癒やされぬ傷と新たな決意
人と距離を置く理由は、
いつも「弱さ」だけじゃない。
失ったもの。
守れなかった記憶。
これは、
彼女がアカデミーで生きる理由と、
彼に心を許した“過去”の物語。
(りん)
あたしが十二歳の時だった――弟が消えた日のこと。
弟はまだ十歳で、元気いっぱいで、生命力に溢れてた。でも……あたしは弟の面倒をちゃんと見てあげなかった。弟が必要としてた注意を、全然払ってあげられなかった。
いつも他のことで忙しくて、弟と過ごす時間を自分のために犠牲にしちゃってた。必要だと思ってた責任感が、あたしたちを引き離していったのよ。
あの日――クラスから帰ってきた時、あたしの世界は一変した。
家の前にパトカーが何台も停まってて、お母さんが泣き崩れてて、誰も何が起きたのか説明できなかった。
警察の人があたしに言ったの。
「君の弟さんが行方不明になった。誘拐の可能性もある」
それから……何も分からなくなった。
三年が経った今でも、この空虚感は消えない。
あの頃、あたしは中学で陸上部に没頭してた。本気で一番になりたかったの。だって、弟があたしのこと、キラキラした目で見てくれてたから。弟があたしを尊敬してくれてた、その眼差しがあたしの全てだった。
あたしにとって最高の幸せは、弟が喜んでくれることだったのよね。大会で優勝する度に、弟がぎゅーって抱きついて「お姉ちゃんすごい!」って言ってくれる。その瞬間、全部報われた気がしてた。
でも……今は違う。
弟の名前を口にする資格なんて、あたしにはない。あんな尊敬に値する人間じゃなかった。弟を一人にした罪は消えない。
それでも……忘れられない。
浩太――
あの頃の家庭環境は最悪だった。両親は離婚寸前で、毎日喧嘩ばかり。家中に怒鳴り声と非難の言葉が響いて、涙と重苦しい沈黙が続いてた。
でもね、あたしには浩太がいた。浩太にはあたしがいた。
あたしたちは、あの混沌とした日々の中でお互いだけが心の支えだったの。
なのに……
あたしたちを繋いでいたものが、あたしたちを引き裂いた。
時間が経つにつれて、陸上への要求はどんどん厳しくなっていった。あたしはもっともっと練習して、一番になれば浩太に笑顔になる理由をあげられるって信じてた。家族の苦しみの中で、せめて希望を見せてあげられるって。
でも、強くなりたいっていう執着が、あたしを浩太から遠ざけていった。
昔は二人の幸せの源だったものが、いつの間にか壁になってた。
大事な大会の前日、浩太はいつも通り「お姉ちゃん、頑張ってね!」って応援してくれた。
でもあたし……返事しなかった。
意地悪でそうしたわけじゃない。ただ、もう頭の中が勝つことしか考えられなくなってて、浩太のことが見えなくなってたの。
結果は……負けた。
初めて、全ての努力が無駄に思えた。
浩太は励まそうとしてくれた。
「お姉ちゃん、僕お姉ちゃんのこと誇りに思ってるよ。結果なんて関係ないよ。お姉ちゃんは最高だよ」
優しい声で、あたしを慰めようとしてくれた。
でもあたし……怒りしか感じなかった。
そして、その怒りを浩太にぶつけちゃった。
「うるさい!あんたに何が分かるのよ!」
あの日から、見えない壁があたしたちの間に立ちはだかった。
もう浩太と時間を共有することはなくなった。誰とも共有しなくなった。
練習は単調になった。授業は空虚だった。家は……ただ寝るだけの場所になった。
そして、ある日――
運命の日が来た。
誰も教えてくれなかった。誰も警告してくれなかった。あたしも両親も予想してない時に、あまりにも突然に起きたの。
雰囲気が息苦しかった。お母さんの顔は歪んでた。警察の人たちが深刻な表情で話してた。
そしてあたしは、心を完全に打ち砕く言葉を聞いた。
「浩太くんが行方不明になりました」
痕跡も残さずに。
誰も外に出るのを見てない。誰も何も知らない。
ある日突然……消えた。
