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グループワーク

グループワークの内容は以下の通りである。


●グループワークでは、各グループで旅行代理店の社員になってもらう。そこで、とある中小企業の社員旅行を企画するという架空のミッションをチームで遂行する。


●四人一組にチームを振り分け、チーム一人ずつにクライアントについて情報が書かれた用紙を渡す。用紙には従業員の性格や趣味、社員旅行に対する意見などが書かれており、内容は他のメンバーと被らないよう個別の情報を記載している。


●資料は五分で回収する。五分で内容を把握し、その後情報を共有してプランを練らなければならない。


●情報の共有と具体的な旅行プランの作成を三十分間で行い発表となる。


いかに顧客の要望を限られた時間で汲み取り、チームでコミュニケーションを取りながら情報を共有出来るかが鍵である。更には、その旅行プランが現実的なのかどうかも私は見ている。


私は午前中、出来るだけ和やかな雰囲気を作ることを心がけた。

間違いなく、こいつらは大学生活の延長線上のイベントぐらいに思っている。油断して頂いて結構。それが私の狙いなのだ。

優しい仮面を貼り付けて相手の懐に入り混み、内側から攻撃するのはとても効果的だ。

発表は別教室にて、一グループずづ私と対面する形で行う。皆が見ている前で叱責してしまっては、後ろの連中が身構えてしまう。出来るだけ油断させるのだ。


つい想像してしまう。

一気に引き攣る顔。その表情を見ると全身が震える。相手を手中に収めている感覚こそ至高。これが私の天職だと感じる瞬間だ。

今からの発表が楽しみで仕方がない。



「それでは、これからAグループの発表を始めさせていただきます。よろしくお願いします」


Aグループの発表はヨーロッパの社員旅行と言うプランだった。

私は吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。卒業旅行でヨーロッパに行ったことを自信満々に発表する男。その横で、笑顔で首肯するメンバー達。

どうやらこのグループには、何名か卒業旅行でヨーロッパに行った人間がいるらしい。自分自身の卒業旅行がいかに楽しかったのかを目を輝かせながら語っている。

きっと喜んでもらえますと力説されてしまった。

そうだ。そのあほ面がいい。何を言っても相手が受け入れてくれると信じきっている目だ。

さぁ、どう料理してあげよう。

溢れ出る涎をそっと喉の奥に流し込んだ。


「これが私たちの提案する旅行プランとなります。きっと素晴らしい社員旅行になること間違いなしだと思っています。如何でしょうか?」


咳払いをしてから、口を開く。


「うちの社員は年齢層が高いので、あまり移動時間がかからない場所が良いと資料に書いていたのは全くもって反映されてないんですね」


メンバーの表情に緊張感が走る。


「そもそもね、あなたたちの卒業旅行の話しなんかどうでもいいんですよ。私は社長として社員たちを労いたいと、そう思って相談させてもらったのに…。このプランはあなた達が身勝手に自己満足しているだけの内容だ。こちらの要望を無視したプランが出てくるとは思いませんでした。全く話になりません。どうぞお引き取り下さい」


発表した男の額にうっすらと汗が滲んでいる。


「…と、仮にこのプランが旅行代理店から提示されたら、私は今のように返答するでしょう。では、Aグループの評価をします。酷いプランでした。顧客の要望を完全に無視して、自分達の思い出話しを元に社員旅行を企画するなんて言語道断です。学生気分の延長線で研修を受けているのがよく分かりました。君たちは社会人というものをよく理解出来ていない。私は様々な研修を行っていますが、こんなに酷い発表はそうお目にかかれない。自分たちが社会人として恥ずかしい人間だと理解しなさい。そして、これからの研修では、私の言葉を一言一句全て吸収しなさい。その空っぽの脳みそを、私の言葉で埋め尽くしなさい。分かりましたか?」


「はい」


「声が小さい」


「はい!!」


「では、次のBグループを呼んできなさい」


Aグループの面々は暗い表情で席を立った。目頭に涙を浮かべるメンバーもいる。


ハー。


それでいい。元々こんな情報量を、この短い時間で処理することなど出来るわけがない。これはただ自信をへし折るためだけの、無理難題な課題なのだ。これがそう言う課題だと言うことすら分からない哀れな新人なのだから仕方がない。


今日はコイツらの顔を思い出しながら、ボルドーワインでも飲もう。


Bグループ以降も同じような的外れの馬鹿な連中の発表で反吐が出た。だが、そんな子達のポキポキと折れていく心の音を聞いていると、体の芯が底から震えるからやめられない。


