陰謀の策士
前回、体育祭の熱気の裏で、アレンは「おかしさ」に気づき始めた。
努力が正しく報われない違和感。
勝敗以上に、誰かの想いが踏みにじられている感覚。
仲間を信じたい気持ちと、疑わなければならない現実。
そして、気づいてしまった以上、もう目を逸らすことはできない。
アレンが「観客」から「当事者」へと一歩踏み出す。
それは正義感からか、それとも――
過去に刻まれた後悔が、彼を突き動かしているのか。
朋也さんは周囲を見渡してから僕に話しかけてきた。なぜそんなに慎重なんだろう?
「アレンくん、今どのクラスにいるんだ?」
「相変わらず同じクラスだよ」
「そっか。俺も自分のクラスにいるんだけどさ……」
朋也さんが振り返ると、カリさんが落ち込んでいる様子だった。そこにアヤさんが近づくと、カリさんが反応した。
「アヤさん!手伝ってください!」
「離れて、近すぎる!」
カリさんは必死にアヤさんに抱きついていた。状況を理解しようとしていると、朋也さんが言った。
「放っておいた方がいいぜ。女同士にしか分からないこともあるからな」
僕にはカリさんに関する問題が何なのか分からなかったが、朋也さんの提案通りアヤさんに任せておくことにした。代わりに、朋也さんが再びクラスと転入生の話題を持ち出した。
「アレン……俺のクラスでさ、五人のクラスメイトが移動になったんだ。四人がDクラスに昇格して、一人がBクラスに」
「Bクラス?それはかなり大きな飛躍だね」
「でも変なんだよ。その子が二年生の先輩たちと会ってて、何か使って成績を上げたって噂があるんだ」
背筋が冷たくなった。誰かが急速にBクラスへ昇格したという話が頭の中で響いていた。昇格そのものだけじゃない。外部デバイスが関与している可能性も気になった。アルムのときと似たようなことを既に見ていたから。
これは生徒会長に報告すべきだろうか?
このテーマについてこれ以上考えられず、今頭にあるのは体育祭のことだけだった。
* * *
数日が経過したが、周囲で何か変わったことは特に感じなかった。平和な日々と言えばいいのだろうか。そしてついに今日、体育祭の日がやってきた。
いつも通りの準備をして、道を歩いていると、とても静かで落ち着いていた。今日はとても騒がしい日になるはずなのに、妙な静けさだった。
突然、背中に誰かがぶつかってきた。振り返ると二階堂さんだった。
「よっ!アレン」
「ええと、おはよう二階堂さん」
「なんで苗字で呼ぶんだよ、しかも『さん』付けだし?」
まだその癖があることに気づいた。みんなを『さん』付けで呼ぶ主な理由は、以前は距離を保つべき人間だと感じていたからだ。怖かったから、近づかないでほしいという意思表示だった。でも、もうそれをやめる時期かもしれない。
面白いことに、それを指摘してくれたのが二階堂のような人だということ。それとも、レンと呼び始めるべきだろうか?彼は僕を友達だと思っているのだろうか?
「……ねえ……君は僕を友達だと思ってる?」
「……変な質問するなー。でも聞きたいなら言うぜ、そうだな。友情ってのは各自が感じるものだろ?オレの意見としちゃあ、どこへ行っても色んな人と友達になりたいって思ってるぜ」
二階堂の振る舞いとは裏腹に、彼は友情をとても大切にしている人なんだと驚いた。もう以前のように距離を置くのはやめるべきかもしれない。恐怖は大部分消えているように感じる。完全に消えたとは自分でも断言できないけれど、今こそ自分の年齢らしくあるべき時なのかもしれない。
「ねえレン――」
「お!見ろよアレン!」
レンが僕の言葉を遮った。彼は前方を指差して立ち止まった。アカデミーの入り口をよく見ると、レンが何を指しているのか分かった。
アカデミーの本館に入っていく洗練された容姿の女子が歩いていた。ほとんど非現実的な優雅さで歩いている。実際、足を動かすのが困難であるかのように、とてもゆっくり歩いていた。何か障害があるのだろうか?
その女子が白い手袋をしていることにも気づいた。防寒用でも何でもない、薬局で見るような手袋だった。彼女の髪は見る者を驚かせるような銀色で、目は前にあるすべてを計算しているようだった。鮮やかな緑色の瞳。
その女子には何か……何か違うものがあった。説明できないけれど、警戒心を感じた。やがて彼女は視界から消え、今度はレンが言った。
「あの優雅さ、存在感が凄いだろ?早起きして見る価値あったぜ」
「彼女は誰?」
「マジで!?知らねーの?」
「うん、全く」
レンは失望したようにため息をついた後、知識を自慢するかのように笑った。
「彼女はリリス・ヴァランクールだぜ」
考えてみたけれど、その名前は聞いたことがなかった。本当に、彼女は誰なんだ?
