第六話 三嫌人
「――くそっ! 風向きが一瞬で変わった……!」
玉座に腰かけ、爪を噛んでいるのは大武闘場から撤退したファウロスだった。紛いなりにも王はバプティストであるにも関わらず、その椅子の主はファウロスにすり替わっていた。
誰よりも文句を言いそうなバプティストは体を縛られ、玉座の間の床に転がされている。
「……初めて拝見しましたが、〝侍〟があれほど強いとは……」
玉座の近くで側近の一人が歯噛みする。ファウロスに仕えて長い臣下だ。
「ああ……。一人一人の練度がケタ違いだった。見たところ千人以上はいたぞ。あれだけで一国を落とせそうな勢いだ。――忌々しいっ」
ファウロスが帝国から連れてきた誇るべき最強の臣下――三嫌人。
――政務に秀でた元法務官、ヴァシリオス。
――戦闘に秀でた元犯罪者、ヨルゴス。
――明るく無邪気な元孤児、ディミトゥラ。
ファウロスの皇位継承順位が四位ということもあって、高名な人材は臣下になることを拒否した。だからこそファウロスはその目で見極め、その脚で探し、その人望で自らの臣下を集めた。
事の善悪よりも〝道理〟を重視したばかりに、法曹界で嫌われていたヴァシリオス。
事の善悪よりも〝快楽〟を求めたばかりに、凶悪犯として死刑囚になっていたヨルゴス。
事の善悪よりも〝享楽〟がすべてのために、親も友も国も失い放浪していたディミトゥラ。
三者三様の嫌われ具合で世情から浮いていた三人。
――しかしファウロスと出会い、臣下となったことで人生に再び色彩を得た三人。
それぞれ癖があるものの、ファウロスにとっては親兄弟よりも大事な臣下たち。自分を信じて付いてきてくれる彼らの為にも王国の支配は遂行しなければならない。
「――三嫌人。お前たちから見て、シャルロット以下八陣をどう評価する……?」
ファウロスの問いに暫し熟考する三人。口火を切ったのはヴァシリオスだった。
「まず、神話の神を召喚し続けられるシャルロットが異常の筆頭。つぎに、大陸最強の武人である剣神と『最古の魔女』という歴史に名を刻むほどの強者が誰かの下につくという異常。三つ目に、帝国兵をまるで赤子のように蹴散らす戦闘力を持つメイド長や宰相ですら八陣ではないという異常。最後に、〈神〉の存在……」
ヴァシリオスがその顔にかけていた眼鏡を光らせ、結論を述べる。
「――総じて異常として申せません」
「同感だな」とファウロスも頭を抱えながら同意する。
次に、どこかそわそわしているヨルゴスが発言する。
「……イヒっ。あいつらはやべぇと思うぜ、オレ。姫と神、剣神と魔女には勝てる気がしねぇ、オレ。それ以外なら勝てそうな気もする、オレ」
「『帝国の切り裂き魔』と呼ばれた死刑囚ですらそういった評価か……」
大きく嘆息する。
最後にディミトゥラが元気よく答える。
「あいあい! あたしはねー、あの可愛い魔女さんとなら戦えると思うかなぁっ。デンカが逃げるための時間稼ぎはできるよー!」
「……悪いが、この戦いで俺が逃げることはない。王国の支配を父――皇帝陛下から下命されている以上、死んでもそれを成せねばならない」
ファウロスは瞑目し、一度長い息を吐く。そして今一度目を見開くと、そこには覚悟が現れていた。
「ここが王国の支配を分ける分水嶺。シャルロットたちを倒せば支配は盤石に、負ければ支配は終わり、生き残っても皇帝陛下に殺される」
いいか、とファウロスは地獄から這い上がって来たような低い声で告げる。
「――この戦い、我らは〝勝つ〟か〝死ぬ〟かしかない」
三嫌人はなにも発さない。
「お前たちを巻き込んで悪いが、どうか帝国のために死力を尽くしてくれ」
軽くではあるが、確かに頭を下げるファウロス。
それに対しヴァシリオスが口を開く。
「申し訳ありませんが……お断りします」
瞠目するファウロスに続けて告げる。
「私たちはファウロス殿下のためだけに、死力を尽くします。帝国などどうでもよろしい。すべては地獄から掬い上げてくださった殿下のために……」
膝を突き、首を垂れるヴァシリオス。
「殿下のために、オレ」
「デンカのためにーっ」
ヨルゴスとディミトゥラもヴァシリオスに続く形で拝跪する。
その献身に若干涙を浮かべながらも、ファウロスは堂々と宣言する。
「……皆の献身、感謝しても余りある。この戦いが終われば、一度皆で旅にでも行きたいものだな」
「……ですな」
「捨てられた国に行きたい、オレ」
「海っ、海っ―! あたし海行きたーいっ」
緊迫した空気から一転、柔和な雰囲気に包まれる玉座の間。
彼ら彼女らのためにも奮戦しなければ、と決意を新たにした、まさにその瞬間。玉座の間の入り口が爆音を伴って弾け飛んだっ。
