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その姫、“はれんち”につき。  作者: 美貴
第一章です、お嬢様 真面目に働いてください
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第六話 第四皇子

 王城の一室。


 王よりも豪華な部屋で寛ぎながら、ファウロス・セントガイアは帝国より随伴させた臣下から報告を聞いていた。


「――ということで十中八九、剣神は火の国に帰還していると思われます」


 ファウロスはソファーで皇帝より下賜された剣を手入れしながら口を開く。


「……だろうな。でなければ〝剣神〟とは名ばかりのものとなり、地に落ちよう」

「はい。ですので遠くない未来に彼の国が誇る『侍』が大挙する可能性も考慮せねばなりません。王国の騎士は骨抜きにしておりますが、帝国の精鋭はヤギューに葬られております。よもや教国が動くとは考えられませぬが、備えておく方が吉かと」


 鈍色に輝く剣身に移る己の顔を見ながら、ファウロスは思考を眼前の臣下から過去に飛ばす。


 ――すべては二年前に遡る。


 東は教国に、西は王国に挟まれた帝国は、常に警戒を強いられる状況だった。無論それは二年前からではない。先代皇帝、先々代皇帝、いやもっと昔から変わりない。


 大陸の統一は()()()()まで上がられた初代皇帝の悲願。


 それを叶えるべく、皇帝は代々その覇権を拡大してきた。


 今の皇帝――ファウロスの父――の代になってからは大陸西部の安定が図られてきた。それはもちろん皇帝の采配によるところもあるが、最も核となったのは王国の先代女王ヴィルヘルミナによるところが大きい。


 彼女は即位以降、国内の発展に尽力した。その結果が長年各国が苦心していた海水からの安定的かつ高品質な塩の抽出技法の確立であった。


 幸いセントガイア帝国はその領地から岩塩が採掘できることで塩には困っていなかったが、北の異人種国家群や教国にとっては喉から手が出るほどの代物。そこに目を付けたのが当代の皇帝だった。


 帝国は、王国とは対等な関係に基づく塩の輸入を推し進めた。それから、その上質な塩を教国に高く売りつけることで教国に対する経済的な上下関係を確立させるとともに、教国の経済疲弊を誘発させたのだ。


 だがなにも皇帝はただ王国と貿易をしたかったわけではない。王国を〝敵〟に回したくはないという事情があった。


 それこそが一年前に王国を接収した最たる目的でもある――王家の血筋に宿る魔法。


 王家だけが扱える魔法。それは〈聖〉属性に分類されるもの……。


 ――召喚魔法。


 ヴィルヘルミナは稀代の魔法の使い手。その魔法によって召喚されるは、この世のどこかにいるとされる神話の具現化。


 しかるに「龍」の召喚。発動は過去に一度だけ。


 ヴィルヘルミナが即位してすぐの頃に帝国は王国を武力で攻めた。代々女王は短命ゆえ好機だと捉えたのだ。帝国が誇る魔法騎士隊十万、歩兵二十万、騎馬隊五万、計三十五万の兵力で押しつぶそうとした。


 その結果は――九割の損害をともなった「完全敗北」だった。


 たった一匹の龍によって、


 ただ幾度の息吹によって、


 帝国兵は為す術もなく壊滅させられた。だからこそ帝国は女王ヴィルヘルミナ存命中には手を出さないと決めた。絶対に。あの惨劇の二の舞にならぬよう注意を払った。


 それから十年。女王は亡くなり、夫が王位を継いだ。それも本来なら血の継承者である王女シャルロットのところを、何を血迷ったのか王配が王位を宣言した。無論、その背後には帝国の影があったのだろう。その事実をファウロスは聞かされていない。


 いずれにしても女王ヴィルヘルミナはこの世から消え、帝国の傀儡となった王配が王位に就き、王女シャルロットは魔法が使えない欠陥品。だから帝国は王国を奪うべく胎動した。それが二年前。王に影から近づき計画を立てた。


 帝国の要求は王国を属国とすること及び王女シャルロットの身柄だったのに対し、王国はただ一つ――シャルロットの純潔だった。血の繋がりがない王は義理の娘の純潔を求めたのだ。


 そうして一年の猶予を与えたが、結果は悉く惨敗したと仄聞している。ゆえに着々と準備を整えていた帝国は、一年前に王国を手中に収めるべく動いたのだ。


 結論として、王国は手に入れることができたがシャルロットは行方不明。それだけ見ると引き分けのようだが、魔法騎士二千名のすべてを失ったことを勘案すると帝国は土を付けられたとみるべきだろう。


