傷心の真実
気づいてしまった以上、もう戻れない。
見ないふりをしていれば、
ただのイベントで終わっていたはずなのに。
でも今は、視線の重さも、沈黙の意味も、
すべてが気になって仕方ない。
アカデミーは試す。
知識だけでなく、判断力も、覚悟も。
これは、
「参加する」だけでは済まされなくなった
少年の記録だ。
朝は静かに始まるはずだった。少なくとも、そう思っていた。
まっすぐな道を歩んでアカデミーに向かっていた時のことだ。アイアンハートさんが誰かと話しているのが見えた。その側には、短い髪の女子がいた。眼差しは鋭く、表情は緊張している。何か言い争っているように見える。
その子を認識するのに時間はかからなかった。九条みこさんだ。Cクラスの子。
アイアンハートさんが、真っ先に僕に気づいて、笑顔で手を振ってくれた。
「おはよう、アレン」
丁寧にお辞儀をして、彼女たちの方へ歩を進める。しかし、九条さんの視線を無視することはできなかった。その眼差しはまるで貫くようだった。
近づくと同時に、彼女は声を上げた。
「なあんた、いつからアヤと友達なわけ?」
その口調は敵意に満ちていた。言葉の一つ一つが、まるで審判になろうとしている。返答する前に、彼女は続けた。
「うっぜえんだよ。アヤから離れろってば」
アイアンハートさんは慌てて両手を上げた。
「ちょっと待ってよ、みこ!あの時のことはもういいじゃない。別に、ぜ……わたしが間違ってただけだし。アレンは悪くない人だってば」
だが、九条さんの敵意は消えなかった。その視線は相変わらずここに向けられていた。
正直なところ、恐怖心が募った。女性への恐れは克服したはずだ。しかし、それはクラスの子たちに限った話だった。初対面の、こんなに強い感じの女子……初めてだ。
九条さんはアイアンハートさんを信じられない顔で見つめた。腕を組む。
「アヤ、あんたが自分であたしに言ったじゃん。あんたが立ち向かわせたんだよ。それなのに、あんたのことが分からないわ!」
今度は怒りがアイアンハートさんに向かっているようだった。彼女の敵意は固定的ではなく、周囲の誰にでも向けられるのだろう。ただ、責任を感じたくないだけなのかもしれない。
その様子を見ていて、理解できた。九条さんはアイアンハートさんとよく似ている。性格が。だからこそ、彼女たちは友達なのだろう。とても似た者同士だから。深く考えるのはやめることにした。
アイアンハートさんは言葉を続けようとした。
「みこ、もう過去のことは……ね?今のあたしは――」
だが、九条さんの忍耐は尽きたようだ。フラストレーションの叫びが響き渡った。
「もうたくさんだ、アヤ!あんたがそんなに友達になりたいなら、一人でやってろよ。あたしを巻き込むなってば!」
返答を待たずに、彼女は踵を返した。急ぎ足で去っていく。
アイアンハートさんはその後ろ姿をしばらく見ていたが、落ち込んでいるようには見えなかった。むしろ、落ち着いていた。慣れているのだろう。
「ごめんね、アレン。みこわたしは長年の付き合いだから。こんな感じなの」
説明を聞いて、少し驚いた。が、彼女の穏やかな表情を見ていると、納得できた。二人の間に流れているのは、少し反抗的かもしれないが、確実に友情だ。
教室に着くと、霧崎さんはいつもの場所にいた。机の周りはノートと本で埋もれている。相変わらず、締め切りに追われているようだ。
座席から、霧崎さんがアイアンハートさんと話しているのを観察していた。
やがて、ハサウェイさんがやってきた。彼女は誰かれ構わず挨拶をしている。特に、わざわざこちらまで来て、直接挨拶をしてくれた。
そこまで労力を使う必要があるのだろうか。