Eグループがやってきたとき、最初は何も思わなかった。馬鹿の一つ覚えのように他のグループと同じような発表だったからだ。

風向きが変わったのは、発表も終わる頃だった。


「一体何ですかこの発表は?全くもってこちらの意図を無視した最低なプランです。全く持って時間の…」


私がこれから人格否定をしようとすると、一人の女が割って入ってきた。


「温泉旅行は如何でしょうか?」


そう。今回のグループワークのキーワードは温泉旅行なのだ。初めてここに辿り着いた者が現れた。

鈴木麻子だ。

私の話しを詰まらなさそうに聞いていたあの女だ。


「温泉旅行?あなた、当てずっぽうで言ってませんか?」


「当てずっぽうではありません。従業員の○○さんは、最近足腰が痛いそうで、同僚達と一緒によく仕事終わりに近所のスーパー銭湯に行くと資料には書いてありました。また、他の方に配布された資料には、三ヶ月前にご入社された新入社員の方の情報が記載されています。その方の趣味は、同期達と毎週行っているサウナだそうです。御社の会社情報を見たところ、従業員の平均年齢は五十二歳です。上場企業全体の平均年齢は四十一歳なので、比較すると年齢層は高いと言えます。海外に行くには移動時間も障害になると思いますし、そもそも移動時間は短い方がいいとご要望を頂いておりました。移動時間や過ごし易さを優先したプランで国内に絞り、日頃働いている従業員を労うという社長の意向に沿うのであれば、温泉は多くの従業員の方達に喜ばれるのではないでしょうか?」


先ほどまで口の中に溢れていた涎が一気に引いていく。

気持ちよく高揚していた気持ちが、突然現れた落とし穴にストンと落とされたような感覚だ。なんだこの女は。的確な回答と分析。適当に喋っている訳ではないのがよく分かる。


「…当てずっぽうで言っていないのはよく分かりました。ですが、温泉といっても色々な場所があります。具体的なプランはないんですか?」


「勿論あります。当たり前じゃないですか。二つのプランを用意してしまいすいません。ですが、特に旅行プランは一つだけという制約もありませんでしたし、発表時間も制限が設けられているわけではありませんでした。勿論お時間を取らせないよう、端的にご説明させて頂きます」


綺麗な笑顔だ。営業職にはピッタリだろう。この笑顔を持っているだけで簡単に幾つも契約が取れる絵が浮かぶ。


「我々がご提案するもう一つの案は『下呂温泉で疲れを癒やし歴史を知るツアー』です」


そこからのプレゼンは論理的で辻褄が合わない点もなく、完璧と言って差し支えなかった。私が作った資料のポイントほとんど押さえており、形をなしてとても現実的なプランとなっている。資料のあちこちに、従業員の中に歴史好きが多いと言うネタを散りばめていたのだが、そこも綺麗にプランに盛り込んでいる。


「一つ聞くけど、個別に配った資料は見せあったりしてないですね?」


「勿論です。あれ?…そういうルールでしたよね?」


自信満々に返答する鈴木麻子が腹立たしい。コイツのせいで、このEグループのメンバー全員が自信に満ち溢れている表情をしている。


悔しいのだが、今の私にはコイツらをどうすることも出来ない…。


「分かりました。これでグループワークは終了となります。どうぞ、研修室に戻って下さい」


「え?発表の後は、先生のフィートバックがあるとお聞きしてたんですが、何もないんですか?その理由は、何故なんです?」


鈴木麻子…何なんだこの女は。


「他のグループは泣いて帰ってくる子達もいました。大層なことを言ってくるのだろうと身構えていたのですが、なぜ、私達のグループには何もご意見を頂けないのでしょうか?教えて下さい」


「とても、完成度が高いと思いますよ」


メンバー全員が笑顔になる。

鈴木麻子はそれ以上何も言わず、Eグループはそのまま出て行った。


全てのグループ発表が終わった。ほぼ全てがくだらない発表で、多くの連中の心をへし折ってやったのに、Eグループだけはどうすることも出来なかった。


許せない。私は今まで、完璧に仕事をこなしてきた。なのに、今日のこのざまは何だ。完敗ではないか。


コン、コン、コン。


ドアがノックされ、扉が開いた。


部屋に入ってきたのは、取締役営業部の下呂峰部長だ。私に新入社員研修を依頼してきたのは他でもない、下呂峰部長なのだ。


「業界で聞いたあなたの評判とは、随分と結果が違いますね」


両手を後ろ手に組み、ゆっくりとした動作で歩み寄ってくる。


「あなたに任せれば、従順な犬達が出来上がると聞いていた。自信をへし折る天才だと。人は弱い。自信がなくなれば、周りに答えを求める。新入社員をいかに朝から晩まで働かせる奴隷に仕上げるかが、重要だと私は考えています。なのに、今日のあなたの働きは何です?最後のEグループの子達は、とても嬉しそうに戻っていかれましたよ。このままでは、正直に言って期待外れもいいとこです」


否定出来ない。依頼人の要望に、百パーセント答えてこそビジネスマンなのだ。ましてや、私は大層な金額を既に受け取っている。


「…本当に申し訳ありません。ですが、この研修が終わる頃には、もれなく全員を、確実に従順な奴隷に仕上げることを約束いたします。報酬に見合った結果を、私は残します」


「お願いしますよ。あなたには随分期待しているのですから」


これは二万人の従業員を抱える大企業の案件だ。ここで成果を残せば、我が社の更なる飛躍が期待出来る。

何が何でも、あのEグループの連中を捻り潰さねば。


いや、目的は正確でなければならない。


ターゲットはただ一人。


鈴木麻子を捻り潰す。

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