「何をしてそんなに注目されてるの?」
レンは心臓に手を当てて、まるで崇拝するかのような仕草をした。
「彼女は完璧の化身、それで分かんねーか?」
どんな女子なのか、何となく想像がついてきた。
「リリスは一年生の中でトップ2なんだ。今のところ最高の成績を持ってるし、やろうと思ったことは何でもこなすんだぜ。まあ、身体的なこと以外は全部な」
「身体的なこと以外って、どういう意味?」
「これは前に聞いた話なんだけどさ、彼女には身体活動ができない病気があるらしいんだ。一年生の中で完璧な女子だって証明してるけど、身体的な活動が必要なこと以外はな」
ひめかのことが頭に浮かんだ。彼女も怪我で苦しんでいた。でも今の話題はひめかじゃない。
「リリスが俺らの次期生徒会長になる可能性あるぜ」
銀太郎さんは先輩で、来年卒業する。だから誰かが空いた役職を引き継がなければならない。会長が与えてくれた役割のことも思い出した。あれから何も報告していない。良い仕事をしているのか、会長の目標を卒業前に達成できるのか分からない。
「ちなみにアレン、アカデミー全体のトップ1は彼女のクラスメイトで、もちろんAクラスだぜ」
「誰なの?」
「武蔵タロウ」
凍りついた。武蔵さん――その男子がアカデミー全体のトップ1だった。リリスさんが一年生の中でトップ2なのとは違い、武蔵さんはリリスさんよりも上のトップ1だ。さらに驚くべきことに、武蔵さんもリリスさんも一年生だということ。
恐ろしい二人がこのアカデミーに通っていることを知ってしまった。
どうか彼らと関わらずに済みますように。
その後、いつものように教室で授業が始まるのを待っていた。りんやアヤ、エリザ、かんなも次々と教室に入ってきて、みんな体育祭のことで盛り上がっているようだった。マリが慌てた様子で到着するのも見えた。その後、エドワーが入ってきた。相変わらず、誰とも距離を置いている。彼はこのクラスに来てもう一週間が経つのに、まだみんなと打ち解けようとしない。
チャイムが鳴った。でも、誰も来ない。数分が過ぎて、ようやく壁次郎先生が教室に入ってきた。体育の先生だ。
「悪い悪い!クラスからクラスへ回って、体育祭の説明をしてるもんでな!」
壁先生が体育祭のルールを説明し始めた。
一年生全員が一つのチームとして、二年生と三年生に挑むらしい。競技は三つのフェーズに分かれている。
第一フェーズは、各学年の代表が四人一組のチームを作って、様々なスポーツで競う。勝ったチームが、その学年全体にポイントを獲得する仕組みだ。つまり、一年生の中から四人選ばれて、そのチームが第一フェーズの最初の活動で競うことになる。
第二フェーズは、第一フェーズと似ているけど、もっと多くの人数が必要になる。バスケットボールやバレーボールみたいな、チームスポーツが行われるからだ。
そして第三フェーズは「参加してない人たちのための活動がたくさん」ということだった。つまり、第三フェーズでは壁先生だけじゃなく、他の先生たちも監督に入って、たくさんの活動が同時に行われる。最終的に一番多くポイントを集めた学年が体育祭の勝者となり、ボーナスポイントがもらえる。
確かに、普通じゃない体育祭だ。
「お前ら!忘れるなよ!若いってのはな、自分が想像する以上のことができるんだ!それが青春の力ってもんだ!」
なぜ声を張り上げているんだろう?壁先生は変わってる。いつも大声だけど、悪気があるわけじゃない。ただ、ああいう人なんだ。それに、アカデミー全体の体育の授業を一人で担当しているらしい。大変だろうな、実質的にアカデミー全体のたった一つの授業を担当するなんて。
体育祭は一時間後に始まるそうで、それまでは自由時間らしい。
左側の窓から外を眺めた。いつもこの窓から見えるのは、アカデミーの別の棟だけ。窓のない巨大な壁しか見えない。
体育祭で何をするべきか考え込んでしまった。それに、この体育祭は他のクラスとも関わることになる。その事実だけで、もう緊張してきた。
考え事をしていた時間は、あっという間に過ぎてしまった。
壁先生が教室に戻ってきて、体育祭の次の予定を告げた。
「おい、お前ら!運動場に集まれ。一年生の集合場所が印されてるからな。みんなと話し合って、参加者を決めろ!」
壁先生が去った後、教室中の生徒が立ち上がった。緊張が込み上げてくる。そんな中、りんが近づいてきた。続いてアヤ、そしてエリザとかんなも一緒に歩いてくる。
りんが最初に口を開いた。
「ねえアレンくん、壁先生がチーム作りに興味なさそうだったの気づいた?」
