第五話 蜂起への決断
「――はい、これが今日の報酬だよ」
酒場の上階に形ばかり備え付けらえた部屋。そこでシャルとアンはセラから一日の働きに対する報酬を受け取っていた。
「少ないわねー。これじゃ今日も飲みに行けないじゃない……」
「ほら、文句を言わない。はい。これはアンちゃんに」
ありがとうございます、とアンが仰々しく金を受け取る。
「お仕事中に勝手に飲んでいたので良いではありませんか、お嬢様」
「それを言ってはお終いよ、アン。タダ酒とね、自分の稼ぎで飲むお酒の味は違うものよ。例えるならそうね――」
豊満な胸の下で腕を組み、具体例を思案するシャル。部屋を歩き回りながら右人差指を唇に当てる仕草をする。
「タダ酒はね、向こうから寄ってくるイケメンとかスケベな体のお姉さんよ」
「は……?」
「まぁた始まったよ、シャルちゃんのよく分からない演説……」
アンの呆けた顔とセラの辟易した顔を無視して続けるシャル。
「そして自分のお金で飲むお酒はね、頑張って口説き落としたショタや未亡人よっ」
自信気にドヤ顔を従者に向けるシャル。
一方アンは怜悧な瞳を主に向ける。
「口説き落とすどころか口説いたことすらもないでしょうが。この耳年増奥手ビッチお嬢様っ」
アンの言葉にムッとするシャル。
「聞き捨てならないわね。耳年増もビッチも誉め言葉だけど、奥手というのは許されない罵倒の言葉よ」
「耳年増もビッチも誉め言葉ではないんだけどねぇ……」
セラが呆れかえる。
「だってそうでしょう? お嬢様がお腰をヘコへコしながら殿方や未亡人に言い寄る所など見たことがありません。それを奥手と言わずなんといいましょうか?」
「……だって狼になって襲い掛かられたら怖いじゃない。純潔は護らねばならないし……」
「ほら奥手ではありませんか」
言い負かされたことで、むむむ、と唸るシャル。素早くアンの背後に回ってその大きな尻をパンッと叩く。
「んひゅっ。怒りに任せた若さのスパンキング。八十点」
二人の深いようで全然深くない会話を聞き流していたセラがある気配を察知し重い口を開く。
「右眼かい……?」
セラの一言で部屋の温度が下がる。
尻を叩いていたシャルも、尻を叩かれていたアンも、視線をセラの背後に向ける。
「――ご無沙汰しておりますメイド長。姫様とアンテロス様もご健勝でなによりです」
「あら、久しぶりね右眼」
シャルの言葉に、はい、とだけ答える右眼。アンは軽く目礼するのみだ。
「で? 姫様たちがおられる時に姿を現した理由を訊こうかね」
「元宰相ユーゴ・オペラ殿からの伝言です」
ほう、とセラ。
他方、シャルの眉間には皺が寄っている。
「王国は帝国の指示で、今後三か月の間に軍備を大幅に増強します。したがって決戦に備え、王国に忠義ある者を軍に送ってほしいとのことです」
「一斉蜂起のためだね?」
「然り。囂は上手くやっているようです」
それともう一つ、と右眼。
「王国派の者たちの不満が溜まっており、これ以上は元宰相でも抑えきれないようです。戦いで散るか、火の国に向けて逃亡するか、決断の時が迫っていることをお伝えください、と」
ふぅむ、と喉を鳴らすセラ。
「火の国に向かった左聽はどうだい?」
「いまだ帰還しておりません。侍は期待できないかと」
「教国の左眼も手こずっているようだしねえ。いくら北の混成国家が挙兵したとしても、東から教国か火の国の睨みがなければすぐに帝国に鎮圧されてしまう。どうしたもんかねえ……」
セラは思索に耽る。
七竅随一の口八丁、囂。
――先代女王に恩があることを理由に北が挙兵するよう仕向けている。
七竅の中でも身体強化魔法の使い手である左聽。
――その脚を生かして火の国へ応援を求むように向かわせている。
七竅一の狂信者である左眼。
――教国に対し帝国の横暴さを訴え、王国への助成を嘆願しに奔走している。
