」


「ええ、その通りですわ。でも、それが本題ではありませんの」


「どういう意味ですか?」


「私が求めているのは、アカデミーの才能な人材を知ることですわ。特に一年生の中で。才能ある者が誰なのか、知る必要がありますの」


「才能?」


「三ヶ月後、生徒会長選挙がありますわ。その時が来たら、最高の人材を集めておきたいんですの」


「もしかして、次の生徒会長になるつもりですか?」


「いいえ。違いますわ。私が知りたいのは才能の在り処。そして、あなたはその一人ですわ」


「待ってください!もう何が何だか……何の話ですか?僕に何を求めてるんですか?」


「今のあなたには何も求めておりませんわ。少なくとも、今は。これをお話しするのは、これから噂をお伝えするにあたって、知っておいていただく必要があるからですの」


「要点を言ってください。何が言いたいんですか」


リリスさんは微笑んで、「しーっ」というジェスチャーをした。そして続けた。


「このアカデミーに、なぜこれほどの技術があるのか……考えたことはありますか?仮想空間を作り出し、そこでバトルができるほどのレベル、一体どうやって実現したのか。そんな技術がどうやって生まれたのか、疑問に思ったことは?」


その問いを聞いて、頭が真っ白になった。


……確かに、考えたことがなかった。このアカデミーに高度で驚くべき技術があることを、ただ当然のこととして受け入れていた。


「このアカデミーが大きな秘密を抱えている事実を示す証拠はたくさんありますわ。それはアカデミーの創設者兼オーナーに関連しています。でも、その人物を調べても……意味のないデータしか出てきませんの。もしかしたら、その人は何かを知っていて、このアカデミーを作った目的があるのかもしれませんわ。でも私にとって……本当の謎は、どうやってこの技術を手に入れたのか?どうやって実現したのか?その疑問が、私を落ち着かせてくれませんの」


リリスさんはアカデミーの創設者について語るとき、とても苛立っているように見えた。


突然、視線が交わった。驚きで肩が跳ねる。


「それで、噂って何なの?色々喋りすぎじゃない?」


「……ええ、その通りですわね。失礼しました。その噂とは……アカデミーのどこかに隠された場所がある、ということですの。すべての真実を隠している、特定の場所が」


「それだけ?」


「ええ」


「大したことない噂じゃん」


「そう思われるかもしれませんわね。でも、私が知っている細部がたくさんありますの。それらが、この件をさらに興味深いものにしていますわ。ただ……明かすことはできませんの」


「なぜですか?」


「なぜなら、今のあなたは何者でもありませんから。特権的な情報は、『才能ある者』にのみ明かしますの」


またその言葉だ。『才能』。リリスさんは才能ある人間に異常なほど執着している。


僕を『才能ある者』の一人だと見ているなんて、信じられなかった。彼女の言うこと全てが奇妙だ。まるで統合失調症のようですらある。


「では、またお会いしましょう。あなたがアカデミー内で重要な立場に就いたときに」


アヤは最も混乱していた。立ち上がって叫んだ。


「二度と来んな、キチガイ!」


アヤは恐らく何も理解できなかっただろう。まあ、僕もだけど。


でも一つ確かなことがある。リリスさんは何かを企んでいる。でも、それは何だ?このアカデミーに何があるんだ?


確かに、ここの技術は驚異的だ。でも外の世界もそう変わらない。最先端技術を開発している企業もあるし、試験段階のものもニュースで見たことがある。


なら、なぜ彼女はそこまで興味を持っているんだ?僕が見えていない違いは何なんだ?


