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その姫、“はれんち”につき。  作者: 美貴
第一章です、お嬢様 真面目に働いてください
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第三話 地下にて

 王城の地下。


 日の光さえ当たることを許されない部屋の一室。


 黴臭く、陰気な雰囲気漂う空間で初老の男性ユーゴは平身低頭に努めていた。


「――はいっ、はいっ。まったくもってそのとおりでございます! 私の不手際でございます。誠に申し訳ありません。軍務卿の寛大なご処置に衷心より感謝いたします、はいっ」


 ユーゴに相対するのは軍務卿の伝令でしかない男。帝国出身の騎士爵の若い青年だ。


「長年この国に仕えていたからこそ、命を獲らずに生かしてやっているんだ。貴様の首なぞ軍務卿閣下の鶴の一声で飛ぶことを努々忘れるんじゃないぞ!」

「……はいっ! 今の私があるのも帝国及び皇子殿下、軍務卿閣下のおかげでございます。軍備増強の件、誠心誠意推し進めてまいります、はいっ」


 ふん、と鼻を鳴らす青年。


「そう宣うのならば初めからそうしておけというのだッ」


 声を荒げながらユーゴの頬を一発殴る青年。殴られることが分かっていたのか、それともこのようなことは日常茶飯事なのか、ユーゴは呻き声一つ上げずに後ろに倒れる。


「いいなッ! 三か月だ。三か月で今の軍隊規模を五割増しにするよう軍務卿閣下はお望みだ。最低でも三割増し。それ以下はまかりならんぞッ!」


 仰向けに倒れたユーゴは速やかに地面に額を擦りつける。


「承知いたしましたっ、はい」

「分かればよい」


 青年は踵を返す。その背中に、地面を睨みながらユーゴが問いを投げる。


「――して、軍備増強の理由は如何にいたしましょうか、はい」

「……理由だと?」


 足を止める青年。


「はいっ。武器を集めるのにも、金を集めるのにも、人を集めるのにも、理由が必要でございます。王都の復興は帝国様のご支援で賄えておりますが、王国軍の増強となると自国で捻出しなければなりません。大号令をかけるためにも大義名分が必要でして、はい」


 ユーゴの発言に暫し思案する様子の青年騎士。


「……それもそうか」

「なにも軍務卿のお言葉に従えぬ、というわけではありませんっ。しかし金や人となるとどうしても国民の協力が不可欠でございます。軍務卿のご威光を知らぬ愚昧な民へは、それなりの『理由』というものが求められますので……はい」

「分かった。では理由は北の蛮族に備えるためとするがいい」

「北、でございますか……? 東の教国ではなく?」


 王国は大陸の西端、大海に面している。


 王国から見て北にはエルフやドワーフといった異人種の混成国家群。


 翻って南には、未開の森林があり強力な魔物の住処となっている。その大魔森林と王国の間にはいくつかの小国家が点在しており、未だ帝国には接収されていないが、いつ帝国が攻めてくるかと戦々恐々としている。


 そして覇者である帝国は大陸の中心に位置しており、中央以西をほぼ実質的に抑えている。


 その帝国の東には強大な宗教国家が存在し、大陸を二分する一大国家といえる。更に東にはヤギューの生国である火の国や、その他の島嶼国が点在している。


 ――帝国と教国は決して合い慣れない国同士。


 というのも、帝国は建国時の初代皇帝を神と崇める一神教であるのに対し、教国は自然崇拝を主とした多神教だからである。


 鉄が豊富に採れるという立地的条件もあって、教国の軍事力は平均的に高い水準とされている。他方帝国軍は、貴族階級を中心とした魔法戦力に傾倒している。しかし敵を多く屠れるだけの魔法の使い手は中隊に一人程度。その他は一般的な火炎弾しか放てない者たちだ。


 一糸乱れぬ教国と、一部の強力な魔法軍人が先導する帝国では、前者に軍配が挙がるとされている。ゆえに帝国は王国の塩蔵の秘儀などの金策に走り、急速な軍備増強に注力している。


 だからこそのユーゴの質問趣意。


 半年前に帝国皇子が一時帰国してから王国の方針は戦争に傾いている。僅かな情報すらもユーゴにとっては値千金。


 ――すべては決戦のためだ。


 ヤギュー決死の殿は功をなし、正統なる王位継承者である姫の消息は不明。ヤギューも生死が分からずそちらは捜索が打ち切りになっている。


 無事に火の国まで逃げおおせたならば、強力な『侍』を連れて戻ってきてくれると信じている。なぜなら王国と火の国は、創建者が姉妹だったこともあって姉妹の契りを国家間で交わしている稀有な関係。


 北の混成国家群とは協力関係、南の小国たちとは相互補助の関係。


 火の国のような、相手国存亡の危機には国家を推して助けるというのは非常に稀。


 そういった背景もあり、いずれ来たる決戦に備えるべくユーゴは情報を集めていた。


 もしも帝国が教国と戦になるのであれば、おそらく投入される戦力は王国のものだろうと予想をつける。尖兵として王国軍を矢避けに使うつもりなのだろうと。それを見越した王国軍の増強だと。


 しかし青年の回答はユーゴの予想とは異なるものだった。一介の騎士とはいえ、この青年は軍務卿お抱えの伝令。何か貴重な情報を知っているかもしれないと、ユーゴは少しでも情報を握るためになおも食い下がる。


「帝国の覇道に文句をつけたがる教国が戦力を整えていると小耳に挟んだのですが、はい」

「ああ。そう遠くない未来に教国とはぶつかるだろうさ。だが、より喫緊の脅威としては北だ。なんでも先代女王には良くしてもらったとかほざいているらしいな。我が帝国が王国を抑えてから一年も気づかなかったとは、所詮は獣の類だな」

「……なるほど、北の異人種でありますか。理解いたしました。帝国様のお役に立てるよう軍備増強の件、尽力いたしますのでその旨軍務卿にお伝えください、はい」


 伏せるユーゴに一瞥くれた青年は、なにも言わず部屋を後にした。


 ユーゴはゆっくりと立ち上がりながら、今の会話と己の知識を擦り合わせる。服についた埃を払う。


 ついで、虚空に向けて言葉を投げる。


「――七竅(しちきょう)殿」

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