共鳴する孤独
誇りは、人を支える。
同時に、人を縛る鎖にもなる。
この戦いは、勝敗だけを決めるものじゃない。
背負わされた名前と、選べなかった人生。
そして――壊れかけた心が、静かに露わになる。
りんさんとのあの出来事の後、僕の中には妙な感覚が残っていた。
あの時、思わず彼女の名前を呼んでしまった。でも、りんさんは何も言わなかった。それでも僕を受け入れてくれて、助けようとしてくれている。りんさんの強い意志を表現できる言葉が見つからない。今まで彼女がしてくれたこと全てに対して、感謝の気持ちでいっぱいだった。
部屋を出る準備をしていたけど、りんさんとの記憶が頭をよぎって落ち着かない。思い出すだけで恥ずかしくなる。でも、現実を受け止めなければ。りんさんは化け物なんかじゃない。彼女は今、僕の……親友なんだ!
まだ早い時間で、アカデミーへの道はとても静かだった。
教室に着くと、驚いたことに黒神さんがいた。彼女がこんなに早く来るなんて珍しい。それに、りんさんもまだ来ていない。いつも僕が教室に着く時にはりんさんがもういるのに、今日は黒神さんだけだ。
何も言わずに自分の席に座った。教室の静寂が妙に感じられる。
自分の席から黒神さんの背中を見つめた。彼女はまるで彫像のように微動だにしない。音も立てない。完全に謎だ。
その時、また同じ考えが頭をよぎった。彼女を見ていると――まるで昔の自分を見ているようだった。あの頃、誰かがこんな風に、遠くからこっちをじっと見ていたんだろうか……。
自分自身と比較してしまう。少し動揺してしまう。まるで三人称で自分を見ているみたいだ。黒神さんに自分のいつもの孤独が映し出されている。
何か彼女のためにすべきだと感じた。りんさんが僕のために沢山してくれたように。ただ単純に、彼女と同じだと感じるから、そんな深い願望を抱いてしまう。
でも問題は……二人とも同じくらい無口だということだ。
彼女も話しかけてこないのに、どうやって話しかければいいんだ?一体何をすればいい?
そう考えながら長い時間が過ぎた。
やがて、りんさんがいつものように元気よく挨拶しながら入ってきた。その後、ハサウェイさんとアイアンハートさんが一緒に来た。
りんさんを見ていると、あの出来事の後でも何事もなかったかのようだ。彼女にとってあの瞬間は普通のことだったという証拠だ。僕を助けたいと思っていて、それを実行しただけ。動揺もしていないし、緊張もしていない。強い意志を持っている。僕にはないものだ。
でも「普通」というのは、彼女を表す言葉としては正確じゃない。
僕は自分自身を試したい。どこまでやれるか知りたい。
拳を握りしめて、ゆっくりと席から立ち上がろうとした。その瞬間、りんさん、ハサウェイさん、アイアンハートさんの視線が僕に集まった。でも気にしないようにして、黒神さんに近づいた。
彼女の隣に立つと、彼女は何も言わずに顔を上げて僕を見た。
彼女の表情は何も映していない。それなのに、どういうわけか彼女の顔が「読める」気がする。こんなに緊張している時に説明するのは難しいけど。
深呼吸をして、なんとか言葉を絞り出した。
「く、黒神さん!」
教室で聞こえるのは僕の声だけ。みんなの視線を感じる。でももうここまで来たんだ。最後までやらなきゃ。
「あ、あの……き、君を……昼休みに……僕たちと一緒に食事しないかって……誘いたくて……」
沈黙。
黒神さんにこの提案をした後、続いたのは沈黙だけだった。この瞬間が永遠に続くように感じられた。
全力で黒神さんの方を向いた。彼女の冷たい無表情な顔からは何も感じ取れない。でも何かに気づいた。彼女は両手を握りしめていて、少し震えている。顔には何も表れていないけど、他の反応があるようだ。
その後、とても儚くて弱い、囁きのような声が聞こえた。でも教室が完全に静まり返っていたから、はっきりと聞こえた。
「……本当に……私でもいいの……?」
彼女が答えてくれたことに驚いて、すぐに頷いた。
でも、どうして許可を求めるような言い方をするんだろう?