最後に黒神さんが来た。
教室に足を踏み入れた瞬間、彼女は――他の誰の視線にも捉えられず、ただ静かに廊下を進んだ。女子たちはおしゃべりに夢中で、誰一人として彼女の存在に気づかない。……なのに、なぜか僕だけは、彼女が席に着くまでの一挙手一投足を逃さず見ていた。
教室の中で一番距離を置いている子だ。遠い存在に見える。
……以前は、このポジションに立っていたのは僕だったのかな。そう考えると、黒神さんの姿が昔の自分と重なって見えた。あ、こんな感じだったのか……。
そう考えていたら、チャイムが鳴った。一時間目の開始だ。
古橋先生が教室に入ってきた。相変わらずのエネルギッシュな雰囲気だ。だが、今日は何か違った。
アナウンスがあるようだ。何かが始まるのだろう。そう感じた。
先生が教室全体を見回しながら、決意に満ちた笑顔で言った。
「聞きなさい、みんな!中間試験の前に、大きな報酬がある新しいイベントを開催することになったのよ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の背筋に冷たい感覚が走った。もう新しいイベント?そんなに早く?混乱の最中、次の言葉は僕を完全に意表に突いた。
「でもね、これは君たちが思ってるようなものじゃないんだ」
先生が力強いストロークでデジタルボードに字を書いた。画面に浮かび上がる文字。
『勉強会イベント』
「このイベントは、知識の戦いになるってわけよ!」
教室全体から溜息が漏れた。安堵と不安が混在した複雑な気持ちが僕の胸にもやもやと残っていた。
「参加できるのは一人だけ。その子がクラスの代表になるってわけ。誰にするかは、君たちで決めていいからね」
その瞬間、僕は霧崎さんの視線を感じた。顔を向けると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。躊躇する暇もなく、彼女は手を上げた。
「古橋先生!アレンくんが僕たちを代表しるべきだと思います!」
冷たい汗が背中を伝った。いや、違う、これだけは。何か言い返す前に、先生が他の彼女たちに尋ねた。
「他に誰か同意する者がいる?」
アイアンハートさんが振り返って僕を見た。彼女の笑みは霧崎霧崎さんのものと似ていたが、より鋭く、より確信に満ちていた。
「わたしもりんと同じ意見だぜ。アレンに代表をやらせようぜってば」
短く鋭い言葉が放たれた。僕は身を縮こめた。
それから、ハサウェイさんが視線を向けた。その目は……何か違っていた。敬意のようなものが込められているように感じた。理解し難い表情だった。
「わたしも、りんさんとアヤさんと同じ意見です。アレンせん――アレンさんにご代表いただきたく存じます」
もしかして。それに……彼女は「先輩」と言いかけたのか?いや、気のせいか。
そして、黒神さんは何も言わなかった。ただ、静かに頷いた。その無言の承認が、すべてを決定的にした。Fクラス の誰もが、僕を代表として認めていた。
多くのことが頭を駆け巡ったが、最も強く心を占めたのは一つの思いだった。彼女たちを失望させたくない。彼女たちが僕のためにしてくれたことへの恩を返したい。
先生はそれを当然のことのように受け入れて言った。
「わかったね。アレンくん、今週はいっぱい勉強することになるぞ。イベントは3日後に始まるんだ」
先生の笑顔は落ち着きを与えてくれた。だが、それが急に消えた。新しい言葉が追加された。
「あ、そっか。ほぼ忘れてた。このイベント、ちょっと特殊なんだ。一年生だけじゃなくて、二年生、三年生の先輩たちとも対戦する可能性があるのよ」
思考が止まった。頭の中が完全に白くなった。先輩たちと?