痛みは耐えられなかった。あたしは何日も虚無の中で過ごして、起きたことを受け入れられなかった。
友達から離れた。何も感じなくなった。
かつてのあたしの影になった。
ある日――
学校から帰ってきた時、家は空っぽだった。
あの静寂……あの空虚感……耐えられないほど重かった。
まるで、住んでた家がもう自分のものじゃないみたいに感じた。
階段を上がって、浩太の部屋のドアの前で立ち止まった。
そっとドアを開けた。
中に入ると……
時間が止まったみたいだった。
部屋はそのままだった。厚いカーテンから光がほんの少し漏れてた。空気は重かった。
部屋の隅々が生気を失ってて、浩太の世界が消えた瞬間に凍りついたみたいだった。
でも、一番目を引いたのは……
机の上にあったノート。
日記じゃない。ただ、浩太が思いや夢を書き留めてたノート。
震える手でそれを取った。
ゆっくりと開いた。
そして、読み始めた。
シンプルなことが書いてあった。子供らしいこと。涙の中で笑顔になれることも。
『大きくなったら、プロのサッカー選手になりたい』
『食べ物を売ってお小遣いを稼ぐ』
『メモ:お姉ちゃんに手伝ってもらう』
でも……ある一文を読んだ時、心臓が止まった。
『お姉ちゃんは、一番になれないから僕のこと嫌いなんだ』
息ができなくなった。
涙が溢れた。
ノートを強く握りしめた。
浩太がそこにいるみたいに、聞こえるみたいに、声に出して話し始めた。
「違うよ……嫌いなんかじゃない……どうして嫌いになれるの……?」
床に崩れ落ちて、泣いた。
喉が痛くなるまで泣いた。胸が張り裂けそうになるまで泣いた。
言えなかった全てのために。失った全てのために。変えられなかった全てのために。
そして、泣きながら誓ったの。
「浩太……あんたの夢、あたしが叶えるから。最高のアスリートになる……!」
でも……心の奥底では分かってた。
これは浩太の夢じゃない。
あたしの……贖罪なんだって。
「ごめんなさい、アレンくん。ごめんなさい....」
小さく呟きながら、涙が頬を伝っていくのを感じた。
「あたし、アレンくんを自分の痛みを和らげるためだけに利用してたの。でも、アレンくんも苦しんでるのに、あたしは鈍感で、自分勝手だった。自分のしてきたこと全部、許せないよ……」
椅子から立ち上がって、保健室を出る前にもう一度だけアレンくんを見た。頭の中はまだぐちゃぐちゃだったけど、一つだけはっきりしてることがあった。
彼を助けたいっていう気持ちは、嘘じゃなかった。
最初は間違った理由で始めたかもしれない。でも今は、アレンくんが本当にあたしにとってどれだけ大切な存在なのか分かってる。だから、本気で支えたい。
彼が自分の恐怖を乗り越えようとしてるなら、あたしも自分の恐怖と向き合わなきゃ。
決めた。
これは一人じゃ無理。誰かの助けが必要。だから――Fクラスのみんなに、アレンくんの秘密を話そう。
悪いことかもしれない。でも、みんななら分かってくれるはず。きっと助けてくれる。
アヤさんも、エリザさんも、かんなさんも。三人ならきっと、アレンくんが恐怖を乗り越える手伝いをしてくれる。
話さなきゃ。
まだ間に合う。まだ寮には戻ってないはず。教室にいるはずだから――
教室に入ると、静かだった。
アヤさんとエリザさんが隅で話してて、かんなさんは静かに本を読んでる。
深呼吸して落ち着こうとしたけど、胸の焦りが消えない。遠回しに言ってる場合じゃない。
「みんなっ!」
大きな声で呼びかけると、三人が一斉にこっちを向いた。
「あたし、手伝ってほしいことがあるの!」
アヤさんとエリザさんがすぐに近づいてきた。アヤさんの目には好奇心の光が、エリザさんは少し慎重な表情で見てる。
「どうしたんですか、霧崎さん?」
エリザさんが心配そうに聞いてきた。突然叫んで入ってきたから、二人とも驚いてる。
「あ、そういえば聞いたわよ!」アヤさんが割り込んできた。
「あんた、Aクラスとの決勝まで行ったんだってね。すごいじゃん!負けたとしても誇っていいと思うけど」
