第五話 夢は叶う
コアハード王国よりはるか北方。密林と砂漠と豊かな森が均等に混ざり合った土地。
そこにある一際大きな大樹の麓。男は昏く沈んだ意識をゆっくりと浮上させる。
「う……っく……ごご、ヴぁ……?」
体を動かそうにもピクリともしない。
男の最後の記憶は闇に飲まれた時。
己がどうしてここにいるかは分からない。分かるのは、シャルロットに負けたのだということのみ。
三嫌人はどうなったのか。
己が生きているのなら、あの三人も殺されてはいないような気がする。
剣を交えたのはほんの僅かだが、シャルロットの剣には殺意がなく、ある種の〝穢れ〟のようなものを一切感じなかった。
その姫の部下も同様に、安易な『殺し』という選択をとらないように思える。
殺さないということはすなわち、それだけの戦力差があるということでもあるのだが。
いずれにしても男はこれからのことを考えるために、現状を分析する。
見たことのない木。感じたことのない空気。帝国にある自然とはその趣を異にする自然。
どれほどそうしていただろうか。右腕が少し動かせるようになると、ふと、包帯が巻かれていることに気づく。
一体だれがしてくれたのか。
王国の人間であっても、帝国から来た男の顔を知っているものは多くはない。
騙すのは心苦しいものがあるが、いまはそうもいっていられない状況だ。なるべく最速で最低限の体力を取り戻し、仲間の安否を確認せねばならない。
己を捨て駒のように扱った皇帝の真意も確認せねばならない。
万が一、我が子を子としてすら思ってもいないようなら、それなりの対応をしなければならないからだ。
そこまで考えて、男の意識は再び暗転していく。
――暖かい。
後頭部に懐かしい暖かさと、鼻先に甘い匂いを感じながら、男は微睡から緩やかに覚醒していく。
「…………ん、ううん……」
瞼には柔らかい光と、一つの影が映っている。
「あ? 目が覚めましたぁ? よかったぁ! 死んじゃったのかなって心配してたんですよぉ」
溌剌としながらもどこか間延びした声だ。
王都近郊の村人にでも助けられたか、と思いながら瞼を開けるとそこには――、
「わぁ! すっごい綺麗な瞳ぃ! お兄さん人間ですよねぇ? 人間って初めて見たから感動するぅぅっ」
狐のような耳が特徴的な少女の顔があった。
「――――ッ」
思わず目を見開く男。
「あっ、大丈夫だから! わたしは敵じゃないよぉ。だから落ち着いて? 大丈ぉ夫、大丈ぉ夫」
驚く男を宥めるために、男の髪を優しく撫で、努めて優しい声をかける少女。
しばらくして落ち着いた男は、なんとか声を出そうと努力する。
「……ヴ……ヴォレ……ば……」
「無理しなくていいよぉ。なにがあったか知らないけれど、お兄さん、すっごいボロボロだったんだよぉ?」
赤子を寝かす母のように、男の胸を優しくぽんぽんと叩く。
よく見ると、少女の顔の向きからして膝枕をされているようだった。
しかし少女の優しさに甘えるわけにはいかない。
「――ボッ……ボレ……は……!」
――仲間の安否を確認せねばならないのだッ。
「……おッ……おれ……は……ッッ」
――皇帝に真意を問いたださねばならないのだッ。
「……お……れはッ!」
「いいよぉ。わたしはちゃぁんと待ってあげるからぁ、ゆっくり話してぇ?」
慈愛の顔に満ちた少女。その顔にこれ以上ないほど瞳を吊り上げて男は宣言する。
「俺は――」
辛うじて動く右手を少女の手の上に重ねる。
血が滲むが気にしない。今は痛みも感じないのだ。
「俺はッ! ここに住むぅぅぅぅぅ…………ッ!!」
男、喉から血を吐きながら大絶叫。
男の言葉に一瞬驚いた様子の少女だが、すぐに慈愛の顔に戻る。
「うんっ! すぐに追い出すようならはじめっから看病してないよぉ。せめて体が治るまではここで暮らそうねぇ」
男は落涙する。
それは少女の慈悲の心に触れただけではない。
――獣耳と仲良くすること。
それが男――ファウロス・セントガイアの夢だったからだ。
「うんッ! うん……ッ!!」
涙で顔を濡らしながら何度も何度も首肯するファウロス。
「じゃ、まずは水をゆっくりと飲んでみよっかぁ――」
ここは獣王、樹王、槌王の三人の王が支配する領域――混成国家群。
北が誇る世界樹の麓でファウロスは夢を叶えたのだった。
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