現実感を失ったままの思いで、その日は過ぎていった。授業も、課題も、緊張も、すべてが一つのぼやけた流れになっていた。肩には世界全体の重みが落ちかかっているように感じていた。
昼休みの時間に。食堂に向かう道すがら、気が進まない気分が心の底にあった。いつもと違う何かを食べたい気分だったし、ポイントも結構余っているから少し奮発してもいい頃だ。この先あることを考えると、少しは気分転換が必要かもしれない。
どこに座ろうか周辺を見回っていた時のことだ。
「アレン!ここ!」
聞き覚えのある声が聞こえた。视線を向けると、アイアンハートさんが手を挙げてこちらを招いていた。隣には───
霧崎さんもいた。そしてハサウェイさんも。
正直なところ、返信に迷った。だけど結局、席について、観察を始めることにした。
「ごめんね、アレンくん。クラス代表にさせちゃって」
霧崎さんが意地悪な笑みを浮かべて話しかけてきた。その言葉に、苦笑いで返すしかない。
「……いえ、大丈夫です。構いません。ただ、どうして皆さんが僕を選んだのか知りたくて」
アイアンハートさんはストローで飲み物をいじりながら、何か考えるような顔をしていた。
「んー……まあ、面白そうだったからじゃない?」
背中に寒気が走った。それだけ?本当にそれだけなのか。このイベントの結果がもし最悪のものだったら───僕は何て言い訳をすればいいんだろう。不安が大きくなり始めた瞬間だった。
「大丈夫だ、アレンくん。このイベントには罰則とか変な規則とかないんだよ。ただ知力を競って、ポイントを稼ぐだけ。個人の分もあるし、クラスの分も」
霧崎さんの言葉が、確かに不安を少し緩和してくれた。だけど、それでも責任の重さは変わらない。一回戦で消えてしまうなんて───絶対に避けたい。
館内をざっと見渡すと、トレーに食べ物を載せた───九条さんが現れた。相変わらず不機嫌そうな顔をしている
「アヤ、ここで何やってんだよ。前から玄関で待ち合わせしてるじゃんか」
九条さんの声は、いつもの通り厳しかった。
「あ、ごめんごめん。重要なイベントの話があったから、クラスのやつらに伝えてたんだよ」
アイアンハートさんは気楽に返した。まるで悪びれていないかのように。
「……はぁ?ウザい。あんたなんかどうでもいい。これからマジで関わりたくない」
九条さんはそのまま、返答も待たずに立ち去ってしまった。
「また明日、僕に話しかけてくるだろうけど」
アイアンハートさんはその後ろ姿に微笑みながら呟いた。本当に気にしていないのだろう。慣れているのか、それとも違う何かなのか、判断がつかない。
「どう か な。今回はマジで怒ってたと思うけど」
霧崎さんは疑わしげにそう言った。だが、アイアンハートさんは肩を竦めて、話題を無視した。食事は静かに続いていた。
午後になると、守さんから演劇部の活動を休んでいいという許可をもらった。その時間を使って、図書室で勉強することにした。アカデミーの図書室は、授業時間外でも生徒に開放されている数少ない場所の一つだ。
数学と物理の本を何冊か手に取り、席を探し始めた。特に物理は、得意な分野ではない。
歩いていると、視線が交わった。
九条さんだ。
一人で座っており、その前には山積みにされた本の塔があった。こんなところで、こんな顔で勉強する人じゃない、って勝手に思っていた。
迷いながらも、結局は彼女のテーブルに近づいた。
近づいた途端、顔を上げて、眉間に皺を寄せた。
「なんだよ、あんた」
「あ……ここで勉強させてもらいたくて」
厳しい返答が返ってくると思っていた。だけど、視線を本に落とすと、小さく呟いた。
「好きにしろ」
僕は彼女の対面に座った。適切な距離を保ちながら。九条さんはそれ以上何も言わなかったけど、いつもより敵意が薄い気がした。それでも、感じるものはあった。視線。時々、彼女が僕をちらりと見ている気がした。
時間が過ぎていった。そして────
突然、彼女が本をぴしゃりと閉じた。図書室に音が響く。
「あんた……あたしの唯一の友達を奪った」
息が止まった。何を言えばいいのか、分からなかった。
その言葉の後、彼女は立ち上がり、図書室を去った。
残されたのは、僕と、大きな疑問だけ。彼女は何を言いたかったんだ?何が起きているんだ?