すぐにりんさんが席から興奮して叫んだ。
「よかったー!かんなさん、やっと一緒に食べられるね!」
嬉しそうだった。一方、ハサウェイさんとアイアンハートさんは微笑みながらその光景を見守っていた。
恥ずかしかったけど、同時に安堵した。
――できた。本当にできた。立ち上がって、黒神さんに話しかけ、昼休みに誘うなんて……自分でも信じられない。これだけは、間違いなく『成長』だ。これでFクラスの誰も仲間外れにならない。それに、彼女をもっと知ることができるかもしれない。彼女のことは一番知らないし、他のみんなも彼女について何も知らないかもしれない。
そうこうしているうちにチャイムが鳴り、最初の授業の開始を告げた。
まだ昼休みまで時間があったけど、もう待ち遠しかった。その興奮と共に、すぐに時間が来た。
りんさん、ハサウェイさん、アイアンハートさんは先に行って、みんなで座れる場所を確保してくれた。その間、僕は黒神さんと一緒に歩いて話すことになった。みんなが先に行って僕を彼女と二人きりにした意図は明らかだった。
食堂への道中、二人の間の沈黙は奇妙だった。不快ではないけど、奇妙だ。
到着すると、黒神さんが先に進んで他の生徒たちの間に入っていくのに気づいた。
遠くから見ていると、彼女があちこちに押されながら、道を開くことができずに何かを買おうとしているのが見えた。
その状態の彼女を見て、助けるために近づいた。
「黒神さん、どうしてあんなに大勢の生徒の間を通り抜けようとしてるんだ?」
「……でも……でも……パン……」
彼女は展示棚のパンを指差して言った。
そのパンの何が特別なのか、なぜ欲しいのか分からなかったけど、取ってくることにした。
急いで何かを買おうとする必死な生徒たちの間を抜けて、なんとか手に入れた。
近くで見て、黒神さんが何を欲しがっていたのか理解した。これはカレーパンだった。
少なくとも今、彼女について一つ分かった。彼女はカレーパンが好きなんだ。
食べ物を載せたトレーを持って周りを見回すと、りんさんが手を振って僕たちを呼んでいるのが見えた。
でも近づいてみると、予想外の誰かが一緒にいた。
九条さんだ。
彼女がここで何をしているんだ?
席に着くと、アイアンハートさんが言った。
「ごめん、言ってなかったけど、みこが一緒に食べたいって言ったから、あたしたちと座ることにしたの」
いつものように、九条さんは怒っているような、イライラしているような表情をしていた。
「問題ないわよ、アヤさん。みこさんはあなたのお友達なんだから」
りんさんが笑顔で、彼女が予告なしにここにいることを気にしていない様子で言った。
りんさんに感心した。りんさんの行動からもっと学びたい。彼女のように優しくなりたい。だから黒神さんを連れてきたんだ。
アイアンハートさんが黒神さんの方を向いて言った。
「まあ、あんたが来てくれるなんて驚きだわ。断ると思ってたのに」
するとりんさんが割り込んだ。
「そんなこと言わないでよ、アヤさん。かんなさんもあたしたちのクラスメイトなんだから、みんなで話さなきゃ!」
アイアンハートさんはいつもの率直さで言った。
「かんな、あんた教室だと幽霊みたいよね。いるって忘れちゃうくらい」
ハサウェイさんは恥ずかしそうにアイアンハートさんに肘鉄を食らわせて、黒神さんに謝った。
「ごめんなさい、かんなさん。アヤさんが言いたかったのは、あなたがわたしたちとあまり話さないということだと思います。わたしたちにもあまり近づいてきませんし。わたしたちもあなたを放っておいてしまって。クラスには五人しかいないのに」
ハサウェイさんの言葉は、僕が感じていることを反映していた。確かにみんなが彼女のことを忘れていたけど、今は変えたいと思っている。
突然、今度は九条さんが話し始めた。
「Fクラスが全員揃ってるなら、あたしも自己紹介するわ。九条みこ、Cクラスよ」
それから、なぜか彼女の視線が黒神さんに向けられた。
「そういえば、この子見たことないんだけど。本当にあんたたちのクラスなの?」
九条さんが本気で黒神さんがFクラスの一員じゃないかもしれないと考えていることに驚いた。
どうしてそう思うんだろう?黒神さんの存在感が幽霊のようだからだろうか?
