エピローグ ただいま
平和を取り戻した王国の首都。
王宮の上層に位置する豪奢な一室。
ティーチェアに優雅に腰を据え、茶を嗜んでいるのは一人の美麗な姫。
傍には従者が控えている。
カチャン、とティーカップを置く姫。
そのタイミングで従者が姫に問う。
「――本当によろしかったのですか? お嬢様。〝戴冠をしない〟なんて宣言してしまっても」
ちらっと視線を従者に向ける姫。
「まだいいのよ。女王は亡く、王は廃人。無冠の姫が国を治めるのも一興じゃない?」
「本音のところは?」
「まだお姫様プレイができていないからもったいないのっ」
「……なぁ……」
「ほうら出ましたよお嬢様の我儘が……。自身の欲望のために戴冠を先延ばしにするなんて、女王様がお聞きになられたら悲しまれることでしょう」
「それは従者としての意見ね。アンの意見は?」
「欲望に塗れた我が主、マジグッジョブです」
これ以上ない笑顔でサムズアップする従者。
「……なぁって……!」
暖かな日差しが窓から射している。姫は従者といつも通りの会話を繰り広げる。
「しっかしどうしたものかしらねー」
姫がテーブルに頬杖をして困った顔を浮かべる。
「仕方ないではありませんか。こうなった以上、お嬢様だけが出るしかないでしょう。延期もできませんし」
と言いながら従者が窓の方に視線を向ける。
そこには――無数の群衆がまだかまだかと何かを心待ちにしている景色がある。
今日は王国を取り戻し、姫が正統な後継者として国を治めるためのお披露目行事が予定されていた。
むむむ、と姫が眉間に皺を寄せていると、部屋に二人の人物が入ってくる。
「――お嬢様! 大変でございます!」
「姫様。ちょいとマズい事態だよ……」
「…………でしょうねー」
声の主は宰相ユーゴ・オペラとメイド長のセラだった。
二人はちらっと部屋の片隅に置かれているあるものに意識を向けるがスルーする。
「ヤギュー殿は変わらず行方不明っ。ローゼリア殿に至っては王宮にもおられませぬっ」
「ドリアーヌちゃんも料理から手を離せないって言ってるし、ティファニーちゃんに至っては〝姫ちゃんの匂いを堪能する〟って言って姫様の枕に顔を埋めすぎて酸欠になってるよ。どうするんだい?」
焦った様子の二人に対し、もはや諦めた表情の姫。
「……ヤギューはアオイを連れて飲みに繰り出したわ――昨夜に。ローゼリアは大武闘場の時に目が合ったイケオジとデート。自由なのもいいけれど奔放がすぎるわね」
わたくしが言うのもなんだけど、と大きなため息。
「……さすがにここまで無視するのもひどくないか――みんな……?」
先ほどから聞こえてくる声に、ようやく応じる姫。
「まったく……せっかくご褒美をあげているのにまだ足りないの? 欲張りね――ルード」
「だからこれのどこがご褒美なんだよっ! 裸って言われたから期待したのにさぁっ!」
そこには、後ろ手を縛られ三角木馬に乗らされたルードがいた――パンツ一丁で。
「ぷぷぷー! 一体どんな期待をしたのかしらねー、素人童貞のルードちゃん?」
「くっそ! 俺の純情を弄びやがってっ!! ――あんっ、動いたら食い込む!」
権威に満ちなければならない一室で、繰り広げられるは他愛のない会話。
ルードを揶揄っていた姫は妙案を思いつく。
「あっ! そうよルード。あなた八陣に入りなさいな! 二、三、七が空いているわよ!」
ふふん、と自慢げな姫。
「いや……なんか投げやりな勧誘すぎて逆に引くんですけど――お断りで」
「もう! なんでよぉぉっ! このままじゃわたくしとアンの二人だけでバルコニーに立たなきゃならないじゃないっ!!」
「もうそれでいいじゃねぇか! みんな出られる状況じゃないんだろ? なんで二人が嫌なんだよ! あっ、めっちゃ食い込むぅ」
強くものを言うたびに三角木馬が食い込み、喘ぐルード。
「だって恥ずかしいじゃない! みんながいてくれないと寂しいし、ボッチって思われたくないのよ!」
ドンドンとテーブルを叩いて猛抗議の姫。
「…………かくなる上は……っ」
とうっ、と鮮やかにティーチェアから跳躍。そのまま脱兎のごとく部屋から逃げる。
しかしそこは長年仕えた従者と宰相とメイド長。
そうなることを読んでいたかの如く待ち構え、姫を捕らえる。
「……ここまで民が集まっているのです。〝やっぱりナシで〟とはいきませんよ」
宰相がやれやれと頭を振る。
「もう腹ぁ括るしかないよ、姫様」
メイド長が嘆息しながら告げる。
「大武闘場で大見え切ったではありませんか。あの時よりもちょっと多いだけです」
従者が姫の首根っこをむんずと掴む。
「いいやああぁぁぁぁぁっ! ルードっ! わたくしのお友達のルード! 助けて! これじゃわたくし、寂しいボッチのお姫様になってしまうわ!」
姫、三角木馬に乗った友へ必死の救援を求めるが、
「いや……助けてほしいのは俺なんだが……? このままじゃなにか失っちまいそうなんだが?」
にべもなく断られてしまう。
そのままズルズルとバルコニーへ向けて引きずられていく姫。
ギィっ、と音を立てて豪華な両開きの窓が開け放たれる。
「「「「「――――うおおおおおぉぉぉぉぉっっ」」」」」
従者の姿が現れたからか、群衆の声は大気を震わせ、姫の耳朶を叩く。
空を仰ぎ見てポツリと零す姫。
「あー……空からデカケツお姉さん落ちてこないかなあ……ショタでも可」
バルコニーの手すりに向かいながら従者が主に述べる。
「私ほどのデカケツを従者にしてまだ言いますか。デカケツ従者も色ボケ剣神も変態マッチョも料理好きの獣人もギャルの魔女も婚期を逃した三十路も揃えてまだ足りませんか……」
「イロモノなのよっ。どうしてわたくしの臣下にはまともな人がいないのよ!」
従者が室内に流し目をする。
「……たしかに。臣下ではありませんが、お友達のルード様もアブナイ世界に突入しそうですしね」
二人がそうこう話しているうちに、群衆の期待値は最高潮に達し、歓声の声は王都を鳴動させ始めた。
「――さ。これ以上お待たせするのもあれですし、最後くらいお品よく演説してください――シャルロット姫」
頬を膨らせ、不貞腐れていた姫も覚悟を決め立ち上がる。
正統な後継者の降臨に世界が歓喜する。
――ワッ!!!!
と一際大きな歓声の後、凪のような静寂が世界に満ちる。
視線は愛する民へ、しかし声は後ろに控えた従者に向けて放つ。
「〝最後〟ではないわ。これから始まるのよ――」
姫の声はこれからの未来に期待を寄せるような色を含ませる。
「――――運命を覆すための、姫と従者の輪舞がね」
その言葉に口元を緩めた従者は、丁寧なカーテシーを主に送る。
姫は大きく息を吸う。
これから述べるは戴冠の誓いでもなく、民への感謝でもない。
――ただの挨拶だ。
美辞麗句を並べた言葉が民に届くとは思わない。
ゆえに簡潔明瞭に伝えるのだ。
「――みんなぁぁ! たっだいまぁぁ! 〝はれんち〟な姫が帰ってきわっ! よろしくねっ」
澄み渡る空に負けないほど晴れやかな帰還の報告を――。
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