図書室は静寂に包まれ、いつも以上に重く感じられた。
翌日、図書館に戻った。イベントまであと二日。もっと勉強しなければならなかった。
入口を潜ると、すぐに目に映った。昨日と同じように、机に積み重ねられた本の山の前に座っている九条さんの姿。
正直、驚いた。あの不良女子の九条さんが、真面目に本を読んでるなんて……普段のツッパリぶりからは想像もつかない姿だった。
何も言わずに、ある程度距離を保ちながら同じ机に座った。彼女は振り返って、僕のことをチラリと見た。気づいているはずだ。だが、何も言わない。
正直なところ、なぜこんな場所に座ったのか、自分でもよく分からなかった。九条さんの近くにいるのは、怖い。でも同時に……もしかしたら、この恐怖を乗り越えられるんじゃないか、そういう気がした。それに、彼女はアイアンハートさんの友人だ。そして、何か……アイアンハートさんと同じような、あるオーラを感じる。同じような親近感を。
机の上の本に意識を向けた。方程式に、公式に……ここまで複雑だったか?焦点を合わせようとしても、妙に難しい。でも、すぐにそれどころではなくなった。
視線を感じた。
鋭い、まるで獲物を狩る肉食動物のような視線。九条さんが、こちらを見つめている。頭を上げるわけにはいかない。だけど、その存在は無視できない。
やがて、沈黙が破られた。
「なあ、聞かせてよ。あんたがアヤに変な気、起こしてねえよな?」
その声は直接的で、脅しに近い。
予想外の質問に、僕は反応が遅れた。その視線の鋭さが、より一層圧力を増していた。
「ア……アイアンハートさんは、僕の...友人です。彼女に対して……」
もっと何か言いたかった。アイアンハートさんが自分にとってどれほど大切になっていったか。でも、言葉が喉を通らない。羞恥心が、全てを塞き止めた。ただ、黙るしかなかった。
九条さんは、その不安感に気づいたようだ。だが、それについて何も言わず、一度深呼吸をした。背もたれに身体を預けると、溜息が漏れた。
「アヤが言ってた。あんたが無神経だって。りんさんの手を叩いたりとか……」
その言葉で、胸が苦しくなった。分かってる。その時の事を。だが、弁明する暇も与えられず、彼女は続けた。
「でもな、別に関係ねえ。何日か前、アヤ本人があたしに言ったんだ。『わたしの判断、間違ってたわ。あいつを誤解してた』ってな」
その声は、先ほどのような攻撃的なものではなくなっていた。だが、その瞳には何か……遠い何か……まるで自分自身の記憶に迷い込んだような表情があった。
「あたしは、アヤのことを責めてねえ……」
その言い方に、違和感を感じた。何か、裏がある。
「……アイアンハートさんに、何があったんですか?」
つい、質問が口を突いてしまった。
九条さんはしばらく黙っていた。返答の代わりに、こちらの顔をまっすぐ見つめている。でも、数秒の沈黙の後、彼女は口を開いた。
「中学の時な。アヤの事を好きだって言い張る男子がいたんだ。しつこかった。でもアヤは信用してなかった。でもな……その執着心がさ、逆にアヤの興味を引いちまったわけだ。勿論、本人は口に出さなかったけど」
そこで、彼女は突然話すのをやめた。何かを思い出そうとするように、一呼吸置いた。
「ある日な、そいつがアヤを騙してんのがバレた。別に本当の彼女がいたんだ。アヤはな……何も言わなかった。でもさ、幻滅の表情は隠しきれてなかった。多分それでな……男子を信用しなくなったんじゃないかと思うわ。少なくとも、前みたいには」
机に視線を落とした。
「あたしはアヤとずっと一緒だ。幼い時からな。あいつはな……ぶっきらぼうで強そうに見えるけど、実は逆だ。周りの人間が大事なんだ。思ってる以上にな。感情的だし……本当は。だからこそ、あたしがあいつにさ……どうふるまえばいいか、どう自分を守るか、そういう事を教えちまった。多分それもあって、今のあいつがいるんだと思う……」
信じられなかった。アイアンハートさんの別の一面を見ている気がした。あれだけ強そうに見えるあの人が……。
でも、ずっと頭を占めていた質問が、つい口を突いた。
「だから……僕に、対して……嫌っているんですか?」
九条さんが、びっくりしたように目を開いた。だが、瞬時にいつもの表情に戻った。
「……勘違いするなよ。あたしはあんたを嫌ってねえ」
その返答は簡潔だった。だけど、その声色に含まれている複雑さを感じた。
「あたしはな、あんたがアヤを傷つけたら嫌だってだけだ。前みたいに。恋に落ちて、傷つくような真似をすんなって事」
その瞬間、僕の顔が熱くなるのを感じた。
アイアンハートさんが、僕に……ラブになった?嘘だ。有り得ない。絶対に。
その動揺ぶりを、九条さんが見逃すはずもなかった。今度は、彼女が困惑している。
「何だ?顔、真っ赤じゃねえか」
「……違う」
「いいや、違わねえ。めっちゃ赤ぇわ」
顔を下に向けた。視線を合わせたくない。そんなはずない。そんなことが、起こるはずがない。アイアンハートさんが……自分に……
九条さんと僕の間に、何とも言えない空気が漂った。緊張と理解が入り混じったような、そういうもの。解き明かせないものだ。
彼女はそれ以上何も言わず、本に視線を戻した。会話を続ける気はないらしい。だが、あの言葉は、僕の頭の中をグルグルと回り続けていた。
しばらく、本の上の文字とにらめっこをしていた。だが、新たに沈黙が破られた。
「……もしかして、アヤの言葉に従ってみるか。いいぜ、あんたの話、聞かせてみろよ」
えっ?