アイアンハートさんが少し気まずそうな笑顔で答えた。
「ええ、彼女はわたしたちのクラスよ。なんで疑うのよ?」
九条さんは首を傾げて、まだ戸惑っていた。
「見たことなかったから。幽霊みたいな存在感ね」
「――ちょっと、そんなこと言わないでよ!」
アイアンハートさんが明らかに不快そうに抗議した。
「でも本当のことでしょ……」
九条さんは何か興味を引くものを見つけたようで、再び黒神さんに強い視線を向けた。
「ねえ、かんな、だっけ?一つ確認したいんだけど。あんた、ポイント持ってる?」
黒神さんは無表情な性格そのままに、ただ頷いた。
九条さんは眉を上げて、興味津々な様子だった。
「へえ……でどうやってポイント稼いだの?あんた全然目立たないじゃない。誰もあんたにバトル挑まないでしょ。存在してないみたいだもん」
九条さんの挑戦的な口調にも動じず、黒神さんはしばらく沈黙した後答えた。
「……自分から……下校時間に見つけた生徒に挑戦してる……突然現れるから……幽霊だと思われることもある……」
その答えに九条さんは驚いて、普段の優越感のある口調さえ忘れてしまったようだった。
「え、えっ?マジでそんなことしてんの?じゃあポイントいくつ持ってんのよ?」
黒神さんはスマホを取り出して画面を見せた。
中央には598ポイントという数字がはっきりと表示されていた。
飲み物を飲んでいた九条さんが、信じられないという様子で全部吹き出した。
「なんでそんなに持ってんのよ!?」
「……この数……多いの……?」
黒神さんが僕の方を向いて、真実を知りたがるように尋ねた。
少し考えた。確かにそのポイント数は驚異的だけど、本当に驚くべきことではないかもしれない。僕は現在222ポイント持っている。イベントへの参加で少し稼いだけど、それでも大きな数だ。
黒神さんの方を向いて言った。
「確かに、すごい量だと思うよ」
九条さんは黒神さんのスマホの画面をじっと見つめていた。まるで何かトリックを探しているかのように。
「どうやったのよ?」
彼女は何かコツや裏技があるのか知りたがっているかのように、しつこく聞いた。
「……言った通り……毎日下校時……廊下にいる人たちとバトルしてる……それだけ……」
どうやって達成したのか、なんとなく分かってきた。きっと多くのポイントを使わないから、溜まり続けてあの大きな数になったんだろう。
衝動的に体が動いた。黒神さんの方を向いて、つい口に出してしまった。
「すごいですね、黒神さん」
その瞬間、信じられないものを見た。いつも無表情な黒神さんの顔に、ほんの少しだけ感情が浮かんでいた。彼女の視線が僕に向けられる。それは……喜び?まるで、何かすごいことをやり遂げた子供を褒めたときのような反応だった。
「かんな、自分のこと、もっと聞かせてよ!あんたのこと知りたいの」
九条さんが黒神さんに問いかける。
「え?……なぜ?」
「だってあんた、面白いんだもん!」
黒神さんは九条さんを見つめた。まるで質問の意味が理解できないかのように。そして、なぜか彼女の視線が再び僕の方へ向けられた。まるで、何と答えればいいのか説明を求めているような目だった。
首の後ろを掻いた。少し居心地が悪い。
「えっと、九条さんが言いたいのは、黒神さんの趣味とか、アカデミーに来る前にやってたこととか、そういうことじゃないかな」
黒神さんは視線を下げ、考え込むように沈黙した。そして、静かに答えた。
「水風呂に入る」
それって趣味?テーブルが完全に静まり返った。数秒間、誰も何も言わなかった。九条さんは困惑を隠せず、アイアンハートさんは笑いを必死に堪えている。ハサウェイさんは大きく溜息をつき、りんさんは黒神さんを信じられないという表情で見つめていた。僕は...視線を逸らすしかなかった。なんというか、すごく恥ずかしい。