「――ローゼちゃんったら過激~♪」
「んふふっ。ティファちゃんだって敵を全員潰してたじゃなぁい。シ・ゲ・キ・的よぉ!」
土煙の名から二人の話し声が聞こえる。
まるで散歩でもしているような軽快な声、床を鳴らす音。それらを分析してファウロスは瞼が軽く痙攣するのが分かった。
「……決して少なくはない数の兵士がいたのだがな――王宮に」
土煙から二人が歩いてくる。
ローゼリアことオーギュストは全身を返り血で彩っている。他方ティファニーは、大武闘場で見た時から欠片も疲れた様子がない。
「……八陣、それも二人か……」
剣神がいないことを喜ぶべきか、それともこうもやすやすと玉座まで来られたことに悲観すべきか。
肝心要のシャルロットとアンテロスがいないことも怪しい。
どこかで好機を狙っているのかと考えていると、ティファニーが一言漏らす。
「――来るよ」
「……?」
オーギュストも三嫌人も、意味が分からないように怪訝な顔をする。しかしファウロスには分かった。シャルロットが来るということがっ。
突如、玉座の間の中心に白銀の魔方陣が展開し、一人の姿が現れる。
「……ん。ん? ここ、玉座……?」
「ドっ、ドリアーヌ……!?」とファウロス。
猫耳が可愛いらしい料理人、ドリアーヌが目をきょろきょろしながら現れた。
続いて天井付近に現れた魔方陣からは、一人の青年が落ちてきた。
「ぎゃーっ! 死ぬ死ぬっ! まさかの転落死ってか、俺ぇぇぇ……?」
ぶぎゃっ、とドリアーヌの横に落ちる青年――ルード。
「……君、姫様の? 一緒に入ったのに……?」
ドリアーヌが疑問を口にする。
ファウロスの知らない青年が辛うじて息をしているのを見ていると、今度は玉座の間の側面。華美な装飾が目立つ窓ガラスを割って何者かが闖入してきた。
「くぅっ! 次から次へとっ。 騒がしい連中だ……!」
反射的に閉じていた瞼を開けると、そこには臀部を中心に三重の光輪を背負った〈神〉が佇んでいた――少しむくれながら。
「……アンテロス? どうして空から?」
ドリアーヌが皆の疑問を代表して問う。
「牙城門に弾かれたんです。まぁ、私は神ですから? 神を導く門など聞いたこともないので? 別に弾かれたところで〝ああ、やっぱり〟という感じですが? なにか?」
「…………ん、そう」
アンテロスが早口でまくし立てる。よほど腹に据えかねているのだろう。頬を膨らせてつーんとしている。
八陣の面々が揃いつつあるなかで、ティファニーがある疑問を口にする。
「……ねぇねぇ、姫ちゃんは……?」
「……みんなで一緒に門をくぐったよ?」
「バラバラになって出てるんだ。シャルもどっかに飛ばされたんじゃねぇか?」
「これで姫様も弾かれていたのならお笑い話ですね、ぷぷっ」
国を掛けた戦いが始まっているというのに緊張感の欠片もない掛け合いをする八陣とルードに、ファウロスがついに怒りを表す。
「貴様らっ……! ここがどこだか――」
ファウロスの言葉は続かなかった。
座していた玉座を中心に五重の魔方陣が展開されたからだ。
「――殿下っ」
ヴァシリオスが焦燥の色を乗せた声を投げかける。
「分かっている……!」
ファウロスもまた、その異常を察知し玉座から飛んで退け、三嫌人とともにアンテロスが入って来た窓の反対側に位置取る。
バチバチッと紫電を帯びながら魔方陣がより一層輝きだす。
「……ディミトゥラ。恐らくあそこからシャルロットが出現するはずだ。干渉できるか……?」
ファウロスの耳打ちに、んー、と小首を傾げるディミトゥラ。
「無理だねっ! 魔女の転移魔法もそうだけど、あたしの理解の範疇を越えてるよ、あれ」
「……そうか」
「うんっ。下手に手を出すと、ここら一帯が弾け飛ぶほどのヤバいカンジがするー」
シャルロットの現出を未然に防ごうとした策は、企図の段階で挫折した。
姫の凱旋を笑顔で心待ちにする八陣とルード。
王国支配の要にして最も手ごわい姫の登場に下唇を噛むファウロスと三嫌人。
床に転がっているバプティストも含めると、十人の視線が一手に玉座へと注がれる。
そしてついに、玉座を埋め尽くすほどの眩い光が弾けたあとには、
「――――待たせたわね」
優雅に脚を組みながら頬杖をついたシャルロットが顕現した。
不敵な笑みを浮かべ玉座の間にいる面々を睥睨し、開戦の狼煙を挙げる。
「さぁ、はじめましょうか――この玉座をかけた戦いを……!」
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