第三話 追放
「おうおう! あぶねえぞ、姫さん。逃げた方がいい。帝国のやつら姫さんを寄こせって殺気だってやがる」
東国の衣装に身を包んだ初老の男性が闖入者の正体だった。
「あら、ヤギューじゃない。今日は城下で派手に遊ぶのではなかったの?」
ずかずかと部屋に入ってきたヤギューは近くのソファーに腰を据える。
「そのつもりだったんだがなあ、どうも嫌な気配がしたから城に戻ってたんだ。するとどうだ。姫さんへの処刑命令が出るわ、帝国の皇子が来るわ、しまいには王国が帝国に接収されるってんだ。驚きすぎてもう目から鱗も出ねえや」
頭をポリポリとかくヤギュー。
「宰相がね、わたくしに逃げろっていうのよ。あなたはどう思う? わたくしとあなたでなら、敵を殲滅できるのではない?」
顎に手をやり思案するヤギュー。
「姫さんが逃げることと敵を倒すことは話が違えや。そりゃあ敵は倒せるぜ? けど代償がデカすぎる。城は半壊以上、死傷者も甚大。敵といっても帝国の皇子一人と尖兵だ。王国が傾いた状態で帝国本隊とぶつかるのはキツイ。その点、姫さんが逃げれば国というものは残り、姫さんは力を蓄える時間できる。仲間も集うことができる」
違うか、とヤギュー。立ち上がり勝手にワゴンから菓子を取って食べ始めた。
「それには、お母様に剣を捧げただけでわたくしには忠誠を誓っていない、という事情は入っているのかしら」
「はっ! ヴィルヘルミナの最後の命令を教えてやる。『これからは好きに生きなさい。だけど娘には剣を教えてから国を出てね』だ。姫さんに教えることは既にねえ。姫さんへの忠誠心がなけりゃあ、とっくに国を出てたさ」
上を向く美少女。大陸一の剣士――剣神と呼ばれたヤギューの言葉に嘘はない。王である父よりも立派に父としても接してくれた。
だからこそ、ここは逃げの一手が最善なのだろう。
敵を屠る力があるのに、それを振るえない。
そのことに若干の忸怩たる思いを抱えた美少女はメイドの尻を叩く。
「あんっ。ナイススパンキング」
メイドの歓喜の声は皆が聴こえないふりをした……。
「……いやだわ。この城を出たら……わたくしはただの女になってしまう。そうなったら――」
息を吸い込む姫。
「姫様プレイができなくなってしまうじゃない……っ!!」
「今もできておりませんが……」
「姫様! 今はそのような戯言を申しているときでは……」
「戯言ではないわっ。これはわたくしのアイデンティティ。せめて一度だけでも姫と臣下のアブナイ関係プレイを――」
「姫さん」
立ち上がり熱弁する姫をヤギューが制する。
「……なによ」
「儂の生国には姫君がおられる。そこでは姫さんぷれいもできるぞ。みなが好むんだ、そういうしちゅえーしょん」
にやりとするヤギュー。
「なん……ですって……!? ちち、ちなみにお金はかかるのかしら?」
「ま、多少は。だが姫さんぷれいどころか、めいどぷれいや騎士ぷれいもできるぜ。儂の国には助べえな奴が多くてな」
大きく頷く姫。
「わたくし逃げることにするわ。ヤギューの国で骨を埋めるの」
「いえ、せめて戦力を整えて戻ってきて……もういいか、生きていてくれたら」
この数分で幾らか老けた様子の宰相。
「これで話は決まったな。姫さんとめいどは逃げる。宰相はなんとか国を保つ。儂は姫さんたちを逃がすための時間稼ぎでもするかな」
よいしょ、と姫の前に正座するヤギュー。いつもの飄々とした顔はキリっと覇気に満ちる。
場の空気が締まる。
「――二十年前、儂は先の女王であるヴィルヘルミナ様に命を救っていただきました」
「急にどうしたの、ヤギュー……?」
なにをいまさら、と首を傾げ当惑する姫。そんな過去はここにいる皆が知っている。