「で、このアカデミーに入る前は?何してたの?」
九条さんが体勢を立て直して再び質問する。
黒神さんは何も言わなかった。表情には出ていないが、なんとなく分かった。彼女の沈黙は、アカデミー外の自分について話したくないという気持ちの表れなんじゃないかと。でも、意外なことに、彼女は答えた。
「ここに来る前は...私立中学にいた。お父様は、私の成績は酷いものだと言っていた。黒神家の名に相応しくないと」
「――待って!あんた、あの黒神家の人間なの!?」
九条さんが驚いて両手でテーブルを叩いた。
他のみんなは、黒神という名字がどれほど重要なのか理解していないようだった。りんさんが首を傾げる。
「黒神家って誰なの?聞いたことないかな」
九条さんは驚きの表情で全員を見回した後、溜息をついて説明し始めた。
「信じられない、誰も知らないの?……黒神家は、テクノロジーと政治に影響力を持つ名門の一族よ」
そんな重要な家の出身だったのか。黒神さんからはそういう……洗練された雰囲気を全く感じなかったから、正直驚いた。
黒神さんが少し手を上げた。話したいらしい。全員の視線が彼女に集中する。
「中学はギリギリで卒業できた。ある日、お父様が私と兄弟を集めた。ここなら成績を改善できると言った。だから今、アカデミーにいる」
九条さんはさらに真剣な表情になり、黒神さんから視線を外さなかった。
「ねえかんな、そんな重要な家の出身なら、あんたのおやじはあんたに何を期待してるわけ?」
その質問の後、黒神さんから奇妙な雰囲気を感じた。表情はいつも通り無表情のままだったが……テーブルの下で、彼女の両手が強く握りしめられていた。隣に座っていたから気づいた。それでも、彼女は答えた。
「私の役割は、一族の期待に応え、その地位を維持すること」
その言い方があまりにも冷たく、作り物めいていて、九条さんを怒らせた。
「何それ?」
奇妙な緊張感が九条さんと黒神さんの間に生まれ始めた。いや、正確には九条さんだけが怒っているようだった。でも、なぜ?
「厳しいおやじね……たかが名字のために。で、あんた自身はどうなのよ、かんな?」
黒神さんは何も言わなかった。でも、彼女の指が落ち着きなく動いているのが見えた。まるで心の中で何かと戦っているように、何を言うべきか決めかねているように。
九条さんはさらに苛立ちを増して言った。
「どうしたのよ?何か言いなさいよ!それとも何、あんたには人間性がないの?」
黒神さんを知ってから初めて、彼女の顔に苛立ちに似た感情が浮かんだ。彼女の視線が少し鋭くなる。
「……ただの名字じゃない。私の家族の名字」
「――だからこそよ!あんたのおやじ、馬鹿らしいわ。名字なんて表面的なものに執着して。そのプレッシャーがあんたの成績を悪くしたんじゃないの?」
黒神さんは明らかに苛立ち、不機嫌になっていった。
「あなたは何も知らない。私、お父様の言うことに従うのは、お父様が常に正しいことを知っているから。逆らうべきではない」
九条さんは歯の間から笑い声を漏らし、肩をすくめた。そして、黒神さんを見下すような態度で言った。
「じゃあ、あんたは磁器の人形ってわけ?命令に従うだけのロボット?気持ち悪い!」
黒神さんは激怒していた。初めて彼女の表情が大きく変わった。でも、九条さんはそこで止まらなかった。黒神さんとの対立を続ける。
「あんたはおやじにとってただの物よ。何でもないの。気づかないなんて、馬鹿なの?」
怒りに任せて、黒神さんは自分の飲み物を掴み、九条さんに投げつけた。周囲の視線がこちらに集まる。慌てて立ち上がって黒神さんを落ち着かせようとした。他のみんなも九条さんを止めようとする。でも、九条さんが言った。
「いい度胸じゃない……かんな、……なら」