答えられなかった。頭を下げたまま、言葉が喉に詰まってる。
「霧崎さん?様子がおかしいですよ」
エリザさんの言葉で、ようやく顔を上げた。勇気を振り絞って、伝えなきゃ。
「アレンくんのこと、手伝ってほしいの!」
「アレン?ウェバーさんのこと?」エリザさんが眉を上げた。
「そうだよ!」力いっぱい頷いた。
「またあいつ?」アヤさんが割り込んできた。
「もう放っといたら、りん?あんな奴、時間の無駄だって」
カチンときた。
「時間の無駄なんかじゃないわよ!アレンくんは……助けが必要なの!」
言葉がうまく出てこない。頭の中を整理しようとしたけど、結局ストレートに言うしかなかった。
「アレンくんの女性恐怖症を、みんなで治してあげたいの!」
シーン……
気まずい沈黙が流れて、自分の心臓の音が聞こえるくらいだった。
「ぷっ、あははは!」アヤさんが最初に反応した。
「あいつが?女が怖い?あははは、マジで!?」
「笑わないでよ、アヤさん!これ、本気で深刻なことなんだから!」
エリザさんは笑わなかった。真剣な顔で黙って考えてる。数秒後、アヤさんの笑い声だけが響いてる中――
「アヤさん、ちょっと黙ってもらえますか!」
エリザさんが大声で叱った。
「えっ……」
アヤさんが驚いた顔でエリザさんを見た。真剣な表情に、舌打ちして視線を逸らした。
エリザさんが真剣な目であたしを見つめてきた。疑問を持ってるのが分かる。
「霧崎さん、助けたい気持ちは分かりますけど、どうしてわたしたちが必要なんですか?」
目を閉じて、深呼吸。正直に話さなきゃ。
「アレンくんは認めないと思うけど、これが彼の心を壊してるの。Aクラスとのバトルの後、保健室で見たんだ。あんなに頑張って、意識を失うまで戦ってた。他の生徒と戦ってるだけじゃない。自分自身とも戦ってるの」
エリザさんがゆっくり頷いた。まだ判断してるみたいだけど。
「で?」アヤさんが腕を組んで言った。
「あんな負け犬、放っとけばいいじゃん」
「"あんな負け犬"って呼ばないで。アレンって名前があるんだから。せめて名前で呼んでよ」
胸の中でイライラが募ってきた。アヤさん、アレンくんに対して冷たすぎるよ。
「はっ!」アヤさんがまた笑った。
「バカらしい。でも考えたら納得だわ。ここ女子ばっかだもんね。怖がって当然じゃん。これ、あたしが有利に使えるかも――」
パァン!
「もういい加減にしてください、アヤさん!」
エリザさんがアヤさんを平手打ちした。
「っ……!」
アヤさんが驚いて、怒りを込めた目でエリザさんを睨んでる。でも何も言わない。
「彼のことを馬鹿にしないでください!彼のこと何も知らないくせに、笑うなんて。あなたがそんな人だとは思いませんでした、アヤさん」
エリザさんの真剣で、どこか大人びた表情に、アヤさんは黙って頭を下げた。
エリザさんがあたしの方を向いた。
「それで、どうしてわたしたちなんですか?」
「一人じゃ無理なの……アレンくんには、もっと多くの人を信頼できるって分かってほしい。三人なら、きっと助けられると思うの」
「複雑そうですね」
「分かってる。でもアレンくんは変わりたいって思ってる。でも一人じゃできない。支えが必要なの。自分からは絶対に頼めないと思うから」
エリザさんが腕を組んで、まだ黙ったままのアヤさんを見てから、またあたしを見た。
「分かりました、りんさん。でも、これは簡単なことじゃありません。こんなに深い恐怖を乗り越える手伝いをするのは、数日や数週間でどうにかなることじゃない。本当にこれをやりたいんですか?」
「完全に確信してる。ただ、試してみてほしいだけなの」
エリザさんが溜息をついて、ついに頷いた。
「分かりました。あなたがそこまで言うなら、手伝います」
カンナさんの方を見た。今までずっと黙ってて、いつもの無表情のまま。長い沈黙の後、何も言わずに頷いた。
これって……「うん」ってことかな?