「あの時に食わせていただいた飯の味は生涯忘れませぬ。そのご恩に報いるべく、これまで儂の剣を女王に捧げてまいりました。そしてその剣は今、姫さんに受け継がれております。これからの旅路をお祈りしますとともに、これまでのご無礼をお許しいただきたい」
「いやだわヤギュー。わたくしとあなたの仲じゃない。いまさらよ」
しかし姫の言葉を無視して、口上を続けるヤギュー。
「儂の本名は、柳生万斉。大陸の遥か東、火の国では将軍家剣術師範代をしておりました。娘の名は葵。恐らく三十路前の堅物になっておりましょう。もしお会いすることがあれば、目にかけてやっていただければ幸いです」
最後にヤギューは頭を下げて別れを告げる。
「姫さんとのこれまでのすべてのことに万謝いたします。敵は一人たりとも追わせはいたしませぬ。それを儂の忠誠の表れとお思いください」
いい終えたヤギューは立ち上がり、部屋を後にするべく扉まで歩いて行く。
今の口上で、これはそれほどの事態だと遅まきながら理解する姫。
だからその後ろ姿に姫は声をかける。
「……あなたの必殺技、わたくしはしっかりと受け継いだわ。まだ実践では使ったことがないけれど。だから安心して剣を振るいなさい。これまでよくぞ仕えてくれました」
姫の言葉に背を向けつつ軽く一礼するヤギュー。
「女殺油地獄。いつか姫さんが使われることを祈っております……御免」
そういってヤギューは消えて行った。
「では私も覚悟を決めて皇子を向かい入れます。必ず国は存続できるようこの身に代えても尽力いたします。どうか……ご無事で……ッ」
「ええ。また会いましょうね宰相。今度はゆっくりお茶でも飲みましょ」
涙を浮かべながら宰相も一礼して出て行った。
部屋には沈痛な空気が満ちている。
長年過ごしたこの部屋を、この王城を、この国を出て行かなければならない。
一体この国が何をしたというのだ。姫は苛立ちを隠すことなくメイドの尻を強めに叩く。
「おっふ。ナイススパンキング。九十点」
いくらか溜飲が下がった姫は、再びティーチェアに優雅に腰を据える。
その姿を視界に入れながら逃亡の準備をしているメイドが姫に問う。
「さっきの必殺技ってなんですか? 私は聞いたこともないのですが」
すでに冷めてしまった紅茶をそのまま飲む姫。
「ガマの油を使って、スケベな体をした女の人とヌルヌルしながらスケベなことするの。ヤギューが伝えてくれた春技の秘奥よ。でへへ」
「台無しだよ……」
と頭を抱えるメイドの失望の声が部屋に満ちた。
この日、大陸の西端に位置する王国は帝国の一部として接収された。王は変わらず、しかし文官や武官の多数は帝国の人間に置き換わった。
帝国が王国に求めたのは、塩蔵の秘伝技法と姫の身柄。
というのも王国は海に面しており、上質な塩の製造によって国益を賄っていたのだ。その他国垂涎の塩こそが目当てだった。
帝国は容易く秘法を手に入れたが、姫は逃がしてしまった。
帝国の皇子は本国より精鋭二千名を連れていたが、たった一人の食客によって足止めをくらったのだ。
――東国の衣装を纏い、刀を振るい、血で血を洗う姿はまさに剣神。
先代女王ヴィルヘルミナの最後の家臣にして、美姫シャルロットの最初の家臣であるバンサイ・ヤギュー。彼は王都の一角を更地にするほどの剣技を持って、主君の殿を務めたのだ。
忠義に燃える家臣の姿は敵である帝国ですら語り継がれるほど。
帝国はシャルロットを捜索するも、その姿は影かたちすらも見つけられなかった。
その首に多額の懸賞金をかけるも見つからない。
そして物語は、一年の時が過ぎてから紡がれる――。
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