「それ、どういう意味?」
「つまりね、一年生全員が体育祭で一つのチームになるってことは、誰かがリーダーを務めなきゃいけないってことでしょ。なんでかわからないけど、あたし確信してるの。Aクラスの誰かが他の全クラスに命令し始めるって」
りんの言いたいことは理解できた。一年生全クラスが同盟を組んで勝利を目指すなら、最初の障害は全員で最初の四人の参加者を決めることだ。そしてそれ自体が最も難しい部分だろう。みんな自我を持っていて、リーダーの座を狙っている。特にAクラスの連中は。
「みんな、やる気がないように見えたくはないんだけど、他の人たちに決めてもらうっていうのはどうかな。あまり深く関わらない方がいいと思うんだ」
アヤが口を挟んできた。
「あんた、わたしたちのこと信用してないわけ?意見としては、りんがリレーに参加できると思うわよ。だってりんは陸上部のメンバーなんだから」
りんが恥ずかしそうにアヤに褒められている。
続いてエリザが言った。
「りんさんだけが、わたしたちのクラスで身体能力が際立っている方です。ある意味、アレンさんに賛同して他の方々にお任せしたい気持ちもありますけれど」
エリザが躊躇なく味方してくれることを期待していた部分もあるが、アヤの言う通り、少なくともクラスの中ではりんが身体能力で抜きん出ているのは事実だ。かんなの方を見て何か言うか確認したが、彼女は何か考え込んでいて、何も言わなかった。
運動場に着く前、脚が明らかに震えているマリに出会った。アヤがため息をついて言う。
「マリはわたしが面倒見るわ。あんたたちは先に行ってて」
アヤはマリが一人にならないように付き添っていった。改めてマリの男性恐怖症について考える。先週から彼女はそれに立ち向かっていて、時々挨拶をして話しかけてくれることもある。男性の存在は耐えられるようだが、長時間近くにいることや、もしかしたら触れることは耐えられないのかもしれない。
あくまで推測だが。自分にも彼女と似たような恐怖があった。ただ、対象が女性だっただけで。
りんとエリザと一緒に運動場に着いて、周りを見渡すと二つのことに気づいた。一つ目は、かんながいつの間にか離れていったこと。二つ目は、遠くからあの朝見た女子、リリスが見えた。でも彼女は一年生のエリアには向かっていない。もし彼女が一年生なら、なぜ三年生のところへ行くんだ?
「アレンくん、行くわよ!」
「あ、うん……」
りんに手を引かれて、すでに集まっている一年生全員のところへ向かった。予想通りのことが起きていた。
AクラスとBクラスの間で、全クラスのリーダーを誰が務めるかという明らかな争いが起きている。議論しているのはレミーと真琴だった。レミーの後ろには武蔵さんが腕を組んで目を閉じ、何か考えているようだった。Cクラスの誰かも議論に入ろうとしているようだが...
「聞いてください。Cクラスにも威信が―」
「黙ってて!」
レミーと真琴は、二人ともCクラスの生徒が話すのを許さなかった。
周りを少し見渡す。知らない顔が多いが、見覚えのある顔もいくつかあった。
彼らがまだ議論を続けている間、エリザが腕を軽く叩いてきた。どうやら何か言いたいようだ。
「アレンさん、これをご覧になって。このテーブルに体育祭で行われる全ての活動のパンフレットが置いてありますわ」
それを確認すると、最初に行われる活動は、リレー、持久走、障害物競走、綱引き。これらが第一フェーズの最初の活動だ。
どう考えればいいのかわからない。ほとんどが走る競技ばかりじゃないか。なぜ最初から走る競技ばかりなんだ?それに、最初に出場するチームは、これら全てに参加することになるんじゃないのか?もしりんが選ばれたら、走り続けて疲れ果ててしまう。
心配になってきた。再びレミーと真琴の議論に注意を向ける。どうやら全クラスのリーダーを決める最終合意に達しようとしているようだった。
真琴が口を開いた。
「なあレミー、リーダーは任せるけどよ、もう一回聞くぞ。なんで武蔵じゃねえんだ?」
レミーは眉をひそめ、何かに疲れた様子で答えた。
「何度も言わせないでください。武蔵くんが私を選んだんです。だから彼がリーダーになる必要はありません。彼は私の指揮を信頼しているんです。だからこそ、私が皆さんを勝利へ導きたいんです」
真琴は諦めたようなため息をついた。
「わかったっす……Bクラスはレミーがリーダーってことで賛成だな。他のクラスはどうだ?各クラスの委員長が答えてくれ」