「マジでやんの?」アヤさんが鼻を鳴らした。
「あんな変な奴のために?」
「そうだよ、アヤさん!違う風に見えるかもしれないけど、あなたも絶対に助けられると思うの」
アヤさんがじっとあたしを見つめて、大きく溜息をついて両手を上げた。
「はいはい、分かったわよ。でもりん、あんたが頼むからやるだけだからね」
承諾してくれたけど、その目にはまだ何か企んでるのが見える。でも今は、それは置いといていい。
「ありがとう。みんな、本当にありがとう。これ、あたしにとってすごく大事なことなの。アレンくんにとっても、きっと大きな意味があると思う」
自分に誓った。
アレンくんを一人で全部背負わせたりしない。みんながそばにいてくれるなら、今度こそ違う結果になるって信じてる。
エリザさんがあたしを見つめてきた。あの透き通るような瞳は、いつも冷静さと決意に満ちている。
「それで、りんさん、何か計画はお持ちですか?」
少し考えてから答えた。
「一番大事なのは、アレンくんにあたしたちを信頼してもらうことだと思うの!最近、少しずつだけど、彼があたしに心を開いてくれてる気がするんだよね。本人は気づいてないかもしれないけど、前よりずっと話してくれるようになったし。あたしたち一人一人が少しずつ近づいていけば、きっと彼も信頼してくれるようになるんじゃないかな?」
アヤさんが鼻を鳴らして目を回した。その表情は完全に懐疑的だった。
「わたしには無理ね。あんな奴、信用できるわけないじゃない」
その返事に驚いたけど、同時に眉をひそめてしまった。
「どうしてそんなこと言うの、アヤさん?」
「だって負けたもの。わたしと友達、二人とも負けたのよ。まだ許してないんだから」
我慢できなくて口を挟んでしまった。フラストレーションと失望が混ざった気持ちだった。
「まだそんなこと言ってるの、アヤさん!?そもそも、あれはアヤさんが始めたことでしょ!?」
アヤさんが怒りに満ちた目であたしを睨んできたけど、言わせてもらった。
「あの時、アヤさんが彼にバトルを挑んだんだよね。そして負けた。デジタルバトル・システムにミスなんてなかったわ。それから、あたしたちのクラスより上のクラスの友達まで連れてきて、それでも負けたじゃない。どうしてそれがアヤさんの責任じゃないって言えるの!?」
アヤさんが拳を握りしめた。顔は怒りと恥ずかしさで真っ赤になっている。彼女も分かってるはずなのに、プライドが邪魔して認められないんだろうな。
反論する前に、エリザさんがいつもの冷静さで割って入った。
「アヤさん、あなたは自分の過ちを認めませんね」
アヤさんが驚いた顔で振り返った。
「はあ!?」
エリザさんは反論の隙を与えなかった。
「ですから、あなたが最初にウェバーさんに近づくのです」
「はあああ!?わたしが!?なんでわたしなのよ!?」
エリザさんは姿勢を崩さず、真っ直ぐ見つめていた。
「なぜなら、あなたが一番それを必要としているからです。他人をもっと信頼することを学ぶいい機会ですし、ついでに自分の過ちを認める練習にもなるでしょう」
アヤさんは明らかに抗議しようとしたけど、エリザさんが続けた。
「文句は受け付けません。もう決まりました。そして、彼に何か悪いことをしようものなら、その時はわたしたち全員があなたの敵になりますからね」
アヤさんが冷や汗をかいているのが見えた。
「ここにいる中で、ウェバーさんの存在に不満を持っているのはあなただけです。そうですよね、皆さん?」
あたしは頷いた。かんなさんも席から頷いている。みんなが味方で、アヤさんだけが孤立している形になった。
アヤさんが唇を噛みしめた。明らかにイライラしているけど、今度は反論する言葉が見つからないようだった。
このタイミングで口を開いた。
「みんな、ありがとうね!これはアレンくんのためだけじゃないし、Fクラスのためだけでもないの。あたしが思うに、これはあたしたち一人一人にとっても一番いいことなんだよ!」