七竅唯一の転移魔法の使い手、右眼。
――転移を生かして王国内での伝達や情報取集を任せている。
北は目論見通り。火の国は望み薄。教国は不明。王国派は暴発寸前。
四面楚歌とは言わないまでも、五里霧中といったところ。
仮にシャルロットが先導して王国を帝国の手から取り戻せたとしても、帝国本隊が黙ってはいまい。十万の軍勢を誇る魔法騎士隊。そのすべてを王国に向けることができないといえど、半分、いや三割の兵を差し向けられただけで簡単に王国は火の海に包まれる。
だからこそ北からは混成国家、東からは侍衆が挙兵するだけで王国に注ぐ帝国の戦力を削げるのだ。そこに教国が加わればほぼ確実に王国を建て直すだけの時間的猶予が得られる。
姫とその家臣だけで十分に現王を廃し、目付け役の帝国皇子を打ち倒すことはできる。
問題はそれからのことなのだ。帝位継承権が四位とはいえ、れっきとした帝国の皇子。それを討取られたとなれば帝国が黙っていない。威信にかけて王国を蹂躙するべく立ち上がるのは必定。
それが解っているからこうして一年も着々と準備を重ねてきた。
王城にはいまだ多くの忠臣が残っている。冷や飯を食わされ、冷遇されていることは知っている。
しかしそれでも皆がヤギューの言葉を覚えているから耐えられるのだ。
『必ず姫さんは帰ってくるッ! 王国を治める正統な継承者が! 無双の軍を率いて王都に凱旋する……ッ! それまで精々街を綺麗にしておくんだな……ッ』
一年前。姫の身柄を求めた帝国皇子は、帝国より随伴させた精鋭二千名と王国軍騎士五千名を火の国に向けて動員した。姫が逃げる先は火の国しかないと知っていたからだ。
気勢を上げる精鋭。嫌々ながら後を追う王国騎士たち。
しかし彼らは王都から出ることすら叶わなかった。
王都の東「牙城門」にて立ち塞がるは一人の食客。酒を片手に赤ら顔。邪魔をするなら斬って通ると宣う帝国騎士を撫で切りにする剣士。
一人、また一人と屍は増えていく。遅々として進まない進軍に功を焦った指揮官は、魔法による一斉砲撃を敢行。その悉くを斬ってみせ、口上を述べる。
『儂の名はバンサイ・ヤギュー。シャルロット姫の殿を任されしただの剣神だ。足を止めるというのなら――酒を飲もう。王都から出るというのならば――お命頂戴する』
――剣神。
当代一の剣士の称号。大陸中を探し回っても、彼ほどの剣士は見つからない。
各国が三顧の礼をもって迎え入れたがる傑物。
僅か十八歳で先代剣神を斬り殺して称号を受け継いだ猛者。
その者が眼前に現れたのならば、誰も彼もが足を止める。
たった一人で国を傾けることができる剣士。もはや人の枠組みでは語れない化け物。
剣神が王国の食客になったことは、噂はあれど誰も信じなかった。だから帝国は動いた。
その結果が死屍累々となった牙城門前の惨劇。精鋭二千名は全員が斬死。戸惑う王国兵に向けて告げたのが先の言葉。
〝必ずシャルロット姫は帰ってくる〟
それを最後に、ヤギューは刀を地面に突き刺し牙城門周辺の王都東区画を爆散させた。その後のヤギューの足取りは不明。姫に至っては目撃情報すらもない。
だがその言葉を胸に秘めし王国兵五千名は、帝国の命令によって方々へ散り散りになれど決戦を心待ちにしている。
ゆえに罵詈雑言を浴びせられても辛抱したのだ。
……しかし時の移ろいは残酷なもの。一年という歳月は人を変える。
打倒帝国を掲げていた者は敵に寝返り、辛抱ならぬ者は帝国に刃を向けた。
帝国の属国となってから高い税に苦しめられている町民たちは、姫の帰還を求めてはいても諦めているのが現状。
帝国から派遣された貴族たちは裕福な暮らしを、王国民には貧しい暮らしが強いられている。
これ以上時をかけるわけにはいかない。そういった背景での七竅を使った水面下での外交だったのだ。