 ――忌まわしきは剣神ヤギュー。


 十五年前から大陸西部の各地で目撃情報はあれど、王国の食客になった確証はなかった。まさかその剣神が帝国を阻むとは思いもよらなかった。


 ファウロスは再び思考を現在に引き戻す。


「ヤギューは帝国を横断していないのだな?」

「はい。入国履歴もなく、目撃情報もありませぬ。変装していたとしてもそれを見抜けぬ間抜けは国境沿いにはいません。まず間違いなく別のルートで東に向かったかと……」


 ふむ、とファウロスは剣を鞘に納めながらいくつかの可能性を話す。


「であれば南の大魔森林を横切ったか、北から大海の道を進んだか、だな」

「お言葉ですが殿下、いくら剣神といえども人の子。北の荒波を越える術はないかと」


 大陸の北には大海原が広がっている。波荒く、天候は目まぐるしく移り変わっていく。船を出すこともままならないため、当然漁業も成り立たない。ただ自然の猛威が振るう大海でしかない。


「普通はな」

「殿下……?」


 そう。普通の人間では海は超えられない。いくら海岸に沿って東進するだけとはいえ、それすらも許さないのが厳海の北。


 だが相手はヤギュー。剣神は人の枠組みでは語れない領域。種の壁を超えし者たちだ。泳いで海を越えたといわれても納得してしまう。だが……。


「……まあ、おそらく大魔森林を行く方が容易だろうな」

「南も南で、到底人が歩める環境ではないと聞き及んでおりますが……」

「ああ。魔物の強さが尋常ではない。俺も覚悟を決めなければ生きて帰ってはこれん。皇太子であれば鼻歌まじりに散歩でもできようがな」


 それは……、と臣下が喉を詰まらせ言葉を考える。


「あの方は千年に一人の逸材。初代様の再来と謳われるほどの規格外(イレギュラー)にございます。王道を歩まれる殿下と比べるのは、少々筋違いかと……」


 受け取り方によっては主の冒涜ともとれる発言。しかしファウロスは理解している。歯に衣着せぬこの臣下の言葉は真に自分に対し忠誠を誓っているからこその発言だと。


 帝国からの陪臣はこの眼前の者を含め三名しかいない。所詮それが継承権第四位の皇子の実態。しかしいずれも一癖あるが信頼できる者たち。


「そうだな。俺はあくまでも王国の支配を命じられているだけの皇子に過ぎない。神には至れぬ凡人よ」

「――それは違いますっ」


 臣下が声を尖らせる。


「覇道を征く帝国において殿下は眩しき王道を歩みしお方! 他の皇子の方々では一年前の時点で本隊を動かし王国を蹂躙しておられたはず。それを殿下は、極めて穏便に帝国の手中に収められました。帝国人と王国人には格差をもうけ、しかし反発が起きぬ範囲に留められております。やりようは他にもあるのに、困難で、しかし人の死が最も少ない道を選んでおられます。殿下こそが人の上に立つお方でございます! 決して凡人などと卑下なさりませぬよう!」


 臣下の熱い言葉に胸を打たれる。


 立ち上がり、マントを羽織りながらファウロスは言い放つ。


「人の死が少ない、か。魔法騎士二千名をおめおめ斬死に追いやった俺に対する皮肉だな」

「それは剣神の存在を把握できなかった我々の責任でございます」


 ふん、と鼻を鳴らすファウロス。


「臣下の責任は俺の責任よ」


 殿下、と言葉を投げた臣下を手で制しファウロスが続ける。


「何も言うな。分かっている。俺に継承争いに参加して欲しいのだろう? だが諦めてくれ。俺では兄上には勝てぬ。王国の支配が限界よ」

「…………っ」


 物言わぬ臣下を肩越しに見つめ、ファウロスは部屋を後にすべくドアの手摺を持つ。


「――では、支配するために愚鈍な王に謁見してくるとしよう」


 そうだ。自分では皇帝などにはなれない。兄である皇太子には絶対に敵わないし、それ以外の兄にも勝てるとは思えない。


 それならば王国を支配し、小国の王として君臨する方が気楽でいい。


 そもそもファウロスは大陸の統一には興味がない。


 決して口には出せぬ欲望――獣耳を持つ異人種たちとの触れ合い。


 帝国皇子という肩書では一生叶うことのない夢。皇子を辞め王国から離れれば可能かもしれないが、それは母国が許さない。裏切りは死をもって償わなければならない。


 ファウロスは嘆息しながら玉座に向かう。禁断の色に溺れた王をどう嗜めるか。いまはそれしか考えないようにした。

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