第五話 尖塔での戦い
ティファニーの転移魔法によって跳ばされたローゼリアは、王宮に数多くある尖塔の屋上で三嫌人の一角であるヨルゴスと対峙していた。
「まったくもうっ! なんていやらしい固有魔法なのかしらんっ! やりずらいったらありゃしないわっ」
文句を垂れながら息を整えるローゼリアの体には、多くの切り傷や刺し傷があり、その身を血で染めている。
「イヒっ。所詮初見殺しでしかない魔法にこうも引っかかるとは、大層なお馬鹿さんだと思うぜ、オレ」
『くの字』を表すように内に反った刃物――ククリ刀――の刃を舐めながらヨルゴスは歪んだ笑みを向ける。
「言ってくれるじゃない。あなたのことはまぁぁぁぁぁぁぁったく好みじゃないんだけどぉ! その刃の代わりにワタシの大事なところを舐めさせてあげるわよっ!」
ローゼリアはその手に持った茨の鞭をしならせ音を鳴らし、唸りを上げて正面からヨルゴスに突貫する。
鞭を持っているのに鞭を使わないローゼリアが即座にヨルゴスの足元にしゃがみ、右足で顎を蹴りぬこうと腰を反らした瞬間、
「〈その鍛え抜かれた足、綺麗だと思うぜ、オレ〉」
「あらぁ!? やっぱりあなたもそう思う? 聞いて聞いて! お肌にも気を使って――」
「――はい、アウト」
「あぁんっ! またやっちゃったー! ワタシの馬鹿ぁん……!」
ヨルゴスがローゼリアの足を唐突に褒め、それに同意したと同時にローゼリアの体は硬直する。右足を蹴り上げようとしている途中の不自然な体勢。まるでその場の時間だけが止まっているかと錯覚するような不自然。
隙だらけのローゼリアにヨルゴスはゆっくりとククリ刀を下ろしていく。
「……っくぅぅぅ!」
「イヒっ」
右腿を切り付けられたことで体の硬直が解けたローゼリアが痛みを無視して蹴りを繰り出すも、上体を反らすことで華麗に躱される。
「……やっぱりその魔法、あなたの発言に同意することで対象を拘束させる魔法のようね」
「イヒっ。違う違う、そんな単純な拘束魔法が固有魔法にまで昇華されるわけがねえ、オレ」
「なら試してみましょうか。ワタシは一切あなたの言葉に応じないわ。それでどうするのかしらねっ」
尖塔という足場の悪い状況でありながら、ヨルゴスを中心に円を描くように走る。
「〈あんたの髭、おしゃれだな〉」
「……ふぐぐ……!」
毎朝時間をかけてお手入れしているので、褒められたら飛んで喜ぶほど狂喜乱舞したいのを下唇を強く噛んでこらえる。唇の端からすぅっと血が垂れるが気にしない。
強く美しく色気に溢れたローゼリアは流す血まで美しいのだ。
「イヒっ。やっと学んだのか、お馬鹿さん。ならこれはどうだ?」
「???」
ヨルゴスが顎を上げながら片方の口角を上げる。
「〈むさくるしいんだよ、お前。ちゃんと風呂入ってるか? 匂うぜ……?〉」
「――なぁんですってぇぇぇっっっ!?!?」
フェロモンむんむんを目指すローゼリアにとって匂いのことは禁句に等しい。
香水を浴びるように振りまいたときに姫様から臭いと言われて一月寝込むくらいにはデリケートな話題だ。
ゆえにそれについて言われたのならば、黙っているわけにはいかない。
「ワタシはねっ! 一日三回お風呂に入って体の隅々まで洗っているのよん! 香水は最低限、纏う程度に二プッシュだけ! お洋服にはバラの香りが仄かに薫るようにお洗濯もしているのよ! 匂うわけないでしょうがぁぁぁ……っ!」
「――はい、アウト」
駆けている途中で静止するローゼリア。
「なぁんでよ! もうっっ!! むかつくわね! 訂正なさいよっ」
悪態をつきつつもローゼリアの頭の片隅では冷静な分析を進めていた。
今の発言はヨルゴスに同意するものではなかった。むしろ反対の言葉を述べた。それで拘束されるということは、いかなる言葉であっても〝言葉を発すること〟で発動するものか、もしくは、
「――自身が認識する事実を述べることで相手を拘束する魔法……かしらん?」
「イヒっ、ご名答」
ゆったりとローゼリアに向けて歩み寄りながらヨルゴスは己の魔法を開示する。
「如何なる過程であろうと、対象者が認識している事実を口から吐かせることでオレの攻撃が当たるまで拘束する固有魔法――〈自白自縛〉」
「……ずいぶんと、おしゃれな名前じゃなぁい」
軽口を叩くローゼリアだが、その頬には一筋の汗が流れている。それは決して運動によるものではない。確かにローゼリアは代謝が良いが、この程度では汗など流さない。
原因は――ヨルゴスの視線が動けぬローゼリアの首に注がれているからだ。
これまで苦痛を長引かせるような攻撃を繰り出してきたが、魔法を開示した以上だらだらと戦いを続けるつもりはないのだろう。
命の灯が掻き消えようとしている事実に冷や汗をかいているのだ。
――一年ぶりに姫と、八陣の仲間と出会えたのに、王国を乗っ取った帝国の奴らにむざむざと殺される。すぐに訪れる未来に腹が立つ。来るべき戦いに備えてきたのに、相手の固有魔法に躍らされる始末。
ローゼリアは忸怩たる思いで己の人生の幕引きを待つ。
「イヒヒっ。もう少し痛みに悶えるお前と遊びたかったが、魔法のカラクリを知られた以上生かしちゃおけねぇと思うぜ、オレ」
大きく振りかぶりローゼリアの首を刎ねようと腕を下ろす。
「――――っ」
血飛沫が舞う。痛みがローゼリアを襲う。
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