ざわざわと囁き声が広がる。エリザの方を見た。彼女がFクラスの委員長だからだ。エリザは少し考え込んでから、僕の方を振り返った。まるで何か言ってほしいとでも言いたげに。
「エリザ、僕の意見を聞く必要はないよ。君自身で決めて」
エリザはもう一度考え込んでから、手を挙げた。
「Fクラスは賛成です」
他のクラスはただ僕たちを見つめていた。全員の視線が自分に集中しているのを感じて、思わず体が強張った。
最終的に、他のクラスも賛成し、Aクラスのレミーがリーダーに決まった。レミーは誇らしげだったが、武蔵さんは全く無関心のようだった。まるで体育祭なんてどうでもいいとでも言いたげに。
レミーが片手でテーブルを叩いて皆の注意を引いた。
「皆さん、聞いてください。最初の参加者を決めます。パンフレットで見た通り、三種類の異なるレースから始まります」
低い声での会話が始まる。これに苛立ったレミーが再びテーブルを叩いて注意を引いた。
「持久力があって、三つのレース全てに耐えられる人が必要です。それに、綱引きには力のある人も必要になります」
現在の状況を考えた。最初の四人の参加者は、高い持久力と力が必要だ。三種類の異なるレースがあって、さらにそれが全て終わった後に綱引きがある。その時には皆疲れ切っているはずだ。この全てのバランスを取りながら最初の四人を決めるのは、間違いなく頭の痛い問題だ。
レミーが言った。
「まず、スポーツや身体活動に関連する部活動に所属している人はいますか?」
皆が話し始めた時、突然一つの声が他を圧倒した。しかもその声には聞き覚えがあった。皆が振り返ると、デジタルバトルのイベントで会った勇だった。
「俺、バスケ部なんだ!参加したい、持久力には自信あるぜ!」
とても熱意に溢れていた。
レミーは彼をじっと見て分析するように観察した。しばらくそうしてから言った。
「わかりました。一人目ですね。他には?」
また多くの声が一斉に会話を始めた。今度はりんが僕に近づいてきた。肩が触れ合う。まるでわざと僕に気づいてほしいかのように。
「アレンくん、あたし参加したいな」
「うん……いいんじゃないかな」
「でも問題があって……自信がないの」
彼女を見ると、とても正直に話しているのが明らかだった。恥ずかしそうに僕の方を見ることさえしなかった。
「自信がないからって参加しない理由にはならないよ。僕たちがサポートするから」
りんは驚いたように僕を振り返った。それから手を挙げたが、同時に別の誰かも手を挙げていた。その人物を見ると、知らない人だったがEクラスの生徒だった。
レミーがりんとそのEクラスの男子を見て言った。
「では、まずあなた、Fクラスの女子。本当に参加したいんですね?」
りんは熱意を込めて答えた。
「はい!参加したいです。陸上部に所属してるから、十分な持久力があると思います」
レミーは少し考えてから、りんの参加を承認した。次にEクラスの男子を見た。どうやら彼の名前はジェラードで、水泳部らしい。
残りの枠は一つ。今度は誰も手を挙げようとしなかった。
その時、聞き慣れた声が何かを提案した。その声は何というか...遠くの?皆が道を開けると、いつも真琴の隣にいるルビーだった。彼女は笑っていたが、これから言うことに色々な意図が混ざっているような笑みだった。
「真琴を参加者に推薦するぜ!」
隣にいた真琴は驚いて動揺していた。明らかに参加したくないのに、ルビーがもう推薦してしまった。レミーがその理由を尋ねた。
「どうして真琴くんが参加すべきなんですか?彼は……レースには背が高すぎませんか?」
「わかってるよ!でも綱引きには必要だろ?彼の力は最後に不可欠なんだぜ」
レミーはこの論理を理解したようで、納得した様子だった。真琴は参加したくなかったが、もう選択肢はなかった。
こうして体育祭の第一段階のチームが決まった。僕はただりんたちが走るトラックへ向かうのを見守るだけだった。
皆がリレー競走の準備をしている間、トラックの反対側、三年生のエリアに何か奇妙なものに気づいた。一瞬だけ、あの女子のシルエットが見えた。そう、リリスだ。
あそこで何をしているんだ?それに、この何かが間違っているという感覚は何なんだろう?
次回――
勝利の裏に隠された“仕掛け”が、ついに形を持ち始める。
光る違和感、消える人物、そして沈黙を選ぶ三年生たち。
アレンは、不正の核心へと踏み込み、
「知らなければよかった真実」に近づいていく。
だが、暴けば終わるとは限らない。
正しさは、時に誰かを傷つける。
体育祭は続く。
だが、もうただの行事ではない。