タイムリミットは軍備を整える三か月後。それまでに準備を終えねばならない。
セラはシャルに伺う。
「シャル……いえ姫様。もはや猶予は残されていないようです。三か月後に立ち上がるべきかと。いまだヤギュー殿は見つかりませんし、火の国の侍も期待はできません。しかし民の心を無碍にするわけにもいきません。ここは一つ、ご英断のほどよろしくお願い申し上げます」
酒場の女主人からメイド長の顔つきになるセラ。
「いいわよ。なら三か月後ね」
「軽いな、お嬢様……」
横からアンがツッコむ。
あっさりと快諾したシャルに目を丸くするセラ。その姿が可笑しいのか、微笑を携えてシャルが家臣への信頼を口にする。
「大丈夫よ――ヤギューは必ず来る。わたくしが無双の兵を率いて凱旋するのでしょう? であれば、あの男は絶対に馳せ参じるはずよ」
だってね、とシャル。
「ヤギューはお祭りが大好きだから!」
「しかし姫様、仮に北のエルフやドワーフたちが参戦したとしても、もって一月です。それが過ぎれば帝国本隊が王国に――」
「来ないわ」
勢いそのままにシャルが二の句を継ぐ。
「来ないし、来させない。ちょうど三か月後はお母様の命日でもある。ヤギューは来るわ。帝国は動けない。ハゲを玉座から引き摺り降ろして、皇子とやらを斬る。それからの事はゆっくりと考えればいいのよ」
長い髪をかき上げ、顎を上げる姿はまさしく女王そのもの。
「……万障繰り合わせいたします」
メイドゆえ膝はつかないが、優雅なカーテシーをシャルに送るセラ。主が立つと決められたのならば、従者は黙って従うのみ。
「ということで、教国についてはアンに任せるわ」
「承知いたしました」
恭しく一礼するアン。
「変わらず七竅の差配はセラが」
「はい」
「右眼もそのままセラに従ってちょうだい」
「承知。元宰相には姫様の状況はお伝えしないままで?」
「ええ。半端な希望は持たせたくないの。わたくしがいろうといなかろうと立ち上がる、国を愛する馬鹿が欲しいの」
それとね、とシャル。
「〝元〟宰相ではないわ。ユーゴ・オペラはずっと〝宰相〟のまま。彼以外の宰相なんてわたくしは認めていないわ」
鋭い視線を右眼に向けるシャル。
その視線を受けて、面をしているのに顔が青ざめるのが分かるほど狼狽する右眼。
「――っ、ももも、申し訳ありません! い、以後、気を付けますっ」
「以後はダメ。今、この瞬間から気を付けなさい」
「はっ、ははぁぁ……!」
片膝を付いていた右眼が両膝を床に付けて頭を垂らす。
この話は終わりだといわんばかりに古びた椅子に腰かけるシャル。
「三か月後かー。それでわたくしは女王に。戴冠式は全員下着姿とかいいんではない?」
「いいわけないでしょうがっ、頭がお花畑お嬢様っ!」
とアンがシャルを叱咤する。
「なによ! 女王よ! ボンテージを着て鞭を振り回すの!」
「……たしかに鞭はいいですね。なら最初の仕置きは私で。予約しておきますね」
「ダメですーっ! 最初はわたくし自ら叩いてみるのっ。でへへ。ついにわたくしも姫から女王にランクアップかぁ」
だらしなく頬を緩めるシャル。
「三か月では姫と家臣プレイはできませんね。所詮は妄想で完結するお手軽ビッチお嬢様ということで」
「なにおーっ!」
シャルが立ち上がりアンの尻を叩く。
「んっ! 真面目な話からの淫猥スパンキング。ギャップを加味して八十五点」
「半端っ!? わたくし半端は嫌いでしてよっ。ほうら! 九十点! 九十点と言うざます!」
「古い! 言い方が化粧の濃い悪徳貴族を彷彿とさせます! 減点、八十二点!」
「だから半端は嫌いなのぉ……っ!」
王国を背負う姫とその家臣の仲睦ましいやり取りを見ながらセラはしみじみと思う。
――この姫で本当に大丈夫かな、と。
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