第四話 ユーゴ・オペラ
「――七竅殿」
するとどこから現れたのか、面を付けた人間のようなモノがユーゴの眼前に出現する。
「……右眼、ここに」
背丈はユーゴよりも低い。面で声がくぐもっているが、声の高さから女性であるように感じられるそれ。
「どうやら北に動きがあるようですがなにかご存じですか」
「囂が王国に向けて進軍するよう仕向けております」
ふむ、と顎に手を当てるユーゴ。
「今になって北ですか……。北を動かしたのはメイド長の指示ですか? ヤギュー殿はもちろん、姫様の居所も分からない今に動くというのは……」
「然様。我ら王国の影である七竅を動かせるのはシャルロット様とその侍従様、及びメイド長のみであります。そして姫様と侍従様は火の国に向けて逃亡なされた。となれば自ずと我らの主が分かるというもの」
「……分かりました。ではメイド長にお伝えください。これより私は王国の軍備増強に掛かります。可能であれば先代女王や姫様への忠義に厚い人物の斡旋をお願いしたい、と」
「承知」
右眼と名乗った七竅の一角が消えぬうちに、追加の伝言を頼むユーゴ。
「もうひとつ」
「承ります」
「姫様への忠義厚き者たちをこれ以上は抑えられません。いずれ中から暴発してしまいます。潔く戦いで散るなり、姫様を追って東に向かうなり、何かしらの決断が迫っています。その旨、ご承知いただきたい、と」
「――委細承知」
それだけ告げた右眼はすうっと闇に消えて行った。
王ではなく国に仕えし大陸随一の隠密――七竅。
構成員は七名。いずれも魔法の達人にして正体不明の者たち。
指揮権者はシャルロット姫を筆頭に侍従アンテロスが二位、メイド長が三位。
本来はシャルロット姫だけが有する指揮権を、わけあって侍従アンテロスとメイド長にも付与した。
その理由が、〝自分では七竅の使い方が分からないから〟というもの。それならばむしろ有効に使える者が使うべき。そう玉座で高らかに宣言した姿が懐かしく思えるユーゴ。
本来であれば現王に継承すべき七竅の管轄権は、先代女王からシャルロット姫に受け継がれた。もちろん先代宰相も現宰相にも七竅に指示する権利はない。情報を与えられ、頼みごとをするのが精一杯。
右眼の言ったとおり姫と侍従は行方不明。メイド長は城を追われたものの王都に潜伏していると七竅からは聞いている。
すでにあの悪夢のような日から一年。
今更メイド長が動いた程度で笑顔溢れる王国が取り戻せるとは思っていない。王城や軍に残った者たちは皆が打倒帝国を訴えている。
これ以上彼ら彼女らの気持ちに歯止めを掛けることはできないし、できるだけの資格もない。
ユーゴ自身、なんとか国という外形を留めることができただけで御の字だと諦めている。
「……姫様。火の国でヤギュー殿と遊んでいなければいいが……」
生まれた時からシャルロットを知っている身からすれば、ただでさえ奔放だった姫が他国で虎視眈々と戦力を整えているとは……正直思えない。
むしろ日頃のように歪んだ性癖をさらけ出し、アンテロスとの揶揄い合いに興じているのが関の山だろう。そこにヤギューがいれば手も付けられないものとなっているのは想像に難くない。
様々な要因で頭が痛くなりつつも、ユーゴは今後三か月の軍備計画を立てる。中心人物ないし重要な役職に忠義あるものを置くことで、帝国人への攪乱をするとともに姫の号令で無双の軍団となれるよう準備をするためだ。
……なんとか首の皮一枚で王城に残れた。監視が付いていることなど火を見るより明らか。されど、いつか来たる決戦の為に万事滞りなく準備を進めなければならない。
それこそが、生き残った者の使命だと信じて疑わないユーゴ。
――殴られた。
――蹴られた。
罵声を浴びせられ、唾を掛けられることなど毎日だ。王国出身の同輩から売国奴と蔑まれることもある。
しかしそれでも、生き残ったからにはやり遂げなければならない。敵の飯を食み、敵の靴を舐めてでも国を取り戻す。
それが先代女王ヴィルヘルミナに仕えた者の矜持。
それが美姫シャルロットに誓った宰相としての意地。
元宰相――ユーゴ・オペラは冷たい城の奥底で牙を研ぎ続ける。
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