予想外の提案に、僕は返答に戸惑った。彼女が、自分の人生に興味を持つなんて...それに、アイアンハートさんの親友だからこそ、どこまで話すべきか……恐怖も、警戒心も感じていた。
慎重に進めよう。様子を見ながら。
「何を……聞きたいんですか?」
「別にさ。適当にでいいや」
彼女は腕を組んで、椅子の背もたれに身を預けた。彼女は、話を聞く準備ができているようだ。
僕は沈黙した。何を言えばいい?そういう会話に慣れていない。多分、それが伝わったんだろう。数秒後、彼女がコメントした。
「へえ……不思議だな。あんた、人とまともに話した事ねえみてえ」
「あ、えと...中学の時は、男子校に行ってたんです」
「ん……へえ」
その反応が、どう解釈すればいいのか...興味があるのか、ただの返答なのか...判断がつかない。
「なんでそんな学校に?」
その質問で、警戒心が走った。答えるなら、女性への恐怖の事を話さなきゃいけない。そんなもん、共有したくない。一瞬の躊躇いがあった。彼女は、その沈黙に気づいた。
「言いたくねえ?何か、あった?」
反射的に、頷いた。言葉は出ない。
黙ってこちらを観察していた。言葉を発しない僕の身体言語を、細部まで分析しているようだ。最後に、彼女は結論付けた。
「……よくは分からねえけど、推測だけなら出来そうだな」
「……?」
「人生で何か、重い何かを背負ってんだ。そん時から、今みたいな奴になったんじゃねえか」
その指摘で、不快感を感じた。それでも、何とか返答した。
「はい……僕は何か……確かに……一度、辛い事...ありました。でも、ずっと自分に言い聞かせてるんです。変わらなきゃ、って。今持ってるものを大切にして……もっと良い人間になるために」
その言葉に、彼女の眉が顰められた。怒ってるのか?
「何だそれ?自分に、それを押し付けてるってことか?それ、自分自身を呪ってるのと同じだぞ」
その反応には、予想外だった。彼女の視点と、自分の視点は、完全に相反していた。変わることが、自分にとって必要だったのに……彼女にとっては、そうではないらしい。
返答できなかった。だが、彼女は静かに続けた。
「ごめんな……やり過ぎた。あんたは、あんたなりに頑張ってんだ。あたしが言う事じゃねえ」
え?謝った?
彼女が、謝罪するなんて……。あれだけ直接的で、自信満々な彼女が……だが、その瞳は依然として堅い。
彼女は再び本に視線を戻した。が、その雰囲気はまだ、完全には解けてはいない。二つの視点が、宙ぶらりんのまま、空中に漂っている。決着がついていない。
図書館を出る時、胸の中には重さが少なくなっていた。だが、九条さんとの会話は、ずっと頭の中で反響していた。彼女の言葉は、自分の考えとは違うものの……それでも何か、考えさせられた。そして何より、彼女が自分を嫌ってはいない……そういった事が、少し……安心をもたらしていた。
また一日が終わった。明日は最後だ。最後の勉強の日。イベントのために、全力を尽くそう。
次回――
試練は、問題用紙の中にあるとは限らない。
観る者が裁き、
答える者が追い詰められる。
勉強会イベントの本質――
“公平に見せかけた不公平”が、
はっきりと姿を現します。
知識だけでは足りない。
速さだけでも、生き残れない。
問われるのは、
選択と、耐える力。
灯された火は、
希望か、それとも試練か。
どうか、次を見届けてください。




