第四話 きょーみない
「あれは……私が裁判官として法曹界にいた時です……」
右手に握った短剣を見つめるヴァシリオス。
「ある日、飲食店の倉庫から食料が盗まれた事件がありました。まあ犯人は娼館で働かされていた奴隷なのですが……法では奴隷の主を罰せねばならない。しかしちょっとした窃盗で主を罰せば、その奴隷がひどい目にあうと思いました」
「その奴隷が獣人だった?」
「いいえ、ただの人間でした。私は法ではなく、道理を重んじ、彼女に判決を下した――初回ゆえ見逃す、と。そうすれば主から罰を受けることはなくなると思ったからです」
「あなた……実はいい人?」
ドリアーヌの問いに、どうでしょうか、と答える。
「しかし幾度見逃そうともその奴隷は盗みをやめなかった。理由を聞いても腹が減ったと宣うのみ」
「大食い?」
「いいえ、その奴隷は獣人の若い男に食事を恵んでいたのです。帝国では獣人は忌み嫌われている。ロクに働くこともできない獣人に、奴隷は食料を貢いでいた……」
ふう、と息を吐くヴァシリオス。
「そうしてさすがに無罪を言い渡すことができなくなったころ、その奴隷は殺されました」
「……っ」
「犯人は食事を与えられていた獣人です」
「逆上したの? それともちじょーのもつれ?」
「……奴隷が殺してくれといったそうです。それが本当かはわかりません。獣人の男は、食事の礼がしたいといったところ、なら殺して楽にしてくれと頼まれたと法廷で陳述しました」
涙ながらにね、と目を伏せる。
「……残念だけど、ありふれた話。あなたは優しすぎる」
「そう、ここで話が終わればごくごくありふれた話でしかないでしょう。しかし後日、その獣人も殺されたのです――下手人は奴隷の主の部下でした」
「??????」
話が複雑になり理解が追い付かなくなってきたドリアーヌ。
「獣人を殺した言い分はこうです――ウチの大事な奴隷を殺された腹いせだ、と」
「それで?」
「結果、その事件は窃盗の常習犯である奴隷と獣人が死んだことで終わりました。調べれば調べるほど、娼館での奴隷の扱いはひどいもの。そこの人間がたかが一人の奴隷が殺された程度で獣人を殺すでしょうか? いいえ、殺さない。つまり最初からこの二人を殺すことが目的だったのでしょう」
「なんで?」
「……さあ。わかりませんよ。見えないのです。盗み、施し、殺人という事実は目に見えるのに、そこに至る過程、関係者の心が見えない。法廷での獣人の涙は虚言だと信じていましたが、あれはその実、真実だったのかもしれない」
つまり、とヴァシリオスの瞳が鋭さを帯びる。
「見えるものだけが真実ではなく、見えないものにも意味はある。ありとあらゆるものが実像であり虚構足りえる。それを私は法曹界を追放され身を寄せていた礼拝堂にて悟り、至ったのです――固有魔法〈真偽不明〉に」
「固有魔法……」
まいったな、とドリアーヌは思う。
己の存在理由や願望の深奥、世界の真理に到達することで初めて発現する魔法が固有魔法。一般的な魔法とはその性質が大きく異なっている。
帝国の皇子の側近であることから実力者だとは思っていたが、まさかの固有魔法の到達者だとは思わなかった。
対して、ドリアーヌは固有魔法が使えない。ただ料理が好きな猫の獣人でしかないのだ。
姫様の臣下も楽じゃないな、と片笑う。
その笑みに不審感を覚えた様子のヴァシリオス。
「……なにがおかしいのです。私の愚かな失敗を嘲笑っているのですか」
「ふふ、違う。あたしはあなたにきょーみがない。あなたがどんな過去を歩もうと、どんな未来を進もうときょーみがない」
きょーみがあるのは、とドリアーヌが再度姿を消すほどの速度で踏み込んだ。
「姫様やみんなと一緒に過ごす平和な日々だけっ」
左手の爪撃が短剣で防がれる。かと思った矢先、左肩が後ろから刺された。
「――うぐっ!?」
「正面から三本爪の攻撃には、背後から一本槍の攻撃。我ながら陰湿な固有魔法だ。しかし妙ですね。心臓に刺さるはずなのですが……。まあこれで両腕は使い物にならない。八陣と聞き警戒していただけ無駄でしたな」
しかしドリアーヌはニヤリと笑みを深める。
「まだ笑いますか。痛みを求める変態かな? 所詮は感情でしか動けぬ雌猫ですよ」
「ううん、変態は姫様とアンテロス、あとはオーギュストとティファニーと……とにかくみんな。あたしじゃない。あたしが笑っているのは楽しいから」
「楽しい? 戦いが? ふんっ、それこそまさに獣の論理ですな! 力の優劣でしか物事を測れぬ劣等種が!!」
「違う、楽しいのは――あなたを倒したら姫様に褒めてもらえるからっ」
中空に浮いた槍によって左肩を刺されたドリアーヌは、血を滴らせながらヴァシリオスに肉薄する。
そして犬歯を浮かべながら愛くるしい笑みをヴァシリオスに捧げる。
「ねぇ、知ってた……?」
「なに……を……」
比較的表情を出さないドリアーヌの満面の笑みに不吉な予感を感じるヴァシリオス。
しかしドリアーヌは止まらない。
大きく息を吸い込み、瞳を大きく見開き、喉を開く。
「――――GAOOOOOOOOOッッッ……!!!!!」
「ヴグゥゥ……ッ!?」
ドリアーヌから発せられるは獅子のごとき咆哮。
その衝撃は礼拝堂の椅子と机を薙ぎ払い、窓ガラスをすべて叩き割り音波の爆弾と化す。
脳天から足先までをその爆心地に置いていたヴァシリオスは耳と鼻から血を流し、白目を剥いている。眼鏡も割れフレームしか残っていない。
ヴァシリオスの体が衝撃で飛んでいかないよう尻尾を巻き付け逃がさない。
咆哮によって舞い上がった埃が落ち着いたころ、ドリアーヌがヴァシリオスを放し、勝利を宣言する。
「――――ライオンもね、猫の一種なんだって。姫様がいってた」
ヴァシリオスが気絶したことで肩に刺さっていた槍も消えている。
肩の傷口を抑えながら玉座へ向かうべく踵を返す。
そういえば、と肩越しにドリアーヌが横たわるヴァシリオスに問う。
「見えないものにも……なんだっけ? じつぞーときょこー? あたしの咆哮は見えないけど、姫様はカワイイっていってくれるよ? つまり、うーん……あなたのいったことはよくわからないや」
じゃあね、と言い残しドリアーヌは礼拝堂を後にする。
――礼拝堂の戦い
三嫌人筆頭ヴァシリオス 対 八陣守護姫臣・第四幕ドリアーヌ・エスコフィエ
勝者、ドリアーヌ・エスコフィエ。
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