アヤさんが一瞬止まった。あたしの言葉を処理しているみたいだった。表情が少しだけ和らいだけど、まだ怒りは残っている。
最終的に、ため息をついて、明らかに居心地悪そうに呟いた。
「分かったわよ……話しかけりゃいいんでしょ……くそっ……」
安堵の笑みが浮かんだ。思ったより大変だったけど、ついにみんなの協力を得られた。
一瞬、肩の荷が下りたような軽さを感じた。一人で抱えていた重荷を下ろせたみたいな感覚。
自分がアレンくんを助けたい理由が完全に利他的じゃないことは分かってる。いつもどこかにエゴイスティックな衝動があった。でも今回初めて、それを否定せずに受け入れられた気がする。
アレンくんのことは分からないけど、彼にも同じことをしてほしい。自分が誰なのかを受け入れて、それを変わるためのスタート地点にしてほしいな。
この小さな一歩で、あたしたちのクラスは何か大きなことへの第一歩を踏み出したんだ。心の奥底で分かってる。これがあたしたち全員を変えることになるって。
教室での話し合いが終わって、少し落ち着いた気分になった。みんなにアレンくんを助けることに協力してもらえて、道のりは複雑だって分かってるけど、少なくとももう一人じゃない。
保健室に戻ってアレンくんの様子を見に行くことにした。もう目を覚ましてるといいな。
保健室への廊下はいつも通り静かだったけど、途中で何か変なものに気づいた。一年生と二年生の校舎を繋ぐ階段の近くに、小さな生徒のグループがいる。行動の仕方から見て、二年生みたいだった。
(二年生がここで何してるんだろう?)
ちょっと立ち止まって観察した。
気づかれないように通り過ぎようとしたけど、グループの中の何かが注意を引いた。
生徒たちの真ん中に、すごく目立つ女子がいた。長い金髪が廊下の薄暗い光の中でもキラキラ輝いていて、青い瞳があまりにも強烈で、まるであたしの中を直接覗き込んでくるみたいだった。信じられないくらい美しくて、完璧なお人形さんか、夢から出てきたアイドルみたいな感じ。
一瞬、完全に魅了されちゃった。目が離せなくなった。彼女の動き一つ一つが自信と優雅さに満ちていて、周りにどんな影響を与えているか分かっててやってるみたいな雰囲気。
でも、その魅了と同時に、何か胸の奥がざわついた。変な感覚。説明しにくいんだけど。
軽い悪寒みたいなもの。胸の中で鳴り響く静かな警報みたいな。
理由は分からないけど、彼女の存在が不安にさせる。はっきり定義できないんだけど、不快な感じがして、侮ってはいけない相手の前にいるような気がした。
グループは階段を降りて一階の校舎へ向かっていった。
しばらく動けずに、消えていく彼らを見つめていた。金髪の女子はあたしの方を振り返ることもなかったし、気づいた様子もなかったけど、その姿が頭に焼き付いた。
(あの子、誰なんだろう……?)
どこかで会ったことがある気がする。でもどんなに思い出そうとしても、記憶の中で見つけられなかった。
頭を振って、考えを振り払おうとした。今は気を散らせてる場合じゃない。もっと大事なことがあるんだから。
グループが消えた場所を最後にもう一度見てから、保健室へ向かって歩き出した。
でも、歩いている間も、あの不快な感覚がついてきた。単なる好奇心なのか、もっと深いものなのか分からないけど、あの出会いが最後じゃないような気がした。
保健室の前に着いて、ドアの前で立ち止まった。入る前に深く息を吸った。
あの金髪の女子のイメージを置いていこうとしたけど、まだ頭の中をぐるぐる回ってる。無視できない警告みたいに。
次回――
孤独の中で、誰かの声が届く。
恐怖と劣等感。
逃げたい気持ちと、立ち止まれない現実。
そして、
思いもよらない場所で突きつけられる「自分自身」。
アカデミーは、まだ何も終わらせてくれない。