九条さんが人差し指で黒神さんを指差し、迷いのない強い声で言った。
「バトルを申し込むわ、かんな!」
黒神さんは苛立った表情で即座に答えた。
「受けてやる。あなたの言葉を後悔させてあげる」
これは完全にまずい展開になった。どうすればいいのか全く分からない。計画は完全に崩壊した。九条さんを見た時点で、こうなることを予想すべきだったかもしれない……。
「私の名字は表面的なものじゃない。お父様だけじゃなく、祖父も曾祖父も築き上げたもの。その重みをあなたは理解できない」
「そんなの見てやるわよ、かんなお嬢様。そんな考え方、馬鹿げてる。あんたの家族は、そんなくだらないことを押し付けるのをやめるべきよ」
九条さんはナプキンで顔を拭きながら、最後にこう言った。
「あんたが高価な飾り物以上の存在だって証明してみせなさいよ!」
そう言って、彼女は食堂を出て行った。彼女たちのバトルが放課後に行われることは明らかだった。想像もしていなかった方向に、すべてが複雑になってしまった。
黒神さんの方を見ると、さっきまでの怒りは消えていた。代わりに、もっと複雑で解読不可能な何かが彼女の表情に浮かんでいた。何か彼女を助ける方法はないだろうか。でも、何を言えばいいんだ?
何も言わずに去っていく彼女を見て、その時、自分自身の深い部分について何かを理解した。彼女は何かに深く影響されている。それが何なのかは分からない。でも、なぜか感じた。その感覚は、かつての僕自身と非常に似ている。
もう一度、彼女を見て思った。彼女を見ることは、自分自身を見ることに似ている。深く理解した。
僕は彼女の中に、自分自身の牢獄の反響を見ている。僕は恐怖に囚われていた。彼女は義務に囚われている。自分の人生をコントロールできない感覚。それがどういうものか、僕には分かる。
これは同情じゃない。共感だ。
最後の授業が終わった。本来なら、僕とアイアンハートさんは演劇部へ向かうはずだった。他のみんなもそれぞれの部活へと散っていく中、九条さんはすでに教室の外で黒神さんを待っていた。
だけど、僕たち全員が黒神さんに付き添って、陸上部の近くにある場所へと移動した。そこで九条さんと黒神さんのバトルが行われることになっていた。十分に広く、そして人目につかない——バトルを邪魔されることのない場所だ。
九条さんと黒神さんが向かい合って立つ。バトルの準備は整った。
九条さんがこちらを振り返り、いつもの苛立ったような視線を向けてきた。
「誰が審判やんのよ?」
アイアンハートさんはすぐにハサウェイさんを見た。グループの中で一番公平な人物だと考えたのだろう。
だが、全員の予想に反して、ハサウェイさんが提案した。
「わたくしは、アレンさんがこの試合の審判を務めるべきだと思いますわ」
「えっ!?僕が……?」
予想外だった。だけど、全員——黒神さんも九条さんも含めて——の視線が僕に集中しているのに気づいた。みんなが僕に責任を取ることを期待している。
期待を裏切りたくはなかった。
深く息を吸って、一歩前に踏み出す。そして、二人に向かってしっかりと言った。
「僕が審判を務めます。よろしいですか?」
黒神さんは何も言わず、わずかに頷いただけだった。
一方、九条さんは例の侮蔑的な表情で僕を見つめてきた。それが「いいわよ」という意味なんだろう。
これが、バトルで審判を務める初めての経験になる。自動化されたシステムが違反行為を記録し制裁を加えるとはいえ、完璧ではないことは分かっている。僕の役目は、このバトルが公正に行われることを確実にすることだ……。
次回——
崩れた均衡。
救いを求める声。
そして、踏み出される一歩は――想像以上に近い。
次回、
張り詰めた心と心が、真正面から向き合う。
どうか、その瞬間を見届けてほしい。