それ以上考える暇はなかった。突然、アヤが僕の手を掴んだから。


「ねえ、あんなキチガイの言うこと気にすんな。遊びに行こうぜ」


彼女は僕の手を引っ張り、二人で走り出した。


アヤを見て思った。この子は、かなり気楽な性格だけど……生きることを選んでいる。隠された真実を知るよりも。


突然、アヤが躓いた。


一瞬だった。瞬きする間もない。


足が転がっている石で滑り、まだ手を繋いでいた僕も、彼女と一緒にバランスを崩した。世界が土埃の渦の中で回転し、すべてが止まったとき……気づいたら、彼女の上に覆いかぶさっていた。


本能的に伸ばした腕が、彼女の頭の両側に落ちていた。顔を囲むように。


彼女の下からわずかに震える呼吸を感じた。二人の距離は数センチにまで縮まっていた。


一瞬、誰も何も言わなかった。


空気の音が、まるで僕の心臓の鼓動を刻む時計のように響いていた。


視線が交わった。


アヤが最初に口を開いた。囁きよりわずかに大きい声で。


「……ああ、わたし、ドジだな」


笑おうとしたけど、声が震えていた。


立ち上がらなきゃ。でも腕を動かそうとすると、その動きで彼女がさらに緊張した。


体は動かなかった。離れるべきだという必要性と、一ミリも動きたくないという欲求の間で、身動きが取れなかった。


アヤは視線を逸らし、頬がほんのり赤く染まっていた。


「ねえ、アレン……」


唾を飲み込んだ。


「あ……ああ……?」


「何が起きても」


彼女の声は確固としていた。迷いなく。


「変だろうが、危険だろうが、ただバカみたいだろうが……わたしはあんたについてく。何があっても」


最初は意味が分からなかった。でも言葉を理解した瞬間、胸が締め付けられた。


その言葉が頭の中で消えない残響のように響いた。


突然、リリスさんの言葉を思い出した。アカデミーの秘密についての噂を……そして理解した。アヤはずっと聞いていたんだ。理解していたんだ。偶然じゃなかったんだ。


空気が重くなった。


アヤはわずかに顔を上げた。黄金に輝く瞳が、決意と恥じらいの混ざった色を映していた。


それが太陽の反射なのか、本当に震えているのか、分からなかった。


「今……何て言ったか分かってる……?」


アヤは眉をひそめた。まるで自分の弱さに腹を立てているように。


「当たり前でしょ、バカ。何も考えずにこんなこと言うと思ってんの?」


「いや、ただ……直接的すぎるというか……」


「だったらちゃんと聞いときなさいよ!」


視線は離れない。


なぜ彼女から離れないんだろう。なぜこんなに近い距離で、視線を交わし続けているんだろう。


今度は、彼女の言葉がもっと柔らかく、ほとんど囁きのように出てきた。


「もう一回言うわ。わたしはあんたについてく、アレン。あんたを置いてくつもりなんてない」


最後のその言葉、あまりにも穏やかに言われたその言葉が、何かを静かに壊した。


僕の呼吸とアヤの呼吸が混ざり合っているのを感じた。顔の熱、近さ、地面に置かれた指のわずかな震え……すべてが溶け合おうとしているようだった。


何か言いたかった。何でもいいから。


でも言葉は出てこなかった。


代わりに、彼女が文句を言い始めた。


「ちょっと!あんた、いつまでそのままでいるつもり!?」


「えっ?あ!!ごめん!!」


ようやく、ゆっくりと離れて、彼女を起き上がらせた。


二人とも立ち上がり、どこを見ればいいのか分からなかった。


沈黙が戻ってきた。夏の虫の羽音だけが響いていた。


胸に手を当てた。まだ激しく打っている心臓を落ち着かせようとして。


横にいるアヤは、髪の間に顔を隠して、かろうじて聞こえる程度に呟いた。


「……バカ」


それが自分に向けたものなのか、僕に向けたものなのか、分からなかった。


でも、どういうわけか、その『バカ』は他のどんな言葉よりも甘く聞こえた。


木々の間から太陽が差し込んでいた。


その瞬間、分かった。


僕と彼女の間で、何かが永遠に変わってしまったことを。

次回――


そして物語は、さらに一歩踏み込む。


これまで積み重ねられてきた関係が、少しずつ形を変え始める。

選択。葛藤。揺れる心。

静かだった時間に、確かな波紋が広がっていく――。


そして、誰も知らない場所で進む“もう一つの動き”。


アレンが向き合う新たな局面とは?

そして、彼女たちの気持ちはどこへ向かうのか――。


物語は、静かに加速する。

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